555. bad communication(後編)
「お前、もう帰れば?」
ぶっきらぼうに放たれたランの言葉。
(はぁ!?話題を振ってきたのはアンタでしょ!?ラザニア、誰に教わったかって、別に答えなくても良かったのに、、何で急に不機嫌!??)
アイリーンが知るわけもない。
マリア様はマリアンヌ、ランの母親である事なんて。
幼い息子、ランを国に残し、世界各国を飛び回っていたマリアンヌ。
どれだけランが寂しい思いをしてきたかなんて。
そして、ランに獣化の呪いをかけ、国を追い出した張本人である事を。
「言われなくたって帰るわよ!」
アイリーンはオーブンの火が消えてる事を確認すると、忌々しげにキッチンを出る。
「片づけくらいちゃんとしといてよね!私が使いっぱなしだなんて思われたくないんだから!」
ああ、ムカつく!
気の利いた捨て台詞も思いつかないくらいに。
ランはノーリアクション、返事もない。
アイリーンはラザニアを食べているランを後に、キッチンを出てリビングを通りすぎ、玄関を開けると、スターウルフを呼ぶのも忘れて前庭をズンズン歩く。
食事をだしても、水を出しても礼すら言わない。
食べるだけ食べて、“もう帰れば?”
(無礼者過ぎるでしょ!)
ランの理不尽な態度もそうだが、大好きな『マリア様』を汚されたようで腹が立つ。
(あんなヤツにマリア様の事を話したのが間違いだったわ)
似た境遇のランならマリア様に会っているかもしれない。
マリア様の事を知っているかもと、嬉しくなり、話題にしてしまった。
『別に嫌ってねーし』
あの言葉で調子が狂った。
家の思出話なんて、普段ならしないのに。
なんだか、普通に話が通じる気がした。
どこがどう、とかではなく、そういう空気だった。
(フン、馬鹿馬鹿しい。あんなヤツにどう思われようと知ったこっちゃないわ)
アイリーンが頭に血を昇らせながら、館の敷地を出ようとした時――
“グイッ”
腕をつかまれ、後ろに引き戻された。
(しまった!盗賊!?)
顔を振り、見上げると、アイリーンを引き戻したのは、悪漢ではなくランだった。
「なっ、なによ!」
ランは無言でアイリーンの手を掴んだまま、グイグイとアイリーンを引っ張っり、庭に建てたれた小屋へと向かっている。
「何すんのよ!」
「んー……食後の運動?」
アイリーンをチラリ、横目で見て不敵な笑みを浮かべるラン。
何を考えているのかわからない妖艶で妖しい横顔。
月光に青く浮かぶその顔は、危険、だけど、美術品のように完成された美しさで、不覚にも魅入ってしまった。
「はな///してっ、、」
アイリーンの抗議の声にも構わず、ランは小屋の扉を開け、アイリーンを中へと押し込む。
窓のない部屋――
明かりもなく、真っ暗で、扉から入る月明かりから見るに、何もない部屋――
(何をしようって……)
「ご馳走さま」
「ひゃっ///」
戸惑うアイリーンの背後から、すりっ、と、ランが顔を寄せ、耳元で囁く。
吐息に耳をくすぐられ、アイリーンの口から思わず小さな悲鳴が飛び出した。
それを楽しむかのように、アイリーンの耳にランが甘い声で更に囁く。
「また、作って、ラザニア」
(~~~///)
ゾクゾクッ と、背中をくすぐれるような感覚に襲われ、
アイリーンはたまらず、ランをドンッと、扉の方へ突き飛ばし、両手で頬を覆った。
顔が赤いのが自分でわかる。
そんなアイリーンを見て、愉しげに口の端しをあげるラン。
「意外と可愛いじゃん、お前」
(なななな///なっ!?)
「それじゃ、始めますか」
「なっ、何を――」
「何だと思う?」
ランは思わせ振りにアイリーンにジリ、と、一歩詰め寄った。
それに伴い、アイリーンは一歩後退る。
青い月明かりの中、ランがもう一歩、
アイリーンも、もう一歩。
「そう、そこ」
アイリーンが部屋の中央に到達すると、ランはひらりと踵を返し、、
“パタン”
扉を閉めた。
(へ?)
真っ暗闇の部屋にぽつねんアイリーン
(閉じ込め、られた?一体何がしたいのよ!!?)
“パアアァ……”
(今度は何!?)
青白い光が、床に走り、何もないと思われた部屋の床に幾何学模様が浮かび上がる。
アイリーンはその模様の中央に立っていた。
円や星型、文字を組み込んだ、複雑なのに洗練された模様のこれは、、
(魔方陣!?)
魔方陣の光が部屋を満たし、アイリーンは光の渦に巻き込まれ、自分の手の先さえ見えなくなった。
フワリ、浮遊感。
(何なのよ~~~!!)
一瞬間、後、、
地に足がついた感覚と共に、体に纏わりついていた光が散っていく。
魔法の残光に浮かび上がったそこは、物置のような場所だった。
(何処よ、ここ)
どうやら別の場所に飛ばされたらしい。
転送された先の魔法陣は、人が一人立てるほどのコンパクトなもので、すぐ横には上に上がる階段があり、その先には扉があった。
いつまでもこんな埃っぽいところに居ても仕方がないので、アイリーンは階段を上り、恐る恐る扉を開ける。
“カチャッ”
(あれ?)
見たことある廊下に出た。
(ここ、組合会館じゃない)
ドワーフの村にある組合会館。
今は商人の組合長のラルゴや組合員のレオ、その弟のユーリが家として使っている、馴染みのある場所だ。
上の宿泊部屋に続く階段の下に、扉とわからないような仕様で隠し部屋が作られていた。
奥の左側は風呂場に、右は入り口玄関に続いている。
(こんな所に繋がってたんだ)
サクラはこれを通ってドワーフの村にやって来てるのだと知ったアイリーン。
今まで森のイシルの家に用事はなかったし、特に気にもしていなかった。
知っていてもアイリーンの魔力量では転送装置なんて使えないし。
「あたしをおちょくってるのね」
気にくわない。
手玉にとるのはいつだってアイリーンの方だ。
なんだか負けた気がして悔しい。
(ん?)
“♪~♪♪、♪~”
お風呂場に誰か居る。
この声は、ラルゴのようだ。
お邪魔してるのだから一声かけた方がいいかと鼻唄の聞こえた風呂場のほうに目を向けると、丁度その人物が風呂場から出てきた。
“ガチャッ”
「あ、ラルゴさ、、」
「へっ?」
目を合わせた瞬間、硬直する二人。
♪ターン♪ターン♪たーぬきの○○○○は~♪か~ぜもないのに、、
“ぶーら、ぶーら、、”
( ; ロ)゜ ゜ エッ( ̄□||||!!
「きゃああああ///」
「うわああああ!!」
風呂場から出てきたラルゴは、真っ裸だった……
「変態っ!!」
「いや、ちょ、待って、アイリーン!」
「来ないでっ///」
「あっ、着る着る、服、着るし、お願い、待ってぇ~」
踏んだり蹴ったり、本日のアイリーンは、男難の相が出ているようです。
◇◆◇◆◇
「あれは、事故でありまして……」
何とかアイリーンを引き留め、“銀狼亭”まで送るラルゴ。
アイリーンの誤解を解いておかなければ、明日から“変態男”の烙印を押されてしまう。
アイリーンのファンに知れたら生きたまま八つ裂きだろう。
「わかってます。あそこはラルゴさんの家だし、急に出てきた私が悪かったんだから」
そう言ってもらえてホッとするラルゴ。
「あそこから出てきたって事は、サクラちゃんに会ってたのかな?」
「そう。でも、サクラは疲れて寝ちゃって……」
「じゃあ、イシルさんと話してたの?」
「ううん、イシルさんも出掛けてたわ」
「ん?じゃあ、魔方陣起動したのはアイリーンなの?凄いね」
「違いますよ~私じゃそんなこと出来ません(笑)」
「それじゃあ、、あ!ランくん!ランくんが送ってくれたんだね!」
(送ってくれた……?)
仲良く話していたかと思ったら急に不機嫌になり、
突き放してきたかと思えば強引に引き戻され、急に距離を縮めて甘えてくる。
冷たいんだか、優しいんだか、なんなんだ!!
(それなら普通に送りなさいよね!あんなふりまわすような行動しないでさ!!)
「そっか、そっか、なんだかんだ言って、ちゃんと仲いいんだね~」
「仲良くなんかないわよ!!」
おっと、地が出て思わずラルゴに怒鳴ってしまった。
アイリーンは誤魔化すように話を重ねる。
「私、憧れの女性がいてね、子供の頃にその人に色々教えて貰ったの。生活の知恵とか、生き方とか、身の守り方とか。でね、アイツも知ってるかと思って話したのよ。アイツが聞いたのよ?その人の事」
ラルゴはアイリーンの地は知っているのだが、歩調を合わせながら黙ってアイリーンの話を聞いている。
「誰もが尊敬する人よ!?いろんな国をまわって、孤児院や病院、難民キャンプ、スラム街まで、治療したり、支援したり、知識を与えたり、、」
「凄い人だね」
「凄いのよ!」
「今のアイリーンがあるのはその人のおかげって事かな?」
「私が腐らずにすんだのはその人のおかげだと思う」
うん。と、ラルゴは相づち。
「アイツだって会ってると思うわ」
「うん、そうかもね」
「なのに、その人の話ししたら急に不機嫌になってさ、意味わかんない」
「そっか、共感してもらえなかったんだね」
(……共感?)
アイリーンは自分の感情を反復する。
(共感して欲しかったの?アタシ?共感が得られなかったからイライラするの?)
今まで聞き手にまわっていたラルゴがのんびりとした口調で 独り言みたいに呟く。
「でも、ラン君にも不機嫌になる理由があったんじゃないかな~」
「……どんな?」
「う~ん、、炊き出しのおかわりを貰えなかった、とか?」
「ぷっ、何ソレ」
「だって、子供の頃の話だろ?わかんないけど、助けて欲しい時に助けてもらえなかったとか、辛い時に居てくれなかったとか、、」
「甘えじゃない」
「かもしれないね。でも、ラン君の生い立ち、知らないからなぁ……」
「あ……」
ラルゴのゆっくりとした調子にアイリーンの怒りも落ち着いてきた。
(そっか……)
アイリーンには家があった。
ハンナがいて、兄弟と呼べる仲間がいて、決して楽ではなかったけど、生活は出来ていた。
ランは、どうだったんだろうか。
(自分の価値観を押しつけてたのかな、私……)
しょんぼりと少し反省するアイリーンに、ラルゴが暖かい瞳で見守るように笑っている。
(っ///)
なんか、大人みたい。
(ラルゴのくせに)
悔しい!!
マウント取られっぱなしなんて、プライドが許さない。
アイリーンは逆襲に急カーブ、ハンドルを切る。
「でも、ラルゴさん、お風呂あがり、服は着てから出てきたほうがいいですよ」
「う、、うん///ごめん」
終わったと思った失態を持ち出されたラルゴは大人の顔が引っ込んでたじたじになる。
ラルゴの素直な反応に、アイリーンは気を良くし、エンジン全開!
「親しき仲にも礼儀って必要でしょ?」
「そうだよね、うん」
アイリーンは、ちら、と、ラルゴを見上げ、
「私だったら――」
「ん?」
「旦那様にはそうあってほしいなぁ♡」
頬を染めてみせるアイリーン。
「えっ///あっ、う、、///」
上目遣い、あざとい!でも、イイ!!と、ドギマギしてしまうラルゴ。
(これよ、これ、こうでなくちゃ♪)
ラルゴの反応に、アイリーン節炸裂、ドーン♡
「それに……」
「ん?」
鉢合わせした時のラルゴの慌てっぷりも、アイリーンに翻弄されるラルゴも、、
「クスッ……可愛い」
「えっ!?」
こぼれたアイリーンの呟きに、ラルゴはチラリ、己の股間に目を向けた。
(それは、サイズの事かな……((T_T))




