517. 女子旅 part2 ① (旅立ち) ◎
518話に挿入した料理写真を後書きに移動しました(2021/12/6)
「忘れ物はないですか?」
ドワーフの村の門前で イシルがちょっと寂しそうな顔をしてサクラに訪ねる。
「はい、大丈夫です」
サクラは今日、アイリーンとカトレアの町に出かけるのだ。
「お金は、足りそうですか?」
「十分持ってます」
五月の爽やかで澄んだ天気とは裏腹に イシルの顔は曇っている。
「落としても平気なように 半分は別にしておくんですよ?」
「はい、入れました」
「落とさないように、財布はヒモで――」
「ベルトにつけました」
ハンカチは?タオルも何枚かあったほうがいいですよと甲斐甲斐しいイシルさん。
「サクラさんは酔いやすいですからね、スターウルフに乗るんだから、酔い止めは飲みましたか?」
「はい、朝イシルさんが飲ませてくれたじゃないですか」
「そうでした。では、帰りの分は?」
「前向いてればそんなに酔いませんし、大丈夫です」
「でも、帰りの分の酔い止め、リュックに入れておきますね」
「ありがとうございます」
イシルがサクラの背負うリュックに酔い止めを入れながら リュックの中を確認する。
「うん。現世から持ってきた薬もちゃんと入ってますね」
「はい」
中の物がおちないよう、イシルはサクラのリュックをしっかりとしめた。
「この時期は日差しも強いですから、帽子を――」
「スターウルフに乗ったら帽子飛んじゃいますよ、イシルさん。パーカーだから被れば大丈夫です」
そうですね、あはは~と 二人して笑う。
「あっ、一昨日は雨が降りましたから、サクラさん、一応傘を――」
「ちょっと、、いい加減にしなさいよ」
最後の言葉はアイリーン。
ドワーフの村の門前で サクラとイシルのやり取りを聞いていたアイリーンがしびれを切らして イチャイチャバカップル状態(←オモにイシルが)にツッコミを入れる。
「たかだか二つ先の大きな町に行くだけよ?そんなに心配いる?荷物、いる!?」
「いつもは亜空間ボックスからなんでも取り出せますが、今回は僕は一緒に行けませんからね」
今回も女子旅だからと 置いてけぼりの留守番イシル→イヤミ節が 地味にアイリーンを攻撃する。
「日帰りよ!ひ・が・え・りっ!しかも、女子旅二回目だし、大袈裟よ」
「旅に危険はつきものですから、前回大丈夫でも今回も大丈夫だとは限りません。備えあれば憂いなし」
「そんなに荷物持たせたら備えすぎて身動きとれなくなるわよ!」
身動きとれなくして、行かせたくないイシルさん。
「まったく、大体ね、オーガの村まではヨーコの回廊で行くんだし、その後はスターウルフに乗って行くんだからすぐに着くわよ」
「近道しようとして 森を突っ切ることはせずに街道を走ってくださいよ?アザミ野からカトレアへの道は広いですから、スターウルフでも邪魔にはならないでしょう」
「交通量多いから無理だわ、迷惑よ」
「スピードを出さないで馬車と同じ速度なら大丈夫です」
しつこく安全運転を促すイシルにアイリーンがイラッとする(←スピード狂)
「そんな早さじゃ間に合わなくなっちゃうじゃない!」
「何に?」
「何って、ゴウ……」
「ゴウ?」
そう言おうとして アイリーンは口をつぐんだ。
ここで口を滑らせては行けない。
「何に間に合わないんですか?」
薄々感づかれているとしても 認めるわけには行かない。
イシルはカトレア行きを渋々了解したのだ。
ここで『合コン』なんて口にしたら即却下、サクラを抱えて森の家に監禁だ。
「……わかったわかった、街道を行くわよ」
とりあえず、口先だけでも大人しく返事をしておくアイリーン。
「イイ子です。ああ、そうだ、アイリーンにもこれを」
イシルが思い出したように ポケットから出したものをアイリーンに渡してきた。
「何よ」
渡されたのは紙だ。
アイリーンは四つ織りにされた紙をかさりと開く。
キレイな文字で書かれているが、渡された紙はびっしりと文字で埋まっている。
呪いの手紙?
「サクラさんの好きなもの、食べられないもの、なるべく控えたいものが書いてあります」
サクラの取扱い説明書だった。
・先ずは野菜から
・芋類は控えめに
・肉は沢山食べてよし
・甘いものは人からひと口もらう程度
・夕刻食事後には薬を忘れずに
・お酒はできれば飲ませないで
等々。
子供かっ!!
「サクラさんは突拍子もない行動とりますからね、目を離さないでください」
動物かっ!?
「それから――」
アイリーンはチッ、と 舌打ちすると、笑顔を作って小首をかしげ、高い声でのたまった。
「やだー、イシルさん、心配性のお母さんみたーい」
「……」
「子供を始めてのお使いに出す、みたいな?」
「……」
「そんなにサクラが信用できない~?」
「……君が信用できないんです」
「アタシ?」
「前、オーガの村にサクラさんを連れ出して、面倒に巻き込もうとしてたじゃないですか」
「ヤダそれ、被害妄想?ただ楽しく食事しただけよ?サクラを信用してるならいいじゃない、アタシはどうでも」
「サクラさんは君に甘いんですよ」
「あら、女にまでヤキモチ?束縛男ってやーね、息するにも許可がいりそう」
「っ、、」
「思い込みが激しいくて、しつこくて、こだわりが強く、プライドが高い、おまけに記憶力がいいイシルさんって粘着質なのね、コワーイ」
「まあまあまあ、アイリーンそのへんで、、イシルさんも、大丈夫ですから、私」
当事者なのに話の置いてけぼりをくらっていたサクラが止めに入った。
「何かあったらランを呼びますから」
サクラの言葉にイシルが はぁっ、と ため息をつく。
「いっそのこと、僕が獣魔になれればいつでも駆けつけられるのに」
「本質はケダモノなのに 一応 ″人″ だもんね」
「何ですか?アイリーン」
「別に」
「アイリーンも煽らないでよ~ほら、オーガの村でヒナが待ってるよ」
サクラはアイリーンの背をグイグイ押して イシルから遠ざける。
″じゃ、イシルさん″と、サクラとアイリーンは ヨーコの廻廊のある『ラ・マリエ』へと行ってしまい、イシルはドワーフの村の門前に一人、ポツネンと取り残された。
(魔物よけ、、しそびれた)
アイリーンのせいで『行ってらっしゃいのキス』を しそびれたイシルは 激しく消化不良。
(これも全てランのせい……)
イシルは『ラ・マリエ』の遊歩道に入って行くサクラとアイリーンを見送ると、ドワーフ村の警備隊駐屯所へと入っていった。




