503. ワッフル
あとがきに料理写真挿入(2021/10/6)
その日、サクラは久しぶりに アスとの打ち合わせのために『ラ・マリエ』へと向かっていた。
サクラはイシルとランと共に ドワーフの組合会館の地下へ 魔方陣を通じてやって来て、
ランは警備隊にご出勤、イシルはにごり酒とてぼ(←ラーメン茹でるザル)を持って モルガンの所へ。
てぼをオーガの村へ持っていったところ、使いやすいと好評だったため、モルガンに製作を依頼しに行ったのだ。
二人と別れたサクラは『ラ・マリエ』へと続く遊歩道を 屋台を眺めながら歩いていた。
(前にも増して女の子、増えたなぁ~)
ドワーフの村でも思ったが、貴族の滞在者の中に、女の子が増えている。
手に赤い本を手にしている女の子が多い。
ハードカバーの赤いベロア調の布張りに ゴールドの金箔押しで 蔓草模様が描かれた、開かないようにタイでリボン結びで閉じてあるあの本を。
ドワーフの村を舞台に描かれた″シークレット・ガーデン″
ソフィアが書いたものだ。
(聖地巡礼かぁ~)
遊歩道に並ぶ屋台も 女の子が好きそうな小物や装飾品を取り扱う店が出てきている。
その中でも ひときわ女の子が集まっているがあった。
(お菓子?)
店の方から甘~い匂いが漂っている。
覗いてみると、並べられているのは透明な包みを巾着にして、リボンで結んだ小包の可愛らしいクッキー。
これ、知ってる!
(もしかして、ディオのお菓子やさんじゃない?)
しかし、甘い匂いの正体は、クッキーじゃない。
お嬢様方が手にしているのは――
(ワッフル!!)
店先にワッフルマシーンが置いてあって、ワッフルを焼いている匂い。
小型のワッフルにたっぷり生クリーム、そこにフルーツトッピング!
それを二つ折にして挟んであるのだ。
ワッフルサンド!!
うはぁ!!
「……何アホ面晒してんのよ」
サクラがワッフルサンドに心を奪われていると、後ろからあきれたような声がかかった。
「はっ!アイリーン」
バーガーウルフのNo.1看板娘、アイリーンだ。
「相変わらず可愛いねアイリーン」
「当然」
相変わらず毒舌俺様ブラックアイリーン。
アイリーンは ワッフルをひとつ購入すると、サクラに差し向ける。
「ひとくちなら食べられるんでしょ」
「!!!!!」
「何て顔してんのよ」
アイリーンはびっくり喜び顔のサクラを見て、可笑しそうにクスクス笑った。
「あはっ、何、その尻尾ブンブン振ってるのが見えそうな顔は!」
ブラックだけど天使に見えるよアイリーン!!
サクラはありがたく、アイリーンが差し向けたワッフルにひとくちかじりついた。
″サクッ、もちっ″
「んっ!?」
ワッフル生地は、表面はサクッとしているのに、中はもっちり。
バターの風味を閉じこめたような香りと、何層にも織り成された独特の食感がする。
(これ、クロワッサン生地だ!)
「ん~///」
クロワッサンワッフル、、クロッフルに、たっぷり生クリームがお口の中を幸せにする。
そこに甘酸っぱい苺の果肉とベリーのソース。
それだけじゃない!中には更にくるんと丸まったカールチョコが散らされていて、パリッと食感の後にじんわりビターな風味が追加される。
「んんんっ///」
奥深し!さすがディオ!!
アイリーンも一口食べて顔をほころばせた。
「んっ///こんなに美味しいの初めてだわ。生地が違うのね」
アイリーンの美味しい顔いただきました、ご馳走さまです。
通りをゆく人もアイリーンを見てデレデレしてるよ。
アイリーンがもう一度サクラにワッフルを差し向ける。
サクラはもう一口、ぱくり。
「んふっ///」
これ、デザートだけじゃなくて、サーモンやハムを挟んで お食事としても美味しいはず!
「ヤダ、ついてるじゃない」
アイリーンが サクラの口のはしについた生クリームを 指でぴっ、とぬぐい、ぺろりと口にした。
うわあ///ツンデレ可愛い!惚れてまうやろ!!
サクラはアイリーンと並んで ラブラブしながら遊歩道を歩いてゆく。
女子デート楽しい。
「女の子の旅行者増えたよね」
「旅行者だけじゃないわよ。この裏に集落が出来たじゃない?移住者も増えてるからね」
「そうなんだ」
「合コン呼ぶから アイツには黙って来てよね」
「……行かないよ?」
アイツって、イシルさんですね?
「来なさいよ」
婚活女子アイリーン健在です。
こうやって、ここもローズの街みたいに 村になり、町になってゆくのかな……
「ところで、アイリーン今日は休み?どこ行くの?」
「ん?バイトの面接」
「バイト~?」
「高収入バイトをアスが紹介してくれるって」
「アスが?」
何だ?バイトって。
◇◆◇◆◇
ラ・マリエの入り口を入ると、マルクスがすぐに現れた。
「お館様がお待ちです」
口は笑顔の形になったが、目が笑ってないマルクスさん。
逆に怖さ増してますよ?
「勝手に行くから案内はいいわよ」
そんなマルクスにも動じないアイリーン。
マルクスさんはアイリーンの婚活対象外だから猫いらず。
ブラックアイリーンですね。
ラ・マリエのきらびやかな装いの中でもアイリーンは目を引いていた。
可愛いから、だけではない。
歩き方、いずまい、たたずまい、動きの一つ一つが目を引く。振るまいが美しいのだ。
内側から輝きがにじみ出ているみたい。
村娘普段着姿なのに、ドレスをまとったご婦人方よりも、存在感があった。
誰よりも、この館に相応しいと思えた。
(あ、新しい店が出来てる)
大階段を上がったところに、見覚えのない店が出来ていた。
(絵?ギャラリー?)
庭園の中にたたずむ青年が描かれている絵。
(ハルくん?)
いや、似てるけどハルじゃない。
これは、シークレット・ガーデンの挿絵にあったアルベルトだ。
(スノーが描いたのかな)
店を覗いてみると、中にもアルベルトの絵が飾ってあり、作中のアルベルトが着ている服も展示され、その周りには装飾品や小物も並んでいる。
(公式グッズの店か!!)
手広くやってるな、アスは。
◇◆◇◆◇
「いらっしゃい~い♪待ってたわよ~」
アスの執務室につくと、アスが上機嫌で出迎えてくれた。
ソファーに座るとマルクスがお茶とお菓子をすぐに出してくれる。
一体何人いるんだマルクスさん、いや、一人か。
出されたお菓子は小さな焼き菓子。
しっとりとしたケーキは イシルが作ってくれたアーモンドクッキーに似た匂いがした。
アーモンドプードルを土台に使った、アプリコット、洋ナシ、プレーンの三種のケーキ。
てりっと輝いているのはナパージュが塗られているからだ。
ナパージュとは、お菓子の上掛け・ツヤ出しに使用するジャム状または液状のゼリーの事。
てことは、異世界にもゼラチンみたいなのはあるんだね。
「これもディオのお店のお菓子でしょ?遊歩道に屋台も出てたけど、口説き落とせたの?」
ディオは大量生産すると味が落ちるからと、取引を渋っていたはずだ。
「ミケに魔道具を調整させたのよ。まだ全国展開出来る程には味落ちを嫌がって生産出来いからここだけでの取り扱いになるけど、限定品ってアリよね。しかしあのコ、あんなにミケを崇拝してるとは思わなかったわよ、ラッキー♪」
ミケランジェリ、かなりお役立ちのご様子。
よかったね、ミケちゃん。愛するアスの笑顔をつくれてさ。
「それで?高収入のバイトって何なの」
アイリーンが紅茶に口をつけながらアスに尋ねた。
アスも対象外なのね(←婚活の)
イシルさんの時と同じく、″手に余る″相手なんだろう。
「ふふふ、コレよ」
アスの言葉と共に、マルクスが箱を持って現れた。




