403. 祭りのなごり 2 (四角関係?)
シリュウとサクラは シリュウの妹ヒナの働くバーガーウルフでシリュウの仲間への手土産のコロッケバーガーを買うために客の列に並んでいた。
シリュウは 列に並びながら村の様子を伺うように辺りを見回している。
「シリュウさんはヨーコ様の回廊を通ってきたんですか?」
「いや、そんな畏れ多いことは出来ん、朝早くに目が覚めたのでトレーニング代わりに走ってきたのだ」
サクラの質問にシリュウは少し上の空だ。
「やっぱりヨーコ様は特別なんですね」
「うむ、お姿を現されたのも何十年ぶりの事か――」
彷徨わせる視線の先に、シリュウは目当ての人物を捉えた。
(……リベラ)
シリュウの心に波が立つ。
村の奥からやって来たリベラは、パン屋の行列を眺め、不備がないか確認しているようだった。
シリュウは眩しそうにリベラを見つめる。
(ああ、やっぱりあの赤い制服が良く似合うな)
何を考えてるんだ俺はと視線をもどすと、サクラが何か言いたそうにシリュウを見ていた。
そして、遠慮がちに口を開く。
「いいんですか?」
「何がだ?」
「声を掛けなくて」
「いや、そんな仲ではない」
そう言いながらも、シリュウの目は再び仕事中のリベラを追う。
パン屋の行列に不審者がいないことを確認したであろうリベラは、次の場所へと歩き出した。
しかし、歩き出したリベラは 一人ではなかった。
同じ制服を着た猫の耳のついた男が隣にいて、リベラと親しそうに何やら話しながら歩いている。
(随分、親密そうだな)
リベラは男の中にいつもいるとはいえ、男衆との間合いは近くはない。
近づく男には容赦なく力をもって圧する。
女性との間合いは近いけれど。
それなのに、リベラは猫耳男に構いすぎているように見える。
(あっ、頭を撫でた)
リベラが猫耳男の頭をかいぐり、男がそれをよける。
あははと楽しそうに笑うリベラ――
昔の自分とリベラを見ているようだった。
(なんだ?イライラする)
一方、こちらはパン屋の前のリベラとラン。
今日はハルが休みなので、ランの相棒はリベラだ。
ランがリベラに 祭でいなかった間の事を報告しながら村を巡回中なのだ。
ランはマーサのパン屋の前で、バーガーウルフに並んでいるサクラに気がついた。
並んでるなんて珍しいなと手をふろうとしたら、サクラが隣に並ぶイイ男風の野郎と楽しそうに話しをしている。
(なんだあの野郎)
ランがサクラの所に行こうとすると、リベラの手が伸びてきて、ランの首をがっちりホールドし、引き止められた。
「どこへ行く、ラン」
「放せ!リベラ!!」
逃げようともがくランをリベラが力任せに引き寄せる。
「巡回中だろ、逃がさないよ」
「ぷは///苦し、、」
「あはは、抜けられるものなら抜けてみろ」
リベラの巨乳にうずまるランは窒息寸前!
それを見ているシリュウはわなわなと体を震わせ、精神崩壊寸前!!
(なっ///女ならまだしも、リベラが他の男を抱くなど!!?)
正式にはヘッドロックなのだが、シリュウの目にはリベラがランを抱きしめているようにしか見えなかった。
「放せ!リベラ、サクラが知らない男といるんだよ!」
「知らない男?不審者か?」
リベラが顔を上げ、ランの示す方を向く。
リベラとシリュウの視線とがぶつかった――
″ふいっ″
しかしリベラは何事もなかったかのよう視線をランに戻す。
「心配するな、あれはヒナの兄だ」
「ヒナの兄でも男だろ!」
「シリュウは同意もなく女を襲ったりはしない」
リベラは断言する。
シリュウに限っては絶対にない、と。
「相棒がいないと仕事も出来んのか?ラン」
「うぐ///」
シリュウのところまではランとリベラの二人の会話が聞こえるわけもなく、リベラの笑い声だけが聞こえてくる。
ましてリベラにはシリュウとの『二度と目の前に現れない』の約束もある。
会うわけにはいかない。
リベラはランの首を抱えたまま、引きずるようにして、一の道、葡萄農園の方へと行ってしまった。
(サクラ~~~~!!)
ランの叫びは届かない(←がっちりホールドで声出ない)
リベラの気持ちも、シリュウが知るよしもない。
(目を反らされた……)
シリュウはリベラに無視されたことに衝撃をうけて、ふらふらと列から離れ、ドワーフ村の外に出た。
(俺は何故、こんなに衝撃をうけているのだ)
へたりと、門の脇にしゃがみこむ。
リベラが男の輪の中にいるのはいつもの事じゃないか、たかがじゃれあっていたぐらいで、何をこんなに動揺しているというのだ。
(リベラの目には、ヤツへの愛情が見えた)
自分が遠ざけておきながら、向こうが離れたら傷つくなんて、ムシがよすぎる話だ。
「ははは……」
自分のいた場所に別の男がいた。
リベラに会いさえすれば、リベラはいつでも笑って迎えてくれる、と 心のどこかで思っていたのかもしれない。
(ズルいな、俺は)
結局リベラに甘えていたのだ。
リベラの寄せてくれる気持ちに乗っかって、追いかけてくれることに胡座をかいて……
なんて嫌なヤツだ。
ダメなヤツだ。
こんな俺はリベラに顔を合わせる資格もない。
族長としても、男としても、人としても未熟で――
「シリュウさん♪」
嫌な気持ちに満たされそうになった時、ドワーフの門からサクラがひょっこり顔をだし、シリュウの暗い気持ちを散らすように明るく声をかけてきた。
はい、と、シリュウに包み紙を渡す。
「朝御飯、食べてないんですよね?」
「ああ、、だが、結構だ」
武士は食わねど高楊枝。
腹は減れど男として施しは受けない。
一食抜いたくらい何ともない。
むしろ、今は食欲もない。
「ヒナが作ったのに?」
「ヒナたんが?俺のために!?」
妹のヒナが自分のために作ったのなら腹が裂けようと食わねばならん。
シリュウはサクラから包みを受けとった。
デフォルメされたかわいい狼の絵の描かれた包みをガサガサとあけると、コロッケのはさまったバーガーが出てきた。
「出来立てだから熱いですよ」
サクラがシリュウの隣にしゃがむ。
「馳走になる」
″あーん、、かぷっ″
歯をたててバーガーにかぶりつくと、ほどよい固さのパンのあとに、千切りにされたキャベツがしゃくりとみずみずしい。
少しツンと鼻にぬける 甘酸っぱいソースの香り――
″サクッ″
あげたてのコロッケのころものさっくりと軽いかみごたえ、そして、、
「熱っ!」
中には熱々のマッシュポテト。
「だから言ったのに」
熱さに用心してコロッケバーガーを噛みちぎる。
″はふ、もぐっ、、″
サクッ、ザクッ、、
口のなかに楽しげな音がする。
ジャガイモにバターの風味と玉ねぎの甘み。
挽き肉の旨みがとけだし、香ばしいころもがそれを包み込む。
なにより、ジャガイモ自体がうまい。
コロッケは父ザガンが買ってきて一度食べたことはあるが、出来立ては初めてだ。
キャベツと共にパンで挟んだだけなのに、口のなかで一体になると、まったく別の食べ物のように感じる。
熱い、だけど、うまい。
「旨いな」
「でしょ?コロッケは揚げたてが一番美味しいんです」
「この甘酸っぱいソースがいい。それと、この白いのはコクがある」
「ソースの甘味は果物で、白いのはマヨネーズ、、卵とお酢で作るんです」
″ザクッ、もぐっ″
シリュウは大きなコロッケバーガーをペロリと平らげた。
「もう一個、食べますか?」
「お主は、、サクラは食わんのか?」
「私は朝食べたので、昼にはまだ早いんです」
「かたじけない」
シリュウはサクラからもう一個うけとる。
″はむっ、ざくっ″
「んんっ?」
コロッケではない、これは、魚?
「新作のフィッシュバーガーです。ヨーコ様の海の坪のお陰で魚介も手に入りやすくなったので、メニューに加えました」
さっくりの口当たりのあとに、ふんわりとした魚の身の、淡白だけれどクセになる味わい。
海の遠いこの辺りで食べられるのは旅人には嬉しいだろう。
ソースは先程のマヨネーズと似ているが、何かが違う。
ピクルスがと玉ねぎが刻まれてはいっているようで、爽やかで、甘酸っぱいピクルスの味と、シャキッと鋭い玉ねぎの辛みが 魚のフライを引き立てる。
「元気出ましたか?」
サクラがシリュウに笑いかける。
「お腹が減ると気持ちがマイナスになっちやいますからね」
サクラが言うように、腹が満たされたら先程の暗い気持ちが少し和らいだ。
不思議な女だ。
人を警戒させないだけでなく、隣にいると和やかな気持ちになる。
「リベラさんに用事があったんじゃないですか?」
「!?」
サクラに言われて、シリュウは驚いてサクラの顔を見た。
「お祭りの後、シリュウさん探してましたよね、リベラさんの事」
「サクラ、お主……」
サクラが強引にシリュウを村に誘ったのは、あの祭の最終日の事を覚えていて、シリュウが会えなかったであろうリベラに会えるよう 気を使ってくれての事だったのだ。
「大事な用事じゃなかったんですか?シリュウさん、あの時リベラさんがドワーフの村に帰ったと聞いて辛そうな顔してましたよ」
すみません、出すぎた真似だったら と、サクラが謝る。
「いや、ただ、あのような勝利では納得いかなかっただけだ。あのような勝敗で、約束を守り、二度と俺の前に現れぬなど……」
自分で言っておいて、いざリベラが身を引いたら、俺はこんなにも心が落ち着かないでいる。
「俺は、別にリベラの事など……」
胸が、苦しい。
「シリュウさん、私の悩みを聞いてくれますか?」
サクラが唐突に話をひっくり返してきた。
「なんだ、言ってみよ」
サクラはシリュウに真っ直ぐに向かう。
「私、イシルさんが好きなんです」




