472. ジンライム(ランの場合/イシルの場合) ◎
イメージ風景写真挿入(2021/8/26)
ドワーフの村のサンミの宿『銀狼亭』と同じで、ハーフリング村の宿『穴熊亭』の食堂は 夜になると酒場と化す。
ランは一人、カウンターでエールをあおっていた。
今は骨董市の最中ということもあり、地元民よりも 旅商人や冒険者の方が多くみられた。
旅行客でも貴族連中は この村にもうひとつある大きめの宿屋『鹿鳴館』に集まっているので ランとしてはありがたい。
女に声をかけられることが少ないからだ。
サクラが広めたフライドポテトをつまみながら エールを飲む。
″ぷはぁ″
旨いな、やっぱり。
「あ~ら、子猫ちゃん、一人~?」
チッ、面倒なのがやって来た。
女ではない。
アスだ。
こいつは、、悪魔は人の感情を喰う。
味となって人の感情がわかってしまう。
「なんだよ、オレをつまみに飲む気かよ」
「ご機嫌ナナメね、お邪魔かしら」
フン、と ランは前を向き、ポテトをつまむ。
追い払われなかったアスは、許可をもらったと解釈して ランの隣に座った。
「二人は?」
「サクラは起きたけどイシルは珍しくまだ寝てる」
「意識が長く体から離れていたせいかしらね」
アスもエールを注文する。
悪魔は食べ物の味はわからなくとも、酒の味はわかるとか。
「……ジョーカーは?」
アスはランがジョーカーを気にしていることが以外だったが、ランの感情の流れから納得。
ランとジョーカーは同じ質の匂いがする。
「あの子、召喚師なのね、竜ちゃんが渡した本の中から古の魔物を呼び出してさ、竜ちゃんに気に入られちゃったみたい」
攻撃しようとして喜ばれたようだ。
「そうか」
とりあえず余興は成功して宇宙には飛ばされなかっんだな。
アリスが消え行く時、ランは一年後にくるであろうサクラとの別れを思わされた。
サクラはあんな風に笑顔で帰っていけるのだろうか?
オレはどんな風にサクラを送り出すのだろうか?
イシルは どうするのだろうか?
と。
ジャックはこっちに来なかった。
とすれば、アリスと一緒にいったのか?
ジャックはアリスと共に行ったのに、ジョーカーはなんでアリスと一緒に行かなかったんだろう。
行かなかったのか、行けなかったのか……
「待つんだってさ」
「?」
隣に座るアスが ランの感情を読み解き、ランの疑問に答えた。
「彼女の両親が生まれ変わった時、彼女がちゃんと、二人に巡り会えるように、一匹はあっちに、もう一匹はこっちに」
アイツは……
ジョーカーは また離れてアリスを守るのか。
「そんな愛のかたちもあるわよ」
強いな。ジョーカーは。
オレなんかより、ずっと。
「……お前、感情じゃなく人の心が読めてんじゃね?」
「まさか。全知全能の神でもあるまいし」
ふふふ、と アスが嗤った。
「なあ、『生まれ変わり』って、本当にあるのか?」
「それは――」
ん~、と、アスは考えて、本とは教えちゃいけないのよ?と、こっそりとランに耳打ちする。
″ある″と。
「本人は全く気づいていないし、記憶もないけど、全く同じ魂の味がする人間に会ったことがあるわ」
「ははっ、そうか」
ランは思わず声をだして笑った。
「スッキリした?んふっ///子猫ちゃん、爽やかなライムみたいな味がするわ」
そう言って、アスは店員にジンを注文する。
ランから香るライムの香りでジンライムというわけだ。
ランの分と、2つ。
「乾杯しましょうよ」
ジンライムに込められた言葉は″色あせぬ恋″
ランとアスはグラスを持ち上げると、カチン と 軽くあわせた。
ランはジンにライムを絞り、アスはランに顔を寄せ、ランの感情を味わいながら 酒を口に含んだ。
辛口でキリッとした飲み口のジンに、さっぱりとした風味のライム果汁がジュースとなりブレンドされ、すっきりとした味わいの中に ライムのフルーティーな甘酸っぱさを感じる。
別に アスに食われるのは痛くも痒くもないからいいけど、心の中を覗かれた上にタダで喰われるのはちょっとシャクにさわるな。
「なあ、オレを喰うかわりに、ひとつたのまれてくんね?」
「あら、お願いなんて珍しいわね、いいわよ、なあに?」
↑『穴熊亭』カウンターイメージ
◇◆◇◆◇
「あ、起きましたか、イシルさん。体調どうですか?」
イシルが目を覚ますと サクラがソファーでお茶を飲んでいた。
「ええ、よく寝たのでスッキリしました」
元来寝なくても平気な方だから、こんなに深く寝たのはいつぶりだろう。
サクラとランが一緒に寝ていて あったかかったからもあるのか、気持ちの良い眠りだった。
人の温もりと言うのはこうも安心するのか、と、実感する。
「今イシルさんの分のコーヒーもいれますね」
「ありがとうございます」
サクラはカップに粉のコーヒーを入れる。
サクラが″アウトドアの時はコレ!″と、サクラの世界から持ってきた、銀色のステンレスのコーヒーカップに。
カップラーメンといい、カップといい、コーヒーといい、色んなものを準備していたことから、サクラが旅を楽しみにしていたことがうかがえて イシルは顔が綻んだ。
「ランは?」
イシルはベッドから起き上がり、サクラの座るソファーへ。
ソファーにサクラのパーカーが投げ掛けてあったので、それを持ち、コートかけへとかけるために ドアの方へと向かう。
「喉が渇いたからって、食堂に行きましたよ。コーヒーの気分じゃないみたい」
「そうですか」
サクラが ディオのところで買ったクッキーをお茶うけに出し生活魔法を使い、コーヒーにお湯を注ぐ。
ふわん、と コーヒーの良い香りが立った。
″カサリ″
(ん?)
サクラのパーカーのポケットに 紙が入っている。
(クッキー?)
サクラが食べていたのだろうか、クッキーの包み紙のようだ。
ひらいてみるると、緑色のマーブルクッキー。残り、二枚。
(ディオのクッキー、、)
どんな味?
甘いものを避けているサクラが持ち歩き食べる程サクラを虜にする味?
イシルは緑のマーブル模様のクッキーをひとつつまみ、口に含んだ。
「イシルさん、コーヒーはいりまし、、あっ!」
″サクッ″
ディオのクッキーは、日がたっているにもかかわらず、焼きたてのようにさっくりとしていて、緑茶に似たお茶の香りが立ちこめた。
緑茶より、さらに深い茶の香り。
″もぐっ″
茶の濃い味わいに、ミルクとバター、小麦の風味がのっかって、軽やかで甘い、優しい味わいに。
″コクン″
飲み込んだあとまで香り、後味まで楽しめる。
「イシルさん!」
「すみません、サクラさん、どんな味か気になって、、って、あれ?」
目線がおかしい。
何故サクラさんを見上げてるんだ?僕は。
手元をみると、自分の手が小さい。
「えっ?」
子供?
子供になってる!?
「サクラさん、これは一体、、はっ!」
どういうことかとサクラを見ると、サクラがにまにまと顔を緩ませ イシルを見ていた。
(愛でられてる!?)
サクラがイシルに両手を広げる。
「えっ?」
「おいで、イシル」
(呼び捨て!?)
「いや、あの、サクラさん」
「抱っこ、させて♪」
「///」
サクラからハグをせがむなんてあり得ない。
イシルにタメ口なんてきかない。
いつもなら。
サクラが子供や動物に弱いのは知っていたが、こんなに効果があるのか。
ランが猫や子供になる気持ちがちょっとワカル、、複雑だけど。
ほら、おいでと サクラがちびっこイシルを呼ぶ。
子供姿のイシルはサクラに近づくと、恐る恐る手を伸ばした。
″ふわん″
(あ……)
懐かしい感覚。
優しく、包み込むように、小さくなったイシルを サクラが胸に抱きしめた。
こんな風に すっぽりと抱きしめてもらったのは、遥か昔、、
遠い遠い記憶の中――
イシルはサクラの胸に頭をもたげ、身をまかせた。
甘えるイシルに、サクラがふふっ、と 笑う。
「私、会いましたよ、ワンダーランドで」
とくん、とくん、と、サクラの鼓動。
いたわりと愛情のこもった声。
「お父さんはイシルさんを強くするために厳しかったんですね」
幼い頃の忌まわしい記憶。
サクラの中のイシルが きゅっと身をかたくする。
サクラはイシルの頭を撫で、ぽん、、ぽん、と、背をたたく。
「お母さんは、とても暖かみのある素敵な方でした」
サクラはイシルに 自分が見てきたことを語って聞かせた。
とても、素敵なご両親だと。
イシルがすりっ、と サクラに甘え、サクラはそんなイシルの額に ちゅっ、と あたたかな祝福をくれた。
貴方は守られ、愛されていたのだと。
そして、10分が経過し――
「あわわわわ///」
イシルがもとに戻り、形勢逆転。
サクラ、大慌て。
「今度は 僕の番ですね?」
「いや、もうクッキーは、、」
「あと一枚あります」
あーんして、と イシルがサクラにクッキーを差し向ける。
″サクッ、、んぐっ″
サクラがクッキーを食べ、小さくなった。
「サクラさん、あまり変わりませんね」
「ええ、私は今も昔も代わり映えしないんですっ!」
「変わらず可愛いです(笑)」
「もう///そんなことばっかり!」
イシルはむっつり拗ねるサクラに目線をあわせ、両肩をつかんでサクラを見つめた。
「サクラ」
「///」
「夢の中で夢魔に会いましたよね」
「はい」
それが?と、サクラがきょとんとする。
「夢魔が姿を表した時、どんな姿をしていましたか?」
「どんなって、ジャスミンは、始め、イ――……」
イシルさんの姿でしたと言おうとして、サクラはハッとする。
″夢魔は理想の異性の姿をして現れる″
確か、そう言っていたではないか!!
「答えなさい、サクラ」
「ぐっ///」
「『イ』の次は?」
サクラを見つめるイシルの瞳が期待に輝いている。
「い、、言いませんっ///」
サクラがイシルの腕を振り払い、ドアへと走った。
「あっ、どこ行くんですか?」
「トイレですっ!」
逃げた。
「さらわれないようにしてくださいよ?可愛いから」
「うるさいっ///」
照れて真っ赤な顔した小さなサクラが、バタン、と派手な音をたて、ドアに八つ当たりしながら出ていった。
くっくっくっ、と、イシルが肩を震わせて笑う。
ああ、可愛い。
可愛いすぎて、いじめたくなっちゃいますよ、サクラさん。
答えを聞けなかったのは残念でしたけどね。




