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512. 鬼雨<きう> (アイリーンの婿取物語 8)

鬼雨(きう)

鬼の仕業ともいえるような、急で激しい雨。

「ゲリラ豪雨」のこと。




「何なのよ、偉そうに」


アイリーンがお使いに出された後、ロージーはミディーに怒られた。

ふて腐れ顔で ブツブツと八つ当たり気味にバーガーを包んでいる。


雨のせいか客も少ないので、ミディーは銀狼亭に物を取りに行ってしまい、今いるのはロージー、テア、ヒナの三人だ。


「たかがちょっと先にバイトに入ってたってだけじゃない、ねぇ、テア」


ロージーは隣でコロッケを揚げるテアに同意を求めた。

テアは曖昧に『まあまあ、先輩だし』と相づちをうっただけ。


思うように賛同を得られなかったロージーは おさまらない。

同意を得たくて 悪口の切り口をかえる。


「あんな狂暴な人だったなんて、びっくり」


「そうねぇ、ちょっと、、怖かったかも」


テアが乗ってきた。


「でしょ!恐くて体が動かなかったもん!」


ロージーは怖がる風を装いながらも嬉しそうに 更にテアに愚痴り出す。


「今まで猫かぶってたのね。皆を騙してたんだわ」


あえて客に聞こえるように、煽るように声を大にして愚痴るロージー。

バーガーウルフNo.1看板娘アイリーンの評判を落としたくてしかたがないようだ。


「色んな男に愛想を振りまいて、色目使ってさ、私が邪魔だから意地悪するし、さっきだって――」


「いい加減にしてください」


調子よく喋り出す ロージーに 静かだが 制止するに十分な気迫を含んだ声が飛んで来た。

ロージーとテアが驚いて振り向く。


「ヒナ?」

「ヒナちゃん?」


「アイリーンは悪くない。もう、止めてください」


接客中だったヒナが 客を背に 真っ直ぐにロージーを見つめていた。

4、5人いる客達も カウンターの向こうの ヒナの後ろで驚いている。


ロージーは ヒナに向かいながらも、後ろの客達に訴えるように反論した。


「なによ、アイリーンは私の指輪が羨ましくて、最初からいちゃもんをつけてきたのよ」


「アイリーンが指環を外せと言ったのは当然の事です。今回は私がケガしそうになりましたが、もしかしたらテアさんが、そしてあなたが怪我をしてたかもしれないんですよ?未然に防ごうと指輪を外せと注意するのは当然の事です」


大人しいヒナが 静かに怒りを湛えている。


「アイリーンをこれ以上辱しめるのは 私が赦しません」


″ゴロゴロ……″


遠くで雷の音がする。


「アイリーンは優しい人です。今頃一人で反省してますよ。ミディーさんがアイリーンを外に出したのも、それをわかっているから。そして、貴女が気まずくならないように、離れて 考えられるように自分も出掛けたのです」


「そんなのヒナの憶測でしょ」


ロージーはおさまらない。

更にアイリーンの悪口を続ける。


「何人もの男と会ってるし(←本当)

自分が可愛いのわかってて男を惑わしてる(←本当)

あざとさ見え見え!(←本当)

貢ぎ物目当てよね(←本当)


あんただって見たでしょ?アイリーンの鬼の形相を」


「鬼はあんなものじゃありませんよ」


″パシッ……ピシッ″


小さな青い閃光がパリパリと音を立てヒナをとりまき、静電気を帯びたヒナの漆黒の髪がゆらりと揺らめき舞う。


ヒナの口から出るのはいつもの穏やかな言葉ではなく手厳しいものだった。


「羨ましかったのは貴女のほうでは?何をやってもアイリーンに勝てずに悔しい思いをしたのでしょう」


「なっ、、」


図星をさされ、ロージーが顔を歪め、怒りにわななき、感情に任せてヒナに掴みかかった。


「このっ!!」


″パシッ、、″


「痛っ!」


ヒナに触れたロージーの手にピリッと電気が走り、弾かれた。

弾かれた手をさするロージーに ヒナが更に冷たく言い放つ。


「他者を認められず、自らが努力することもせずに 貶めることだけを考えるような浅はかな女、、可哀想な(ひと)ですね」


「うるさいっ!!」


ヒナのあわれみの言葉がロージーの神経を逆撫でし、ロージーが再びヒナに手を伸ばしヒナの髪をつかんだ。


「キャッ!」


一度放電した電流は霧散したようで、今度は電気に弾かれる事なく、ロージーはヒナの髪をむしるように掴み引っ張った。

ヒナも負けじとロージーの頭をむんずと掴み返す。


「いたっ、、放しなさいよっ!!」

「貴女が先に放すのですっ!」


「ちょ、ちょっと、二人とも、、」


テアは二人の掴み合いにアワアワするだけだ。


数人いる客が、カウンターの中に入ろうとしたが狭いし、鉄板とフライヤーの油があるから 危なくてどうにも押さえられない(←ミディーはドワーフで怪力だから出来た)


「誰か、銀狼亭に行ってミディーさん呼んで来て!」


「……何やってんだ、お前ら」


グシャグシャに髪を引っ張り会うヒナとロージーに 呆れた声をかけたのは 食事の後の軽い食事を買いに来たランだった。


「ヒナが私を侮辱したのよ!」

「貴女が先にアイリーンを侮辱したんじゃないですかっ!」


「このっ!年下の癖に生意気ねっ!年上をうやまえっ!」

「貴女こそ!年上なら非を認めて謝りなさいっ!」


ランはカウンターに肘をつき、女二人の滑稽なケンカの様子を傍観している。


(あん)ちゃん、警備隊だろ、、」


「今昼休みでバーガー買いに来ただけだし、面白そうじゃね?」


((いや、止めてやれよ))


まわりにいた客全員が心でランにツッコミを入れる。


「あの女は最初っから私達の事を鬱陶しく思ってたんだわ。所詮余所者なんだから、使ってやろうって魂胆が見え見えだったのよね。何かにつけてああした方が、こうした方がと 口出ししてきてさ、鬱陶しいのよ、先輩風ビュービュー!偉そうに!!」


″ビカッ!!″


ロージーの言葉を遮るように 空が光った。


「ひっ!」


稲光に驚いたロージーが ヒナから手を放し、次に来るであろう衝撃に備え、耳を塞ぐ。


″バリバリッ、、ドゴオォ……ン″


バーガーウルフのすぐ脇に雷が落ち、凄まじい落雷音が鳴り響いた。

次の瞬間――


″ザアァアァ……″


バケツをひっくり返したような雨。

滝のような雨に 数名いた客が バーガーウルフの軒下に避難する。


「よくも……」


ヒナを見ると、涙で顔が濡れていた。


「よくもそんなことが言えますね……」


再びヒナのまわりにパリパリと青白い稲妻が帯電してくる。

大泣きしながら ヒナがロージーに反論する。


「あの方は、、アイリーンは、ロージーとテアが居づらくないようにあれこれ手を尽くしてくれたのですよ!?制服からロッカーの用意、無理の無いシフト、仕事の分量から、慣れない貴女達がやり残した仕事の始末まで。それは、自分も余所から来たから貴女達の居づらさ、やりづらさがわかるからって、それを、、それを、、」


「っ///よ、余計なお世話よ!頼んだ覚えはないわ!アイリーンなんて、男漁り好きの、人の男に色目使う尻軽女じゃない!」


「まだ歩み寄れぬというのか!!」


″ドガァァ……ン″


「きゃっ!」


二度目の雷が、更にバーガーウルフの近くに落ちた。

これではロージーだけでなく、客にも被害が出てしまう。


(しょーがねーな)


ランは まわりの客に自分から少し離れて、と 指示すると、自らに静電気を纏わせ、カウンターに身を乗り出す。


そして――


「はいはい。ヒナ、そこまで、な」


怒り、泣きじゃくるヒナを 後ろからきゅっ、と抱きしめ 耳元で優しく囁いた。


「っ///」


ランに抱きすくめられたヒナが驚いて硬直する。


ランはヒナの頭に寄せた頬をすりっ、と動かし軽くキスをする。

男性に慣れないヒナは 真っ赤な顔をして固まった。


「よしよし、良い子だ、ヒナ」


ヒナを取り巻く放電は ランの作り出した電流に繋がり、吸収され、ランの中に取り込まれていった。


「さて、ロージー、だっけ?」


ヒナを宥めたランは 今度はロージーに向く。

ちろりと流し目をつくり、思わせ振りにロージーに視線を送った。


ランに見つめられたロージーは ぽうっと頬を染めて見とれている。


「お前が言うように あの狐女(アイリーン)婚活(オトコ漁り)に余念がない。獲物を狙うオオカミも真っ青、ハンターだね」


味方を得たと、ロージーの顔が輝いた。

ランはアイリーンと仲が悪い。

上手くすれば ランの気をひけるかもしれない。

ランは連れて歩くのに ケベックやイーサンなんて 比べ物にならないくらいカッコいい。


「やっぱり、ランさんも そう思うでしょう?」


ロージーの言葉が()()た声音に変わり、ランはニヤリと嗤った。


「だか、残念ながら尻軽女じゃあない」


「へ?」


「アイツ、まだ()()だぜ?」


ラン、突然の爆弾発言!

ランのまわりにいた数名の客がざわつきだす。


(アイリーン!)

(本物の天使!!)

(やはり純潔の聖女!!)

(尊い!)

(本当か!?)


「俺は()()()だから鼻が利くんだ、嘘じゃねぇ 賭けてもいいぜ?」


ランがおどけた調子で鼻をスン、と 鳴らしてみせる。


「処女なんてめんどくせぇだろ。その点、あんたは、、後腐れ無さそうだな」


ランがロージーを見てニヤリと嗤った。


「アイツもあんたみたいに手っ取り早く捨てられたら もっと割りよく稼げただろうに」


「なっ///」


ランがまた スン と 鼻を鳴らす。


「んー、何人だ?一人、二人、三人、四人――」


「う、う、嘘言わないでよ!」


「ラ・マリエの集落に来る前どこにいたっけ?マルメロの街だったっけ?」


「何でそれを、、」


「オレ、一応警備隊員だからさ、身上書はココにはいってる」


ランがトントン と 自分の頭を指で叩いた。


「これ以上騒ぐなら、マルメロまで確認に行こうか?」


ニヤリと嗤うランは愉しそうだ。

ロージーは部が悪く逃げ腰に。


「くっ、、や、辞めてやるわ!こんな店!」


ロージーはテアを押し退けると 逃げるようにロッカーへと入っていった。

ランはその背に 呼び掛ける。


「流れの冒険者や商人相手なら良いけどよー、こんな狭い村で二股(以上)してっと いつか刺されっぞ~」


ロージーからは返事がなく、バタン!と 勢いよくドアが閉まった。


「店は良いからさ、見てきてやんなよ」


ランに言われて テアがロージーの後を追った。





″ザアァァ――――″





向こうが見えない カーテンのように雨が降りしきる。


店にはランとヒナの二人きり。


ランはハンバーガーにかぶりつきながら、ヒナに話しかけた。


「なあ、ヒナ、この雨、いつ止むんだ?」


雨も止まないが――


″ヒック、、″


ヒナの しゃっくりも止まらなかった。







































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