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ー第十話ー 雨、降り止まず 思い出の彼方は雨模様

 今日、家を出る時、テレビでは北陸が梅雨入りしたことが、放送されていた。


 朝から降り続く雨の中、孝介は定期検診の為、病院に行っていた。

 いつもの検査をうけ、結果は後日連絡。

 当日分かる範囲では、前回よりも少しづつ悪化している。

 ただ、悪化速度が年齢の割に遅いらしく、薬の効き目も合わせて、非常にいい傾向だと言うことだった。

 

 孝介は検査の日はいつも憂鬱だった。

 基本的に病院は嫌いだった。

 二重の自動ドアを入ると、空気感が違う。

 あの重い空気感が、小さい頃から好きになれなかった。

 基本的に健康だったから病院に行くことはほとんどなかった。

 なので、病院に行くのは決まって悪いことがあるときばかり。

 病院は、ネガティブなイメージとリンクしているようだった。


 孝介は、病院の玄関のそばにあるバス停で、バスを待っていた。

 梅雨独特の大粒の激しい雨が、頼りないバス停の屋根を強く打ち付けた。

 横から差し込む雨になると耐えられないなと、孝介はバス停の屋根の下だったが、自分の持ってきた傘を差した。

 まだバスが車で30分以上ある。

 体はやや重いが、雨で水びだしの椅子には座れない。

 ここの梅雨は、他の地域と明らかに違う。

 孝介はそう感じながら、バスを待ち続けた。


 

 子供の時の、幸田家に居た頃の梅雨のシーズンは、毎日激しい雨が降っていた。

 当時スクールバスもなかったので、朝は同級生と一緒に集団登校だった。

 晴れていたら、祖母が雨の心配をしても、傘を持っていかずにそのまま学校に行った。


 もちろん、ずっと晴れているわけはなく、昼ぐらいになると厚い雲が立ち込め、給食が終わる頃には、運動場から土の気配がなくなるほどの雨が降り注いでいた。

 結果、何度も外で授業の予定が体育館でやることになり、面白くないなぁと感じていた。

 教師が用事で、体育の授業が自習になった時に、翔太達と雨古中運動場に飛び出し、体操着ごとずぶ濡れになるという事をし、次の授業で担任にみんな揃って叱られた。

 

 朝、傘を持たずに登校した時に、下校の時間に突然大雨、ということも頻繁にあった。

 空が明るんでいたら、30分ほど雨が上がるまで待つのだが、明らかに雨が上がりそうにない時は、雨の中を駆け出して、みんなで家のある集落まで帰った。

 途中、いくつもの家や店や倉庫のひさしで雨宿りをし、次はいつ走るかなど、話し合いながら、駆け出していった。

 子供の頃はみんなテンション高く、何もかもが楽しかった。

 孝介は、一人だけ能登においてかれていると言う状態だったが、環境に救われていた。

 

 雨一つでも全部が楽しく、みんなと濡れて帰る道は、ずっと熱気に満ちていた。



 水煙る道の彼方から、ゆっくりとバスが到着した。

 時刻表から5分ぐらい遅れていた。

 バスの入り口が孝介の前で止まり、ゆっくりを内側に開いた。

 孝介は、傘をたたみ、取っ手をしっかり握りながら、体をバスの中に引き入れた。そして、前方の出口に近い一人がけの椅子に座り、雨が打ち付ける窓ガラスをじっと見た。

 

 バスが動き出すと、雨は流れるように窓ガラスに当たっていった。

 外の明かりの濃淡で、ときより窓ガラスに自分の目が映り込み、力なく透き通った自分の目と目があった。



 大学時代、雨は、自分を一人にしてくれる唯一の存在だった。

 大学時代は、いつも喧騒の中に居た。

 大学では、夏目とアプリ開発しているか、他のゼミ生などと一緒にいた。

 家に帰っても、ゲリラ式に誰かが遊びに来た。

 一人になる時間がほとんどなかった。

 

 充実していると言えばそれまでだが、一人で考えをまとめたり、先のことを考える時間が少なかった。

 だが、雨の日は違った。

 途切れなく続く雨音と、人と距離を置く傘の中は、喧騒の町中でもずっと一人になれる時間だった。

 大学時代は、故郷になかったこの人の多さが苦手だった。


 孝介の生家は、街中から遠い山手にあった。

 住宅が多いが、人通りが少なく、たまに近くの幹線道路から車の音が聞こえる程度だった。

 背後にある大きな山が更に音を吸い込み、家の周りは常に静寂に包まれていた。

 なので、孝介は故郷に居る時は、人のいる所に時間を作っては行っていた。


 まさに真逆のことをしていた。

 故郷のときには、人の姿やその喧騒を一時的に求め、遠く離れた都会ではむしろ静寂を求めた。

 都会での雨の中の静寂は、まるで故郷のあの時を思い出させるように、孝介の心を落ち着かせた。



 バスは地域のバスターミナルについた。

 このバスターミナルは、能登半島のいろんな地域からの長距離バスの中継地点、もしくは終着地点になっている。

 ただバスターミナルとは言え、バスが来るのが1時間に1本から2本程度。

 多くのバスが、一日2往復程度の数しか走ってない。

 基本的に、人影がないバスターミナルだった。


 まだ雨がやまぬ中、今まで乗ってきたバスを降りて、幸田家のある集落方面のバスを待った。

 このターミナルは屋根が大きいので待合場の椅子が濡れていなかった。

 孝介は深く腰をかけ雨降りしきる空を見つめた。

 薄灰色に立ち込めた雲が、全く動かず、ずっと雨を降らしていた。

 

 「まあ、梅雨入ったばかりだから、このくらい当たり前だったよな。」

 最近、都会では梅雨にまとまった雨が降ってなかった。

 その代わりに毎年40度に迫るキツい暑さばかりが続いていた。

 頭の中から、梅雨の雨の量を忘れかけていた。

 梅雨は、ざっと降ってさっと上がるにわか雨。

 そんな様子が、梅雨だと思いこんでいた。

 「危ない危ない」


 小降りの雨と本降りの雨を交互に繰り返しながら、雨はずっと降り続いていた。

 孝介は、バスが来るのが後何分後だったかと思い、時刻表とスマホの時間を見比べた。

 「あと15分。」

 午後からバスの本数が一時間につき1本から2本に増える時間帯だった。

 待つ時間を認識できたので、少し安心した。

 「そういえば、ここらへんは、ほとんど来なかったな。」

 バスターミナルのある場所は、海から川の入り江を内陸に入ったところで、古くから漁村や北前船の寄港地として栄えていた。

 現在では、国道沿いということで、以北の東西ルートに分岐する要所として多くの人が住んでいる。

 それなりに開けた町だったか、流石にこの雨の中、だれも通らないだろうと孝介は思っていた。


 そこへ学校帰りの学生が3~4人、自転車で何か大声で話しながら走り去っていった。

 孝介は、思わず、自分にもああいう時代があったことを思い出した。

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