467話 ѕαкυяα ιи ωσи∂єяℓαи∂ 30 (アリスの場合) ◎
後書きに料理写真挿入(2021/8/17)
ワンダーランド 夢の国は楽しい。
白兎のぬいぐるみ ジャックがアリスのために創ってくれた世界。
ジャックにお願いすれば雪山だって、草原だって、星の降る空だってすぐに見せてくれる。
仲間達も個性豊かで、いつもアリスを楽しませてくれる。
帽子屋マッドは 遊びに来るとマジシャンのように帽子から カードや飛び立つ鳥の群れ、花束なんかを取り出して、
三月ウサギのマーチが 甘いお菓子を焼いてくれる。
眠りネズミが摘んだ茶葉でお茶をいれ、
スローロリスのロリスの果樹園で採った果物をジャムにして、お茶に入れて楽しむ。
カエルのケロッグはいつもアリスの体調を気にしてくれ、
時計ウサギのチコは、あっちに行ったりこっちに行ったり、せわしなくて可笑しい。
七匹の小人はわちゃわちゃかわいらしい。
丘の上には 夜に隠れている婦人の館があり、なんだか謎めいていてドキドキする。
秘密の匂いに包まれていて、憧れる。
たまに館から飛んで過ぎるツバメは 凄く速くて素敵だ。
アリスを苦痛から救いだしてくれた 永遠の国、ワンダーランド。
大好きな不思議の国。
だけど……
だけど時折、不意に寂しさがよぎる時がある。
アリスの寂しげな顔を見ると、ジャックは新しい客を招いてお食事会を開いてくれた。
客を招いて食卓を囲むのは楽しい。
色んな話が聞けてワクワクする。
パン屋さんが出来て、鍛冶屋さんが出来て、洋服屋さんが出来て、村がどんどん大きくなった。
今はイシルとサクラ、そして、アリスの理想の王子様ランと一緒に食卓を囲んでいる。
作ってくれたのは、初めて食べる不思議な食べ物だった。
色んなものが1つのお皿に乗っていて、とても楽しい。
なんだかこのワンダーランドみたい。
サクラが魔法の食材BOXから取り出した、″けちゃっぷ″で″こめ″を炒めたもの。
それに″かれー″ソースがかかり、
七匹の小人が作ってくれた ふわふわ食感のハンバーグがのっている。
そのふわふわ食感の秘密は″とうふ″らしい。
そして、もう1つ。
サクラの国の料理、″なぽりたん″――
「ナポリタンは粉チーズをたっぷりかけても美味しいよ?」
「本当?私、チーズ大好きなの」
サクラに進められ、アリスはナポリタンに粉チーズをたっぷりとかけ、混ぜ合わせる。
オレンジ色のナポリタンがチーズによって白色を帯びた。
アリスはフォークにナポリタンをくるくるっと巻いて、口にいれる。
「!?」
粉々の粒チーズが、ナポリタンの熱でとろけることで、麺の細部に絡み、ナポリタンの隅々までとろけたチーズがケチャップソースと共に入り込む。
甘めのナポリタンに、コクとミルク感が加わり、優しくもこってりとした味わい。
「うっ、、」
アリスの目から涙がこぼれた。
「ど、どうしたの!?アリス」
サクラが驚いて手を止める。
アリスの涙は止まらない。
ポロポロと、涙の粒がこぼれ落ちる。
「アリス!?」
「アリス!!」
「アリス!!?」
全員が驚いてアリスを見た。
「私、、知ってる」
アリスは泣きながらもナポリタンを口に入れる。
「この味、知ってる、、」
食の細かったアリスにと 作ってくれた料理の味。
アリスが楽しめるよう、リボンの形の食べやすいショートパスタを使って、
アルデンテではなく、柔らかめに茹でて少しでも消化良くと、
少量でも栄養がとれるように、チーズをたっぷり入れた甘いトマトのソースのパスタ。
これを作ってくれたのは――
「……お母さん」
屋敷にいた料理人ではなく、母の手料理。
これだけは、アリスは好んで食べた。
「うぐっ、、お母さん……」
「……」
「……」
アリスはしゃくりあげながら、ナポリタンを食べ続ける。
ジャックとジョーカーは、黙ってそれを見守るしかなかった。
ナポリタンを食べ終え、泣き止んだアリスは、サクラに向き直り、あらたまった様子でサクラを真っ直ぐに見つめた。
「ありがとう、サクラ。美味しかった」
「……うん」
「それで、お願いがあるの」
「何?私に出きること?」
アリスは一呼吸置き、きゅっ、と 口を引き締める。
「私に 夢魔の本当の姿を映したあのコンパクトを貸してほしいの」
「アリス!?」
「なんで!!」
アリスを見守っていたジャックとジョーカーが驚いて立ち上がり、アリスを止めに入った。
だけど、アリスは引く気はないようだ。
納得いかないジャックとジョーカーは声を荒げる。
「なんで?何で辛かった事を思い出さなきゃいけないのさ!」
「思い出しても苦しいだけだ、アリス!あんな思い二度とさせない!」
「ありがとう、ジャック、ジョーカー」
「折角楽しい世界にいるのに!」
「考え直せ!」
ううん、と アリスは首を横に振る。
「それでも、ちゃんと思い出したいの」
「「アリス!!」」
アリスはジャックとジョーカーにごめんね と、話を続ける。
「さっきね、王子様が話してくれたの。生まれた時の事、お城での話、呪いの話し、それから、どうやって生きてきたか、どんなに、辛かったか……」
ランはアリスの横でただ寝ていたわけではなかったようだ。
「でも、王子様は逃げなかった。苦しみを抱えて生きてきたの。それも、自分の一部だから」
「……」
「……」
「それと――」
アリスはサクラとイシルをチラリと見る。
王子様はアリスに話してくれた。
もちろん、呪いをかけたヤツを恨んだし、復讐する気満々だった。
世界をハスに見ていたし、バカにしていた。
自分なんて、どうでもいいんだと思ってた。
でも、気づいたんだ。
自分が愛されていたことに。
そして、愛を求めていたことに。
愛を与えることの楽しさ、
愛を分かち合うことの喜び、、
今は感動を共有する者がいるから幸せを感じるのだと。
日常の延長線にある些細なことも、愛する者と分かち合うから楽しいのだと。
二人には言うなよと、念を押されたから言わないけれど。
だから……
″イシルを返してくれる?″
そう言われて、アリスは素直に″うん″と答えた。
人の幸せを奪いたかったわけじゃない。
王子様はわかってるよと言ってくれた。
アリスはそんな子じゃないからと言ってくれた。
愛しい人――
愛される事――
″お前にもいたはずだ。アリス″
王子様にそう聞かれた時は思い当たらなかった。
ワンダーランドの住人の事は愛している。
だけど、アリスにもいたはずだと。
日常を共有していた者、それは――
″家族″
アリスはジャックとジョーカーに伝える。
「お父さんとお母さんの事、ちゃんと思い出したいの」
アリスの言葉に、その場が沈黙に包まれた。
沈黙の中、サクラは満月のコンパクトを取り出し テーブルの上に置いた。
奪おうと思えばジャックもジョーカーも手を出せる状態だ。
だけど、二人は動かなかった。
アリスは席を立ち、サクラのそばまで来ると、満月のコンパクトを手にした。
「ありがとう」
アリスは席に戻ると、きちんと座り直し、コンパクトを顔の高さまで持ちあげた。
ジャックとジョーカーは見ていられなくて下を向いた。
アリスが二人に声をかける。
「見届けてくれるかな、ジャック、ジョーカー」
「……そんな最後みたいな言い方しないでアリス」
「縁起でもない」
そしてアリスは、皆が見守る中、コンパクトの蓋を開く――




