420. 旅立ち前のお片付け (サーモン大トロ丼) ◎
あとがきに料理写真挿入(2021/6/11)
ランの提案で 骨董市が催される隣のハーフリング村へ歩いて行くことになったサクラとイシルとラン。
「夜キャンプをするならお昼を食べてから出掛けましょう、隣村ですし、すぐについてしまいます」
「え~、外で食えばいいじゃん」
ランはすぐにでも出掛けたいようだ。
「いえ、4、5日家を空けることになるので お布団を洗ってから行きたいんです」
ランの連休は5日間。
骨董市は3日間だが、1日目はキャンプで、計4日。
イシルはお出掛け前におうちの片付けがしたいようだ。
「イシルさんは、旅に出る前はいつも部屋を片付けるんですか?」
「ええ、旅から帰った時に汚れてると嫌じゃないですか。疲れていても、綺麗な部屋に帰るとホッとします」
「そう、ですか……」
「変ですか?」
「いえ」
サクラは言いかけてやめる。
上京して 実家に帰るときに飛行機を使うサクラは 毎回親に言われていた。
″旅行の前に片付けをしてはいけない、いざというときのための準備みたいで、不吉だから″
ゲン担ぎだ。
旅行先から無事に帰れるように、いつもやらない掃除なんかするな、と。
(↑遠回しに日頃からちゃんとやれと示されているだけだが、気づかないふりをしている)
(まあ、イシルさんは常日頃からキレイにしてるから、関係ないか)
サクラの現世の部屋は積ん読本でわさわさしている。
逆に帰れなかった時、汚い部屋を見られたらお恥ずかしい。
「歩きますからサクラさんは体力温存してください」
朝食を終えたら、サクラは部屋へと追いやられ、絵本で異世界の文字の勉強を少ししておく。
イシルはランを引き入れて片付けをする。
今日は天日干しではなく、魔法による布団やシーツの洗濯、乾燥の短縮バージョン。
部屋の窓から前庭を見ると、ランが魔法で風を送り、シーツを乾かしていた。
イシルは 不必要なものをしまい、各部屋をクリーニングの魔法をかけてまわっている。
(そうだ、あの本は隠して行こう)
あの本とは、ソフィアの書いた本。
イケメンアルベルトとの恋愛の『シークレット・ガーデン』ではない、もうひとつの本。
ダークグリーンの総革装に、銀めっきを施したブロンズ製唐草文金具を鋲留めした、開かないように金の留め金がついた豪華装丁の本だ。
表にタイトルはなく、一見すると日記のように見える。
ページを開くと文字が。
″薔薇の見つめるその先に――″
詩の始まりのようなタイトル。
通称『バラミツ』
短縮系呼び名だが、″薔薇の蜜″を連想させ、それがまたお嬢様方の妄想、想像力をかきたてて、虜にしていく。
アレン伯爵と御付きのスチュワートの、男同士の友情を描いた物語。
『バラミツ』はこのドワーフ村を旅先の舞台にしてあり、じわじわと人気を集め、聖地巡礼か、最近では女性の旅行者が増えている。
アスは本が売れ、客も増えてウハウハだ。
バラミツの挿絵に描かれている スチュワートがくわえたお菓子の反対側にかじりつくアレン伯爵の姿。
ポッキーゲームのこの挿絵のおかげで、マーサのパン屋で売り出した細長プレッツェル(ポッキー)が売れに売れている。
いいよ、村が潤うんだから。
しかし、イシルにだけは見つかるわけにはいかないのだ。
何故なら、このスノーが描いた挿絵は、アレン=ラン、スチュワート=イシルをモデルにしてあるのだ。
この本は女性にしか開けないまじないが 金具にかけてあるらしいが、イシルなら開けることが出来てしまうかもしれないし。
さて、現世のサクラの部屋とは違い、必要なものしかないシンプルなこの部屋の何処に隠そうか……
(ベッドの下?)
は、定番過ぎる。
何よりシーツ交換の時に見つかる。
(本棚に堂々と?)
せめて辞書の箱とかカバーがあればなぁ……
(クローゼット?)
荷物そんなにないからスカスカ丸見えです。
(屋根裏)
届かぬ。
(使ってないカバンとか?)
リュックの他にはシズエ殿のショッピングカートしかない。
シズエ殿は異世界の文字マスターしたのだろうか?
まかり間違ってシズエ殿に渡ってもイヤ。
(机の引き出し?)
無難に引き出しの奥にしまうか。
あからさまに隠すと余計にバレそうだし……
なんだかエロ本隠す男子中高生の気分になってきた。
(そうだ!)
イシルさんはお母さんだけどお父さんだ。
絶対に開けないであろう場所がある。
それは、、
下着BOX!
(こんなとこに物を隠す日が来るとは……)
サクラはごそごそと下着BOXの奥底に本を隠した。
″コンコン″
「ひゃい!!」
ドアノックされて、仕上がったサクラの布団を抱えたイシルが入ってきた。
「少し早いですが、お昼にしませんか、、って、どうかしましたか?顔が赤いですよ?」
「な///何でもありません」
ベッドメイクをふたりでやり、イシルがサクラの部屋にもクリーニングの魔法をかける。
(やっぱりベッドの下に隠さなくてなくて良かった)
とりあえずセーフ。
「旅の荷物はそれだけですか?」
イシルがサクラのリュックをアイテムBOXにしまうと、お昼を食べるために一緒に階段を降りた。
キッチンへ入ると、既にランがスタンバっていた。
目の前には常備おかずがタッパー(←サクラが現世から買ってきた)のまま置かれている、
キンピラや煮物、和え物がたくさん並んでいて華やかだ。
「凄いですね」
「並べただけです。保冷庫の中の食材も片付けついでに食べてしまおうかと」
一旦片付け出したら止まらないタイプですね?イシルさん。
わかります。
日頃やらないくせに、サクラも片付けをやり出すと止まらない。
一気にやるから疲れて中々やりださないんですけどね。
丼を覗くと 艶やかなお刺身が麦飯の上に乗っていた。
なるほど、旅の前に余計な料理をしないですむ方法。
切って並べただけの海鮮丼。
サーモンと、これは、もしや、、
「大トロ!?」
旅行前に豪勢!
「ハーフリングの村では あまり魚は食べられないでしょうからね」
イシルさん、ナイスチョイス!
生の魚はヨーコ様の『海の壺』の恩恵ですから。
「ハーフリング村はお好み焼きの地になりましたからね」
「あそこの村は煮込み肉も旨いんだぜ?」
それは、楽しみ!
ランもウキウキしているのが尻尾の先に表れている。
「「いただきます!」」
常備おかずは食べきるつもりだから、取り分ける菜箸はいらない。
三人とも直箸でおかずをつっつく。
優しいダシの味がしみた、アゲとアスパラとえのきの煮浸しに、甘い人参と卵のシリシリ、ハスとゴボウのキンピラはコンニャク入りで、ピリ辛、シャキシャキ、プルプル。
肉もあります、鶏肉と茄子とピーマンの味噌炒め。
キャベツの浅漬けはサラダ感覚でもりもり食べれちゃう!
どれもこれも美味しくて、食べ過ぎそう。
そしてメインはサーモン大トロ丼。
サーモンは鮮やかなオレンジ色で、白い線がキレイに入っていて美しい。
つやつや、光ってますよ!
″はぐっ、あぐっ″
しっとりとしたサーモンの切り身が、ねっとり、舌に絡みつく。
「んふっ///」
肉厚サーモンは柔らかいのにぷるんとしていて、程よい脂があり、口の中でふるふると震える。
しっとり、きめこまやかな身は極上の口あたり。
「ん~///」
サーモンの旬は秋というイメージがあるが、脂がのっていて美味しいのは5〜6月ごろ。
秋は川で産卵をするため、筋子や白子に栄養が移ってしまっていて、身の脂は少なめ。
たっぷり脂ののったジューシーなサーモンが食べられるのは初夏。
秋鮭はあっさりしていることが多いので、少し油分を足すとより美味しく食べられる。
そして、、お待たせしました!大トロさんっ!
脂ののった大トロは、ごはんの上にしなだれかかるように横たわり、 その艶やかな姿は見た目だけでノックアウト!
脂のりが昼の日に輝き、宝石のようですよ!?
霜降りの身は角度によってツヤツヤ、ギラギラの輝き、最強の脂のりを魅せている。
何カラットですか!大トロ様、目がつぶれます!
″あむっ、、″
口に含んだ瞬間、滑らかな舌触りや柔らかな味わいが広がる。マグロの脂は不飽和脂肪酸。
融点が低く、舌の上で溶けとける!
脳に快感物質大放出!!
「くぅ~///」
身悶えせずにはいられません!!
まったり、こっくり、奥深い!
舌が大トロを探して彷徨う。
その旨みの後味を逃さないように!!
ああ、名残惜しい、ストーカーと呼ばれてもいい!
貴女をはなしませんっっ!!!
◇◆◇◆◇
早目の昼食を終え、サクラとイシルとランは ハーフリングの村へと出発した。
「「行ってきます」」
誰もいない家に 挨拶をして――




