477. 在るべきモノは然るべき場所へ ★
挿絵挿入(2021/9/7)
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サクラがディオのお店の前でのほほんとしていると、向こうからイシルが歩いてくるのが見えた。
サクラが手を振ると、イシルが軽く手を上げ少し小走りでやってくる。
(あれ?イシルさん、また前髪切った?)
朝出掛けるときはいつもの編み込みヘアーだったのに、前からくるイシルは、サラリとした前髪を風にゆらしている。
うん、それも いいね!
「イシルさん、どうしたんですか?約束の時間より早いですね」
今日、サクラはディオのお菓子やさんに アス達を連れてきて、午後からイシルとランと中央広場で合流し、一緒にお昼を食べる予定でいたのだ。
「迎えにきました」
サクラのもとに到着したイシルが サクラに笑いかける。
「早く 会いたかったので」
「そう///ですか」
(まったくもう!恥ずかしげもなくそんなこと言わないでくださいよ、対応に困ります///)
「本は見つかったんですか?」
恥ずかしさを誤魔化すために 質問で返すサクラに、イシルは意味深な笑みで応えた。
いい本が見つかったようだ。
「ちょっと待ってて、アスに挨拶してきます」
「わかりました」
イシルは 自分がサクラを連れていく旨を伝えるため、店の扉を開けて 中へと入っていった。
前髪で思い出した。
(イシルさんに謝らなくちゃな……)
イシルからもらった白薔薇のペンダント。
結局返ってこなかった。
サクラの生身はこっちにあったのに、ワンダーランドでチェシャ猫に渡したペンダントは消えていたし、勿論、イシルの髪で編んだ紐もなくなっていた。
ついでに食べた分のクッキーも減っていたよ。
(イシルさんが出てきたら謝ろう)
しかし、何て言う?
イシルのためにチェシャ猫と取引したなんて言ったら イシルが自分を責めてしまう。
「あうぅ、、」
サクラは頭を悩ませながらイシルが出てくるのを待った。
◇◆◇◆◇
イシルが店内に入ると 小テーブルにヨーコとラプラスとジョーカーが座り、焼き菓子を食べていた。
アスはディオと店内を巡り、説明を受けている。
何やらディオが興奮状態。
意気投合したようで何よりだ。
アスはイシルをチラリと見ると、またすぐにディオに目を戻した。
来たことが伝わったのだから、いいだろう。
イシルはアスはほっといて、ヨーコとラプラスとジョーカーの座る小テーブルに近づく。
そして、とんっ、と、ジョーカーの前に 本を置いた。
「?」
ジョーカーが訝しげにイシルを見る。
「君の、ですよね?」
イシルに言われ、ジョーカーは本に目を落とした。
「!?」
ジョーカーの前に置かれたのは 今は使われていない文字で記された 古めかしい本だった。
タイトルは――
『冒険の書――ωσи∂єяℓαи∂――』
先ほどイシルが骨董市で 夜色の猫に導かれ 買い求めた本だ。
「これは アリスの――」
ジョーカーは大事なものを扱う手つきで、そっと本の表紙を撫でた。
この本の中には アリスと過ごした思い出がつまっている。
アリスの事を知っている者達がいる。
「君は召喚士でしょう?必要ですよね」
「いいのか?」
驚き、戸惑うジョーカーに、イシルはどうぞ と、微笑みを返した。
「ただ、アスに貸してあげてください。翻訳して 世界中の子供達に読んで欲しいので」
「わかった」
これが本当の意味での ワンダーランドの解放だろう。
「イシル」
踵を返し ドアに向かおうとするイシルに ジョーカーが名を呼び、引き留める。
「色々、悪かったな」
照れくさそうに、ぶっきらぼうに言葉を吐いた。
そして――
「ありがとう」
イシルは そんなジョーカーの頭をそっと撫でた。
「ぬっ!何で噛まんのだ!!」
それを見ていたラプラスが、なんだかよく分からない焼きもちを焼き、ジョーカーにちょっかいをかけてくる。
「うるさい///古竜!触るな!」
「我の事も名前で読んでも良いぞ?」
「絶対呼ばない」
「何故だ!許可したであろう!!ささ、こっちへ来い!」
「ぐわっ、、首を絞めるな!」
「ここを掴まんと噛まれる」
「オレは蛇じゃねぇ!」
イシルはジョーカーと古竜ラプラスが揉める声と、ヨーコがコロコロ笑うのをを聞きながら サクラの元に歩いて行く。
ジョーカーは、ちょっとランに似てるなと思いながら――
◇◆◇◆◇
「お待たせしました、行きましょうか」
「はうっ!」
イシルへの謝罪の言葉を悶々と考えていたサクラは、イシルに呼ばれておかしな声をあげてしまった。
「どうかしましたか?」
「……いえ」
イシルは 店の外で待っていたサクラの手を取ると、手を繋いで歩きだす。
「何かいいことありました?」
機嫌良さげなイシルに サクラが質問した。
「ええ、いい本を見つけたので」
「どんな本ですか?」
ふふっ、と イシルが笑う。
「今は使われていない古い文字で書かれていました。アスが訳して製本し直すと思いますから、そのうちサクラさんにもプレゼントしますね」
プレゼント……プレゼント繋がりで、イシルからプレゼントされたペンダントを失くしたと言うなら今か!?と、サクラが切り出した。
「イシルさ――」
「サクラさん――」
イシルとサクラの言葉が被った。
失敗したサクラは口をつぐむ。
そんなサクラに何ですか?と イシルが譲った。
「いえ、イシルさんからどうぞ」
こんな時に、″じゃあ私から″と言えない、どうぞどうぞの日本人気質ど真ん中にいるサクラは 先にイシルに譲る。
勢いを削がれたし、仕切り直そうと ぐずぐずする。
後に回せば回すほど言いにくくなるのはわかっているが、心の準備が必要です。
「サクラさんが 夢で夢魔に会った時、夢魔はサクラさんの理想の相手の姿をしてましたか?」
「えっ!いや、それは……」
昨晩、サクラはその回答は言わないと答えたはずで、本人に貴方でしたと言えるわけない。
「どんなかは聞きませんから。ただ、理想の相手だったかどうかを聞きたいだけです」
何で?誰でもいいの?
ミケちゃんでもいいの?違かったけど。
「理想の相手でしたか?」
イシルはどうしても聞きたいようだ。
(夢魔の生態について調べでもしてるのかな?)
ジャスミンがイシルの姿をしていたあの時は、アリスとジャックしかいなかった。
ランが来た時には 夢魔ジャスミンは 既にカマキリ怪人になっていたから、イシルの姿をしていたことは知らないはず。
答えても大丈夫かな?
「……はい。私の理想の相手でした」
「そうですか」
満足そうなイシル。
(あれ?イシルさん、更に機嫌良くなった)
それもそのはず、イシルは骨董市で買った『冒険の書――ωσи∂єяℓαи∂――』を読んで、サクラの冒険の一部始終を見たのだから。
夢魔ジャスミンが ワンダーランドでサクラと初めて会った時、イシルの姿をしていた事――
そして、それが偽物だと見破った事――
イシルのために勇敢に闘ってくれた事――
それは、イシルが読み終えると 物語の中からは消えてしまったけれど、イシルの記憶の中に しっかりと刻み込まれた。
「それで?何ですか、サクラさん」
「あ――、、」
サクラは意を決する。
イシルの機嫌が良くなり、更に言いにくくなってしまったが、この後ランと合流したら言い出すのはまた先になる。
「ごめんなさい!イシルさん、イシルさんからもらった白薔薇のペンダント、失くしました!!」
イシルがサクラの大きな声に面食らって、ぱちくり、目をしばたかせた。
「いや、だって、あれは――」
あれはサクラがイシルを救うためにチェシャ猫に渡したものだ。
そして、それは今 イシルの手にある。
しかしサクラは理由はのべず、謝罪の言葉を捲し立てる。
「ですよね、呆れますよね、二回目ですもんね、本当にごめんなさい!お詫びは、何でもしますから」
「何でも?」
イシルはサクラの言葉に、ふむ、と考えると、辺りをキョロキョロ見回し、『あそこがいいかな』と、サクラの手を引っ張った。
森の中の日当たりのいい場所。
イシルはサクラをそこに招き、手頃な岩に座って、サクラの手を繋いだまま、引かれるがままについてきたサクラを見上げた。
「お願いします」
「はい?」
サクラは事態がイマイチのみ込めていない。
「ここならギャラリーはいませんし、アス達からも離れてますから、感情を食べられることもありません」
「?」
「誰も、見てません」
「??」
「夢の続きですよ、王子様」
「???」
「キス、してくれるはずでしたよね?」
「んがっ!?」
いやいや、それはとサクラが逃げ腰になるのをイシルの握った手が逃さない。
「なんでもしてくれるんでしょう?」
イシルがサクラを見上げたまま瞳を閉じた。
うーっ///、うわあっ///、ぐわあっ///、と、サクラがのたうちまわっているのが目を閉じていてもわかる。
そんな姿も見たいけれど、イシルは辛抱強く瞳を閉じ、上を向いたまま 待った。
感情を味わうアスじゃなくてもわかるくらい、サクラはわかりやすい。
サクラのまとう空気が 緊張に変わる。
サクラのドキドキが、イシルにも伝わり、イシルもドキドキする。
右手はイシルと繋いだままのサクラ。
サクラの左手が そっとイシルの肩に添えられた。
そして――
イシルの唇に、柔らかな感触。
それは、ちゅっ、と 一瞬だったが、まぎれもなく、サクラからくれた はじめての唇へのキスだった。
サクラの唇の感触が、優しく触れるサクラの心が、イシルの身体中に血を巡らせる。
(ああ///サクラ)
イシルはサクラの手を離すと、離れようとするサクラの首に腕を回してそのキスに応えた。
「ふあっ///」
サクラがイシルのくちづけに翻弄される。
「イシルさん、ちょ///」
イシルは止まらない。
「ダメ、、」
「んっ、、ダメじゃ、ない」
「こっ///恋人じゃないんだから」
「でも、友達以上、でしょ?」
「恋愛しませんってば!」
「問題ない。恋愛未満です」
「あうっ///」
何とか流されないよう理性を保ち、イシルのキスに堕ちる手前でイシルを押し退けて 離れたサクラ。
″チャリっ″
「あれ?」
そのサクラの胸元には ペンダントがかかっていた。
サクラはそのペンダントを見て目を見開く。
「これ……」
翡翠色のティアドロップの中に閉じ込められた白薔薇のペンダント。
金の編み紐はエルフの、、イシルの髪だ。
何で?と サクラがイシルを見つめた。
「僕が探しました、、と言いたいところですが、骨董市で本を探していたら、本の間にこれが。夜色の不思議な猫が 導いてくれました」
「猫が?」
「ええ、金と銀の瞳の」
「金と、銀……チェシャ猫が!?」
サクラは感慨深そうに ペンダントを見つめる。
ペンダントの裏には、サクラのものだという証の 月の彫りこみがしてあった。
「ちゃんと、返しにきてくれたんだ///」
それをイシルが見つけてくれたのだ。
イシルは立ち上がり、サクラに近づき、隣に立った。
サクラの喜ぶ顔が、その気持ちが あまりにも愛おしくて、イシルはサクラの顔を覗き込むと、唇を寄せ、もう一度キスをする。
サクラは抵抗せず、すんなりとイシルの唇を受け入れた。
それどころか、イシルの唇に応え、恋人のようなキスを返してくれる。
(素直なサクラさん……はぁ///かわいい)
きっと後でサクラは悶絶苦悩するんだろうなと思いながらも、イシルは恋人たちの時間を堪能した。




