446. ѕαкυяα ιи ωσи∂єяℓαи∂ 9 (三日月の杖)
「マッドさん、教えて下さい、チェシャ猫さんはどこにいますか?」
「……それを教えたら レムを開放するよう彼に言ってくれる?」
マッドはランをチラリと見る。
サクラも、ランを見る。
「猫ちゃん」
「……ランだ」
ランが不機嫌にサクラに名を伝えた。
記憶がないのだから仕方ないが、よそよそしいサクラの態度に どこにもぶつけようのない苛立ちが顔に出てしまう。
「ランさん、レムさんを開放してくれますか?」
「……いいだろう、チェシャ猫が何処にいるか言え、帽子屋」
ランが高圧的な態度でマッドに命令するが、それに対してサクラが難色を示した。
「今、レムさんを放して下さい」
「お前、何言って……」
開放したら口を閉ざす恐れがあるのに、サクラは先にレムを放せと言う。
「お願いします、レムさんには助けてもらったんです」
相変わらずお人好しなサクラ。
これじゃあまるっきりランが悪者だ。
「チッ、、」
懇願するサクラに、ランは仕方なく眠りネズミのレムを開放した。
レムはヒイィ、と 帽子屋マッドの上着のポケットに身を隠す。
「ありがとう、ランさん」
「……」
「ごめんなさい、レムさん、迷っているとこを助けてくれたのに」
「いいんだ、サクラ。僕らも強引すぎたから」
怯えて胸ポケットから出てこないレムのかわりにマッドが答える。
「僕らはさ、Jが新しく連れてくる人達が楽しみだっただけなんだよ」
申し訳なさそうなマッド。
それを引き継ぎ、ウサギのマーチも、思いを吐露する。
「ここに来る前はさ、世界中の子供達と出会って、世界を共有してさ、色んな反応があって楽しかったから」
本を手に取り、ワンダーランドの物語を読んで ワクワク、ドキドキする子供たち。
「イタズラのしがいもあったよね、からかいがいがあった」
レムも 恐る恐るマッドの上着のポケットから顔を出し、会話に参加する。
どぎつい色のお菓子に、顔中ベタベタにクリームをつけ、皿を叩き、音を立て、服を汚しながら食事のタブーを楽しんだ。
パイ投げ、トマト投げ、特大ケーキにおかしの家。
寝転んで食べたり、歌って、踊って、お祭り騒ぎ。
「特に思春期の女の子は マッドが隣に座っただけで顔を真っ赤にしてさ、ねぇ、マーチ」
はにかむ笑顔、戸惑いの恥じらい、好奇心いっぱいの瞳。
「うん、可愛かった」
マッドの隣で、恥ずかしさに顔をあげられない子、人懐っこく笑顔をみせる子、せいいっぱい、背伸びして大人びてみせる女の子。
「また、会いたいなぁ……あの子達に」
今は開かれない本のページ。
「サクラはさ、同じ雰囲気を持ってたんだよ、その子達と」
それは、、子供のままってことですか?帽子屋さんや。
「だから、どうしても一緒にいたかったんだ。ごめんね」
マッドが謝り、マーチとレムもそれにならう。
「ゴメン、サクラ。りんご酢止めなくて」
「オイラも、ゴメン」
「もういいよ、ホントに」
「アリスには気の毒だけど、もう終わりにしてもいいのかな」
マッドのしんみり呟いた言葉に マーチとレムも頷いた。
「サクラ、お願いがある」
「何?私に出来ること?」
「君にしか出来ない事だ」
「何?」
「僕たちを、この世界を解放してよ」
解放!?
なんだか大それた事のように聞こえますが!?
「僕ら元の住人は、Jには逆らえない。Jが命を吹き込んでくれたんだからね。だからお願いしたい。サクラの記憶が戻って、仲間を助けたら、時計ウサギを探して」
「時計ウサギのチコさん?」
「うん。チコが持ってる時計だけが正確な時間を示している。ただ、今は止まっているんだ。だから、そのネジを回して。そうすれば――」
そうすれば、狂った空間は時の流れに揺られ、前へと進み、永遠の世界に終わりが来る、と。
「レム、鍵を出せ」
「えー、自慢の鍵尻尾なのに~」
「良いから出せよ」
眠りネズミのレムは三月うさぎのマーチに言われて ぴろり、尻尾を表に出す。
尻尾の先には 小さな鍵がついていた。
鍵尻尾って、、そうだっけ?
「これがないと『君の心の扉を開ける鍵だよ』ってセリフが言えないんだけどな~」
「そんなセリフあったっけ?」
「いつか言おうと思ってさ、男のロマンだろう?」
HAHAHAと マーチとレムが声を合わせて笑う。
そんな二匹にマッドがツッコむ
「鍵がないならこじ開けろ」
「オイラがマッドの顔ならそうするよ」
「僕には最初から心の扉は開けてる」
「「ごもっとも!!」」
レムとマーチの声がハモったところで三人がHAHAHAと笑った。
口が減りませんね、御三方、十分楽しそうですよ?
「言いたいだけならレプリカ作ってやるからさ」
「ま、いっか」
いいんだ、それで。
レムの尻尾の先の小さな鍵を帽子屋マッドが取り外してサクラに差し出した。
「サクラの心の扉を開けたかったけど……」
「今言うんかい!?」
「お前がか!!」
HAHAHA。陽気な三人、話が前に進みません。
「早くしろよ」
ランの睨みに、″失礼″ とマッドが咳払いをし、仕切り直す。
「本来の時計のネジはJが持っている。でも、この『鼠小僧の鍵』は、どんな鍵穴にも合う魔法の鍵だ。ネジのかわりにこれを時計のネジ穴に差し込んでまわしてよ」
鼠小僧の鍵って、、泥棒専用の鍵ですか?違いますよね?
鼠小僧って義賊、知らないですよね?
「そして、僕からはこれを」
マッドはサクラに鍵を渡した後、帽子を手に取ると手を中に突っ込み、マジシャンのように、その中からキラリと光る黄金色の冠を取り出した。
「チェシャ猫は黄金色が好きなんだ。冠を見たら寄ってくると思う。記憶の取り戻し方をタダでは教えてくれないと思うから、教えてもらうかわりに、この冠を渡すと良いよ。」
サクラの頭に冠を乗せた。
深紅のヒラリマントにかぼちゃパンツ、白タイツ。
手にはマーチの三日月の杖を持ち、黄金に輝く輝くマッドからの贈り物の冠を頭上に掲げ、レムの秘蔵の鍵を携えたサクラは――
立派な王子コスの完成です!
「ありがとうございます、マッドさん」
現世では絶対しない格好で、ちょっとお恥ずかしいですが。
マッドが冠を乗せた手を滑らせ、礼を言うサクラの頬をするりと撫でる。
「無理しないで、気が変わったら、僕たちとここで暮らせばいいんだからね」
世界中の女の子達をドキドキさせた 甘い言葉とスマイルをサクラに向ける。
「サクラを口説いてんじゃねぇ!クソ帽子屋!」
がるるっ、とランが牙をむき、マッドが名残惜しそうにサクラから離れた。
(ウンコ帽子屋か)←マーチ
(頭にウンコ帽子、、ぷぷぷ)←マッド
「チェシャ猫は囁きの森にいる。店の裏道を真っ直ぐ行って、分かれ道が来る度に『三日月の杖』で 方向を確認して」
「わかりました!ありがとう、マッドさん、レムさん、マーチさん」
サクラとランは三人に見送られ!『三日月亭』の店の裏道を真っ直ぐに進んだ。
ランが前を歩き、サクラが後ろをついて歩く。
「……」
「……」
会話が、ない。
ランはもどかしさを感じていた。
言葉が通じるようになったのに、心が離れていて逆に距離を感じる。
これが本来、サクラが他人と接する時の距離なんだろう。
「……あの」
沈黙に耐えきれなくなったのか、おずおずとサクラが口を開いた。
「ランさんは私とはどういう関係ですか?」
どういう関係――
サクラとオレの関係って?
友達?
同居人?
ランの片思い――
「……単なる飼い猫だよ」
ボソッとランが吐き捨てる。
「そうですか……」
「……」
「敬語、やめろよ。別人みたいだ」
「は、、う、うん」
無言で歩くサクラとラン。
気まずい空気の中、サクラが何か話さなくちゃとぐるぐる考えているのがわかり、ランはちょっと笑ってしまった。
「オレが、怖い?」
「えっ!?いや、そんなことは……」
図星をさされてサクラが狼狽える。
相手を傷つけないように何て答えようか考えてるのがわかる。
やっぱり、サクラだ。
「怖がるなよ、オレはサクラを傷つけたりしない。サクラを護るためにオレは存在するんだから」
「私を、護るため?」
「うん。サクラの……猫だからな」
「私の、猫」
「うん、お前の猫だ」
サクラは黒猫が登場した時の事を思い出す。
そうだ、この子は自分を護ってくれたんだった、と。
サクラを護るために 盾になり、前に出てくれたんだった、と。
「あの、、抱っこしてもいい?」
「うん」
サクラがランを胸に抱える。
ランはサクラの頬に スリッ、アゴをすりつけ、猫らしく″ニャー″と鳴き、ゴロゴロと喉をならして親愛を示した。
「ラン……」
サクラはランのふわ毛に顔をうずめ、背を撫でながら名前を呼んでみる。
「ラン……」
もう一度、名前を呼ぶ。
記憶にその名はないけれど、触れているととても心が穏やかになった。
「ありがとう。そして、ごめんね」
忘れてしまったことをサクラがランに詫びた。
「いいよ、オレの事、大切だから忘れたんだろ」
「……うん」
きゅっ、と サクラがランを抱きしめ、サクラの不安や心細さがランに流れ込んでくる。
ランは悔やんだ。
この時程 人の姿であったならと。
大丈夫だよと、サクラを 抱きしめてやれたのに。
「ところで私が探している人って、どなたですか?」
「イシルか」
チッ、と ランが舌打ちする。
いなくても二人きり(?)のいい雰囲気を邪魔しやがる。
「イシルさん?その方は私とはどういう――……」
「どうもねぇよ!ただの家主だよ!」
再びランが不機嫌になった。
「家主さん、、デスカ、それは、探さないといけないデスネ」
「おうよ」
サクラがまた敬語に戻った。
◇◆◇◆◇
分かれ道にさしかかり、サクラとランは『三日月の杖』を使って 方向を確認する。
先端に三日月を象徴するオブジェが飾られている杖。
「えっと、三日月の杖の使い方は、大地に持ち手の部分を突き刺して行き先を告げる――」
そうすると杖がその場所を探し当てて方角を示してくれるのだとか。
「囁きの森」
サクラが行き先を杖に伝えると、大地から光が集まり、杖の先の三日月がキラキラと輝きだした。
″三日月が輝いたら手を離して″
マーチに言われた通り、サクラは杖から手を離す。
すると――
″カラン″
三日月の杖が 力なく 左に倒れた。
((?))
「失敗かな、もう一回やってみますね」
サクラはもう一度大地に杖を立て、行き先を告げる。
「囁きの森!」
杖に光が集まり、キラキラと輝き、サクラが手を離す――
″カラン″
やっぱり、杖は左に倒れただけだった。
「……これだけ?」
「ショボっ!」
卜占ですか!?
子供の頃に、分かれ道で 木の棒を倒してどちらに行くか決めていた遊びを思い出した。
信憑性はいかなるものか、左に倒れないよう、ちょっと右に傾けてやり直してみたけど、やっぱり杖は左に倒れた。
左に行けということなのだろう。
サクラとランは『三日月の杖』を信用して、分かれ道を左へと向かった。




