402. 祭りのなごり (シリュウの場合)
祭りの後の気の高ぶりのせいか、浅い眠りに目が覚めてしまい、シリュウは朝方気晴らしにオーガの村から外へ出て森を歩いていた。
なんだかもやもやする。
こんな時は体を動かせばいい。
春の風と新芽の香りをあびながら、気の向くままに森を走り抜け――
シリュウは目の前にドワーフの村の門が見えて、はたと我に返った。
(何でこんなところにいるんだ、俺は)
気づくと日も昇りきり、結構な時間が経っている。
祭りの後始末があるから、帰らねば羅刹達が困るだろう。
シリュウは踵を返し、オーガの村へと引き返すことにした。
(いや、折角だからヒナの顔を見て行こう)
シリュウの妹のヒナはドワーフの村で携帯食専門の店で働いている。
(バーガーウルフと言ったかな)
兄が妹に会いに来たのだ、なんの遠慮があるものか。
シリュウは再びドワーフの村へと足を向けた。
″←←←″
しかし、二、三歩進んだところでピタと止まる。
(いや、またほっといてと言われてしまうか)
可愛い妹『ヒナたん』にこれ以上嫌われたくはない。
ウザイと言われたらどうしよう、死んでしまうかもしれない(←心が)
くるーり、オーガの村へ方向転換。
″→→→″
(そうだ、父上に祭りの始末の事で聞きたいことがあったのだ!)
″←←←″
ドワーフの村への用事があったことに、ウキウキとまたもや足先を変え、数歩進んで ハタと思い出す。
(父上は今オーガの村に帰って来てるんだった……)
シリュウの父、ザガンは ラーメンを教えて貰った恩返しをすると言って、ドワーフの村の薬草園で働いていたのだが、祭りのためにオーガの村に帰って来ていたのだった。
シリュウはドワーフの村の塀にもたれて大きなため息をついた。
(俺は何をしようというのだ、何故ドワーフの村に行かねばならん!?
俺はただ眠れずに考え事をしていたら、いつの間にやら隣村に来てしまっただけだ、この胸の靄を晴らすべく――)
この胸のモヤモヤの正体、それは――
シリュウは頭を振り、思い浮かんだ靄の姿を払拭する。
(俺は何を考えているというのだ)
シリュウは帰るために 再びオーガの村に向けて歩き出した。
″→→→″
(そうだ、あいつらにバーガーとやらを買って帰ってやろう)
そしてまたドワーフの村へ向き。
″←←←″
(むっ!金を持たずに出てきてしまったな)
しょんぼりとオーガの村へ返す。
″→→→″
思い至っては打ち消し、ドワーフの村とオーガの村との間を行ったりきたり 繰り返すシリュウ。
(いや、しかし、、村長に挨拶を)
←ドワーフ村
(されど、手土産も何もないな)
オーガ村→
(新しい剣をつくってもらうか)
←ドワーフ村
(だから金がないって)
オーガ村→
そんなシリュウに 呼びかけてくる女がいた。
「あの、シリュウさんですよね?ヒナのお兄さんの」
柔らかな人の良さそうな声。
顔をあげると、 若いような若くないような、なんとも人の警戒心を削ぐ容姿の女がニコニコとシリュウに笑いかけていた。
「お主は確か……」
オーガの村の男祭りの時に リベラが口説いていた女だ。
名前は――
「サクラ、だったかな」
「はい、その節はどうも。リベ、、ヒナに会いに来たんですか?」
ん?何か言い直したぞ、この女。
まあ、いい。
「いや、その、、」
シリュウはとりあえず取り繕う。
「紋次や相楽がコロッケを食したがってたからな、昼に食わせてやろうと出てきたのだが、金を忘れてな」
「それはお困りですね、オーガの村まで戻るのは大変でしょうから、お貸ししましょうか?」
「いや、顔見知り程度の者に、それは悪かろう」
シリュウは辞退するも、サクラは引かない。
「ヒナにもリベ、、ザガンさんにもお世話になってるんですよ、そんなこと言わないでください、ささ、どうぞ!バーガーウルフまで案内しますから、ヒナの働きっぷりも見てあげてくださいよ」
サクラはシリュウを帰したくなさそうだ。
「いや、しかし……」
「まあまあまあまあ」
サクラがグイグイ押してくる。
大人しそうな顔をして意外と強引だ。
(このサクラという女がラーメンをオーガの村に伝えてくれたと聞いているし、あまり無下にしても悪かろう。
礼もいわねばならん)
「うむ、そうか?かたじけない、兄として、妹の働く姿もみておかねばな」
シリュウは仕方なくサクラに連れられて ドワーフの村の門をくぐった。
門を潜ると、すぐに二階建ての建物があり、開け放たれた広い入り口から中が見える。
揃いの赤い軍服のようなものを着ている者達がいて、商人風の男に何らや説明していた。
「警備隊駐屯所です。ヒナとリベラ、ザガンさんもここで寝泊まりしています」
″リベラ″の名前に心がザワッと波立った。
リベラはこの村で警備隊に入っているはずだ。
シリュウはキョトキョトと中を見まわす。
「シリュウさん?」
シリュウはサクラに呼びかけられ、ギクリとした。
自分が中にリベラの姿を探していたことに。
「ヒ、ヒナはいないようだな」
「ヒナはバーガーウルフですけど」
「そうであったな」
サクラがちょっと笑っている。
「いや、新しくて快適そうで何よりだ」
なんだか見透されているようで、気恥ずかしくなったところで、サクラが話しを変えてくれた。
「向かいに見えるあの行列の出来ている店がバーガーウルフです」
「うむ、大盛況のようだな」
行きましょう、と サクラに促され、シリュウは警備隊駐屯所に後ろ髪を引かれながら、案内についていった。
――リベラの制服姿はさぞ凛々しかろうな、と。
◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませー」
「何になさいますかー」
店に近づくと、可愛らしい妹ヒナの声が聞こえてきた。
シリュウは行列に並ぶ前に、働く妹の姿を見ようと ウキウキと行列の間から店を覗く。
そして、その姿に衝撃を受けた。
「ヒ、ヒナたん!!?」
((ヒナたん!?))
シリュウの″ヒナたん″の言葉に ヒナの前に並んでいた男達が何事かとざわめく。
「お兄様……」
((お兄様!?))
ヒナの兄だとわかり、さらにざわざわ。
「その呼び方はやめてと言っているでしょう」
ぷくっ、と頬を膨らませるヒナ。
(ヒナたん!)
(可愛い)
(妹萌え……)
(ヒナたーん!)
(兄妹ゲンカ、素のヒナたんオニかわ)
(オコなヒナたん///)
(そのほっぺ、、ゴチになります!!)
「な、な、なんだその格好は///」
ヒナのゴスロリメイド服に真っ赤な顔をして狼狽えるシリュウ。
対するヒナは冷静だ。
「制服です」
「け、けしからん///」
「けしらかんのはお兄様です!仕事場まで来て、邪魔しに来ないでください」
「しかし、その格好はあまりにも可愛すぎるであろう!まぶしすぎるであろう!!ヒナたんは女神かっ!?」
((バカ兄!?))
「何ですか、脱げというんですか、ここで」
「ひぃぃぃ!何て事を申すのだ!やめろ、ヒナたん!うわああ///ヒラヒラ前掛けに手を掛けるでない!!リボンをほどくなあぁ!!!俺が、兄者が悪かった!!」
((兄者、あの顔でポンコツ!?))
「ヒナ、シリュウさんはお友だちのためにコロッケバーガーを買いに来ただけだよ」
サクラが見かねてシリュウにフォローを入れた。
「サクラさん、ありがとうございます、ですが、兄様を甘やかさないでください。でしたら兄様、大人しく列に並んでくださいまし、他のお客様の迷惑になります」
「……はぁ///あいわかった」
シリュウはヒナに叱られて 列の後ろに並び直した。
可愛い、可愛いなぁ、ヒナたんはと、デレ顔で。
そしてこの日、この瞬間、兄とセットでヒナの人気が爆上がりし、陰で″ヒナたん″呼びが定着した。




