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414. 恋の種 2 (エリザの場合)

あとがきに料理写真挿入(2021/6/1)




「4時です」


網の上で魚を焼きながらイシルがサクラの疑問に答えた。

どうやらサクラの門限は4時だったらしい。

小学生でももう少し遅いと思いますが?


「バーガーウルフが終わるのが3時でしたよね?その後一時間もあるんです、十分では?」


そうだったんですね、お父さん、知りませんでした。


「でも、その後も出歩いていたような……」


「僕が一緒ならいいんです」


ああ、そうですか


「じゃあ、次はイシルさんも4時以降は一緒に打ち合わせ参加しましょうよ」


ね?と、サクラがにしゃりと笑う。


「……それなら///いいです」


いいんかい!


パリ、パリ、と、サクラはサラダのレタスをちぎる。


「でも、イシルさんだって薬草園の仕事がありますよね」


「ええ、でもそれは、頻繁に行かなくても良さそうですから」


「そうなんですか?シャナさんもザガンさんもオーガの村にいるから、人手が必要なんじゃないですか?」


「エリザさんがいますから」


「エリザさんって……あの貴族のエリザさん?」


「はい」


カール様の妹君、

ラ・マリエにソフィアと一緒に行儀見習いに残った、大都市ダフォディルの大貴族。


「でも、エリザさんって……」


イシルさんがお目当てだったのでは?


イシルはサクラの疑問を見透かして、にっこり笑う。


「実は、今日ですね――」





イシルはサクラをメイの治療院に送り届けた後、メイと一緒に薬草園へと出掛けた。


「イシルさん!」


エリザが既に来ていて、イシルを見て嬉しそうな顔を見せた。

しかし、朝早くから来ていたためか、いつもより少し元気がないように思えた。


エリザは着替えを済ませ、多肉植物の鉢を日当たりのいい場所へと移しているところだった。


「エリザさん、早くからご苦労様です、精が出ますね」


「ええ、多肉植物には沢山日を浴びさせた方がいいって、ザガンが、、ザガンさんが仰っていたので」


エリザが少し頬を染めてイシルに答えた。

その様子に、おや?と、イシルはひっかかる。


この恥じらいは、前と違って、自分に向けられたものではない。


クスリ、とイシルは笑ってしまった。


「イシルさん、どうかなさいまして?」


「あ、失礼、可愛いなと思って」


「なっ///なにを仰るんですかっ」


エリザもまた、おや?と、ひっかかった。

以前ならイシルにこんなこと言われたら、息が出来なくなるほど嬉しかったに違いない。

いや、今だって嬉しいし、ときめく事にはかわりない。

だけど、何かが違う。

それは、何?


「おお!イシル殿!祭りでは世話になりましたな!」


程なくして、尊大な程大きなダミ声が 薬草園に響いた。

エリザの胸が ドキリと跳ねる。


「ザガン、戻ってきたんですね」


「ははっ、祭りも無事終わったし、あとは若い衆がやってくれとりますからな!」


がっはっは、と、無遠慮な笑い。


「エリザ殿、留守を済まんかった」


イシルを見越して、ザガンはエリザにも声をかける。


「別に、大したことありませんでしたわ」


帰ってきた、

帰ってきた!

帰ってきた!!


オーガの村からもう来ないんじゃないかと思っていたザガンが帰ってきた!!!


「おお!エリザ殿 多肉植物を日に当てておいてくれたんですか」


「基本ですわ!」


言葉とは裏腹に、エリザの顔が得意気に、嬉しそうにほころぶ。

気持ちが表に溢れている微笑み。


イシルはまたもやクスリと笑う。


やっぱり元気がなかったのは、ザガンがいなかったからかと、イシルは改めて思った。


「本当に、可愛らしいですね」

「ザガン殿も罪作りなお方ですなぁ」


イシルはメイと並んで そんな二人を微笑ましげに見つめた。


ザガンとエリザが 多肉植物にたっぷりと水を与える。

夏までは水を与え続け、夏になったら一切水を与えずに、過酷な日差しのなかで育てるのだ。

そうすることで、干ばつにも耐えうる強い植物に育つから。


兄のカールに連れられてこのドワーフの村でイシルに出会い、エリザの中に芽生えた小さな恋の種。

エリザはきれいな白いバラの種に水を与えているはずだった。

それなのに、芽が出たのは白いバラの種ではなく、隣にあった、土くれだと思っていたものからだった。


そして、その恋は過酷をきわめる。

実るはずのない想いだから。


ザガンには子供がいて、家庭がある。

花は咲いても、実を結ぶことはないだろう。


でもそれは、エリザの人生において、良い経験になるだろうと、イシルは思う。


ザガンなら、うまく導いてくれる。

これまでザガンの前を通りすぎていった女達のように。





「え?」


イシルに話を聞いていたサクラがすっとんきょうな声をあげた。


「エリザさんが、ザガンさんに、ですか……」


「驚きましたか?」


「ええ、かなり」


「よくあることです」


「よくあるんですか?」


「昔からそうでしたから」


イシル目当てにやってきて、ザガンに流れ、穏やかに失恋していく女達。


″ぱしゅんっ″


イシルが焼いていた魚の脂が跳ねた。


「つっ、、」


顔に跳ねたのか、イシルが右目を押さえて顔を伏せる。


「大丈夫ですか!?イシルさん」


サクラは慌ててイシルの顔を覗き込み、イシルが押さえている手を握ると そっとよけ、目の様子を伺う。


「ちょっと、見せて――」


心配してイシルの顔を覗き込むサクラに、イシルがチュッ、と、軽く唇を合わせた。


「なっ///」


チュッ、チュッと、小鳥がついばむような、軽いくちづけ。


「ちょ、イシルさん!?」


逃げようと顔をそらすサクラの唇を追いかかけて、サクラがザガンに心を奪われないように、ちゅっ、と、サクラの心に自分を刻む。


「なっ///なんてベタな手を使うんですか!!目は平気なんですよね!?」


「そのベタな手に引っかかったのは貴女です」


「ふわぁ///」


イシルはくちづけの雨を止めはしない。

他の何者も入り込めないよう、

サクラの心の隅々に染み渡るまで ついばみ続ける。


″ぱしゅんっ″


魚の脂が再び跳ねた。


「うくっ///イシルさん!魚、焦げる」


「僕の心も焦げてます」


チュッ、、チュッ、、と、イシルがサクラの唇の感触を楽しむようにはむ。


「イシルさん///うまいこといってる場合じゃ、、」


イシルがこの異世界で警戒するのは、ランでも、ギルロスでもない、ザガンだ。


″ジュジュッ、、ボワッ!″


「あうっ///私の銀ダラあぁ~~!!!」










挿絵(By みてみん)


銀だら西京焼き


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