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364. 豊穣祭 11 (アイリーンの婿取物語 5 『アマトリチャーナ』)



アイリーンの作る鳥の煮物は、鍋の底に半分に切った玉ねぎをぼこぼことしきつめ、ぶつ切りにした鶏肉を入れ、さらに上から豆を入れ、コンソメスープで煮るだけだ。


「随分大雑把な料理だな」


ランがアイリーンの料理を見て口を出してきた。


「サクラといい勝負だ」


「うっさい、あんたは食べないでしょ、早く帰んなさいよ」


「子供が全員帰るまで帰れねーんだよ、オレは。仕事だからな」


「チッ、」


アイリーンがあからさまに舌打ちをしてみせる。


「うわぁ~皆のアイドル『アイリーンちゃん』が舌打ちとかすんだー」


ランが物凄く美しい笑顔を浮かべてアイリーンに口撃(こうげき)をしかけてきた。

やっぱ、嫌なヤツ。


「汗くさいから近寄らないで。()()()()()も、ユーリとお風呂に入んなさい!ご飯食べさせないわよ」


アイリーンはランにイヤミを、如鬼(ニョッキ)達に脅しを言った後はシカトを決め込んでパスタの準備に取りかかった。


アイリーンが作るのは『アマトリチャーナ』


アマトリチャーナは、玉ねぎとパンチェッタ(塩漬け豚バラ生ベーコン)、チーズを使用して作るパスタだ。


孤児院にいる時によく作った、アイリーンの家庭の味。

子どもが多いので辛みは入れずに、玉ねぎを多めにいれて、少し甘い雰囲気のあるパスタに仕上げる。


アイリーンが湯を沸かし、大量のパスタを茹でていると 辺りが静かなのに気がついた。


(全員で風呂に入りに行ったの?)


アイリーンの″汗くさい″発言が効いたのか、キッチンから大テーブルの部屋を覗くと 誰もいなかった。


そんなに広い風呂じゃなかった筈だが、まあ、ニョッキ三匹とランはチビサイズになれるし、問題ない。


アイリーンはソースを作るためにフライパンを火にかけた。

熱したフライパンにオリーブオイルを引き、にんにくを入れ、香りを出すと、パンチェッタ、玉ねぎを炒める。


玉ねぎの甘い香りがたち、透明になってきたところでトマトソースを加えて塩で味を整える。

パンチェッタに塩分があるので塩を入れすぎないように。


焦げがつかない様かき混ぜながら10分程煮る。

トマトソースの水気がなくなってきたら 茹で上がったパスタとペコリーノチーズ(羊乳チーズ)を入れて混ぜ合わせる。


うん、この香り。

アザミ野の家に帰ってきたみたいでなんだか落ち着くな~


懐かしさに すうっ、と香りを吸い込むと、ツンと甘酸っぱいトマトとチーズのまざった 匂いに顔が綻ぶ。

そこにかすかにシャボンの匂いがした。


「もうこれ食えんのか?」


「ひゃあ!」


懐かしさにうっとりしていると、すぐ耳元で声がして アイリーンは驚いて声をあげた。

首だけで振り向くと 頭にタオルをかけたランが 立っているのが肩越しに見えた。


風呂から上がったばかりのようで、シャツも着ないまま、髪もまだ濡れている。

そして、シャボンのいい匂い。


「上、着なさいよ///」


「もう食えんのか?鳥」


アイリーンの言うことなんか聞きやしない。


「もう少しね」


()をかければ早いんだろ?イシルが言ってたぜ」


そう言ってランは鍋に 重力の魔法で()をかけた。

圧力鍋、ですね。


そして、慣れた手つきで棚から皿をだし、アイリーンに皿を渡す。


「パスタ、盛るんだろ?」


「……ありがとう」


ランは鼻歌を歌いながら 人数分のカトラリーやグラスを用意し、食卓を整えていく。


(なんなの、コイツ)


てか、食べないんじゃかったの?


「ラン様、風呂から上がるの早すぎですよ~」


ハルが二人の男の子(ユーリと 迎えを待つエンバー)を連れて風呂から出てきた。


「風呂キライなんだよ」


「風呂嫌いとはもったいないな、小僧」


テンコが続いて出て来て話に加わる。


「いいんだよ、死にゃしねーから」


いつの間に打ち解けたんだ?テンコとランは。

蹴鞠(サッカー)のおかげか?


「もー、服を着てくださいよ~ラン様~、風邪ひいちゃうでしょ~」


「わかったわかった」


最後にセイヤとゲッカも風呂からあがってきた。


「いい風呂じゃったがちと狭いな~」

迦寓屋(かぐや)の風呂が恋しいのぅ~」


全員出てきたので一気に騒がしくなってきた。

アイリーンは慌ててパスタを盛りつける。

上にもペコリーノチーズかけて、アマトリチャーナの完成だ。


「持っていくからな」


ようやく服を着てくれたランがアイリーンの所に来て、出来上がったパスタを持っていった。


(だから、何なのよ、アイツ)


いつもと違って調子狂う。


ランの重力魔法で()をかけられた鳥の煮込みも出来上がり、皆で食卓を囲んだ。


「「いただきます!」」


″はぐっ、あむっ″

″がぶっ″

″むぐっ、むちっ″


「「うまーい!」」


圧をかけて煮られた鳥はふっくら、むっちりとしているのに、柔らかくホロホロととろける。

骨付きぶつ切りだから旨味がふかい。

新玉ねぎもとろりとしているし、一緒に煮られた豆もふっくら。


シンプルにコンソメで煮ただけの鳥がこんなに旨いなんて!


「ごくんっ、ふはぁ~///」


コンソメスープに鳥と玉ねぎの旨みがとけだし、スープとしても絶品だ。


″はむっ、ズゾッ″

″もぐもぐもぐ″


トマトベースの、アマトリチャーナは、生の豚肉を塩漬けしたパンチェッタのお肉の旨みと、トマトの酸味のバランスが抜群!


トマトのさっぱりしたパスタをペコリーノチーズが包み込み、そこにたっぷりの玉ねぎが入ることで甘味を出してあり、優しい味わいの中にきちんとコクがあって、食べごたえがある。


「うまっ!」


ナポリタンともミートソースとも違う、辛くないアラビアータのような、、トマトクリームのパスタような、、、とにかく、うまい!


アイリーンは全員が美味しそうに食べ出したのを見て、再びキッチンへ立つ。

ラルゴ達はまだ帰らなそうだ。

パスタはのびてしまうから……


棚を見るとパンが置いてあった。


(これなら少しのびても気にならないかな)


パンを半分に切って、間にパスタを挟んだ。

ナポリタンドッグならぬアマトリチャーナドッグだ。


「残りはラルゴとレオのだから食べちゃダメよ」


ラルゴとレオ二人分を鍋に残し、鳥の煮込みを大皿に乗せてテーブルに置いた。


「オレにもパンくれよ」


「自分で取んなさいよ、アタシはあんたの飼い主(サクラ)じゃないのよ」


「チッ、」


今度はランが舌打ちをした。


「うわ~今年の福男ガラ悪~い」


アイリーンが先ほどの仕返しをする。


「ガラが悪いのはお前だろ、二重人格性格(せいかく)性悪(しょうわる)詐欺(さぎ)女」


テンコ、ゲッカ、セイヤのニョッキ三匹が鶏肉にかぶりつきながらランとアイリーンのやり取りを見て……


「何じゃお主ら、似ておるな」


「「似てないわ(よ)!!」」


ユーリは大人達のやり取りを見ながら口をもぐもぐ。


(……だったらハモるなよ)


「もう、帰る」


「おう、帰れ帰、、ぶふっ!」


アイリーンはエプロンを脱いでランに投げつけると 組合会館の外に出た。


(ちょっとはいいとこあると思ったのに、やっぱりイヤなヤツ!)


″お主ら似ておるな″


わかっている。

あの受け答え、鏡を見ているようでイヤになる。

自分の嫌なところを見せつけられているみたいだ。


「アイリーン!」


アイリーンがムカムカしながら足早に歩いていると、後ろからテンコが追いかけてきた。


「送っていくのじゃ」


「一人で帰れるわよ」


「暗くなってきたし……」


「……」


「送りたいのじゃ」


テンコはやっぱりアイリーンの後ろをついて歩く。


祭り囃子の音が 門前広場のほうから聞こえてきて、宴を盛りあげている。


「猫の小僧は悪気はなかったようじゃったぞ」


テンコはアイリーンの背に話しかける。


「わかってるわよ」


「パンにパスタのソースをつけてキレイに食べきっておったぞ?うまかったのじゃ、アイリーンの料理が」


テンコは更に続ける。


「ゲッカもセイヤもパスタの皿まで舐めとったぞ!」


アイリーンが振り向く。


「……あんたは?」


「ほえ?」


「あんたは美味しくなかったの?」


日の落ちた二の道に、祭り用に用意された灯りがともり、振り返ったアイリーンが光で金色に縁取られる。


それがとても幻想的で、アイリーンがこの世の者ではないように見えた。


テンコはそんなアイリーンに見つめられてドキドキした。


「お、美味しかったに決まっておろう!!」


「……ならいいわ」


アイリーンは再び前を向いて歩き出す。


テンコはアイリーンの隣に つつっ、と歩み寄り、遠慮がちに、そっと手を握った。


「……」


アイリーンは、ちらっとテンコを睨んだが、振り払いはしなかった。


「よい、のか?」


「……制服じゃないし」


アイリーンは ツン、と 前を向いて歩く。


「へへへ///」


アイリーンの隣で テンコが嬉しそうに笑い、軽やかに歩く。


「ちょっと、普通に歩きなさいよ」


「へへへへ///」


「歩きにくいでしょ!」


ハルは意外に生活能力があったし、ランは結構面倒見がよく、家庭的な一面があった。


だけどテンコには、なにもない。

常識はずれだし、幼稚で、ちっとも家庭のにおいがしない。

ロマンチックな言葉も吐けないし、雰囲気も作れない。

アイリーンの結婚相手の条件からは一番外れている。


なのに、、


なのに、アイリーンにとって、テンコが美味しそうに食べる姿が、美味しいと言った言葉が 一番嬉しかった。





◇◆◇◆◇





ラルゴとレオは なんとか日付が変わる前に組合会館へと帰って来た。

露天のテント出しから、商人たちの場所を巡ってのトラブルや、ドワーフの村から出す出店の用意、食材の手配、運びだし。

ラルゴとレオにとっては初めての豊穣祭だから、わけもわからず、手足のようにがむしゃらに動くしかなかった。


「疲れた~」


ラルゴがイスにぐったりと座る。

酒はそんなに飲んではいないが、宴で沢山の人の相手をしながら、滞りなく宴会が進むように気を遣い、余計に疲れたのだ。


「なんか、食いますか?」


レオがラルゴに聞く。


「ん~、腹は減ってるけど面倒だな……」


ラルゴの言葉に、レオがキッチンに入り、中を見ると、パスタの挟まったパンと、鳥のスープが置いてあり、メモがあった。


「ラルゴさん、アイリーンが来て食事を作っておいてくれたみたいです」


「本当に!?うわ~、アイリーン天使!!」


スープをあたため、パンにかぶりつく。


鳥の煮込みも、パンにはさまっているパスタも、ドワーフの村でとれた新玉ねぎがふんだんにつかわれていて、甘味と旨みが引き出され、じんわり、栄養が体に行き渡っていく感じがする。


ありがたい。

本当に、この村に来て良かったとレオは思う。


あったかい。

明日も頑張ろう。

早く、村の一員になれるように。


村に慣れるように気を遣ってもらっているのはユーリだけじゃない。

祭の忙しい中、村の人は 来年のためにと、レオに丁寧に教えてくれているのだから。


アイリーンの作ってくれた食事を終えて部屋に行くと ベッドでユーリが気持ち良さそうに眠っていた。

三匹の狐に囲まれて、幸せそうな笑みを浮かべて。


(ふふっ、よかったな、ユーリ)


レオは ユーリと狐達を起こさないよう着替えをとり、そっと扉を閉める。


(今日は空いてる他の部屋で寝よう)


風呂に入り、湯船につかると、疲れが心地いいという不思議な感覚にとらわれた。


「はぁ~っ、あー、、気持ちいい……」


レオは充実した気持ちで 豊穣祭 二日目を終えた。














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― 新着の感想 ―
[良い点] よく煮た鶏と豆の様子。アマトリチャーナの香りと、トロっとした雰囲気。 いつも大変美味しそうですが、今回もまた、ものすご~く美味しそうな場面でした! [気になる点] お婿さん候補(笑 テンコ…
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