417. サーモンとアボカドのオープンサンド ★◎
料理写真、挿絵挿入(2021/6/6)
マーサのパン屋の朝は早い。
マーサは娘と二人でパンを焼くくついでに、朝早く旅立つ客の対応をしている。
今朝のパン屋は格別忙しかった。
客がわんさと押し掛けた、、からではない。
マーサがいないからだ。
″ビーッ、ビーッ、ビーッ、、″
「オルガ、鳴ってる!白角出して!」
「あいよ~」
「マルタ、あんたは触んないで、洗い物して!」
「え~、アタシもパン焼けるよ~」
「さわるな!家と違って売り物なの!あ、ほら、お客さん来たよ、カウンター!」
「むーっ、、」
いつもマーサとパンを焼いている20歳のロゼッタが 15歳の弟のオルガと10歳になるマルタに指示を飛ばしながらパンを焼いていた。
他の兄弟は大分歳が上で、お嫁にいったり、村を出ているから、今のマーサの家ではロゼッタが長女のようなものだ。
ドワーフの村では10歳になると働き手となる。
マルタはまだこの春から働き手となったばかりの見習いである。
「ロゼ、何か焦げ臭いよ?」
弟のオルガが白角を型からひっくり返して外しながら、鼻をスンスンさせ、ロゼッタに聞く。
「あ″――っ!!やっちゃった!!」
末っ子マルタがククク、と、姉のロゼッタのやらかしに、カウンターでほくそ笑む。
「何だか大変そうですね」
朝早く、朝食用の焼きたてのパンを買いに来たイシルは 半分見えている奥の厨房を覗きながら、マルタに話しかけた。
「うん、今日はルンドさんとこに子馬が産まれるから お母さんが手伝いに行っていていないの」
「それは、、大変ですね」
「何にしますか?イシルさん」
「えーっと、全粒粉のクルミ入りカンパーニュがありましたよね?もう焼けてますか?」
「あー、、」
マルタはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべると、奥の厨房に聞こえる大きな声で――
「カンパーニュはぁ~、、焦がしちゃったんだってぇ~!!」
″バンッ!バタンッ!バンッ!″
妹マルタの声を受けて 奥の厨房でパンを捏ねる姉のロゼッタが こちらを睨みながら 盛大に生地に八つ当たり。
弟オルガはその隣で小さくなりながらパン生地にカレーを詰める作業をしている。
姉妹ゲンカに客を巻き込むのは止めましょう。
「じゃあ、白角をください、八枚切りで」
「はーい!」
マルタはチラリと厨房を見る。
ロゼッタは力を込めて黙々と全粒粉のカンパーニュをやり直し(お怒り)中、マルタはカレーパン詰め詰め中。
「イシルさん、私が切ってもいい?」
マルタはチラチラ厨房を気にしながら 小声でイシルに尋ねた。
何故ならまだ刃物は扱わせて貰えないからだ。
「お願いします。はしっこのミミはつけたままでいいですよ」
マルタは後ろの棚に置かれた 焼きたての食パンを下ろし、スライサーにセットすると、意気揚々とハンドルを持ち、刃を下ろした。
″フカッ、ガコンッ!″
「あっ!?」
メモリをセットするのを忘れて、4枚切りの厚さの食パンが切り落とされる。
(失敗、失敗、、)
″キリキリキリ……″
メモリを8枚切りに合わせ、気を取り直して、もう一度。
″フカッ、、フニャッ″
「うわ!」
″ガッ、、コン″
焼きたてふわふわの食パンは、ミミはパリッと香ばしく、硬めに焼けているが、中はふわふわで、薄くは切りにくい。
それでもマルタは頑張って切る。
ここで止めるわけにはいかない、意地がある。
姉のロゼッタに見つかるわけにもいかない。
″だから言ったのに!″と、怒られた上にバカにされるのはごめんだ。
マルタはそわそわと厨房のロゼッタを気にしながらもう一枚。
″フニャッ、、ガコンッ″
″フニャッ、、ガコンッ″
どうしてもきれいに切れずに曲がる。
(うわっ!曲がっちゃった)
(あっ!大きく切っちゃった!)
(あっ!ロゼお姉ちゃんがこっちにくる!!)
焦るから、余計に失敗してしまう。
イシルにはマルタの心の声が手に取るように見えて、笑いを噛み殺しながら、その様子を眺めていた。
″ガッ、、コンッ!!″
最後だけはキレイな切れ目にしておかなければ 失敗したのがバレてしまう。
マルタは8枚目を大きめに切って、さっさと紙の袋にいれてしまうと、ロゼッタがくる前にイシル押し付けた。
まだ温かいので、袋の口はあけたまま。
「あら、イシルさん、いらっしゃい」
ロゼッタが厨房から出て来てイシルに挨拶をする。
「白角、、ですか?」
ロゼッタがチラリとマルタの手にする断面をチェック。
マルタは姉のロゼッタに見えないように″言わないで!″と、イシルに拝んだ。
イシルはロゼッタの隣で、失敗がバレないかヒヤヒヤしているマルタをフォローするかのようにこう言った。
「ええ、はしっこをオマケしてもらいましたから、1斤以上頂いてしまいました」
こう言っておけば 最後に半端な枚数が残っても怒られないだろう。
半端はサンドイッチにまわせばいい。
「あら、気が利いてるわね!マルタ」
「え、えへへ///」
どうやらお咎めはなしのようだ。
「また頼みますね、マルタ」
「うん!ありがとう、イシルさん!」
「″ありがとうございました″でしょ!お客さんなんだから」
イシルは マーサのパン屋のベルを″カラン″と鳴らし外に出ると、ほくほくと森の家へ、朝食の支度に帰る。
(得したな)
マルタが切った食パンは、
はしっこ→4枚切り、
次→8枚切り、8枚切り、8枚切り
次→6枚切り、6枚切り、6枚切り
最後→4枚切り
で、優に一斤を越えていたから。
8枚切りは糖質制限中のサクラへ、
6枚切りは自分の分、
4枚切りはランへ。
なんてぴったりな切り方なんだ。
◇◆◇◆◇
焼きたての食パンは、サクラはなにものせないでバターをつけて食べたがる。
しかし、それでは一枚では量的に満足できないだろうから、今日はオープンサンドにする。
ぐざいをたっぷり乗せて、一枚でも満足するように。
作るのは『サーモンとアボカドのオープンサンド』
パンの裏を焼いたら、表も軽く焼き、パンがつぶれるのを防ぐ。
焼きたてのふわふわだと、上に乗せた具材の重みでパンがつぶれてしまうからね。
表側が色づくかな くらいに焼けたら、パンにマヨネーズをぬる。
余分な水分をパンに浸透させにくくするためだ。
使うサーモンによっては結構脂が出ますから。
そういう意味ではチーズとかもオススメです。
スライスしたアボカドとサーモンを一列ずつ交互に乗せて トースターへ。
サーモンは生でも食べられるものを選んであるので、ほんのり色づけばOKだ。
表面に少し焦げ目を少しつけたサーモンは 半生、薄いピンクでふわふわに。
アボカドはもったりと舌にからみ、お腹にたまる重量感。
サクラの好きなマヨネーズで酸味と爽やかさを乗せ、味のアクセントに粗挽きコショウをふれば、口当たりの良い朝食の出来上がりだ。
お好みでレモンをかけてもいい。
サクラが欠かさず食べるサラダには、千切りキャベツに水菜を混ぜて。
ランが好きなバナナも添えておこう。
″朝からパン買いに行ってくれたんですか!?″
″おっ、焼きたてかぁ~″
″ん~///焼き加減が最高ですね!″
″うめぇな!おかわり!″
朝食を食べる二人を思うと心がウキウキしてくる。
二階でドアを開ける音がする。
(おはよう、ラン)
(おはよー、、サクラ、寝癖、、)
(えっ!どこ!?)
(後ろ、跳ねてる)
匂いにつられてサクラとランが起きてきたようだ。
何気ない日常会話に イシルはほんわか心が和む。
イシルはコーヒーをいれながら、そんな二人を出迎えた。
「おはようございます、良い朝ですね」
「おはようございます、イシルさん、、うわあ!美味しそう!」
「おはよー、イシル、あ!バナナ♪」
サクラがスープをよそい、ランが前の日の冷やしおでんの残りを出してくる。
「「いただきます!!」」
「オレは今日狩りに行くからいっぱい食ってくぞ」
「はい、お代わりはありますから。お弁当も」
「いいなぁ、お弁当」
「サクラさんの分もありますよ、ウォーキング行くでしょう?」
「やった!」
″かぷっ、ザクリ、、″
「「ん~///」」
イシルは旨そうにパンにかじりつくサクラとランを見ながら、自分もパンにかじりつく。
「「美味しいっ///」」
(早起きして良かった)
早起きは三文の徳。
おまけしてもらったパンに微笑ましい姉妹ゲンカ。
そして、愛する者の、最高の笑顔――




