393. オーガの村の男祭り 11 (ルヴァンの場合)
オーガの村のお祭り二日目、村をあげての大競技大会は、赤軍勝利で終わった。
ルヴァンは イシルが獲得した″朱雀庵のお食事券″で、リベラとヒナに連れられて トトリとカナルと一緒に スペアリブをご馳走になり、迦寓屋に帰って来た。
ヨーコのところに挨拶に行くと、ヨーコは台座に美しく座ったまま、ルヴァン達を迎え入れた。
「どうであったか?祭りは」
ルヴァンはヨーコの前に出ると、いつも少し気後れしてしまう。
怖いというわけではないが、あまりにも次元が違いすぎて、畏まってしまうのだ。
どう口を利いたらいいのかわからない。
自分は育ちが良くないし、礼儀も知らないし、口も悪いから……
それはトトリも同じようで、ありがとう、ござい、ました、楽しかった、です、と、ぎこちない。
そんな中、カナルがにっこにこの笑顔で ヨーコに駆け寄った。
「ヨーコ様、楽しかった!お祭り、楽しかったよ!」
ヨーコの膝元にまとわりつく。
「それは何よりじゃ」
ヨーコがカナルの頭を撫でると、カナルは嬉しそうにはにかみ、ヨーコを見上げた。
物怖じしない幼さが羨ましい。
「あのね、ヨーコ様に、おみやげあるんだ」
「土産とな?」
「うん」
カナルがポッケをごそごそあさり、くしゅっと丸まった紙を取り出した。
(?)
運動会のプログラム?
中に何か入っているようだ。
考えられるのは綺麗な石とか、花とか……
花ならつぶれてるだろうけど。
(カマキリのタマゴとかじゃないだろうな)
盗賊団にいた頃、一度、カナルのポッケから 小さいカマキリがわんさと出て来て、馬車の中がカマキリだらけになり、連帯責任で 三人ともどやされたことがあったっけな。
ルヴァンとトトリが見守る中、ヨーコが包みを受け取り、広げる――
((げっ!!))
ルヴァンとトトリはビックリして固まってしまった。
ヨーコが広げた包みの中には、朱雀庵のスペアリブが一本、ぐっちゃり、グズグズに崩れて入っていた。
「これを、妾に?」
(ペアリブなんて、ヨーコ様ならここで食えるだろう!!)
(しかも、あんなキタナイ紙に包んで持ってくるなんて!!)
「こら、カナル、、」
「すみません!ヨーコ様!」
ルヴァンとトトリがカナルを引き戻そうとするのをヨーコが″よい″と 手を上げ、無言で止めた。
「美味しかったから、ヨーコ様にも……」
ルヴァンとカナルに咎められ、カナルが何か悪かったのかとうろたえを見せる。
「肉を前にして全部は食べずに、妾のために我慢したのか」
ヨーコの目に、美味しいお肉を全部は食べずに、グッと我慢して、 こっそり包みに入れるカナルの姿が思い浮かんだ。
「愛いやつじゃな、、カナル」
かたじけないと、ヨーコはグズグズ、ベタベタになったスペアリブをカプリと食べた。
「うむ、美味じゃ、お主の気持ちが入っておる」
ヨーコが笑顔になり、カナルも笑顔になる。
「イシルさんと、走ったの!」
「そうかえ」
「僕は三番だったけど、トトリは一番をとったんだよ!」
カナルの言葉に ヨーコがカナルを見て微笑みを見せた。
「トトリ、ようやった」
「いや、そんな///エヘヘ」
ヨーコに褒められたトトリが照れて笑った。
「ルヴァンは転んじゃったけど、立って、走って、カッコよかった!」
あっ、バカ、余計なことを!
ヨーコの視線がトトリからルヴァンに移り、綺麗な形の眉をゆがめる。
「怪我はなかったのかえ?」
聞こえてきたのは 叱咤の言葉ではなく、ルヴァンを気遣う言葉と、心配しての くもり顔。
「イシルに治してもらった、、ですから」
「頑張ったんじゃな、ルヴァン」
「……でもビリだったし」
恥ずかしいな、もう!
がっかりさせたかなとヨーコを見ると、ヨーコは満足そうな笑みをルヴァンにむけていた。
「諦めないで走ったことがよいのじゃ、ようやった」
照れくさいけど、誉められると、嬉しい。
今日は嬉しいことがいっぱいあった。
心配されるって、嬉しいことなんだな……
「それで、楽しかったか?ルヴァン」
ヨーコに再び聞かれ、ルヴァンは今度こそ ″はい″ と答えた。
楽しかった。
新しい友達が沢山出来た。
大声で仲間を応援し、歌い、笑い、楽しかった。
スペアリブも美味しかったが、昼に食べたイシルの弁当が旨かった。
茶色の角煮のおにぎりは肉の味がした。
角煮のおにぎりも、ヒナの持ってきたおいなりさんも、同じように甘いのに、全然違う味だった。
何層にも巻かれた卵は玉子焼き。
いつも食べるスクランブルにされたのと 卵の形が違うだけで、こんなにも食べた時の印象がかわるものなのかなと思った。
玉子焼きを食べて″面白い食べ物″と言ったのは そう思ったからだ。
肉の中にチーズをどうやって入れたんだろう?
デザートの寒天も不思議だった。
どうやって寒天の中にフルーツを閉じこめたんだろう?
黒い珈琲の寒天は苦かったのに、クリームと合わさると美味しく感じた。
こんな組み合わせって、他にもあるんだろうか?
ヨーコはカナルが持ってきたスペアリブを美味しいと言って食べた。
冷めて固くなってるし、ぐちゃぐちゃで紙はついてるし、美味しいわけない。
でも、ヨーコは、本当に美味しそうに食べていた。
″お主の気持ちが入っておる″
気持ちで料理の味が変わるの?
「どうかしたか?ルヴァン」
ヨーコに声をかけられて、ルヴァンはその言葉を自然と口にしていた。
「オレ、料理が作ってみたい……」
見てみたい、料理がどうやって作られているのかを。
「ルヴァンは料理人になりたいのじゃな?良い、良い。では明日から料理方の手伝いをするがよい。朝は早いが、よいか?」
「はい!よろしくお願いします!」
ヨーコが満足そうに頷く。
「トトリは、何かなりたいものはあるのかえ?」
「オレは……ルヴァンみたいに決められないけど、今は、もっと、強くなりたい、です」
「そうか、それも良い。道は何本もある。ではトトリはいままで通り、白狐達と励むがよい」
「ありがとう、ございます」
「あのね、あのね、、」
そこでカナルが自分の話を聞いてと ヨーコの着物の裾を引っ張った。
「何じゃ、カナル、カナルも何ぞ なりたいものがあるのかえ?」
「僕、大きくなったら、イシルさんになる!」
なれないよ!!
「ほほほ、それは頼もしいな、イシル殿になるには 力だけでのうて学業も頑張らねばならんぞ?」
「僕、足し算得意だよ!字も読めるし、書けるよ!」
「では将来番頭になれるな」
「違うよ!ヨーコ様、僕はイシルさんになるんだ!」
「そうじゃったな」
「イシルさんになったら、僕とケッコンしてくれる?」
カ、カナル――!?
「妾を嫁にか?」
「うん!」
「ほほほ、頼もしいな、カナル」
ヨーコはカナルを抱上げ――
「良い男子になれ、カナル、待っておるぞ」
ちゅっ、と、カナルの額に口づけを落とした。
恐るべしカナル、お前は大物になるよ……




