ー第十二話ー 始める人 繋げる人
室生は、あの雨の日以降、孝介に数日に1回会いに来ていた。
室生にとって、知り合いのいないこの土地で初めて普通に話せる相手が見つかったからだ。
孝介も何もなければ、ただただ辛い体を寝かし続けているだけなので、室生の来客はありがたかった。
この数日で、室生が最近リモートでWEBデザイナーの仕事をし始めたことを知った。
元々、商品の広告デザインの仕事をしており、一時的に仕事から離れたが、パソコンの使い方など、人並み以上にわかっていた。
孝介にとって、WEB側の話がわかる相手がいなかったので、少しだけとは言え話ができる相手ができて嬉しかった。
ただ、今までの広告デザインとWEBデザインとは勝手が違ったようで、室生は苦戦していた。
そこで、孝介は室生に一つの提案をした。
孝介の所に来る時に、使っているパソコンを持ってくること。
「ということで、今使ってるパソコンはなにですか?」
「古いですが、ノートパソコン使ってます。」
「ならば、ここでしましょう。僕のノートパソコン使うためにネット環境は整えてありますので。」
孝介は、にこやかに室生に促した。
室生は、恐る恐るその提案を受け入れることにした。
孝介は、会社員時代、何かとマニュアルを作るのが好きだった。
彼の業務の引き継ぎの速さには定評があった。
そもそも、大学でアプリ開発をしていた時に、ただ闇雲に開発を進めていたわけではなくて、どの様な人に使ってもらいたいか、ローンチしたあとに、どの様に広告を展開していくかなど、細かく決めて実行していた。
孝介は、『どんな良い物でも、欲しい人の目の前まで持ってきてあげないと、手にすることは出来ない。』と思っていた。
これは、いろんなマーケティングの勉強を並行して行ってきた結果であり、学習と実践の繰り返しの結果得られた孝介なりのビジネススキルと言えた。
この考え方を幹として、WEBサイト制作、アプリケーション開発、マーケティングローンチ、WEB広告戦略などの手法を枝葉の様に、展開していった。
これらの考え方を、会社での業務を行いながら、まとめていった。
基本的な考え方、各マーケティング手法別、そして事例をまとめてわかりやすく作っていった。
全て、孝介一人で作ったわけではなく、その都度、言っていることを理解してもらえる上司や先輩に相談しながら、マニュアル化を行っていった。
結果として、孝介がいた会社では、新入社員の教育ツールとなり、数多くの優秀な社員がクライアントに、多くの利益をもたらすことになった。
会社はスーパーマン一人で大きくなれないが、自分のことを正確に分析できているスーパーマンに育ててもらった、優れたファイターが沢山いれば大きくなれる。当時、孝介のマニュアル作りをみて、所属している会社の社長は孝介をそう褒め称えた。
孝介は、WEBサービスのディレクターとしてキャリアを積んできた。
実際は、表示まわりのコーディングはできるが、構築や画像を作ったことはなかった。
全ては、プロの技術者がいて、初めて仕事ができるものと考えていた。
なので、自分で出来ないことをしてもらうのは、常に気を使った。
どの様に伝えたらいいか、どの様に作ってもらったらいいか、どうしたら希望して完成に近づけれるか、制作目的の共有をするほうがいいのか。
仕事をしながら、大学時代の少人数から、会社に入った後の大人数作業になった違いを、一つ一つ考えて身につけていった。
結果、顧客にも信頼を得られる仕事ができ、多くの後輩たちを一日でも早く、一人前のディレクターもしくは技術者として活躍できるようにしていった。
翌日、室生は自分のノートパソコンを抱きしめるように持ってきた。
室生のパソコンは、電気量販店で売ってるものの中で少しだけ性能が良いものだった。
ただ、デザインソフトを起動させると、作業中に止まったりすることが多く、少し仕事に支障が出たりしていた。
室生は、孝介に促され、居間に通され、パソコンを起動した。
「デザインする時は、どうしても、メモリ食って重くなるから、将来的に性能がいいのを買ったほうがいいですよ。」
孝介は、室生のパソコンのスペックを確認して、そう提案した。
「どのくらいの性能のを買えば良いんですか?」
室生はすこし前のめりに、孝介に聞いた。
「その時によって最適なのがかわるから、買う時に一緒に考えませんか?それまではこれを使うということで。」
孝介は、とりあえず、その場をごまかした。
「室生さん、どんなふうに、指示とか受けてるの?」
「どこまで言えば良いんですか?」
「会社の守秘義務とかあるでしょうから、顧客の細かい所は良いです。仕事の流れぐらい。」
室生は、そう聞くとうなづき、説明を始めた。
「仕事は、talkworkってチャットサービスでしてます。そこで指示も受けますし、データの受け渡しもしてます。そして・・・」
室生は、画面を孝介の方に向けて話を続けた。
「制作指示については、この様に受けてます。」
孝介は、指示の部分をじっと見た。
「室生さんからの質問とかは、してないの?」
「まだやり始めたばかりなので、質問が思いつきませんね・・・」
室生が上司ディレクターからもらっていた指示は、一方的なものが多かった。
言われたとおりに作って、それを返して、作り直しを繰り返す。その様なやり取りがずっと続いていた。
孝介はピンとひらめいた。
「じゃあ、担当者とのやり取りで、何を考えているかとかから始めましょう。」
孝介は、室生がディレクターとしているチャットの内容を紙に書き出した。
「いま、室生さんの仕事の状況は、こういう感じなんだ」
紙に『ディレクター』と『室生さん』と書いて矢印を書いた。
「指示を、返す。という繰り返し。何をどうするかと言うのが、ディレクター都度聞く状態ですね。」
室生はうなづいた。
孝介は続けた。
「なので、いま、これを追加します。」
そういうと、室生からディレクターの矢印に、『全体のコンセプトの確認』と『お客の好み』を追加した。
「ディレクターは、作業指示を出す時に、お客さんと、『こういう風にしましょうね』って、打ち合わせするんですよ。必ず。」
「チラシの時もそれしましたね。」
「それは、WEBでも同じで、最初にどういうコンセプトで、どのくらいの量をつくって、どの様に配置するか、ってのを決めておくんです。いわば計画書ですね。」
室生は、軽くうなづいた。
「その計画書の一部を先に知っておく、知ってることを、この仕事のゴールを共有しておくんです。」
室生は、感心するように声を上げた。
「ディレクターの中には、デザイナーやサイトを組み上げるコーダーを信用できないから、指示しか言わないって人がいます。多分、今まで何も相談しても返事が返ってこなかったので失望しているような人がそういう事をします。なので・・・」
孝介は、さらに追加した。
「ディレクターに提案する際は、『私も別業種でもデザイナーとしての経験がありますので、役に立てたい』といいます。」
孝介は、室生の顔を見直しした。
「WEBディレクターって、デザイナーやコーダー上がりじゃなければ、大体営業上がりです。営業上がりのディレクターは、プロのパートナー、もしくはプロのパートナーになってくれる人を求めます。」
「つまり、私は、ディレクターさんに、デザインのプロとして思われてないと。」
孝介は、頷いた。
室生は、深くため息をついた。
「入社1ヶ月ぐらいで、それがわかってよかったです。広告デザインしてたときよりも、話が少なくて困ってたので。」
室生は、改めて、チャット内容をじっと見つめた。
「今してるデザインは、これをディレクターに戻した後、私なりの感想や考え方を入れるというのはどうでしょうか。」
室生は、ディスプレイをじっと見た後、孝介の方を向いた。
「いいと思いますが、いきなり感想とか考え方とか沢山入れると、不審がられます。」
「確かに、怪しいですよね。」
「なので、短めの感想と、短めのこのデザインをした意図と、そして、ディレクターの意図の確認をします。」
室生は、うなづいた。
「それで、ディレクターから少しづつ、意図を引き出していってください。」
「繰り返してると、怪しまれたりしませんか?」
孝介は、明るい表情になりながらうなづいた。
「大丈夫。向こうが情報をだす事に慣れてくれば、デザイン依頼をする前に、相談してくれるようになりますよ。」
室生はびっくりしたような表情で孝介を見た。
「それが、さっき話した、ディレクターが求める人材になる、ってことですから。」
孝介は、深くうなづいた。
孝介は、室生のチャットを一緒に見ながら、に今の業務に対する対応のアドバイスをした。
「また、頑張ってみようと思います。」
室生は改めて、ディスプレイを見ながらうなづいた。
「もし困ったら、いつでも相談出来るようにしませんか?」
「出来るんですか?」
孝介は、室生のパソコンのブラウザを操作した。
「talkWork、僕もアカウント持ってるので、スレッド別にたてて登録しましょう。」
そう言うと、孝介は、自分のパソコンから室生のtalkWorkのアカウントに友達登録の申請をした。
室生は、じっと表示を確認して、承認を押した。
「会社のとは別に、中村さんのとつなげばいいんですね。」
二人のtalkWorkにチャット用のスレッドが作られた。
「困ったことがあったら、ここに書き込んでください。気がついたら早く返事します。」
「色々聞いてしまうかも知れませんが、お願いします。」
室生は、そう言うと、深々と孝介に頭を下げた。
「まあ、家近いんですから、どっちでもいいんですけどね。」
孝介は、照れくさく苦笑いした。