557. 悩める乙女と悩めるオヤジ(ドワーフ村:アイリーンの場合/アザミ野:ハイドンの場合)
「ラルゴさん、もうここで大丈夫です」
銀老亭の灯りが見えたところで、アイリーンは送ってくれたラルゴにお礼を言い、それじゃあ、と、帰ろうとした。
「いやいや、酔っぱらいが多いから中まで送るって」
銀狼亭は店内だけではまかないきれず、表に酒樽をテーブルがわりに出してビアガーデン状態だ。
村人だけなら心配はないが、観光の貴族や行商人、流れの冒険者だっているんだ。
「大丈夫ですよ~もう見えてるんだし」
「村人だけじゃないからさ、オジサン心配なんだよ~」
「オジサンだなんて……」
「ここまで来たんだから中までちゃんと送り届けるよ。ね!」
一人で先に行こうとするアイリーンをあわあわとひき止めたラルゴは表まで賑わう銀狼亭の手前の角を曲がり、裏口の方にアイリーンを促した。
(警備隊駐屯地もすぐそこだし、アタシには従魔のスターウルフがいる事知ってるだろうに、ラルゴってばこういうとこ過保護なんだ……)
普段ヘラヘラして頼りなげに見えるラルゴだが、意外と常識人。
「そう言えばさ、今日アジサイ街から帰ってきたんだけどさ、、」
ラルゴは裏門を開けて、先にアイリーンを裏庭に入れ、勝手口まで一緒に歩きながら、思い出したように話し出した。
「アジサイ街にさ、ロージーがいたんだよ」
「ロージー?」
ロージー。
バーガーウルフでアルバイトをしていて、つい先日アイリーンと揉めて辞めた、あのロージー。
「もう街に着いたんですね」
「アジサイ街方面は道の補整が進んでるからね、石や窪みに馬車が足をとられることが少なくなったし、スピードも出る。ハーフリング村でアジサイ街まで乗れる馬車をうまいこと見つけられれば1日かからずに着いちゃうよ」
ドワーフの村はアジサイの街のギルドに商品を卸しているし、間には貴族と取引のあるハーフリングの村もあって、貴族はそちら側から来ることが多い。
ドワーフ、ハーフリング、オーガの村の三村で取りかかっている三村を繋ぐ道路補整はハーフリング村側から優先で構わない、と、オーガの村から申し出があり、先に着工したのだ。
ドワーフの怪力を以て、邪魔な岩や木の除去、地盤がため、石畳みの組み換えを担当し、
そこに馬車と人が通れる道幅と水捌けの計算をハーフリングが指示する。
ヨーコ様から言われた魔物避けのまじない石の色組み、強化の術をオーガがかけてゆく。
そうやって協力しながら、ドワーフ村とハーフリング村間の道路は間もなく完成をむかえようとしている。
バーガーウルフでの騒ぎの後、アイリーンがロージーの様子を見に行った時には既に冒険者の恋人ケベックと集落をぬけた後だったんだが、そうか、アジサイ街に行ったのか。
「元気にしてました?」
「それがさ……」
見かけただけだけど、と、ラルゴは続ける。
「アジサイ街にもコロッケを売り出してる店があるのは知ってるだろ?」
「うん」
「まあ、あれがコロッケなのかどうかは微妙だけどな」
アジサイの街の中にも ドワーフ村のコロッケ人気にあやかり、バーガーウルフと似たような店が何軒も出来ていた。
しかし、どれもコロッケと似たようなものであって、マッシュしたポテトを揚げ焼きした感じのものだ。
ハッシュポテトというか、お焼きって感じ。
多分コロモの付け方がわからないのだろう。
それはそれで美味しくはあるが、コロッケではない。
「で、その店のひとつがさ、『“元祖”ドワーフ村のコロッケ』って謳ってたんだよ」
「元祖って……この村から支店は出してないですよね?」
「うん。でも食べてる客のを見た感じだと、サクサクのコロモがちゃんとついてて、皆旨そうに食ってたんだ。前のコロッケとは明らかに違ってた」
「『前の』て事はそのお店、新しい店じゃないんだ」
「これでもこの村の組合長だからね、ライバル店の 市場調査くらいしてるよ」
ん?ただの世間話かと思ったら、仕事の話?
「もしかしてドワーフが働いてるのかと思って中を覗いたら――」
「ロージーがいたって訳ね……」
ラルゴの後を引き継いだアイリーンに、こくり、ラルゴが頷いた。
「そっか……ロージーかぁ……」
ロージーはバーガーウルフで働いていたんだ。コロッケの作り方は知っている。
“元祖”もあながち間違いではない。
「食べたの?」
「いや、なんか、俺が顔だしたら“元祖”を後押ししてるみたいになるかなって」
確かに。
ロージーならラルゴの登場を利用しそうだ。
「まぁ、元気そうで何よりね」
「元気すぎるだろ」
ラルゴはアイリーンの返事にそれ以上続きがないのが意外だった。
「いいのかい?」
「?」
何が?という顔でアイリーンがラルゴを見返す。
「その、、コロッケの作り方が流れちゃって」
「あぁ、その事……うん。むしろ今までよく出回らなかったなって思うくらい」
「そう、なの?」
「だって、コロッケの作り方は 既にドワーフ村では当たり前の調理法でしょ?どっからか流れるのはしょうがないって思ってたからね。ドワーフが秘密が好きだから今まで外に漏れなかっただけ」
それに、、と、アイリーンは続ける
「その知識はロージーが自分で得たキャリアだもん。生きるために活用するのは当たり前よ。私だってそうするわ。“元祖”を謳うのは気に食わないけど、街に着いて直ぐに働ける所を見つけるあたり、着目点はいいわね」
感心するアイリーンにラルゴは苦笑いをする。
「俺は商人だからかな、そんな簡単に作り方とか教えちゃうのは勿体ないって思っちまう」
「んー、勿体ない……そうかもね。でも、そもそもがサクラに簡単に教えてもらった事だからね。始めにね、サクラが言ってたのよ。『自分はきっかけにすぎない、食はどんどん進化しながら広まっていく』って。ドワーフの村だけでも色んなコロッケがあるでしょ?」
かぼちゃ、里芋、コーンのコロッケからカレー味、トマト味、肉じゃが味。
コロッケは芋だけにとどまらず、魚や肉や野菜にコロモをまとわせ、カツになり、フライになり、、、
人から人へ伝わりながら、自然と美味しく改良されて行く。
大衆化したものをプロが磨きをかけて店の味が生まれ、それは同じ料理であって違うものとなり、家庭の味と店の味両方を味わえ、確立された料理は“定番”になり、“定着”する。
そうすると、その料理は 人々の中で“特別”なものではなくなるが、なくてはならない生活の中の一部になるのだ。
「それにね、ロージーだってバカじゃないわ。あのコはしたたかなのよ。アジサイ街という激戦区でそう易々とコロッケの秘訣を他店に教えるなんて事はしないと思うもん」
「確かに」
「今回はロージーが発端だったけど、コロモの付け方なんて見る人が見れば気づく人だって出るでしょ。だから私達は、もっと改良を重ねて、お客さんを惹き付けなくちゃなの。そのための作戦をサクラと相談する段取りだって出来てるんだから」
ふふふ、と、アイリーンが笑う。
「私ね、楽しいのよ。働いて楽しいって、変だよね?今までは生きるために働いてたけど、なんか、今は違うの。うまく言えないけど、やってやるって感じ!やりがいって、いうのかな」
「変じゃないよ」
「そう?」
「うん」
「サクラはきっと喜んでるわよ。これから先、色んな場所で美味しいものが食べられるようになるって」
そんなアイリーンを見てラルゴが嬉しそうに笑っている。
「何笑ってんの?やっぱり変?」
「いや、アイリーンがやっとタメ口で喋ってくれるようになったな~って」
「!!?」
ラルゴに言われてアイリーンはハッとする。
仕事の話しに気をとられて、なんだか熱く語ってしまい、猫がどっか行っちゃった!!
「あっ、いや、えーっと、、、」
「あはは、今さら敬語はナシだよ、アイリーン」
「うぐ///」
「それにね、これからも仕事の事とか、もっと気軽に話したいからさ。ほら、オレ、一応この村の組合長だからさ」
「“一応”なんて、ラルゴさんはちゃんと組合長してるわよ」
「そうか?アイリーンにそう言われちゃ俄然がんばっちゃうよ~」
照れくさかったのか、ラルゴむんっと力こぶを作るポーズをして、ちょっとおどけて見せた。
「むんっ、むんっ、むーん(9 ´Д`)9」
「もう」
クスクスと笑うアイリーン。
「あイタたた……つった、、背中、つった、、」
「バカね、どこ?ここらへん?」
アイリーンはラルゴの背中をさすってやる。
なんか、この感じ、居心地いい、かも……
“バアアアァァ――ン”
「うわっ!」
「ひゃっ///」
ほんわか雰囲気の中、いきなり勝手口が勢い良く開き驚くラルゴとアイリーン。
「サンミさん!」
突然現れたのは銀狼亭の女将、サンミだった。
銀狼亭の夜の営業は夕方から娘に引き継いで、いつもサンミはこの時間はもう寝ているはず。
「ごめんなさい、うるさかったですか?起こしちゃいましたね」
「いや、店の騒がしさに比べたら全然うるさくないだろ」
チャチャを入れようとしたラルゴをサンミがジロリ不機嫌そうに睨んだ。
(ひっ!)
(怒ってる……)
「今何時だい?」
「……1時頃かと」
「そうだね、1時は過ぎてるねぇ」
なんだろ、この重圧は。
超絶不機嫌サンミ、空腹の虎が目の前にいる!!喰われる!!
「旅は日帰りのハズだろ?アイリーン」
「えっ?あ、はい」
「お前さん、日帰りの意味をわかってるかい?その日に帰るから『日帰り』って言うんだよ」
「ハイ……」
そのまんまの意味です。
「ヒナはちゃんと帰ってきたのに、、」
ヒナは朝が早いから先に帰したんだった。
今日中に。
「まったく、この不良娘が!」
「不良娘って、あの、私もう子供じゃ……」
「子供だよ」
アイリーンの反論は聞かぬとばかりに言葉を被せるサンミ。
「この家にいる間はアタシの子供さ。その日に帰るって言ったら帰るんだよ。しかも、アンタにはスターウルフだっているんた。帰れないなら帰れないと連絡だって出来るだろう」
「サンミさん……」
サンミは起こされて不機嫌になったわけではなかった。
帰ってこないアイリーンを心配して起きていてくれたのだ。
(不良娘、か……あ、ヤバい、怒られてるのに、なんか、嬉しい)
「何ニヤニヤしてんだい、このバカ娘!」
「ごめんなさい」
フンッ、と、サンミが鼻をならす。
「遅く帰ったからって明日の仕事を休ませるなんて事はしないからね、とっとと風呂入って早く寝な!」
「はいっ!」
苦笑いしているサミーとミディーに目でただいまと伝え、アイリーンは階段を駆け上がり自室へと消えた。
「待ちな、ラルゴ」
「ひゃい!」
アイリーンを遅くまで引き止めたのを咎められると、怒られる覚悟をしたラルゴに、サンミは台所にあったおかずを見つくろい、包んでラルゴに渡してきた。
「もう営業時間も終わりだからね」
「えっ?オレに??」
「アイリーンを送ってくれたんだろ、ありがとよ」
「なんで、、」
「お前さん、アジサイ街から帰ってきたばかりだろ、悪かったね」
「サンミ……」
「それ食って早く寝な」
「オレ、、惚れそうっす!」
「惚れてもいいけどアタシの旦那は手強いよ」
「いや、ドーリの旦那が相手じゃ無理っしょ」
アイリーンは部屋から着替えを取り、そのやり取りを聞きながら風呂場へと向かった。
ラルゴが怒られなくて良かった。
“……チャポン”
湯船に浸かりながらふーっと息を吐く。
お湯の熱で温まった血管が身体中をめぐり、ジ~ンと膨張したような感覚。
一日の疲れが湯に溶けていくようだ。
(『子供』かぁ……)
孤児院で育ったアイリーンは、物心ついた頃から大人びた子供だった。
もちろん、院長のハンナは優しかったし、心配もしてくれた。
ハウスでアイリーンは優等生だった。
そのせいか、ハンナからも兄姉から怒もられることは少なく、『アイリーンなら』と、信頼もあり、甘えることもなかった。
“チャポン”
(『お母さん』って凄いな……)
ヒナが帰ったのも見えていて、アイリーンの心配をしてくれて、ラルゴの事も気遣えて、、サンミの大きくてあったかい愛。
尊敬し、憧れるマリアンヌにもアイリーンと同じ年頃の子供がいると言っていた。
マリアンヌも“母”なのだ。
(私も『お母さん』になればあんな風になれるのかな……)
自分はあんな風に人の事を見れれているのだろうか?
喧嘩別れしてしまったロージー。
自分は間違った事はしていないし、仕事のリーダーとして当然注意すべき事だった。
実際ムカついたし、自尊心と優越感、マウント取るのに必死で、バカな娘だなとも思った。
でも、もっと違うやり方があったのでは?
サンミなら、、サクラなら、、どう言っただろう?
(今までなら自分が辞めてハイ、オシマイだったけど、それじゃダメなんだわ)
逞しく生きる力がロージーにはある。
もしかしたら、ロージーがここにまだいたら、ぶつかりながらもいいものが出来たかもしれない。
今までダメ男の烙印を押してきた相手はどうだろう。
今日出会った動物愛に満ちたハリソンは本当にナシなの?ダメなの?
テンコとは種族の壁を越えられない?
女王様大好きカール様だって――……
「いや、アレはナシね」
“ザバッ”
アイリーンは湯船からあがると、体を拭き、着替え、髪を整える。
そして、鏡に写る自分を改めて見つめる。
私は、私。
今すぐは変われない。
でも前より柔らかくなったよね?
成長、してるよね?
鏡に問うと、自分が微笑みをかえす。
(うん。可愛い♪)
階段を上がり、部屋のドアをそっと開けて、ベッドに潜り込んだ。
「ん……?アイリーン?」
ベッドの中で寝ていたサンミが小さくうめく。
「何だい、寝ぼけて部屋間違えたのかい」
「ううん」
そっとサンミの背中にくっつくアイリーン。
「今日だけ……寝坊しそうだから」
「まったく、、」
そう言って サンミはアイリーンを引き寄せる。
「甘えるのか下手だねぇ」
ぎゅ、と、優しくアイリーンを包み込むサンミ。
「んー……うちの娘の匂いだ」
「みんな同じ石鹸でしょ」
「いや、うちの娘の匂いだよ」
スーッ、と、サンミはそのまま眠りに入った。
アイリーンも、サンミの寝息に誘われるように眠りに入る。
(同じ石鹸だけど、お母さんの、匂い……)
今はまだ、子供でいていいんだよね……
◇◆◇◆◇
少し時は遡り――
アイリーンが森のイシルの家に着いた頃。
場所はアザミ野町。
ここはアザミ野の中心部にある警備隊の本拠地で、単身者の宿泊所も備えられている大きな建物の中。
その本部執務室でハイドンは書類を前にため息を吐く。
書類には“ニュクテレテウス討伐に関する報告書”とあり、今日の討伐の詳細が書かれていた。
作戦の進行と状況、東西北の三点から南の拠点に向けての追い出しは、新たに加わった冒険者の助っ人と、オーガの村の守り神“妖狐”の降臨により順調に行われ、ニュクテレテウスの大半を移住させ、殺傷することなく制圧。
以降様子見は必要ではあるが、一応成功したと言えるだろう。
(しかし、だ……)
報告書に冒険者と記した中の一人“サクラ”
彼女の銀色の魔法。
此の世界は大自然から与えられるエネルギー、“マナ”の恩恵を受けている。
霊力や呪力も含む超自然的なエネルギー“マナ”
人や物に特別な力を与える、実体性を持たない神聖な力は“魔力”と呼ばれ、“魔力”を使う方法が“魔法”だ。
その神秘的な力には“属性”があり、“属性”により“色”がある。
火の属性は“赤”
水の属性は“青”
風の属性は“緑”
地の属性は“橙”
光の属性は“白”
闇の属性は“紫”
生活魔法程度ではこの“色”は見えないが、“攻撃”や“治癒”など、特別な魔法を発動させるとこの“色”の光の粒子がキラキラと見える。
一般的にはこの6属性だが、ここに属さない“色”がある。
『神』と『悪魔』
『神』と『悪魔』は この地に属さないも。
『悪魔』の色は“黒”これは数多く報告されている。
総てを属する此の世界の創造者『神』の色は“黄金”だという。
その『神』と『悪魔』同様、この世界に属さない者、それが『聖女』だ。
聖女伝説――
それは、この世がまだ戦乱に包まれていた頃の話し。
銀の輝きと共に平和をもたらす聖なる者。
戦いに疲れはてた時、神の世界から乙女が現れ、戦いを終息させ、荒れた地を恵みで満たし、人々を癒してまわった、と。
虐げられた者達が生み出した虚構の乙女。
今では子供のおとぎ話に出てくるお姫様。
(それが実在する、だと?)
実際、この目で見たサクラの魔力は間違いなく“銀色”だった……
ハイドンは書き上げた報告にもう一度目を落とす。
(さて、どうしたもんかな……)
ハイドンは胸のポケットに手を入れようとして、あぁ、煙草は娘のアンジェが生まれた時に辞めたんだったと思い出した。
「仕事中に煙草ですか?」
「うわあっ!!」
気配もなく後ろから声をかけられて、ハイドンはガラにもなく声をあげた。
咄嗟に腕をふり、声の主を攻撃する。
が、手応えはない。
「嫌だなぁ、僕ですよ」
ひらり、ハイドンの攻撃を軽やかにかわし、涼しげな声を発したのは、長い髪をした麗しいエルフだった。
「お久しぶりですね、ハイドン」
「イシル!?」




