427. ハーフリングの村へ 7 (vs 猪熊族 4)
「″猫だまし″は、本来初っぱなに使うものなんですよ」
焚き火を囲んで、サクラが猪熊族の中に入り、『相撲』について話して聞かせている。
「相手の目をつぶらせて隙を作らせ、有利な体勢にはいるためのもので、決め手じゃないんです」
日本の国技といわれる、大相撲。
決まり手は82手もある。
相手に体を密着させて、相手を土俵の外に出して勝つ『寄り切り』
これが一番多い決まり手だ。
向かってきた相手の腕や肩を手前に引いて、土俵に倒す『引き落とし』
相手の脇の下に入れた手で相手の腕のつけ根を抱えるか、脇に引っかけて前に引き、もう一方の手で相手の肩などをたたいて引き倒す『肩透かし』
『押し出し』『とったり』『首投げ』『腰投げ』『うっちゃり』『一本背負い』
一番相撲らしいのは、相手の差し手(相手のわきの下に入れた手や腕のこと)の上からまわしを取って投げて勝つ『上手投げ』かな。
お婆ちゃんが熱く語ってくれた相撲の話がこんなところで役立つとは。
猪熊族の三人は、自分達種族の決闘と似ている『相撲』の話をするサクラに意気投合し、もっと聞かせろと、大盛り上がり。
「すっかり人気者ですね」
イシルは BBQを焼きながら、それを眺めていた。
「サクラ、取られちまったじゃねーか」
ランはイシルの隣で、猪熊族の三人の笑い声に睨みを利かせる。
「肉の匂いにも釣られないなんて」
「それもまた旅の醍醐味でしょう」
「そんなんいらねーよ」
三人でいいだろ、と、ブツブツ。
「さあ、肉が焼けました。サクラさんに持っていってあげて下さい」
イシルは拗ねるランに、向こうの輪に入るきっかけを作った。
「ちゃんと、謝るんですよ」
「ケッ、なんでオレが」
◇◆◇◆◇
ターニャ達の護衛する商人の一行は、アジサイ街のもっと向こう、クロッカスの町から旅をしてきて、アザミ野町の先、ペチュニアの街に商品を納めに行くという。
だから、間の村は 旅に必要なものがない限り寄らないのだとか。
猪熊族の三人とサクラは、暫く相撲の話で盛り上がっていたが、そろそろ荷物番を交代すると言って、猪熊族の男二人が立ち上がり、ターニャも立とうとした。
「ターニャは火を見ちょれ、折角友達が出来たんじゃ」
そう言って、猪熊族の男二人は、ターニャを火の番に残し、荷物のある方に行ってしまった。
「……サクラ」
二人きりになったとたん、ターニャは遠慮がちにサクラにお願いをしてきた。
「……触れても、いいか?」
私に?
「良いけど……」
結婚してとか言わないでよね?
ターニャの手が伸びてきて、サクラのほっぺをふよん、と触る。
「柔らかい」
そのままのサクラの首の後ろに手をまわし、きゅっ、と抱きしめてきた。
「柔らかくていい匂い」
なんだなんだ!?
「これが普通の女の子の体だよな」
「?」
「……うらやましい」
「ターニャ……」
「オレはゴツゴツしてるし、胸だって、、小さいから」
いや、スタイル抜群ですよ?
胸だって、おっきくはないけど、ペッタンコじゃないでしょう、ランが柔らかいって言ってたんだし。
おっと、蒸し返すとこだった。
「ターニャはそのままでも十分可愛いよ。私はターニャがうらやましい。健康的で素敵な肉体美を持ってるじゃない?」
「サクラはこんなオレがキレイだと思うのか?」
「思うよ」
見た目だけじゃなく、真っ直ぐで、キレイな心を持っている。
「でも、女らしくない。男って、女らしいほうが好きだろう?」
あれ?これは、もしや――
「……ターニャ好きな人がいるの?」
サクラがそう言うと、ターニャが顔を真っ赤にして焦りだした。
「なっ///いや、オレは別にアスベルのことなんて、なんとも、、」
ターニャが焦りながら馬留め場のほうをチラチラ気にしている。
馬留め場では 若い商人が一人、馬の様子を見ていた。
なんて、わかりやすいんだ、ターニャ。
「ふ~ん、あの人かぁ~」
「ちょっ、サクラ、見るなよ///」
テレるターニャは十分可愛い。
「どんな人?暗くて良く見えないよ」
「無口だけど、優しいヤツだよ。黙って水筒の水くれたり、靴を直してくれたり、オレ、護衛なのに荷台に乗せてくれたり……」
「なんだ、女の子扱いされてるじゃん」
「誰にでも優しいんだ。″決闘″の時も、別に気にしてくれてなかったから、オレのことは何とも思ってないんだよ」
ターニャがしょんぼりとうつむく。
なんだ、あのランを巡っての決闘はアスベルに当てつけただけだったんだね。
「好きだって伝えたの?」
「まさか!!」
まだなんだ。
こんなにわかりやすいんだから、告白しなくてもバレてそうだけどね。
「アスベルに女らしくしろって言われた?」
「アイツは、そんなこと言わねー。けど、ダダとミノンが――」
ダダとミノンは猪熊族の二人だ。
「女はむっちり、もっちりがいいって」
乙女になんてこと言うんだ!あのオヤジ達は!!
「ターニャは冒険者だから、アスベルと一緒に旅ができるでしょう?女らしく、しとやかに、家で待ってるより素敵じゃない?」
「そうだけど」
「ターニャは可愛い!『女らしく』じゃなく『ターニャらしく』が一番だと思うよ、私は」
「そう、かな?」
「そうだよ。好きな人のために努力するのはもちろんだけどね」
自分を偽り、無理をしても長くは続かないことをサクラは知っている。
作った自分を好きになってもらっても、自分が辛くなるだけだ。
完璧に使い分けているアイリーンは凄いな。
まあ、アイリーンは相手を教育してしまうんだろうけどね。
そういう努力は 相手に見えた方がいい。
オレのために頑張ってくれてるんだな、と。
かわいいじゃん?
「サンキュー、サクラ」
でも、獣臭いのはどうかと思うよ?ターニャ。
「そうだ、この先のドワーフ村とオーガの村の間に『迦寓屋』があるからさ、立ち寄れたら行ってみてよ。ターニャもいい匂いになれるからさ」
立ち寄りだと300¥で風呂に入れて、休憩のお座敷つき。
旅の疲れを癒せるでしょう。
食事がしたくば金を払えばいい。
後で商人さん達にチラシを配ろう、そうしよう。
「お前、サクラにひっつくなよ」
ターニャとイチャイチャしていたら当て馬、、じゃない、ランが皿を手にやってきた。
「あっ、肉、焼いてたんだ」
ランが手に持つ皿を見て、慌ててサクラは手伝いに立とうとする。
「いいって、イシルは好きでやってんだから座ってろ」
ランに言われてサクラはイシルを向き、ペコペコと頭を下げた。
イシルがそれにこたえて 軽く手をあげる。
「ほらよ」
ランがサクラとターニャの前に肉の乗った皿を付き出した。
「オレも、いいのか?」
「イシルが、食えって」
そして、ごにょごにょと口ごもりながら、ランがターニャに謝った。
「悪かったな、イロイロ」
「いや、もういいよ」
「じゃあ、冷めないうちに食べようよ」
ランがターニャに謝って、わだかまりもなくなったところで、サクラが催促し、一緒にBBQを食べ始める。
「「いただきます」」
″はむっ、、″
″あむっ、、″
「「ん~///」」
二人声を合わせてご満悦。
「なんだ、この肉の旨みは!?そして、柔らかい!!」
ターニャが驚きの声を上げた。
「当たり前だろ、オレが厳選して狩ってきてやった肉だぜ」
ランも肉に食らいつきながら誇らしげに自慢する。
「それに、3日寝かせてあるからな(←イシルが) 旨みが熟成されてんだろ(←イシルの受け売り)旅してると 狩ってその場で食うことが多いから、肉汁が多すぎてくどかったり、硬い肉が多いもんな」
肉は狩ってすぐは硬直しているから硬いのだ。
狩ってすぐではなく、少し程ねかせたほうが旨味成分であるアミノ酸が増えるため美味しくなるのだ。
「そうなんだよ。それはそれで旨いけどな」
はむっ、と ターニャが二口目を食べてまた身悶える。
味付けはシンプルに塩だが、柔らかくて、豚肉の甘みを存分に味わえる。
「牛も焼けましたよ」
夢中で食べていると、イシルが追加の肉を焼いて持ってきた。
「牛は保冷庫で10日程寝かせてある食べごろのものです」
こちらは甘いタレに漬け込んであったものを焼いてある。
″はむっ、あぐっ、″
醤油をベースに、砂糖の代わりにはちみつとお酢で甘みを足し、ガーリックと生姜で味を引き締める。
タレに漬け込むと、保水力が高まり、肉汁の流出が抑えられてジューシーでやわらかいお肉になる。
長く熟成した肉は芳醇な香りが上がるが、水分がぬけるので、相乗効果で、旨みも格段にアップ!
「「ん~///」」
甘いタレが焦げて、なんとも甘香ばしい!
またしてもサクラとターニャを虜にする。
「焼き野菜も食べて」
野菜の乗った取り皿を三人に配る。
玉ねぎ、パプリカ、トウモロコシ。
あ、トウモロコシは焼き醤油♪
茄子にエリンギ、焼きトマト。
ズッキーニは黄色と緑でカラフルだ。
そして、魅惑のニンニクホイル焼き。
(食べて、いいかな)
いいのか?明日、ニオイ、大丈夫か!?
イシルさんも、ランも食べてるから、いいか!いただきます!
″はむっ、ほくっ″
ああ、ほっくり。
オイルの中でこんがりと色づいたニンニクを、一粒。
噛んだ瞬間に ほっくりと焼けたニンニクが、とろんとした香りを放ちながら口の中に広がった。
「んー!」
ニンニク、美味しい!
明日も元気に歩けそうデス!
イシルとランは野菜をめぐって攻防戦を繰り広げている。
結局、イシルが勝つのだから、ランも諦めて初めから食べればいいものを。
「貴女も、たべてませんよね?野菜」
ランに野菜を食べさせたイシルが、ターニャににっこり微笑んで、皿をだせと笑顔で脅している。
「さっき、食ったよ」
ターニャもラン同様、野菜が好きじゃないようで、断固拒否。
「皿の上の野菜は減ってないようですが、何を食べましたか?」
「えーと、、アスパラガス?」
「そんなものはありません」
ひょいっ、と、パプリカをターニャの皿の上に追加した。
「うっ、、ピーマン」
「ピーマンではありません、パプリカです。甘いですよ?」
「いつもみたいに野菜と肉の串にしなかったんですね」
「ええ、肉と野菜では焼ける時間が違うし、折角なので美味しく食べさせてあげたかったので。でも、、」
ターニャがサクラの皿にこっそりパプリカを移そうとしているのをイシルがジロリと見る。
ビクリ、ターニャがその形のままフリーズした。
「次からはいつも通り、肉と野菜の串にしましょうかね」
「オ、オレさ、コレ、この肉、ダダとミノンにも持ってってやっていいかな」
ターニャが逃げの体制に入った。
「いいですよ。ただし――」
ひょい、ひょいっ、と、イシルが茄子と玉ねぎ、エリンギをターニャの皿に乗せる。
「それを食べてから、です」
「ひいぃ!!」
「……諦めろ、ターニャ、イシルはしつこいぞ」
ランがトウモロコシにかぶりつきながら、ターニャに同情の言葉をかけた。
「くそっ、」
ターニャは飲み込むようにして野菜を胃の中に押し込むと、イシルから二人分の肉を受け取り、立ち上がる。
「ターニャ」
サクラは行こうとするターニャに、更にもう一皿差し出した。
(アスベルにも)
「!!」
「火は見てるからさ、ゆっくり行ってきなよ」
サクラの気づかいにターニャが嬉しそうにサクラに笑い返す。
うん、乙女の顔だ。
「ありがとう、サクラ」
ターニャは荷物の番をしている猪熊族の男二人のもとに走って行き、肉の皿を押しつけると、すぐに馬屋へ取って返した。
そして、呼吸を整え、アスベルに声をかけようと、、して、かけられない。
モジモジしてると、アスベルが気づき、ターニャに近寄る。
(なんだ、イイ感じじゃない)
サクラはターニャとアスベルを見ながら、ニヤニヤしてしまった。
アスベルは、肉を一口食べたら、ターニャにも、分けてあげていたから。




