375. 日曜教室 (ミケランジェリvsトム)
【side ミケランジェリ】
日曜教室――
組合会館の広場に黒板を出し、持ってきた表をはりつけ、チョークを持ち、子供達の前に立つミケランジェリ。
授業開始早々に、ミケランジェリは子供達から洗礼を受けていた。
「10という数字は幾つかのパターンの組み合わせで出来ている。1+9、2+8、3+7、4+6、5+5――」
「変な格好だな」
面白くなさそうな顔をしてトムがぼそりと呟いた。
どうやらこの集団のボスはガタイのいいほうのザムザではなく、このトムのようだ。
「ダセェ」
トムの言葉にクスクスとまわりが笑う。
こういうのは慣れている。
貴族もドワーフも、どこの子供もかわらない。
ミケランジェリは結局受け入れられないのだ。
人間の子が一人、静観している。
スカした感じはユーリ、だったか。
ああいうタイプは良くも悪くも関わってこない。
昔を思いだし、嫌な汗が流れる。
「どんな格好をしていようが授業に支障はない、続ける――何故このようなことを言うかといえば、繰り上がりのある計算をするにあたり、順番に足していくよりも、10のかたまりを意識したほうが――」
「メリーさんはどうしたんだよ」
トムがまた仕掛けてくる。
「ヒツジのご婦人は女子と刺繍教室だ」
ミケランジェリはかまわず、123456789 と、チョークで数字を横並びに書き、カツン、カツンと数字にチョークをあてながら説明していく。
「数字とはとても美しい。1~9まで並べた数を見てみると、はじめと最後の1と9、次に並んだ2と8、順番に内側に並んでいる。繰り上がりや引き算の時に、この組み合わせを覚えておけば――」
「おれらも実地授業にしようぜ、なあ」
ミケランジェリの話をぶったぎって、トムが主導権を握ろうとし、まわりの子も″そうだそうだ″とはやしたてた。
「この授業を任されているのは私だ。私の指示に従って貰う」
「俺達はお前に従うつもりはねーよ」
「生意気な小僧だな、お前ではない!ミケランジェリ先生だ」
ミケランジェリの言葉にトムがくってかかる。
「じゃあ先生だって認めさせてみろよ、大人だってだけで、お前の言ってることちっともわかんねーよ」
「ぬぐぐ、、よかろう、では、お前達のために、先生である私が、もっと かみくだいてだな――」
「つまんねーし」
「ううっ、、」
怯んだミケランジェリに、トムがニヤリと嗤う。
「ザリガニ釣りで勝負しようぜ!お前が勝ったら認めてやるよ」
結局ミケランジェリは、トムの希望通り実地の授業に連れ出された。
川に行く前に、トムは銀狼亭に寄った。
銀狼亭のおかみさん、サンミはトムのおばあちゃんだからね。
″おばあちゃん″て呼ぶと怒るから名前呼びだ。
「サンミ~、スルメくれよ、スルメ!」
「なんだい、トム、日曜教室じゃなかったのかい?」
トムはごそごそとキッチンの物入れから網を取り出し、ザリガニ釣りの準備をしている。
「フィールドワークになったんだ、ザリガニ獲ってくるからさ、くれよ、スルメ」
「沢まで行くんだね」
サンミがチラリと入り口を見ると、ミケランジェリと10人くらいの男の子達がいるのが見えた。
「一応大人が一緒だね、気をつけるんだよ」
「サンキュー」
一緒に連れていかれるのが ミケランジェリにとっては意外だったが、こういうことだったのかと得心がいった。
子供だけでは沢に行かせてもらえないのだ。
大人ならだれでもいい、要はミケランジェリは利用されたのだ。
(この私をダシに使うとは小賢しい!だが、所詮子供、見返して膝間づかせてやるさ)
こうして ミケランジェリとドワーフの男の子達は 村の外の沢へと出掛けていった。
◇◆◇◆◇
ザリガニを釣るのに 特別な道具はいらない。
良さげな枝をひろい、タコ糸をくくりつけ、糸の先にエサをくくりつければ良いだけだ。
ザリガニは 冬の間は泥の中にいるが、水温があがり、春の桜が咲く頃になると顔をだす。
つまり、今、腹ペコ。
ミケランジェリは、本で読んだザリガニについての知識を思い出す。
ザリガニは川の流れが緩やかで浅い場所に生息している。
流が緩やかな所を好み、水草の際や、石の影、岩の隙間などの身を隠せるところを探るといい。
(簡単なこと。この情報を踏まえて、水の流れ、日のあたる暖かい場所を計算し、見極め、糸をなげる!)
″ひゅんっ″
ミケランジェリが竿をふるうと、すぐに手応えがあった。
「ふふん、かかったな!!」
ミケランジェリはトムに対して ドヤ顔で竿を引き上げる。
「ふんっ!」
重さで枝がしなり――
「ふははは、これはでかいぞ!」
ミケランジェリは逃がしてなるものかと勢いよく竿を引いた――
″ゲコッ″
「え?」
″ゲロゲ~ロ″
「うわあ!!」
釣れたのはカエル。
「わはははは!大物だな!ミケランジェリ!」
ドワーフの子供達は大笑い。
「くっ、次こそは!」
ミケランジェリはカエルをはずしにかかる。
「殺すなよ」
カエルを乱暴にひっぺがそうとしたミケランジェリにトムが声をかけてきた。
「え?(カエルを?)」
「カエルは畑に来る虫を食うんだよ、だから、殺すな、エサはくれてやれよ」
「……なるほど」
仕方がない、ミケランジェリはトムに言われた通り、エサごとカエルを解放する。
ひゅんっ、と子供達が竿をふれば、面白いようにザリガニが釣れる。
一方ミケランジェリは丸坊主、一匹も釣れない。
引きはあるのだが、逃げられるか、カエルかである。
「原理は合ってるんだ、原理は」
ミケランジェリは竿をふるう。
しかし、また逃げられた。
「何故だ!何故釣れん!?」
「考えすぎなんだよ、お前は」
一匹も釣れないミケランジェリに、トムが声を飛ばしてくる。
「うるさい!合ってるはずだ!」
しかし、釣れたのはまたもやカエル。
「こういうのはフィーリングなんだぜ」
見かねたトムがミケランジェリに近づく。
「行き止まりを狙うんだよ、あの、窪んで水が淀んでるとこ、狙ってみろ」
癪にさわったが、ミケランジェリは 半信半疑で竿を振るった。
″グイッ″
「かかった!」
「まだだ!」
竿を引こうとするミケランジェリをトムがおさえる。
「まだエサをつかんだだけだ」
トムに真剣な眼差しをむけられ、ミケランジェリは思わず身をかがめ、トムと同じ目線になる。
「いいか、今からヤツはエサを食うために安全なとこに移動するんだ。糸、たるませろ」
ミケランジェリはトムに言われたように糸を緩めた。
すると、ザリガニが移動しているのか、少し糸が移動しだした。
「焦るなよ、止まったらヤツがエサを食い出した合図だ。そしたら警戒させないようにそっと引け。エサに夢中になっているヤツは、エサが逃げると思って、ハサミでつかんでくる、そこを釣り上げるんだ」
「わ、わかった」
ミケランジェリとトムは 息を潜めてその時を待つ。
″ククッ″
「今だ!」
トムの掛け声を合図に、ミケランジェリは竿を引く――
″バシャン!!″
今度こそ、正真正銘のザリガニ――
「うはは!」
「やったなミケランジェリ!」
ミケランジェリとトムの歓喜の声に、ドワーフの子供達がかけよってきた。
そして、ミケランジェリのザリガニを見て、大はしゃぎ。
「うわあ!」
「青いザリガニだ~」
「凄い!凄いねミケランジェリ~」
「綺麗な色~」
「やるなぁ!ミケランジェリ!」
初めてミケランジェリが釣り上げたザリガニは、珍しい真っ青な色をしていたのだ。
ミケランジェリはザリガニを掴んで満面の笑みでトムに見せる。
トムはそんなミケランジェリに、ニッと笑顔を返す。
「今の感触忘れんなよ、ミケ」
逆行のせいか、ミケランジェリにはそのトムの笑顔が、とても眩しく見えた。




