370. 豊穣祭 17 (エピローグ)
サクラとイシルは祭の輪から離れ、三の道、通称カップルロードを手をつないで とりとめもない話をしながら歩き、三の道奥の広場に到着した。
(ここにイシルさんが私に見せたいものがあるの?)
今日はお祭りで門前広場に人があつまっているから このあたりに人影はない。
「こっちです」
サクラはイシルに言われてついていく。
水辺まで来ると、イシルはサクラを抱えあげて トン、トン、と水の上を渡った。
(ひえぇ!!)
水の上を歩くなんて!
足元がぞくりとして サクラはイシルにしがみつく。
イシルは 水を怖がる猫みたいなサクラの様子にクスリと笑い、落としませんよと言うかわりに サクラを抱える腕の力を強めた。
水面を渡ると イシルは 突き当たりの、塀のかわりにそびえる岩肌をぴょい、ぴょいと踏み跳んでのぼっていく。
(どこ行くんですかイシルさん~)
遠くなる水面と、視界の揺れに サクラは目をつぶった。
崖上へとたどり着くと、ようやくイシルはサクラをおろす。
目を閉じていたサクラはホッと息を吐いた。
「予告しといてくださいよイシルさん、ビックリするじゃ――」
顔をあげると――
「うわぁ!!」
サクラの目前に 大きな桜の木が 満開の花を誇らせていた。
「ビックリさせたかったんです」
ドッキリの成功にイシルが嬉しそうに笑う。
いや、言葉がでないです。
なんて、綺麗な桜の木――
「日当たりがいいのか、ここだけ咲くのが早いんですよ」
月明かりに照らされたほんのりピンク色の桜の花が 風にゆらりと揺蕩い、枝を広げてサクラを迎える。
「お花見 しましょう」
イシルは桜の木の根本に座ると 魔法で明かりを灯し、お重を取り出した。
「お花見、ですか」
「ええ、約束しましたよね、サクラさんが僕にお箸をプレゼントしてくれた日に」
サクラもイシルの隣に座る。
「こっそり作ったのであまり大したものはありませんが」
イシルがお重の蓋をあげると、キレイに飾りつけされたオードブルが並んでいた。
サラダを中心としたコールドもののオードブル。
「少し飲みますよね?」
「はい、いただきます」
イシルがワインを開け、グラスに注ぐ。
グラスにワインを注ぐと、花のような香りがひろがり、わずかな泡立ちが見えた。
色はキレイなサーモンピンク。
ロゼのスパークリングワインだ。
「キレイ……」
カチンと軽くグラスをあわせて一口くちにふくむ。
″シュワッ″
口にふくむと はじける泡と共に桃のような華やかな香りがふくらんだ。
意外にも辛口だ。
″ごくっ″
飲みこむと、キリッとしたフルーティーな味わいと共に わずかな泡感が喉を爽やかに潤してすぎていく。
「美味しい///」
食前酒としても最高!
どんな料理とも合う!
「どうぞ」
イシルに箸と皿を渡され ありがとうございますと受けとる。
サクラが初めてイシルにプレゼントしたお揃いの箸。
いつもはキッチンの棚に置いてある。
(持ってきてくれたんだ)
″春になったらお花見でも行きましょうかね″
あの日、サクラがイシルに箸をプレゼントした日にイシルが言った言葉。
あの時は社交辞令の挨拶なんだと思っていたが、イシルは箸のプレゼントを本当に嬉しく思ってくれていたようで、サプライズを企画してくれたんだ。
イシルの気遣いに 愛しさが こみ上げる。
「サクラさん?食べないんですか?」
感慨にひたるサクラにイシルが食事を促す。
「いただき、ます」
お重の中にはレタスが敷き詰めてあり、真ん中にポテトサラダ。
そのまわりにちょっとしたおつまみが並んでいた。
クリームチーズを花のように生ハムで包み、真ん中にピンクペッパーを添えたもの、
ズッキーニの輪切りの上に挽き肉をのせてこんがり焼き上げたもの、
プチトマトとロースハムのピンチョス、
太いアスパラのベーコン巻き、
ライスペーパーのかわりに薄焼きの玉子でくるんだ生春巻き。
どれも一口で食べられるよう配慮されている。
サクラは春巻きを取り、口にいれた。
「はむっ、しゃくっ」
千切りの人参と水菜がしゃくしゃくといい音をさせる。
そこにぷりっと茹でたエビが スウィートチリに絡められて入っている。
巻いてある薄焼き卵の内側にはマヨネーズがぬってあり、甘い中にも爽やかな酸味がプラスされる。
「ん~///」
大したことないなんてない!
たいしたことあります!
美味しくて、もう一個。
「ぱくっ、こりっ」
こちらは本来の春巻きの具材、春雨五目炒めを薄焼き玉子でまいてある。
ゴマ油の香りと少しのとろみ。
春雨と春の旬のたけのこの歯応えがたまらない!
「美味しい///」
どれもこれも野菜が沢山。
ワインを一口飲み、堪能する。
アルコールのコクが料理の味と気分を押し上げる。
「もう一杯もらってもいいですか?」
「勿論です」
二杯までならいいよね?糖質。
サクラは二杯目のワインをイシルに注いでもらうと、真ん中のポテトサラダを皿に取り 口へと運んだ。
「あむん、、あれ?」
ふわっと柔らかい口当たり。
「これ、ジャガイモじゃないですね?」
「ええ、ジャガイモは沢山食べたでしょうから、おからで作りました」
ああ、イシルさん、あんた最高です!
おからのサラダはツナとキュウリのシンプルなサラダで、ほんのりダシの香りがした。
「キュウリを塩揉みした時にダシを少し入れたんです」
「全然おからの匂いしないですね」
マヨネーズのおかげかな?
「おからに牛乳を加えて温めましたからね」
「それでシットリしてるんですね」
「ツナをオイルごと使ってるのもあります」
生おからの100gあたりの糖質量は2.3g
これは気がねなく沢山食べられて嬉しい!
二杯目のワインを飲んで調子に乗ったサクラはイシルにおねだりをする。
「私も歌ったんだから イシルさんも歌ってくださいよ」
「えっ!?」
「イシルさんの歌、聞きたいです」
「いや、僕は……」
「ダメですか?」
「うーん、、人前で歌うのは照れますね」
「二人しかいないのに?」
イシルはちょっと困った顔をしたが、じゃあ、と サクラを引き寄せてサクラの頭を胸に抱いた。
「イシルさん、あの、歌は……」
「こうすると顔が見えませんから 照れません」
いや、このほうが恥ずかしいでしょ!?
そして、静かに歌いだした。
♪~♪~――……
それはエルフの言葉なのか、歌の意味はわからなかったけど、切なく優しいメロディーと、イシルの甘く柔らかな歌声が心地いい。
(歌もうまいんですね、イシルさん)
イシルの胸に耳をあてると、空から聞こえる歌声とは別に直に声が伝わってくる。
その振動をもっと味わいたくてサクラはイシルの胸に頬をすりよせた。
イシルが歌を口ずさみながらサクラを抱く手でサクラの頭を撫でる。
″折角同じ時を過ごせるのだ、限られた時間、どうせなら 思いっきり一緒に楽しまないと 勿体ないのでは?″
祭の初日にサクラが思ったこと。
″時間が限られているのだからこそ、その分楽しまなくてはいけないんじゃないか?″
そう思い、一歩引いているイシルを サクラは祭の輪の中に巻き込んだのだ。
(だったら、言ってもいいのかな……)
自分も、一歩前へ。
「……すき」
腕の中のサクラの小さな呟きに イシルの歌が止まる。
「……やきが食べたいです」
「……」
「……」
(あああ!私はヘタレなんです!!)
◇◆◇◆◇
二人きりの花見を終えて三の道から二の道へ出て 組合会館へと手をつないで歩く。
「キレイでしたね、サクラ」
イシルがサクラの手を引きながらサクラに話しかける。
「明日の夜はサクラさんの希望どおりスキヤキにしましょうね」
イシルがスキヤキの語気を強める。
「本当にキレイなサクラでした。僕はサクラが一番好きなんです。サクラ以外は見なくてもいいくらい、サクラが好きです」
うわああ!そんなにサクラサクラ連呼しないで下さいよ!
しかも桜じゃなくてサクラって、、イントネーションおかしいです!!
「すみません、歌の途中で邪魔して」
「別に」
イシルの言葉が冷たい。
……怒ってますね?
「期待したのに……」
イシルがジト目でサクラを見下ろす。
「スキヤキだなんて……」
ううっ、面目ない!!
「お詫びにサクラさんも歌ってください」
お詫びってなんですか!
「歌ったじゃないですか」
「あんなのじゃなくて」
あんなのって、ド○フに失礼ですよ?
「僕だけに聴かせる歌を」
「う~///」
「じゃないとずっと拗ねてますよ、僕は」
拗ねてるのは認めるんですね?
(イシルさんのための歌……)
サクラは頭を捻らせて歌を思い出す。
イシルさんに、歌を……
歌なら気持ちをのせても大丈夫かな……
サクラは小さく歌い出した。
″春~色の汽車にの~って~♪″
80年代のアイドル、キャンディボイスの聖子ちゃん。
汽車がこの世界にあるのか知らないけど、
イシルさんはタバコなんて吸わないけど、
出会った時からガンガン手もつないで来る強気な人だけど、
全然赤いスイートピーのイメージなんかないけど、、
一緒に歩いていきたい人。
イシルさんは サクラの心の岸辺に咲いた 白い薔薇だから――
民謡、曲の題名は著作なし、ワンフレーズ引用は大丈夫みたいですのでのせました。
基本的に「非営利目的」なら問題なしですのでご容赦ください。
「営利目的」になった場合、著作権の事をちゃんと調べ直します。




