536. 女子旅 part2 ⑱ (ニュクテレテウス討伐:東) ★
挿絵挿入(2022/1/8)
ニュクテレテウスの主 狸妓の気配を辿り、東の地区にやって来たヨーコ。
戦況は討伐隊が押されていた。
(化かされておるな)
隊員の数があきらかに少ない。
狸妓が術を使い、隊員達を魔物の姿に変えてしまったのだろう。
人の姿をしている者がほんの一握りしかいないのだ。
(困ったヤツじゃ)
ヨーコは素早く九字を切る。
『天・元・行・躰・神・変・神・通・力!!』
ヨーコの瞳が赤く耀く。
そして、腰につけた半月型に連なった扇のような独鈷杵を手にすると、くるりと回転させ、全体に向け、退魔の力を差し向けた。
『破邪:アマテラス』
″パアァァァ――″
弧を描いて円となった半月の独鈷は、日輪の光を放ち、全てを照らす。
「うおっ!?」
「戻った!」
人は人間に、ニュクテレテウスは狸の姿に。
ヨーコの光により、狸妓の魔力が払われて 全ての者が元の姿に戻った。
ヨーコは更に討伐隊に向けて治癒と強化の術をかける。
『快癒:パナケイア』
『金剛:ヘラクレス』
ヨーコの癒しに隊員達の傷が癒え心まで軽くなり、勇気が湧き、力が漲る。
仕上げは、、
『封魔:セイメイ』
ヨーコは舞うように独鈷杵を振るう。
美しい姿で術をたたみかけ、ニュクテレテウスに放ち、その魔力を封じた。
ニュクテレテウスと隊員達が化けるのを防いだのだ。
「女神様だ……」
「戦の女神!」
「これ、夢?」
空に舞うヨーコを 崇めるように隊員達が見上げる。
「臨む兵、闘う者、皆 陣列べて前を行け!これで姿が変わることはなくなった!お主らの力は こんなものではない!進め!!」
「「うおぉーっ!!」」
ヨーコの鼓舞により 討伐隊の士気が高まる。
戦いの女神降臨に 討伐隊の足並みがそろった。
(さて――)
ヨーコは討伐隊を立て直すと、そちらは任せ、空に向かう。
「狸妓!居るのはわかっておる、出てくるのじゃ!」
ニュクテレテウスの主、この騒ぎの主導者に呼びかけた。
「狸妓!」
返事はない。
代わりにヨーコに向かって 出刃包丁が矢のように飛んできた。
″キィン、ガキィ、、ン″
ヨーコはそれを半月型に連なった独鈷で全て弾き飛ばす。
「妾には勝てぬ、解っておろう?無駄な足掻きはよせ、狸妓」
“……”
「お主と争う気はない!話をしようぞ」
“……話して何になる”
ようやく返事があり、黒い影がヨーコの前に現れた。
本体ではない、狸妓の影分身。
「何があったというのじゃ」
“……”
「封印が解かれたということは改心したのであろう?それとも 封印を打ち破って出てきたのか?」
“答える義理はない”
「封印した魔法使いへの恨みか?」
“……そうだ”
狸妓は たっぷり間をおいて肯定の返事を返してきた。
どうやら違うようだ。
魔法使いへの恨みではない。
何か隠している。
「狸妓――」
“馴れ馴れしく呼ぶな!まったくお前は世話焼きがすぎる、儂に構うな!”
ヨーコの知る狸妓は、人を驚かせるのが好きだが、危害をくわえるような者ではなかった。
明るく、剽軽な性格だった狸妓。
ちょっと魔が抜けてる、お茶目ないたずらっ子、そんな感じだった。
(まるで手負いの獣のようじゃな)
構うなと言うが、物言いが痛々しく思えて放っておけない。
“人の味方などしおって”
「人は敵ではない、共存し得る者じゃ」
“解ったような口を利くな!”
「解ってほしいと言うことじゃな?」
“うぐ、、ち、ちがう!!”
狸妓の言葉に動揺が見られる。
「何をそんなに愁いておる」
“愁いてなどおらん!悲しくなんてないんじゃ!!”
しかし、狸妓の叫びにはあきらかに悲しみの色が表れている。
寂しさが見え隠れする。
(封印が解けた後、人と何かあったのか?)
“お前にはわからん、妖狐。皆に愛されているお前には……”
「兎に角、顔を見せい」
“断る!!”
(世話のかかる……)
ヨーコは独鈷杵を前に出し、狸妓の影に向けて扇ぐように振った。
『眩惑:キンシ』
独鈷杵から金鵄が飛び立ち、狸妓の影に向かって放たれた。
金色の鵄は光を放ち、狸妓の影分身を雷の閃きにより消し去り、そのまま後方へ進む。
狸妓の本体を見つけると、その上空で旋回し、光輝き弾けた。
″パアァァァ……″
霧散した金鵄の輝きが 狸妓の姿を浮き彫りにする。
「くっ、、」
姿を現された狸妓は、ガバッ、と身を翻すと、その場から逃げた。
「待て!狸妓!!」
ヨーコも狸妓を追い、走り出した。
天照:太陽神、日本神話に登場する女神。
パナケイア:ギリシア神話に登場する、癒しを司る女神。
ヘラクレス:ギリシャ神話に登場する。仏教の執金剛神のもと。
晴明:平安時代の陰陽師。母が狐という説あり。
金鵄:日本神話の霊鳥。
独鈷杵:金剛杵。法具。杵形の把の両端に鈷を付け、鈷が一本のものを独鈷杵、三本を三鈷杵、五本を五鈷杵と呼ぶ。




