462. ѕαкυяα ιи ωσи∂єяℓαи∂ 25 (JOKER)
ランが アリスを抱いて 森の中を走る。
森のイシルの家に向かって。
アリスはランの腕の中で、まるで冒険にでも出たかのような気持ちだった。
凄い速さで木々が流れ、景色が流れ、風を感じる。
小川を越え、岩を飛び、崖を下る。
「勇者様、凄い!」
「ははっ、だろ?」
ランが飛ぶと体がふわっと上に持っていかれ、浮遊感があった後に落下し、体の中がぞわっと毛羽立ち、ゾクゾクっ、と、する。
「楽しいっ!」
こんなアクロバットみたいな移動、危ないからジャックはやらない。
顔に当たる風がそのままアリスの長い髪を鋤いて通り抜けて行く。
「うふっ、気持ちいい///」
″スパンッ″
「きゃっ!」
風を切る音と共に、石つぶてが飛んで来て、ランがアリスを庇いながらそれを避けた。
石つぶてはランの後ろの木に刺さり、破裂する。
風魔法じゃない。
破裂したが、火魔法でもない。
攻撃の当たった木は内側から膨らむように破裂している。
石つぶてに気泡をまとわせ、圧縮して爆発を起こしている。
おまけに、追跡するように、ランの逃げた先にカーブして狙ってくる。
(重力魔法か)
魔戻しの剣を使えば、相手はランが弾く前に爆発させてしまうかもしれない。
そうすれば、アリスが危ない。
″シュンッ、ヒュンッ!″
しかし、おかしい。
コントロールの効く魔法のはずなのに、相手は芯を捉えてこない。
(わざと?)
まるで、アリスに当たらないようにしてるみたいだ。
とにかく、魔法を繰り出している元を探さなくては――
(何処だ?何処にいる)
『アリスを放せ!!』
辺りを探るランに対し、空に響く声がした。
居場所を特定されないよう、声を拡張させている。
アリスが聞き覚えのあるその声に反応して 名前を呼んだ。
「ジャック?」
『……』
アリスの呼びかけに、少しの間の後、相手は返事をする。
『アリス、僕が来たから大丈夫だよ』
「ジャック、だまって出かけちゃってごめんなさい。でも、どうしたの?勇者様だよ?私達を夢魔から助けてくれた勇者様に攻撃しないで。私、勇者様のお役に立ちたくて、案内させてってお願いしたの」
『……』
「何処にいるの?ジャック、出てきてよ」
「アリス!」
すると、ランとアリスの後ろから ジャックが現れた。
「ジャック!」
ジャックはランとアリスを見つけると、ホッとした様子を見せた。
「急にいなくなるからビックリしたよ。獣道から随分れちゃってるけど、近道?」
「……お前じゃねーな」
「なぁに?」
ジャックがこてん、と、首をかしげる。
「ちょっと待ってろ」
ランはアリスをジャックに預けると、更に森の奥へと走り出した。
ランの足元の小石が浮き上がり、ランをめがけて攻撃してくる。
(さっきより威力が弱いな)
アリスを放したのに攻撃がやまない。
(倒すっていうより、行く手を阻むような攻撃だな)
ということは、相手に近づいているってことだ。
(居場所がわからないように攻撃してても――)
「殺気だけは消せないんだな」
″ガサッ″
ランは茂みをかき分け、殺意を放つ相手を見つけた。
そいつは 木にもたれるようにして、こちらを睨んでいる。
「なんだ、ボロボロじゃねーか」
ボロボロの白いウサギのぬいぐるみ。
あちこち裂け、中綿が飛び出し、目も取れかかっている。
首もようやく繋がっている程度だ。
そんな姿なのに、戦う意志は消えていないようで、手負いの獣のような殺気だけを放っている。
ランの足元の小石がカタカタと揺れる。
が、小石は少し浮いただけで カタンと落ちた。
「止めとけ、もう力なんか残ってないだろ」
「うるさい!」
こんな姿になっても消えない闘争心。
ジャックと同じ姿をしているのに 正反対のウサギのぬいぐるみ。
「お前、ジョーカーだな」
「……何で知ってるんだ、よそ者のくせに」
「あー、伝説ノ勇者だから」
面倒くさいから全部それで片付けるラン。
「嘘つけ」
あながち嘘でもない。
伝説の勇者ギルサリオのだいぶ後の孫だから。
ランはジョーカーの首根っこをひょいっと掴むと、持ち上げて歩きだす。
「放せよ、オレをどうしようってんだ」
「連れてく。オレじゃ治せねーし」
「やめろ、放せ!」
ジョーカーが力なく抵抗を示す。
「動くなよ、首、もげるぞ」
「ジャックが来たんだろ!オレは行けない」
「何で?仲間なんだろ?」
「……」
「なんだよ」
「オレは、アリスの前ではジャックなんだよ。ジャックがふたり同時にアリスの前に現れるわけにはいかないんだ」
「どういうことだ?」
「アリスは″JOKER″の存在を知らない」
「……何で」
「アリスには 綺麗なものだけ見てほしいから」
ジョーカーが苦しげに顔を歪めた。
「……」
「穢れた存在のオレはいない方がいい。アリスさえ笑ってくれてれば、オレはなんだっていいんだ。だから、放せよ」
ランはジョーカーの言い分を無視して ジョーカーをつれたままアリスの元に歩く。
「放せって!」
「アホか」
「なっ!?アリスを侮辱するな!」
「侮辱してんのはお前らだろ」
「なんだと!?」
「お前らのアリスはそんなに弱くねーよ」
再びジョーカーがランの手から逃れようともがく。
「お前に何がわかる!アリスの世界はベッドの上だけだったんだぞ!何も知らず、無垢なままで、与えられたものだけ、、本の中だけが全てだったんだ。誰かが、、オレが守ってやらなければ――」
「だから籠の中に閉じ込めたってか」
「っ、、」
「レールを引いてやるのも結構だがな、お前らがやってるのは 歩きだした赤子に歩き方も教えないまま、転ぶ前に抱えちまってるようなもんだ。そんなのいつまでたったって歩けねぇよ」
「……でも、悲しませたくない」
「何が一番アリスを悲しませると思う?」
「……」
「アリスが一番悲しむのは、自分の知らないところで傷ついている仲間がいることだと思うぞ」
「だから知られないよう会わなきゃいいんだ」
「それがアリスを侮辱してるって言ってんだよ」
「なっ、、」
「いいか、ウサ公、アリスはオレにこう言った。皆を守りたい、たくさん貰った分をかえしたい。だからオトナには自分でなる、と」
「……」
「アリスは今、自分の足で歩きだしてる。お前らがやるのは手を差しのべることじゃない、道を広げてやることだ」
ランはジョーカーを木の根本に座らせた。
「選択肢を増やしてやれよ。後は本人が選ぶさ」
ランはそのまま その場を去った。
(なんだよ、言うだけ言って行っちまいやがった)
ジョーカーは一気に体が重くなった。
一人になって気を抜いたのと、さっきのランへの攻撃で力を使い果たしてしまったからだ。
(見かけによらず説教くさいな、アイツ)
はじめはランをアリスの花婿にするつもりだった。
アリスが一番好きだった本の挿絵に出てくる王子様にそっくりだったからだ。
(花婿をアイツにしなくて良かったあんなやさぐれたヤツなんて、アリスに似合わない)
本の中の王子と似ているのは顔だけで、アイツは自分と同じ匂いがする。
(アイツ、絶対腹黒い。アリスはああ言ってたけど、人の良いアリスを利用してるだけだろ)
横柄で、偉そうで、いけすかない。
ジャック一人じゃ心配だ。
(ジャックも人が良すぎるから、オレがついててやらないと、、オレが……)
だけど、もう体が動かない。
体が石のように重いよ……
少し、眠ろうかな……
寝れば回復するかな……
それともこのままここで土くれになるのかな……
考えるのも辛くなってきた……
(このまま、もう、お別れかな……)
アリス……
ジャック……
――――
――
――
――――
(……なんだろ、あったかいな)
「――――」
(アリスの声が聞こえる)
「ぐすん……ひっく、、」
(泣いてるの?)
「ううっ、うえっ、、」
(泣かないで、アリス。)
「うっ、、ジョーカーぁ、、うぐっ」
(あれ?)
「ジョーカー、、ごめんね、、ごめんね、、」
(アリス、名前、、どうして)
「ジョーカー、目をあけてよ!」
ジョーカーはうっすらと目を開ける。
目の前には涙で濡れたアリスの顔が見えた。
ジョーカーは手を伸ばし、その涙をぬぐう。
アリスはジョーカーを見つめて、涙で濡れた瞳に笑みを浮かべた。
「良かった。間に合ったのね、私」
そして、その顔は、すぐにムッとした顔になる。
「なんで言わないのよっ!ジャックも、ジョーカーも!」
アリスの怒った顔なんて、初めて見た。
怒られてるのに嬉しいなんて、おかしいかな。
アリスは傷の治ったジョーカーをきゅっと抱きしめる。
「ずっと守ってくれててありがとう、ジョーカー」
ジョーカーはほわんと 光に包まれる。
力が、流れ込んできた。
アリスの癒し――
(ああ、あったかいな……)
――――
――
――
――――
「サクラは?」
「……勇者様を探してるよ」
「そっか」
アリスをジョーカーの所に送ったジャックは、ランと並んで2人を待っていた。
ランはジョーカーの事をジャックに告げ、ジャックはランの助言もあり、アリスに決定を委ねた。
アリスは即答した。
すぐにジョーカーのもとに行く、と。
「いいの?サクラを置いてきちゃって」
「ああ。サクラより先にイシルを見つけたいからな」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ、イシルがサクラを見た時に『誰だお前?』なんて言われたらショックだろ」
「それだけのために?」
「お前だって嫌だろ、アリスがそうだったら」
「そうだけど」
「だろ?だから森の家に着いたらさっさとイシルの記憶戻せよ?」
なんて強引なんだ。
だけど、惹かれる。
勇者様はどことなく……
「勇者様はジョーカーに似てるね」
サクラが悲しむことはさせない。
たとえサクラが嫌がっても。
人のこと言えないじゃん、勇者様も。
「一緒にすんなよ」
強くてカッコいい僕の憧れが生み出したジョーカー。
少し冷たい剣のある目と物言い。
苦手なのに、そばにいたい。
「僕、戻せないよ」
「は?」
「だって『忘却の実』は 僕じゃなくてロリスが作ってるんだもん。僕の管轄じゃないんだ」
「マジか!?」
シクったなとランは心で舌打ちする。
アリスを人質にとっておけば(←鬼畜)ジャックが来るだろうとふんでいたが、まさか解毒の方法を知らなかったとは誤算だった。
「ジョーカーも知らないのか?」
「知らないよ。でも、三日程で効果が切れるから、これ以上忘却の実を口にしなければ自然と思い出すと思うよ」
「イシルの記憶が戻るまで、三日も待ってらんねーよ」
くそっ、鏡はサクラが持っている。
こうなったら――
「しょうがねぇな、ぶん殴ってでも思い出させる」
「勇者様も、結構なならず者なんだね」
「うるせぇ」
ランは森の家に行くために立ち上がる。
「行っちゃうの?」
「ああ。急ぐんだよ、オレは」
◇◆◇◆◇
その頃サクラは、ワンダーランドの俊足ロバにしがみつき、ランを追い越し、ひとあし先に森の家に到着していた。
ケロッグのロバ、ロシナンテは、ようやく歩みを緩め、サクラは馬上で息を整える。
(懐かしい、、イシルさん家だ)
鏡の外の世界にあるイシルの家、そのものだ。
違うのは左右が逆だということくらい。
(今度こそ、会えるよね、イシルさん!)
前庭に馬を進めると、木陰に小さな人だかりができていた。
幼児体型のもったりオシリにはぴょこんとマルイ尻尾がついていて、頭には長い垂れ耳つき。
(うさみみ小人?かわいい!)
かわいいうさみみ小人が 1、2、3、4、5、6、、7匹。
箱を囲んで覗き込んでいた。
サクラはロシナンテにのったまま、箱の中をひょいっと覗き込んだ。
箱の中には、真っ白な衣服に身を包み、白いバラに囲まれた人物が眠っていた。
その人物は――
「イシルさん!?」
白雪姫と、七匹の小人!?




