554. プレイバック女子旅 ⑥ (ラザニア) ◎
料理写真挿入(2022/10/16)
アイリーン、ヒナ、リコは 食事を作るためにキッチンに入る。
「さすがイシル、綺麗にしてるわね」
使い込まれているが清潔なキッチン。
年代物のオーブンストーブには鍋が三つもかけられる。
綺麗に整理された使い勝手の良さそうな調理器具。
美しい食器、磨き上げられたカトラリーにグラス。
それでいて堅苦しく見えないのは、これがお飾りではなく、生活の一部として見てとれるからだろう。
「良い趣味してるじゃない」
家主が料理好きなのが良くわかる。
大きな窓があって、朝食の時間には清々しい光が入ることだろう。
アイリーンは火魔法でオーブンに熱を入れると、食材庫を確認する。
「うわぁ……」
「凄いですね」
食材個の中を見て、アイリーンとヒナが感嘆の声を上げた。
街のマルシェにも負けない程種類豊富な野菜達。
何の野菜かわからない珍しいものもある。
「勝手に使って怒られんのか?」
「サクラの胃袋に入るなら怒んないわよ、あの溺愛エルフは」
「クスクス……そうですね」
リコの質問に問題ナシとアイリーンが答え、もっともだとヒナが笑った。
アイリーンは小麦粉を取り出し、卵をといて塩とオリーブオイルを入れ、小麦粉を入れたボウルの真ん中に流し込み、包むように混ぜ合わせていく。
分量は粉2に対して水分1。
「生地を作るんですか?ピザかパスタを?」
「うん。ラザニアを作るの」
「これからか!?時間かかるであろう!?」
「でも、食べたいのよ」
アイリーンはボウルに入れた生地がポロポロするまでヘラでざっくり混ぜた後、手で生地をこねる。
まとめあげると、力をいれて、ぐっ、ぐっ、と、色んな角度から体重をかけ生地を馴染ませて行く。
「落ち込んだりすると作って食べたくなるんだ」
アイリーンなりのストレス発散法のようだ。
「ありますよね、そういう料理」
「料理作ってる時って、なんか落ち着くのよね。無心になるっていうかさ、こう、余計なことは考えなくなるって言うか……」
「わかります。効率よく、行程を考えながら食材に触れてると頭が整理されますよね」
「そう!だから、簡単すぎず、難しすぎないラザニアは最適なの」
ラザニアは平打ちパスタの名称だ。
料理としては、ラザニアをソースと交互に重ねてミルフィーユ状にし、オーブンで焼いたもの。
手が込んでいるようで、そんなに難しくない。
現世ならラザニアシートも、ミートソースも、ホワイトソースも売っている。
「私、何しましょう?」
「じゃあ、ヒナは玉ねぎ、人参、セロリ、ニンニクを刻んでくれる?」
「わかりました」
ヒナが食材を取りに行くと、リコも手伝いを申し出る。
「ワシは?ワシは何する?」
「そうね、肉をミンチに出来る?」
「お安いご用じゃ」
「肉は赤身でお願いね、脂が出すぎるとべちゃべちゃになるから」
「合点承知!」
リコは保冷庫から赤身肉を持ってくると、懐から出刃包丁を取り出し、肉に刃を当て挽きはじめた。
「それ、片刃でしょ?切りにくくないの?」
「お魚用の刃物ですよね?」
アイリーンとヒナが リコの握る出刃包丁を見て別の包丁を勧める。
が、リコは人差し指を立て、横に小さく振りながら“チッチッチッ”と舌打ちし、それを否定した。
「お主らは出刃の良さをわかっとらんな」
出刃包丁は片刃のため、ねばりのある魚や肉にも刃がくっつきにくく、包丁を置いただけでスーっと切れる仕組みになっている。
だから食材の細胞を壊さずにうまみを閉じ込められるというメリットがあるのだ。
「だから肉を断つにはコレが一番♪」
「……元ヤマンバが言うと、なんかイヤ」
「生々しいですね……」
「なんじゃとー!!」
一つの事を一緒にやると、自然と仲も良くなってくる。
「トマトはピューレにしますね?」
「ありがとう、ヒナ」
「潰すんじゃな、ワシが殺ってやろう」
字が違いますよ、リコさんや。
トマトを手にするヒナの隣に『自分が!』と来たリコ。
「しかし、アイリーンは 何故“婚姻”を急いでおるのじゃ?焦る年齢でもなかろうに」
“ぶちゅっ”←トマトプレス
「早く幸せになりたいのよ。アザミ野のハウスも家ではあるけどさ……」
「アザミ野のハウス……?」
“ぷしゅっっ”←プレス
(ハウス、、孤児院か。アイリーンは家族がおらんのか?)
リコは隣にいるヒナを見る。
ヒナはリコの疑問を悟り、少し寂しそうな笑みをフッとリコに返し、肯定を示した。
(……そうか)
アイリーンが孤児であることを知るリコ。
(ワシと同じく、一人……)
“ブッシャアアぁぁ……”←プレス
「リコさん……」
「ん?なんじゃ?オニっ娘、、えっと、ヒナ」
「……やっぱり私がやります、トマト」
「ほえ?」
トマトが殺人現場です。
アイリーンは話しながら手早く生地をまとめると、馴染ませるために保冷庫に入れ寝かせ、ミートソース作りに入る。
「し、しかしなぁ、無理に相手を見つけんでも、こう、自然な出会いとか、あるんじゃないか?」
「妖魔と違って人間は短命なの。せいぜい100年がいいとこよ。グズグズしてる暇はないわ」
「そういうもんか……」
ちょっとモジモジしながらアイリーンに聞くリコに、ヒナが”ふふ”と意味深な笑みを見せる。
「さてはリコさん、そのような出会いをなさりましたね?」
「えっ///」←図星☆
「へぇ~、やるじゃない。討伐の最中に出逢いでもあった?」
「いや、ワシは……」
パンディーとの出会いを思いだし、顔を赤らめるリコ。
「テレちゃって、可愛いとこあるじゃない」
(これがコイバナの中心!?恥い!ハズイぞうぅ///)
アイリーンは言葉でリコをつつきつつ、みじん切りにした野菜とローズマリーをオリーブオイルで炒める。
ふわん、と、野菜の香りが立つ。
玉ねぎの甘さと、セロリの香味、オリーブオイルのまろやかな香り。
そして、食欲をそそるニンニクの香りが、主張しすぎずに隠れている。
「いい?リコ、妖魔が時間があるて言ったって、相手はどうなの?妖魔ほど長寿なの?」
「えっ?」
ハーフリング村の山で出会ったパンディーは獣人。
人族よりは少し長寿ではあるが、妖魔には到底及ばない。
「それにね、待ってるだけじゃダメなのよ。何も起こりゃしないの」
アイリーンは更に牛挽肉を入れると強火にして更に数分炒めると、赤ワインをだばだばっ、と加えて強火のままアルコールを飛ばすようにさらに炒めた。
「トマトピューレ入れますね」
そこにヒナが潰したトマトを入れると、トマトに熱が入り、爽やかな酸味が立ち上る。
「チャンスは自分で作らなきゃ」
「ど、どうやって?」
「行動あるのみよ」
「行動……」
アイリーンは塩で味を整え、ナツメグを足し、弱火にした。
「脅かせばよいのか?」
保冷庫から寝かせておいた生地を取り出し伸ばすアイリーンにリコが問う。
「……人の気を引きたくて旅人を脅かしてたんですか?」←ヒナ
「好きな子いじめて嫌われるタイプね」←アイリーン
それじゃ小学生ですよリコさんや。
「とにかく、獲物がいるなら近くにいることね。相手に認識されないとお話にならないわ」
「フムフム……近くにφ(..)」
「いい?チャンスの神様は前髪しかないのよ?おびき寄せて前に回り込んで掴んでむしりとるのよ!!」
「むしりとるのかΣ( ̄□ ̄;)!!」
アイリーンとリコのやり取りを聞きながら ヒナがクスクスと笑い、話しに花が咲く。
「通りすぎた時間を追いかけてもその瞬間を掴むことは出来ないですからね」
「やらないで後悔するくらいならやって、やって、やりまくるわよ!」
つくつく、ふつふつ、お喋りの間にまろやかになるまで煮込まれるボロネーゼ。
平たくのばされた生地に折り込み、重ね、ミルフィーユに。
チーズをかけて、こんがり、香ばしく焼き上げる―――
「出来上がり♪」
「んん///良い匂いですね」
「旨そうじゃな!」
「旨いわよ♪」
出来上がったラザニアを切り分けて皿にのせ、居間に運ぶアイリーン、ヒナ、リコ。
「おまたせー」
「わぁ♡ラザニアだ」
「いい匂いがすると思ったですぅ///」
リズとスノーはアイリーンからラザニアを受けとると、デレデレ顔で、すぅっ、と匂いを嗅いだ。
見ているこっちが嬉しくなる顔だ。
「熱いですから、気をつけて食べてくださいね」
ヒナがフォークを渡すと、双子は『いただきま~す』と ユニゾンで答え、早速手をつける。
こんがり、とろ~りチーズがなやましく伸び~る
「ふわわ///」
「はふ♡はふ♡」
「あれ?サクラは?」
「寝かせたぞ」
アイリーンの問いに、ヨーコがヒナからラザニアを受け取りながら答えた。
「ちょっと時間かかっちゃったかな」
ソースがまろやかになるまで待ちきれないリコが、魔法で煮込み時間を短縮してくれたが、一時間はかかってしまった。
「いや、今日は色々あったし、特に疲れとるからな、妾がそばに居れば平気じゃが、明日もあるし、寝て回復するのがよかろう」
ニュクテレテウスを救うために、大規模に銀色魔法を使ったサクラは 本来なら魔力切れで動けない状態だ。
「明日?なんかあるの?」
アイリーンもソファーに座り、ラザニアにフォークを入れる。
「明日はねぇ~」
「オーガの村に行くのですぅ~」
『ねーっ』と声を揃えるリズとスノー。
「オーガの村のラーメンだけどね、」
「売れ行きが少し落ちてるんだってぇ~」
「はふ、暑くなってきたしね、温かい料理は売れ行き落ちるっしょ」
「雨季に入れば 蒸しますしね……ん///美味しいです、アイリーン」
「そう?良かった。料理上手なヒナに褒められると嬉しいよ」
「そんな、、料理上手だなんて///」
ラブラブモードのアイリーンとヒナに、リズとスノーも『美味しい!』『美味しいですぅ』と、負けん気をだし、アイリーンが『はいはい』と、笑う。
「何やらサクラに策があるようで、明日シャナに会いに行ってくれるのじゃ」
その様子を微笑ましく見ながら、ヨーコが話をつけ足した。
「お人好しじゃな、サクラは。疲れとるなら後日でもよかろうに」
「サクラが疲れてんのはアンタのせいでしょ、リコ」
「ぬぐ///」
他人事のリコに アイリーンが釘を刺した。
「オマエは顔は可愛いのに……」
「ありがと♡私は可愛いのよ」
どこまで行ってもアイリーンに勝てる気がしない……
「お主はどうする、リコ」
「ワシは行かん、キツネの縄張りなどにはな」
「明日の事ではない、今後、どうするかじゃ」
「ワシは……」
アイリーン、ヒナと話していて、決めたことがリコにはあった。
「ワシは、ハーフリングの村に行く」
パンディーのいる村に。
「良い心がけじゃ人と共に居るのは良いぞ」
(*´ -`)ノ″(ФωФ,,* )ナデナデ
「なっ、、撫でるな!ヨーコ!!オマエと馴れ合うつもりはない!!!」
「ほほほ、照れるでない(ナデナデ)」
「シャ――ッ!!」
「ほほほ、(ナデナデ)」
「リコさん、ハーフリングの村に行くなら、、」
「オズにドワーフ村に来るよう伝えてくれませんかぁ~」
リズとスノーがリコに願い出る。
「オズ?誰じゃ?」
「オズボーンさん、ハーフリングの商人さんです。村の人に聞けば会えるから」
「聞かなくてもぉ、きっとすぐわかりますよぉ~村で一番騒いでる人がオズですからねぇ(笑)」
あら?と、ヒナが申し出る。
「オズさんに入り用ですか?何なら白狐を使いに出しますが……」
「ううん、急ぎじゃないからいいよ、ヒナ」
「ついでで十分ですぅ~」
リズとスノーが交互に答え、アイリーンが続く疑問を口にする。
「オズに何の用なの?」
「アイリーンも思ってると思うけど、バーガーウルフのコロッケもちょっと売れ行きが落ちてるでしょ?」
「まぁ、他の街でも似たようなの出てきてるみたいだからね」
「そうなんですよぅ……今はぁ、お芋よりやっぱり腹持ちがいいハンバーガーの方が売れ出して来てるじゃないですかぁ~」
「それで?オズがなんか関係あるの?」
「ん、、何か、サクラ曰く、オズはいんふるえんさーだからって」
「いんふるえんさー???」
「おっ!ワシ、それ知っとる!サクラの世界のコトバじゃ、確か、悪いういるすの事で……」
「ういるす?」
それはインフルエンザです。
「ういるすは何か知らないけど、、」
「サクラはオズにぶーむを作ってもらうって言ってたよぉ」
◇
リズとスノーは明日サクラと共にオーガの村に行くので、支度のためにと帰っていった。
リコは早速ハーフリングの村に。
ヒナは警備隊員の朝食の準備で朝が早いから帰したし、
ヨーコは少しでも回復が早まればと、サクラの部屋にいる。
“カチャカチャ……ジャー……”
森のイシルの家のキッチンで後片づけをしているアイリーン。
「はぁ、、疲れた」
疲れたけれど、このキッチンは居心地がいい。
後片づけさえも楽しくなる、理想の台所。
(こんなキッチンが欲しいわ)
「~♪~♪♪~♪~」
知らない間に鼻歌が出るほどに。
今日は色々あったけど、最後は楽しかったし、いい人生経験が出来たと思おう。
早いうちに気づいて良かったではないか。
傷は浅い、次に行くんだ!
「……なんでオマエがいるんだよ」
そんな楽しいひと時をぶったぎる声が アイリーンの背中にかけられた。
アイリーンはその声に、ピクリと反応し、相手も見ずにため息を吐く。
(そうだ、この家にはコイツが居たんだった……)
アイリーンはわざとらしい笑顔を浮かべて振り返る。
「お邪魔してまーす♪」
「チッ」
あからさまな舌打ち。
アイリーンが振り向いた先、キッチンの入り口には、不服そうな顔をしたランが立っていた。




