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400. 特別読み切り《異世界への扉 3》 ◎

あとがきに料理写真挿入(2021/5/15)


200話、300話同様、現世に繋がるイシルさんのにゃんこカフェのお話しです。




しとしとと冷たい雨が降っている。


水しぶきを上げて車が往来する大通り。

オフィス街のビルが並ぶ歩道を足早に通りすぎる人波の脇で、僕は小さな体を震わせていた。


目をくれる者はいても、傘をさしかけてはくれない。


お母さん、お兄ちゃん、妹、と一緒にいたはずなのに、僕は迷子になってしまったようだ。


(これから、どうしよう……)


お母さんを探しに行きたくても、寒くて、体が動かない。

おなかも、減った。


涙のせいか、意識が朦朧としてるのか、、視界がぼんやり滲んできた。


(このまま、死んじゃうのかな)


寒さと空腹、寂しさと絶望に霞む視界に、キラリと金色の光がみえた。


「こんなところで、どうしたんですか?」


声をかけてきたのは、金色の長い髪の男だった。


男が僕に向かって手を差し伸べる。

僕は男の手にすがり、小さく、ないた――



″ミー″





◇◆◇◆◇





イシルはカフェの買い出しの帰りにビルの片隅で小さく震える子猫を見つけた。


生後2、3ヶ月くらいの痩せぎすな茶トラの子猫。


(こんなところにノラ猫が……)


濡れそぼる子猫は弱っているようで、鳴き声すらあげられないようだ。

イシルは放っておけずに子猫の元に近づく。

しゃがんで傘をさしかけるも、反応が薄い。


(あまり見えていないのか?)


「こんなところで、どうしたんですか?」


″ミー″


手を差しのべると、すがるように子猫が小さく鳴いた。


(よかった、まだ鳴く力があるみたいだ)


服が濡れるのも構わずに、イシルは子猫を守るように懐に入れる。


(大分からだが冷えている)


イシルは急いで店に帰ると、ペットボトルにお湯をいれ、タオルをまいて簡単な湯タンポを作り、子猫のそばに置いた。

暖炉に薪をくべ、子猫の体を暖めながら乾かす。

お風呂は体力をうばってしまうから、元気になったら入れてあげよう。


(何か消化のいいものを)


猫用ミルクがないので、人肌に温めた牛乳を用意する。

ミルクを与えたいが、弱っていて自力で飲めそうもない。

哺乳瓶がないのでストローで代用した。


人肌の牛乳にストローを差し込み、ストローの反対側の飲み口を人差し指で押さえてスポイトがわりにして ちょっとずつのませる。


「飲めますか?」


子猫を抱き、口元に持っていったら飲んでくれたので、とりあえず安心だ。


固形物も食べられるかと、パウチの細かいフレーク状になっているものをスプーンですくって与えたら それも食べてくれた。


怪我もないようで、子猫は数日ですっかり元気になってくれた。





◇◆◇◆◇





僕は猫である。


名前はまだない。


イシルさんに拾われて数日が過ぎた。

ここは猫カフェといって、人間が猫に癒されながらお茶を飲む場所だそうだ。


イシルさんのお気に入り(←客にさわらせない程)真っ白でぽっちゃり猫のサクラさん、

スマートな身のこなしでかっこいい黒猫のランさん、

猫なの!?てくらい大きくて強そうな赤い猫ギルロスさん、

垂れ耳と立ち耳を使いこなすスコティッシュフォールドアイリーンさんに、

脚長美人のシャム猫シャナさん。

ヨーコさんは、、猫じゃないよね?狐??


他にもたくさんいるけど、まだ覚えられないや。


イシルさんは僕には名前をくれなかった。


「君は僕の家族ではありませんから、僕からは名前はあげられません」


僕はここで仕事をするために連れてこられたのだろうかと思ったら、そうではなかった。


「ここにいちゃダメなの?」


「ダメではありませんが、君はまだ子供です。これから家族にたくさんの愛情をもらい、たくさんの世界を知ってほしいのです」


そういえば、ここには子猫は僕しかいないな……


それから僕の里親探しが始まった。





◇◆◇◆◇





「や~ん、可愛い~子猫がいる~」


始めに会ったのは『じょしだいせい』の女の人だった。

この春、独り暮らしを始めたばかりで、この店には週に一度は来る常連さんらしい。

お目当ては猫だけではなさそうだけどね。


彼女は猫じゃらしをもって僕に向け、パタパタとゆらしたり、かくしたり、ちょっとだして飛びたったりと、なかなかのじゃらしテクニシャンだった。


僕は彼女の操る猫じゃらしに すっかり魅了されてしまった。


撫でてくれる手は優しくて、いい匂いがして、ずっと撫でてもらいたいと思った。

実家で猫を飼っているらしく、彼女は猫の扱いに慣れていた。


「名前、まだないの?私がつけていい?イシルさん」


彼女がイシルさんに甘えた声で尋ねる。


「里親探してるんでしょ?あたしが飼ってあげる」


そしたらイシルさん会いに来てくれる?と、彼女が楽しそうに笑っている。

この人が僕の家族になってくれるのかな?


うきうきして待っていたけど、結局彼女はそのまま帰っていってしまった。


「イシルさん、あの人が僕に名前をつけてくれるんじゃないの?」


イシルさんは首を横にふる。


「彼女はペットを飼ってはいけない部屋に住んでいます。内緒で飼うと言っていましたが、それでは君に窮屈な思いをさせるでしょう?」


「僕、我慢できるよ」


「そんなことさせたくありません」





次に会ったのは子供が猫を飼いたがっているというお母さんだった。


一軒家に住んでいて、子供が二人、お父さんと、お母さんの四人暮らしで、そこそこ裕福そうだ。


だけど、やっぱりイシルさんはうんといわなくて、お母さんはそのまま帰っていった。


「どうしてあの人はダメだったの?広いお家に住んでるんでしょう?」


「あのお母さんは子供のために猫が欲しいと言っていました。その前にも、金魚、カメ、ハムスター、ウサギと、飼っていたようです」


「友達いっぱいだね!楽しそう!」


イシルさんが首を横にふる。


「皆幸せな末路ではなかったようですから」


「死んじゃったってこと?」


イシルが悲しそうに笑った。


「それに、初めの彼女も、次のお母さんも、君のことをちゃんと見ませんでした。『子猫だから欲しい』『子猫ならなんでも』ではなく、『君だから欲しい』と思ってくれる人のところに行ってほしいんですよ」


よくわからない。

イシルさんだって、さっさと僕を渡したほうが 厄介払いできて楽だろうに、不思議に思って聞いてみた。


「どうして、そんなに考えてくれるの?名前もつけない僕のことなんか、すぐにあげちゃえばいいのに」


そんな事を言わないでとイシルさんが優しく僕を撫でる。


「名前をつけないのはあなたのためでもありますが、僕のためでもあります」


「どういうこと?」


「名前をつけてしまったら、手放せなくなるでしょう?」


イシルさんは、僕がいらないから名前をくれないんじゃなくて、ちゃんと僕の事を愛してくれていたんだ。


「名前は家族になる人につけてもらうべきです」


その後も何人か僕をもらいに来た人がいたけれど、イシルさんは″うん″とは言わなかった。





◇◆◇◆◇





ある日、僕がぽっちゃり白猫のサクラさんと一緒に店先で日向ぼっこをしていたら おじいさんが店の前を通りすぎた。

おじいさんは僕のそばを通りすぎるとき、少し懐かしそうに微笑み、去っていった。


サクラさんが、『あの人はこの時間たまに通るおじいさんだよ』と教えてくれた。


次の日も おじいさんは 店の前を通りすぎる。

僕のそばまで来るけど、ニコニコしながらしばらく眺めて通りすぎていった。


三日目に、おじいさんは イシルさんの店の扉を開けた。


″チリリン……″


「いらっしゃいませ」


おじいさんはキョロキョロと中を見渡すと、イシルさんに案内されて中に入り、席に着いた。


「何になさいますか?」


「ああ、そうじゃな……」


メニューをみて注文を決める。


「本日のおにぎりセットと緑茶を」


「かしこまりました」


おにぎりセットのサラダを先に出し、イシルさんはキッチンへとさがった。


おじいさんは優しい顔をして猫達を眺めながら、先に出されたサラダを食べる。

ふと、僕をみつけて、おいでおいでと手招きをした。


とことこっと近寄ると、おじいさんが僕に何かを差し出してきた。


「食うか?」


緑色の野菜。


「ドレッシングはかかっとらんぞ」


食べたことないけど、匂いをかいで、口にいれる。


″シャクっ、シャクっ″


薄くスライスされたそれは、瑞々しくてしゃくしゃくしてて、面白い食べ物だった。

好きかも。


「お前も好きか、キュウリ」


″ニャー″


「あはは、でも、食べすぎはイカン、与えすぎると下痢するって、婆さんにしかられるわぃ」


『婆さんに』そう言った後、おじいさんは少し寂しそうに、しんみりと、僕を見つめた。


暫くするとイシルさんがおにぎりセットを持ってやってきた。


「猫、お好きですか?」


おにぎりセットをおじいさんの前に置きながら、イシルさんがおじいさんに尋ねる。


「ええ、数年前までは飼っとりましたがな、家内が亡くなったあとすぐに、追うように無くなりまして……」


「それはお寂しいでしょう」


「また飼いたいとは思いながらも、ワシより猫に長生きされたら一人ぼっちになってしまいますしな。こうやって遠くから眺めるにとどめているんですよ」


「そうですか」


イシルは席を離れる際、おじいさんにこう言った。


「本日のおにぎりは鮭です。鮭は塩分控えめにしてありますから、少量なら猫にあげても大丈夫ですよ」


おにぎりセットは麦ごはんに大きめ鮭を混ぜこんだ三角おにぎりが二個とお新香、

それにアゲと大根のお味噌汁と小鉢(かぼちゃのそぼろ煮)がついていてワンコイン500円


イシルさんは″ごゆっくり″と言って 席を離れた。

おじいさんは僕に向き直って――


「婆さんみたいな事言う店員じゃな、()()


チャチャ?


おじいさんはおにぎりを一口かじる。


「あむ、、もぐっ」


塩分控えめ鮭にぎりは麦がプチプチ、身のしまった鮭は、ふっくら、こんがり焼き目が香ばしい。

巻かれた海苔が磯の香りを運んでくれる。


「確かに、塩分控えめじゃな」


おじいさんは今焼かれたであろう鮭を おにぎりの中からつまんで、僕にもちょっぴりおすそわけしてくれた。

おじいさんは 鮭を()む僕を 嬉しそうに眺める。


大根とアゲの味噌汁はやっぱり塩分控えめで、薄めだけれども大根の味が程よく感じられ、アゲによってコクが増している。

スッキリした味わいだ。


「婆さんも、塩分、糖分とワシの事ばかりを心配して、、結局自分が先に逝っちまった……」


″ニャー″


「ははは、心配せんでも大丈夫、ワシは元気じゃよ」


お新香はキュウリの古漬け。

ポリポリかじれば鮭にぎりの味を引き立てる。


そして、かぼちゃのそぼろ煮は 崩れることなく美しい。

オレンジのかぼちゃに箸をいれると、すっ、とはいり、中まで染みているのがわかる。


おじいさんが かぼちゃの煮物を一口に割り、口にいれれば、まったりとした甘さが舌に絡みつく。


「うむ///」


これは、と、おじいさんが目を細めた。


「あの店員は小言だけじゃなく、味まで婆さんに そっくりだ。なぁ、茶々」


まただ、チャチャ。

もしかして、これは、名前?


お爺さんが再び 愛しそうに僕の名前を呼んだ。



――茶々(チャチャ)、と。





◇◆◇◆◇





それからもお爺さんは たまにやってきては僕とお昼をいっしょに食べた。


遊ぶのは上手じゃないし、撫でる手もごつごつしているけど、いっしょにいると嬉しくなった。


特に、僕の事を″茶々(ちゃちゃ)″と呼んでくれるのが心地よかった。


だから僕は、イシルさんにお爺さんちの子になりたいとお願いしたんだ。

そしたらイシルさんは、少し困った顔をした。


「いいですか、君は『茶々』ではありません。『茶々』に似ているだけです」


おじいさんが 前に飼っていた猫が僕に似ていて、『茶々』を僕に重ねているだけだという。


「それに、君より先におじいさんの寿命が尽きてしまうかもしれません。そうなれば、君はまた別れの辛さを味わうことになります」


あの日、イシルさんに拾われた日に家族と別れたように――


イシルさんは知っていた。

僕の母さんが あの日、事故で死んでしまったことを。

元気になった僕に、イシルさんが教えてくれたんだ。

道路で赤く染まった母さんを弔ってくれたのはイシルさんだった。


「それでも、僕、お爺さんのところに行きたい。僕が本当の『茶々』じゃなくても、今はお爺さんの中では僕が『茶々』だし、僕も『茶々』を気に入ってるから」


「そうですか」


「それに、お爺さんが僕より先に、亡くなったとしても、ここに帰って来ていいんでしょう?」


「勿論ですよ」


こうして僕は、次にお爺さんが来たときに、正式に『茶々』になった。





◇◆◇◆◇





おじいさんに子猫を渡してから数年後、おじいさんはおばあさんと本物の茶々の所へと旅立ってしまった。


茶々はおじいさんが亡くなっても、結局、()()に帰っては来なかった。

イシルが迎えに行ったときには 茶々はいなくなっていたのだ。


その日イシルが玄関の掃除をしようと店の扉をを開けると、緑色の物体が横たわっていた。


「にゃっ!?」


イシルについてきたぽっちゃり白猫のサクラがそれに驚き、すごい勢いで飛び上がる。


(……キュウリ?)


店先に茶々が好きだったキュウリがぽつんとお供えのようにおいてあった。


イシルはそれを見て クスリと笑う。


「今度は八百屋さん家にでもお世話になってるんですかね、あのコは」


茶々は今もどこかで元気に暮らしているようだ。





(了)













挿絵(By みてみん)


鮭のまぜこみ麦飯にぎりとキュウリの古漬け

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― 新着の感想 ―
[一言] いいお話、しみじみしました。
[良い点] 400話おめでとうございます。 なんとじーんと、ホロリとさせるお話。 おじいさんが自信を語りつつ食べる、おいしそうなおにぎりセットがいい味出してます。 茶々くん、幸せになったようで何よりで…
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