399. オーガの村の男祭り 16 (エピローグ)
日が沈み、祭りのために置かれたぼんぼりに灯りが灯された。
ほんのりとした光が 揺れながら街灯のようにオーガの村の薄闇を照らしている。
ぼんぼりの桃色の光に、桜の薄いピンクの花びらが浮かび上がり、なんとも幻想的だが、少し寂しげに感じるのは 祭りが終わってしまうからかもしれない。
散りゆくサクラの花びらが 更に哀愁を演出している。
「暗いですからね、足元に気をつけて」
三ヶ所の製造所に差し入れをしてまわった帰り道、祭りのために 珍しく遅くまでやっている市場の中を歩きながらそう言ってイシルがサクラに手を差し出してきた。
手を握れということだ。
ここでは勘弁してください、イシルさん!
オーガの女性陣の鬼の形相は見たくない。
ためらうサクラに イシルが催促の言葉を続ける。
「暗いですし、人が多く出ているので はぐれると困りますから」
さあ、と、サクラのほうに更に手を差し向ける。
いやいや、私がつけてる薔薇のペンダントに″GPS″つけましたよね?イシルさん。
それに、もしはぐれたらランを喚びますよ。
しかし、そんなことを言ったところで イシルが納得するわけもない。
サクラは何か策はないかと考える。
「イシルさん、私のリュックもらえますか?」
「何か必要ですか?」
「はい」
サクラは亜空間ボックスからリュックを出してもらうと、ごそごそとあさり、長いチューブのようなものを取り出した。
この前現世で買ってきたものだ。
″パキッ″
チューブの一角に力をこめると、チューブがそこからじわりと光りだした。
その光はくだの中を通り、満たすと、時間を追うごとに 強く発光していく。
サクラは青、紫、ピンクのグラデーションがかかる蛍光色のチューブをくるりと左手首に巻き、パチリと止めた。
「サイリウムの腕輪です。これでちょっとはぐれても 光ってるから見つけやすいですよね?」
お祭りなんかで売っている使い捨ての腕輪だ。
ラプラスに頼まれたサイリウムを買うときに 100均で一緒に買っておいたのをリュックに入れたままだった。
「綺麗ですね、僕にももらえますか?」
「いいですよ、つけてもらえたら私もイシルさんの事見つけやすいですから」
サクラはイシルにもサイリウムのチューブを渡す。
″パキッ″
イシルがサクラがやったようにチューブに刺激を加えると、中の液体が化学反応をおこし チューブの中を浸食していくように徐々に光りだした。
「あとは、手に巻いて、はじとはじをぷちっと――」
サクラが、左腕を出して サイリウムの腕輪をみせながら留めかたを説明すると、、
「こうですか?」
サクラの見せる左手にはまるサイリウムの腕輪に、自分のサイリウムのチューブを通し、自らの右手を出してチューブまきつけ――
″ぷちっ″
チューブの端をとめた。
サクラとイシルの腕輪が交差して繋がってる。
「え?」
ぱちくりと目をしばたかせるサクラに イシルがいたずらっぽく笑った。
「これではぐれませんね」
やられた。
「光ってる意味ないですよね」
光を目印にお互いを見つけやすいって話ですよね?
どこをどう解釈したんですかイシルさん!
むしろ繋がって光ってることでイチャイチャ度が目立ってしまってるじゃないですか!!
「意味なら十分ありますよ」
イシルが 嬉しそうに 腕輪で繋がったサクラの手を握る。
「大変、有効です」
毎回毎回手を変え品を変え、グイグイきますねイシルさん。
ほんとに今まで自分から女の人を口説いたことなかったんですか!?
「……よくこんなこと思いつきますね」
「シズエにさんざん聞かされましたからね″逮捕しちゃうゾ♪″って言ってました」
シズエ殿お茶目すぎ!
「奥方との思出話しから、一緒にやりたい事、やってあげたい事、、尽きない と」
ラブラブだな!うらやましい(←本音)
「サクラさんはないですか?僕としたい事」
「イシルさんと、したい事ですか?」
「僕は たくさんありますよ」
考え込むサクラに イシルがすいっと顔を近づけてきたので、サクラは慌てて出店のほうに顔をふって逃げた。
「あ///あれがしたいです!!」
サクラは甘くなりそうな空気を誤魔化すようにグイグイと出店の方へイシルを引っ張っていく。
実際、さっきから気になっていた。
サクラの目指す出店の前には浅い水槽のようなものが置いてあり、おじさんがそのわきにぽつんと座っている。
その雰囲気はまんま 現世のお祭りの金魚すくい。
水槽の中では赤や黄色、緑、青といった色とりどりの金魚が ゆらゆらと美しいヒレを広げて泳いでいる。
「バトルフィッシュですね」
イシルは水槽の中を覗き込むと、サクラに教えてくれた。
「バトルフィッシュは 見た目は美しいですが、名のとおり戦う魚です」
バトルフィッシュ=闘魚、現世の『ベタ』のことかな?
ベタの魅力はオス同士が背ビレや尾ビレやエラを最大限まで広げて体を震えさせてに威嚇し合い、美しく踊っているようにみえる『フレアリング』
縄張り意識が高く、どちらか一方が死ぬまで闘うので、こんなにわさっと入っているのなんて見たことない。
イシルにそう言うと、美しい個体を守る魔法がかかっているとのことだった。
すくうのは 金魚すくいでお馴染みのモナカのポイではなく、小さな網だ。
お金を渡して おじさんから網をもらう。
「バトルフィッシュは狂暴ですからね、網ですくって、噛み破られる前に 水槽の横に空いている穴にいれるんです」
金魚すくい+UFOキャッチャーみたいですな。
「指を咬まれないよう気をつけて下さい」
水槽の前で一緒にしゃがむイシルがサクラに注意する。
「じゃあ、腕輪外して……」
「外さなくても利き手は空いてますよね?」
サイリウムの腕輪を外すために発言したが、イシルに食い気味に遮られた。
「イシルさん右手使えな――」
「僕は両利きですから 左でも問題ありません」
何を言っても無駄でしたな。
結局、店のおじさんがなま暖かく見守るなか、サクラとイシルは手をつないだまま 闘魚すくいをやることになった。
◇◆◇◆◇
森の家に帰り、ガラス瓶にバトルフィッシュを入れる。
結局サクラは一匹もすくえず、イシルが一本の網で五匹をすくい上げた。
瓶の中でヒラリヒラリと美しく揺れる魚達。
サクラはイシルと二人で 祭りの名残を惜しみ、他愛もない話しをしながらそれを眺める。
「金魚すくいなら出来たのに、、両手さえあいてれば、、」
サクラはチクリと嫌みを言ってみる。
「負け惜しみですか?僕も片手、しかも左手でしたよ」
両利きでしたよね?イシルさん。
「現世ではカメだって釣れたのに」
ちょっぴりぶすくれるサクラにイシルがフォローを入れてくる。
「『バトルフィッシュ』はすくうのが難しいんですよ、すくえるれる人はほぼいないくらいに」
「そうなんですか?」
「ええ、狂暴だし、高級魚ですからね。簡単にすくわれては商売になりません」
「現世の『うなぎつり』と同じですか」
現世のうなぎつりは 釣ったらその場で捌いてくれますよ。
「向こうではそんなものもあるんですか」
「他にも現世のお祭りではカラーヒヨコすくい、とか、子うさぎとか売ってましたよ」
亀はちっこくてかわいかったのに、かなりでかくなるし、ヒヨコは黄色に戻り、おばあちゃんちの庭ですくすく育ちました。
オスだったから朝からうるさかった。
「ヒヨコならこっちでもたまに見かけますね。でも、ビッグコッコ(←鶏の魔物)のヒヨコがまざっていて、大概脱走して野生に帰ってしまうんですよ。あれはよくない」
「異世界祭りあるあるですね」
どこの世界でも 生き物を飼うときは気をつけましょう。
「たまに飼い慣らしてるツワモノもいますけど、大抵売られてるのはオスばかりですから、卵も産んでくれず、食費だけがかさみます」
「ランとどっちがかさみますか」
「ランです」
サクラとイシルは顔を見合わせて笑った。
「獣魔として」
思いつきましたよ、イシルさん。
私があなたとしたい事は、こうやって当たり前のように ずっと隣にいることです。
昔ミドリフグという気性の荒い汽水魚を飼ってましたが、複数飼いたいときは、上下が出来にくい奇数でと言われましたね~
ベタは飼ったことありません。




