470話 おかえりなさいイシルさん
イシルはぼんやりと空を見上げ、光の玉がキラキラと方々に散っていくのを見送っていた。
(無事に旅立てたようだ)
ワンダーランドにとどまっていた迷えるゴースト達の魂。
それが天に迎えられ、ゆっくりと日の光に溶けてゆく。
また 生まれ変わって 新しく始めるために。
何体かは地上に降りて 吸い込まれ消えた。
レイスの魂だ。
それも収まるところに収まった。
浮遊しているものはいない。
最後のひとつが空に消えゆくまで、イシルはそこにたたずんでいた。
″イシルさん″
″イシル″
イシルを呼ぶ声が聞こえる。
(僕も帰ろう)
心配して 迎えに来てくれた二人のもとに――
目を覚ますと、真っ先に飛び込んできたのは サクラの顔だった。
「イシルさん!」
サクラの泣きそうな顔が イシルが目を覚ますと 一気に笑顔になる。
「お帰りなさい、イシルさん」
「ただいま、サクラさん」
サクラの隣には ランの姿もあった。
「ただいま、ラン」
「おう」
そっけない返事だが、おかえり、と ランの目が笑う。
(あれ?)
口の中が苦い。
見るとサクラが 薬の小瓶を手にしていた。
緑色のドロリとした液体が半分ほど残っている。
この味は、、
「気つけ薬、ですか?」
「はい、あの、イシルさん起きなくて心配だったから……」
医者も呼んでくれたのか。
色々手を尽くしてくれたんだ。
「よく飲ませられましたね」
「いや///あの、、」
サクラが顔を赤くして唇を押さえ、イシルから目をそらす。
あれ?もしかして――
「口うつしで飲ませたんだよ」
照れるサクラの代わりにランが答えた。
イシルが予想していた答え。
(えっ///サクラさん!?僕のために)
あんなに恥ずかしがってたくちづけを、サクラさんからしてくれたの?(←人命救助)
ああ、こんなことならもう少し早く帰ってくればよかった!
折角のサクラさんからのキスなのに!(←キスじゃない)
何でその瞬間を感じられるタイミングで帰らなかったんだ、僕は!
「オレがな」
「……え?」
聞き返すイシルに ランがもう一度言い直す。
「オレが」
「……はい?」
目が点になるイシルを見て ランがニヤリと笑った。
笑った口の中は緑色。
「私、やり方わからなくて、、あの、ごちそうさまでした///」
サクラさん、その答えおかしいですよ?
「……具合が悪くなってきました、もう一度寝ます」
イシルはもそもそと布団に入り直す。
「イシルさん!寝ないで下さい!」
「お前、さんざん寝てただろ」
「そうですよ旦那様」
(((ん?)))
サクラとイシルとランの頭に(?)←が浮かぶ。
この部屋には サクラとイシルとランの三人しかいない。
なのに聞こえた四人目の声。
「はい、どうぞ、お水です」
声のした方を見ると、白いウサギのぬいぐるみが グラスに水を持って立っていた。
「口の中、お薬で苦いでしょう?」
「ジャック!?」
「お前、何で……」
「何でって、サクラさんが連れてきてくれました。一緒に行こうって。アリスが戻るその日まで、僕は僕の夢を見ます」
「そっか、気が利くな、ジャック。サンキュー」
ランがジャックから水を受けとる。
「旦那様も、どうぞ」
″がしっ″
「うきゅっ?」
イシルは手を伸ばすと、グラスではなく、白いウサギのぬいぐるみの首根っこを掴んだ
「旦那様!?何を、、」
「イシルさん!?」
イシルはベッドから起き上がると、白ウサギを掴んだまま無言でドアまで向かう。
「お怒りなのはわかります、ごめんなさい!だけど、僕、行くとこなくて、、ごめんなさい!ごめんなさい!」
必死に許しを乞う白ウサギ。
「イシルさん、許してあげて」
「そうだぜ、イシル。ジャックだって悪気があったわけじゃねーんだし」
「悪気、ねぇ……」
イシルはドアの前で立ち止まると、目の高さまで白ウサギのぬいぐるみを持ち上げた。
ウサギはきゅるんとした赤い目で悲しそうにイシルを見つめる。
「悪気がなかったらウソなんてつきませんよね、ジョーカー」
「えっ!」
「ジョーカー!?」
「ちっ、、」
今 舌打ちしたし。
白ウサギのぬいぐるみは、ジャックではなくジョーカー!!
ジョーカーは正体がバレると、良い子ちゃんぶりっ子をとっぱらい、あからさまに口調がかわった。
「サクラが連れてきたのは本当だし、責任とれよな」
開き直る。
「サクラさん、貴女はまた情をうつして、、」
「すみません」
「いいんじゃね?ウサギ一匹ふえたくらい」
ランが考えなしに言い放つ。
「うちではそんなに飼えません」
サクラと二人きりの時間がなくなってしまう。
これ以上邪魔者はいらない。
「代わりに君が出ていきますか?ラン」
「じゃあな、ジョーカー、達者で暮らせよ」
間髪入れないランの答え。
「クロネコ変わり身早っ!サクラ!助けて!」
「イシルさ~ん、そこを何とか、、」
イシルはサクラが止めるも構わずにドアを開けようとして、ドアノブに手をかけた。
すると、ドアはイシルが開ける前に 勝手に開いた。
″ガチャッ″
「わっ!」
反対側でドアを開けた人物が驚いて声をあげる。
「イシルの旦那!!」
オズだった。
それと――
「なんだ、起きてるじゃない」
「やれやれ、急いで来たというに、、」
「モグモグ」
悪魔のアス、キツネのヨーコ、古竜ラプラスの三老登場!
オズは逃げたわけではなく アスに助けを求めに行ってくれてたようだ。
「我には全て見えている。だから言ったではないか、『問題ない』と……モグモグ」
古竜が食べているのは、クラーケンの足?
イカ焼き??
アスの仕事についていって海の地方を旅してたのか。
「見えてたなら竜ちゃんが教えるべきでしょう!」
「むっ、我は神の目、記録するのみ。人世にはかかわらぬ、モグモグ」
「人の世のもの食べてるじゃない」
「これは、、モグ、人の世を知るためだ。モグ」
「ほほほ、旅の邪魔だから黙っておっただけであろう」
「まだこの後に南国フルーツのデザートが残っていたというのに……モグモグ」
イシルは わちゃわちゃと揉める三人の前に ジョーカーをつきだした。
「あらやだ、可愛い」
「付喪神じゃな」
「モグモグ、、それは喰えん」
三老の気迫に顔をひきつらせるジョーカー。
イシルはアスの手元にジョーカーを押しつける。
「やる」
そう言って、パタン と 扉を閉めた。
『いいお土産が出来たわぁ~アールと並べましょ♪』
『お主、何が出来るのじゃ?』
『余興やれ、余興。面白くなかったら宇宙にとばすゾ?わはははは』
″ぴいぃぃぃ!!″
扉の向こうで ひきつったジョーカーの声が聞こえる。
「これで片付きましたね♪」
仕返しはちゃんとしないと気がすまない。
(ちょっと怒ってるよね、イシルさん)
(根に持つタイプだな……)




