449. ѕαкυяα ιи ωσи∂єяℓαи∂ 12 (試練・サクラの場合)
少し暗い話になります。
人によっては残酷描写かもしれません。
ご了承下さいm(_ _)m
シャラシャラと 澄んだ音が 音楽のように鳴っている。
楽器というよりは、薄い金属がふれあうような、風鈴やウインドチャイムが揺れているような音だ。
サクラは音のする空を見上げる。
銅色の木の葉が風に揺られ、お互いを鳴らしあっていた。
日はまだ高く、夕焼けで木が染まっているわけではなく、元からこの色のようだ。
優しい銅色の不思議な森。
(ここは何処なんだろう)
チェシャ猫に飲み込まれた筈だった。
異世界の中の異世界のそのまた異世界?
(あ、誰かいる)
プラチナブロンドの髪をふわりと背に流し、白い肌を輝かせ、木々の間を優雅に歩く女性。
穏やかな微笑みは誰かを思い出す。
彼女のまわりには、褐色の肌に銀の髪の男が数人、まわりを警戒するようについている。
あの特徴のある耳は、エルフ?
「あの褐色の肌の色と銀の髪はダークエルフなのん」
サクラの隣に チェシャ猫の口と目だけが浮かび上がった。
ダークエルフ……
イシルさんの一族。
「闇のエルフの一族は 月の力を受け、闇属性ながら全属性を操るのん。強い魔力で結界を張り、ひっそりと隠れるように住んでいたのねん」
対する光のエルフは太陽をシンボルとしている。
金の髪に白い肌の光属性だが、やはり全ての属性を操ることが出来る。
「どうして隠れ住んでるんですか?」
イシルさんがドワーフの墓地でサクラに言っていたように、他者を弱き者として見下しているから?
「それはねん……」
「あっ!危ない!!」
襲撃を受けるダークエルフ。
一人のダークエルフが彼女を安全な場所へと連れて逃げる。
奇襲をかけた軍勢は 残ったダークエルフの護衛達に、あっという間に制圧されてしまった。
「2000年前のエルフ狩りなのねん」
2000年前……
イシルさんが生まれる800年程前の出来事。
「光のエルフも、闇のエルフも不老不死の種族、その力を欲して、全ての種族から狙われていたのん。だから、隠れるように住んでいたのねん」
髪にも、爪にも、涙にもエルフの魔力が宿っている。
「その骨を砕き、呪術師に持っていって煎じて飲めば 永遠の命が手に入るという迷信が信じられ、まことしやかに囁かれていたのん」
あれと似ている――
現世でもある人魚伝説。
人魚の肉を食べた者は、不老不死になれるという都市伝説。
「その中でも特に、まれに生まれる光に愛された闇エルフは、太陽と月の両方の力を受け、神性が強く、信仰の対象で――」
女性を連れて逃げた男が剣を抜き――
「同族からも狙われたのん」
彼女に向かって切りかかった。
「危ないっ!!」
″ザシュッ!!″
男の振り上げた剣が彼女に達する前に、男は飛んできた矢により倒された。
そうか、彼女はイシルさんと同じく、ダークエルフなのに、白い肌を持ち、美しい金の髪をもって生まれた、光に愛された人なんだ。
現世ならアルビニズム。
産まれながらに黒の色素を持たない人。
色素欠乏症。
白い肌も
プラチナブロンドの髪も
翡翠色の瞳も
その希少性から、同族の闇のエルフからも崇められ、狙われる。
褐色の肌に長い銀の髪の男が走りよって来て、彼女を抱きしめた。
矢を放ち、彼女を助けたのはその男だった。
「他者を排し、蔑み、威圧して、闇エルフは孤独に生きるようになったのねん。
エルフの一族が恐ろしく強いのは、身を守るため、長い時間をかけて進化したからなのん。気配を悟られないよう身軽になり、あまり眠らず、他者の気配も探れるよう音に敏感になり、魔術を極め、独自の魔法を使うようになったのん。技を磨き、力を増し、誰も襲うことを考えようと思わなくなるほどの畏怖を放つようになったのん」
男と彼女は結ばれ、子供ができた。
産まれたのは男の子。
彼女と同じく、プラチナブロンドの髪に白い肌をした、光に愛された男の子。
「彼が産まれた頃には、エルフ狩りは収まっていたのん。だから、彼は 知識としては知っていても、体験としては知らないのねん。全種族が敵であった事を」
(彼?)
サクラは産まれた男の子を見つめる。
男の子は大事に育てられ、赤子から幼児へ。
(あれ?もしかして、、)
見覚えのある面影。
(イシルさん?)
幼なイシル!可愛すぎる!!
「父親は優しかったけれど、他者に対しては冷たかったのん。
他者を心の弱き者と教え、接触を避け、三人でひっそりと暮らしていたのねん」
(あの二人が イシルさんのお父さんと、お母さん……)
「この頃は平和に見えた。幸せに満ちていた。既に彼らに敵う者はいなかったのん。だから彼には父親の教えが 酷く傲慢に見えたのねん」
それは 家族を守るための 父親の愛だったのだと、サクラは思う。
「もう、彼らを脅かす者はいない――」
同族以外は」
――襲撃があった。
力で敵わないとわかっていても、迷信を信じている者がそれを欲する。
欲は金を生み、金を欲する者が生まれる。
襲ってきたのは同じダークエルフ。
父親の不在に親しげに訪ねてきたのは、母親の友人だった。
皮肉にも 平和が彼らを油断させたのだった。
母親の友人の誘導でやってきた賊に母親と幼いイシルは捕らえられ、父親は取り返すために血にまみれて戦った。
(だから イシルさんは……)
ドワーフの墓地で、サクラがイシルの故郷の事を聞いた時、イシルは言葉を濁した。
″知識を秘匿し、狡猾で、したたかで……大っ嫌いだ″
同族嫌悪。
思い出したくない 血に染まる故郷の出来事。
「母親は彼を逃がすことに成功し、それから彼は一人で生きてきた。
人を信じられず、己の持てる全てを使って、狡猾に生きてきたのん」
″サクラさんは知らないだけです、僕がどんなに卑劣なのかを″
「興味があるのは知識に対してだけだった。生を感じるためだけに女も抱いた。だけど、虚しいだけだった。
生きている実感が持てたのは、新しいことに巡り会えた時だけ。
知識の探求の末、たどり着いた場所が、ドワーフの神殿だったのねん」
そこでイシルはドワーフと一緒に暮らし始めた。
陽気で朗らかなドワーフ一族の性質に イシルは徐々に打ち解け、信頼し、心が安堵出来る場所が出来た。
幸せが訪れた。
「平和だったのん。幸せだったのん。なのに、、それはまた奪われたのねん」
ミスリルを巡っての争いが起こったのだ。
サクラがイシルから聞いた、800年前の人間対他種族の戦いだ。
「彼はまた、大切なものを失い、一人ぼっちになったのん」
イシルが魔王と呼ばれた戦い。
サクラの目から涙が溢れた。
イシルは強くなるべくして強くなったのだ。
「それでも サクラは彼を目覚めさせたいのん?」
チェシャ猫が涙に濡れるサクラを見つめる。
「サクラも いずれ彼の元を去るのん」
「……」
「サクラだけじゃない、彼の元を去らない人はいないのねん。何故なら、必ず彼より先に死んでしまうから」
奪われない限り、エルフの命は永遠に続く。
エルフより長く生きる種族はいない。
「何度も平穏を奪われた彼に、そろそろ安息の地を与えても良いんじゃないのん?
なにもかも忘れて、誰と別れを経験することなく、ここでアリスと一緒に 永遠に過ごした方が良いと思わないのん?」
アルビニズムの現実。
今現在の世界でもある話です。




