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416. ローストビーフ(ランの場合) ◎

後書きに料理写真挿入(2021/6/5)




ギルロスと飲んでいたランは、少し沈んだ気持ちで森のイシルの家に帰ってきた。


「ただいまー」


帰宅の言葉が当たり前のように、自然と口からでる。

すると、おかえりなさいとイシルが出迎える。


イシルの顔を見てほっとする自分に、待っている人がいるからでる言葉だな、と、実感する。


「飲んでたんですか?」


「ああ、ギルが帰ってきたからな」


ランはいつも通り、何気なく返したつもりだったのに、イシルは眉をひそめ、聞き返してきた。


「……何かあったんですか?」


「なんだよ、急に」


沈んだ気持ちがバレたのか?

それとも、ほっとした顔を見られた?


「いえ。その状態なら風呂に入れますね」


イシルはいつもの調子に戻り、、ランをがっつりつかむと、風呂場へと放り込んだ。


「うわーっ!!」





風呂に放り込まれたランは、警備隊駐屯所でのギルロスとの話を思い返していた。


ギルロスが 少し固い顔をして、一杯どうだと誘ってきた。

()()の顔じゃなく、()()の顔。

ランの生まれた国、サン・ダウルの話をされるんだとすぐにわかった。


サン・ダウル王国の第一王子、心の臓に病をもつ メルリウス。

ギルロスの雇い主であり、ランの腹違いの兄。

ギルロスは メルリウスの依頼でランを探していたので、その報告に一旦サン・ダウルに帰っていたのだ。


「国に帰る気はないのか?」


さっさと話を終わらせたいのか、単刀直入にギルロスがランに聞いてきた。


「メルの調子が良くないのか?」


「いや、城で安静にしてる分には体にも執務にも問題ない。むしろ、いいくらいだ。ドワーフ(この)村には珍しい食べ物も多いからな、オレが送る食い物のが楽しいようで、食もすすんでる。少し太ったかな」


そして、何より――


「お前が見つかったことが大きい。心が健康をもたらせてくれるんだろう」


「……元気なら、いいんじゃね?エドとも上手くやってんだろ」


サン・ダウル王国第二王子 エドアルド。

病弱なメルリウスをフォローし、実際に動き回っているのは彼だ。

ただし、頭が筋肉で出来ているようで、本能で動くタイプの人間だから、内政には全く向かない。

ランのもう1人の腹違いの兄だ。


今、サン・ダウル王国は、頭脳のメルリウス、体力のエドアルドの二人で成り立っていた。


「ああ。エドアルドもお前に会いたがっていた」


「……」


三人とも母が違う、二人の腹違いの兄の事は嫌いじゃない。


優しかったメルリウスも、強いエドアルドも、その母達も、まわりの大人達の思惑とは裏腹に 仲が良かった。


「上手くやってんなら わざわざオレが帰ってかきみだす事もねーだろ」


「上手くいってるから迎えたいんだろう。やっと自分達が、弟を――お前を護れる力を得たのだから」


あの頃の幼い自分達にはなにも出来なかった。

だから、今。


「オレは帰んねーよ」


会いたくない訳じゃない。

でも、今はまだダメだ。


「お前、呪いを解く気が失くなったんじゃないのか?」


「!?」


ギルロスが嫌なところをついてくる。


「いいか、ラン、お前の今の姿は()()()だ。本来のお前じゃない」


「わかってるよ」


「わかってない、どういうわけか、お前が長く()()していられるのはサクラの従魔だからだろう」


「……」


「サクラはいずれここから去る」


「……黙れ」


「今の幸せは続かない。お前は()()()()()()()()へ戻るのが――」


「黙れ!ギルロス!!」


″パリン、パキン!″


ダンッ、と、ランが立ち上がり、ランの放つ気迫でグラスが割れた。


「まったく、、」


ギルロスが割れたグラスの欠片を拾い集める。


「それがオレが報告した話を聞いた上での依頼主の望みだ。サクラが異世界から来たとは言ってないがな」


ようやく、ギルロスが()()の顔に戻った。


「……お前も、そう思うのか、ギル」


「オレは、どっちでもいいと思ってるよ。お前の好きにすればいい」


「……サンキュー、ギル」





ランは 暗い気持ちを振り払うようにざばっ、と、風呂から上がった。





ランがリビングに入ると、文字の勉強なのか、サクラが絵本を読んでいた。

そして、ランの顔を見た瞬間、目をぱちくりさせて、イシルと同じ事を聞いてくる。


「ラン、何かあった?」


オレ、そんなに顔に出てる?

ポーカーフェイスは得意だったハズなのに。


「なんも」


「……そう、ならいいんだけど」


腑に落ちない感じのサクラ。


(オレの事、ちゃんちと見てくれてるんだ、サクラも、イシルも)


そして、ギルロスも。


「トリミング、しようか」


「おう」


ランがソファーに座ると、サクラがブラシを手にランの後ろに立つ。

サクラの柔らかな手が 優しくランの髪を鋤き、心地いい。


サクラに髪を乾かしてもらっていると、イシルがキッチンから戻り、1人掛けソファーに座り、本を開いた。


そして、


「飲み足りないんじゃないですか?」


ランの顔を見て聞いてくる。

イシルは開いたばかりの本を閉じると、ランの返事を待たずに、僕も飲みたいですね、と、キッチンに立ち、しばらくしてワインとつまみをもって戻ってきた。


「うわ!ローストビーフ!美味しそう!」


イシルがもってきたつまみは、ランの分の冷やしおでんとローストビーフ。

肉の登場に、ランのトリミングを終えたサクラが感嘆の声をあげた。


イシルがコルクを抜き、ワインをグラスに注ぐ。

少し黄色く色づいた 宝石のように澄み切った輝きをもつ白ワインだ。


「肉なのに白ワインですか?」


「ええ、肉には基本赤が合いますが、白も中々いいですよ」


「ソースは、ワサビ醤油?」


「はい。おでんもありますから、和で攻めてみました」


ランは早速ローストビーフをひとつつまむ。


″はぐっ、ぱくっ″


薄くスライスされたローストビーフはしっとり、柔らかく、わさび醤油のソースがさっぱりとしている。


肉料理に白ワインだと、肉の血のニュアンスを強く感じる印象があるが――


″コクッ″


白ワインをひとくち飲むと、そんな定説は吹き飛んでしまう。

イシルが選んできた白ワインはハーブ香と、柑橘の香りが漂う、少し酸味のある爽やかなものだった。

そこに樽の香りも加わり、肉の力強い味わいとも合う。


「うめぇな」


和のハーブ『ワサビ』の風味が、イシルの選んだ白ワインのハーブ感と同調し、調和がとれている。


「ポン酢でもおいしいんですよ」


冷やしおでんも スッキリした白ワインによく合う。


「なあ」


ランの問いかけにイシルがゆっくり顔をあげた。


「ハーフリングの村の骨董市、のんびり歩いていかねーか?」


隣の村だ、ランとイシルならすぐについてしまう距離だが、徒歩だと半日以上かかる。

また、あざみ野・ローズの時みたいに、のんびり三人で 旅がしたかった。


「昼過ぎから歩いて、野営して、次の日の昼につく感じでさ」


「キャンプ!?」


サクラがわくわくと反応する。


「歩きましょう!」


「いいですね、折角のお休みですからね、それなら近場でも楽しめそうです」


イシルも異論はないようだ。





わかっている、このままじゃいけないことなんて。

この幸せはには終わりがある。


イシルだって、わかっている。

なんとかならないかと、イシルが研究室で足掻いている事をランは知っている。


ランだって、神の眼をもつという古竜に聞いてみた。

答えは『神のみぞ知る』だった。


だけど、もう少しだけ、このまま、この幸せに浸っていてもいいだろう?


「キャンプと言えば、BBQだよね~」


暢気に浮かれるサクラの隣に。


「腕を振るいます」


反対側に余計なのもいるけどな。


「あ、狩りは任せましたよ、ラン」


「オレかよ!?」


「言い出しっぺですからね。牛はありますから、豚肉を。豚肉なら2、3日は熟成させたいので、明日には獲ってきてくださいね、休みでしょう?」


「わかったよ」


(血抜きにハルを連れて行こう)









挿絵(By みてみん)



ローストビーフ(薄切り)

出来合いですが薔薇頑張りました(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ランの毎日を思えば。これまでの色々を思い起こせば。 この日常を手放したくない切なさが、胸を締め付けますね。とても心に伝わります。 さりげないイシルさんのアプローチも、一層胸に響きます。 […
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