552. プレイバック女子旅 ④ (アイリーンの婿取物語 17)
シエナの服屋を後にしたアイリーンとハリソンは 大通り沿いの店で食材を購入することにした。
「まだやってるマルシェ(市場)はあるかしら……」
大通りの歩道を肩を並べて歩くアイリーンとハリソン。
馬車も通るカトレアのメイン通りは、夕焼けに街灯が灯りだし、飲食店に人が流れて、これから賑わいを見せるところだ。
アイリーンのいたアザミ野の街でもそうだが、飲食店の為に開いている食料品店もあるはず。
「アイリーンは動物が好きなんだね」
「え?」
「スターウルフを見ればわかるよ。きれいに手入れされてる毛並みだもの」
「え?ええ……」
気にしたことはなかった←下僕だし。
(アザミ野の孤児院で、持ち回りで番犬として置いているうちに子供達が懐いてなでまわして、毛艶が良くなっているだけだけど…)
ハリソンは動物が好きなんだ。
ここはのっておくのがいいだろう。
「家族みたいなものだから」
まあ、嘘ではない←下僕だけど。
「そうなんだ」
ハリソンが嬉しそうだ。
うん、好感度UP成功♪
「ハリソンさん、何が食べたいですか?」
「う~ん、アイリーンは何が食べたい?」
「質問に質問で返すのなし~」
あはは、と、二人で笑う。
「何でも……って、困るよね?」
「はい(笑)」
何気ない会話で少しずつ縮まる距離。
ちょっと、楽しい。
「う~ん、、パスタ、とか?」
(そんなものでいいの?)
もっと手のこんだものでもいいのに、ハリソンは気を遣ってくれてるのだろうか?
「お腹減ってるからね、早く食べたい(笑)」
いたずらっ子のようにはにかむハリソン。
「わかりました、クリーム系、トマト系、オイル系、、あと……」
「パスタはトマト系が好きだな、うん。」
それならトマトをゲットしていこう。
ミートソースか、アラビアータ、、ラルゴ達に好評だったアマトリチャーナでもいい。
「あ、あそこ!」
アイリーンは少し先で 入り口の野菜の箱を片付けだしている食料品店を発見し、駆け出そうとした。
「危ない!」
“グイッ”
「きゃ///」
馬車道を横切ろうとしたアイリーンの手をハリソンが取り、自分の方に引き戻す。
アイリーンは勢い余って、ハリソンの胸に ぽふん、と、納まった。
「っ///」
「……」
次の瞬間、二人の前を馬車が通過していく。
「飛び出したら危ないよ」
「……ごめんなさい///」
ハリソンはアイリーンを歩道側に立たせると、無言で前を向き歩き、まだ開いているマルシェへと歩きだした。
「……」
「……」
アイリーンの手をにぎったまま……
「……」
「……」
アイリーンが声をかけるも――
「あ、あの、ハリソンさん、、」
「……」
ハリソンは無言だ。
(怒ってる?)
黙ってしまったハリソンの背中越しに様子を伺うアイリーン。
(飛び出したのが、街の規律を乱す行動だったから?)
でも、手は繋いだままだ。
ふんわりと、優しく握りながらも、ハリソンが離す気配はない。
「あ、あの……」
「……」
その表情は見えないが、ハリソンの形のいい耳が真っ赤になっているのが見えた。
夕焼けのせいではなさそうだ。
(なによ、可愛いじゃない///)
ハリソンの行動に、アイリーンも黙り込む。
アイリーンの胸に、きゅっ、と、甘酸っぱい感情が沸きあがってきた。
マルシェはすぐ目の前。
もっと遠ければいいのに、、と。
(好きに、なれそう……)
アイリーンの頬を染めているのもまた、夕焼けではなさそうだ。
◇
「……ベタじゃな」
「ベタベタ……」
「ベタすぎですぅ~」
話を聞いていたヨーコ、サクラ、リズが突っ込みを入れた。
「でも、王道!」
「「きゃー///」」
全員、悶絶!
“キャー///”ではなく、もはや“ギャー///”である。
「ベタな展開って、実際やられるとグッとくるよね~」←サクラ
「そうなんですか?」←ヒナ
「好きな相手限定ね」←アイリーン
「それな(笑)」←サクラ
「うむ、真理じゃ」←ヨーコ
「じゃあアイリーンはハリソンの事……」←リズ
「まだよ、まだ、“好きになれそう”なだけ」←アイリーン
「脈あり、ですぅ~」←スノー
「甘酸っぱいのぅ///」←リコ
再び“ギャー”と、のたうち回る七人娘(←?)
「マルシェで買い物してさ、ハリソンの家に行くことになったんだけど、どうやらハリソンは町外れの一軒家に住んでるみたいで、馬に乗って出勤してるのね。だから、馬に乗ってハリソンの家まで行ったのよ」
「来た!」
「二人乗りぃ~」
リズとスノー待望の二人乗り。
「その若さで土地持ち、一軒家?ハリソンの実家はたしか、ポーチュラカの町?だったよね」
母親がポーチュラカの町にいると言っていたはずだ。
異世界では珍しいことではないのかと、サクラが聞き返す。
「うん。アザミ野の家はハリソンのお爺さんの家でね、体を悪くしたお爺さんの世話をするためにカトレアの街に来たんだって。男ばっかり5人兄弟、自分は三男だから、家を継がなくてもいいし、って。お爺さんは去年亡くなって、今は一人」
「優しい……素敵な方ですね」
「人間が出来ておるな……」
ヒナとヨーコも大絶賛。
「小ぢんまりとしてるけど、少し広めの前庭があって、鶏、馬小屋があってさ、周りには家がなくて、どことなくアザミ野の家を思い出させる雰囲気でさ……」
アザミ野の『家』とは、アイリーンが育った孤児院のことだ。
アイリーンの中で“結婚”への夢が広がる。
入り口には何の花を植えようか――
家庭菜園で野菜も作ろう。
鶏小屋の隣に温室も欲しい。
冬でもフレッシュハーブティーが楽しめるように。
前庭で伸び伸び遊ぶ子供を眺めながら――
“夢”が“現実”になる。
そう思えた。
馬小屋へ馬を休ませると、二人で家の扉へと向かう。
荷物を持ってくれるハリソンの肘に アイリーンがそっと手をまわすと、ハリソンがアイリーンを見て 恥ずかしそうにはにかんだ。
「///」
「///」
既にバージンロードを歩いている気分だ。
赤い絨毯が見える!
祝福の鐘が聞こえる!!
そして、今、幸せの扉を開ける――
“ガチャッ”
(へっ?)
家の扉が開かれ、中を見たアイリーンはフリーズする。
(何……これ……)
薄闇の中、ぼんやり見える部屋の中は 物が散乱していた。
(散らかってるなんてもんじゃない……)
散らかってるというより、荒れている。
(もしかして、泥棒!?うっ、、)
アイリーンは思わず手で口と鼻を覆う。
荒らされているだけではない。
獣の臭いがする。
目を凝らしてみると、あちこち爪跡らしき引っ掻き傷が見えた。
“グルルル……”
(獣がいる!?)
獣の気配を感じ、アイリーンがハリソンに声をかけようとするのと、ハリソンが家の灯りをつけたのが同時だった。
(ひっ!)
アイリーンの前に黒い影
(オオヤマネコ!!)
“ウギャオゥ”
明るくなった瞬間、黒い影が跳んだ。
人の背丈程もあるオオヤマネコ!
アイリーンの目の前で、オオヤマネコがハリソンに襲いかかる――
「ひっ!」
「「ふわぁ!」」
話を聞いていたヒナが息をのみ、リズとスノーが小さく悲鳴をあげた。
「アイリーンは結婚する前に未亡人か……」
「婚姻前は“未亡人”ではない、リコ」
「へ?」
リコの言葉にツッコミを入れるヨーコ様。
「未亡人とは“夫がいなくなっても生きている”という意味じゃ。”夫を亡くした女性”のことを指すのに婚姻前に“未亡人”はなかろう」
「ぬぐぐ///」
ヨーコが愉しげにコロコロ笑う。
リコは顔が真っ赤だ。
「覚えたてで使いたかったんじゃな?ん?無理に難しい言葉を使わんでも良いぞ?」
「う、うるさい///」
「それで!?」
「ハリソンは……?」
「それでね、、」
◇
「ハリソンさん!」
アイリーンはミスリルの鞭を呼び出す。
ハリソンの喉元に噛みつくオオヤマネコに 銀色の鞭をふるおうとした、、
「ら、、」
「「ら?」」
“ゴロゴロ……ゴロゴロ”
「あはは、くすぐったいよ」
(へっ?)
“ザーリ……ザーリ”
「痛い痛い、舐めるなよ~」
オオヤマネコはハリソンの飼い猫だった……




