363. 豊穣祭 10 (アイリーンの婿取物語 4)
テンコに送ってもらい、銀狼亭の2階にある自室に入ると、アイリーンは窓に寄り、外を見下ろした。
テンコがアイリーンを見送った場所にいて、名残惜しそうにこちらを見上げている。
アイリーンはプイッと窓から離れると、私服へと着替えた。
テンコの事は嫌いじゃない。
好いてくれるのは悪い気はしないし、毎日送ってくれるから変な男に声をかけられ煩わされることもなかった。
優秀なボディーガードだ。
テンコの事は嫌いじゃない、むしろ好きだ。
アイリーンのことを大事にしてくれているのがわかる。
恋愛なら テンコとしてもいい。
きっと楽しいだろう。
でもアイリーンは結婚がしたいのだ。
恋愛と結婚は違う。
恋愛はドキドキするもの、結婚は安心するもの。
アイリーンは安定した家庭が欲しい。
(出来れば金持ちの!)
着替え終わり、 サンミの手伝いに階下へおりようとして、ふと気になって 窓に寄り、もう一度外を見た。
(……やっぱり)
テンコはまだ銀狼亭の前にいて、アイリーンを見上げてニコッと笑う。
アイリーンはテンコに向かってヒラヒラと手を払う仕草をした。
″早く帰れ″と。
アイリーンはため息をつく。
テンコとは、家庭の絵がみえない。
テンコと築く家庭が想像できないのだ。
もう先の見えない生き方にはこりごりだ。
愛よりも安定が欲しい。
階段を降り、キッチンに行くと、サンミが夜の営業の仕込みをしていた。
手伝うために首からエプロンをかけようとしたところで サンミからストップがかかる。
「いいよ、アイリーン、休んどいで、慣れないバイトを三匹も受け持って疲れただろ」
慣れないバイトとはテンコ、セイヤ、ゲッカのことだ。
「大丈夫です、慣れてますから」
「あんたのおかげでサミーもミディーも子供の晴れ舞台を見れたんだ、ありがとうよ」
「そっかぁ、見れて良かった」
幸せそうに息子や娘の姿を見るサミーやミディーの笑顔が目に浮かぶ。
「ここはいいからさ、手伝ってくれっるてんなら、組合会館に食事を作りに行ってくれるかい?ラルゴ達はろくに食事もせずに帰ってくる筈だから」
「わかりました」
「会館においてある食材なんでも使っていいからさ」
アイリーンはサンミに言われて 組合会館へと向かうために外に出た。
テンコはもういなかった。
(たこ焼きだけじゃ足りなかっただろうな)
テンコの盛大なる腹の虫を思いだして 思わず笑ってしまった。
(何を作ろうかな)
肉は必要だろう、鶏がいたはずだから、あれを絞めて料理しよう。
テンコ、セイヤ、ゲッカ、ラルゴ、レオ、ユーリ……人数が多いから焼くのは大変だ。
鍋にぶちこんで煮てしまったほうがいい。
(それでも足りないだろうから、野菜を足して、あとは主食で稼ごう。パスタがいいかな)
大人数分の料理は孤児院で作り慣れている。
サクラが作る目新しいものや、イシルみたいに手のこんだものは作れないが、そこにある材料で シンプルに美味しく作ることは出来る。
組合会館の広場の入り口を入ると、子供達が蹴鞠をしていた。
その中にテンコの姿もある。
キラキラした瞳で楽しそうにボールを追うテンコ。
サスガにテンコ、セイヤ、ゲッカの三匹のパスまわしは息があっていて凄かった。
″スパーン!!″
テンコのシュートが決まる。
(カッコいいじゃない)
アイリーンはぼんやりとその姿を見つめた。
意外だったのはいけ好かない黒猫野郎のランだった。
ボールを持つとイケイケで独走し、突破するタイプかと思いきや、ちゃんと子供達にまわし、如鬼達を体で阻止し、子供達をフォローしている。
″スパーン!″
「やったー!」
「いいぞ!エンバー!」
シュートを決めた男の子、エンバーとランのハイタッチだ。
(……やるわね)
これは旦那としてみた時のポイントは高い。
「アイリーン!」
テンコがアイリーンに気づいてピョンピョン跳ねるように走ってくる。
「我に会いに来てくれたのか?」
アイリーンの目の前で テンコは大きなふさしっぽを千切れんばかりにブンブン振っている。
「違うわよ、サンミさんに言われてラルゴの食事を作りに来たのよ」
するっとかわして 組合会館の中へと入っていった。
テンコもウキウキとアイリーンの後をついて入る。
「何を作るのじゃ?」
「鳥を煮るわ、鶏、持ってきて絞めて羽をむしってくれる?」
「なんじゃ、そのまま喰えばよいではないか、旨いぞ?我の好物じゃ」
「……」
やはり、テンコはアイリーンの結婚相手には向かない。
食が違いすぎる。
これから長く一緒にいる相手と食の好みが違いすぎるというのはキツイかな。
「僕、やる、、ですよ」
後ろからハルが声をかけてきた。
どうやら親が迎えに来た子供を見送った後のようだ。
「血抜き得意なんだ、です」
そう言ってふわりと笑う。
「そう、じゃあ三羽お願いね」
ハルは外のケージから丸々と太った鶏を持ってくると、剣を抜き 首もとに突き立てる。
すると剣は まるで血を吸い上げるかのように赤くなっていく。
「ブラッド・ソード?」
ブラッド・ソード、その名の通り 血を欲する吸血剣。
「アイリーン、よく知ってる、ですね~」
「質屋で仕事してた時にまがい物を散々見たからね。でも、本物は初めて見たわ」
ハルは鶏を熱湯につけ、羽をむしりやすくすると 羽をむしり、解体していく。
血は一滴も出てこない。
「手慣れてるわね」
「あはは、ずっと一人だったからね、森の中では肉ばっかり食べてたし、、料理手伝うですよ」
生活能力高し!
こんなところにダークホースが!?
しかも、幻のブラッド・ソードを所持出来る程の実力者、冒険者としてもクラスは高いだろう。
おまけに顔好し、好物件!!
「じゃあその鳥に塩コショウしといてくれる?」
アイリーンは機嫌良く 鳥を煮込むためのスープの味付けをする。
「ハル、鳥を……」
仕込みの終わった鳥をもらおうと振り向いたら ハルが下を向いて何やらぶつぶつ言っている。
「38、39、40、41、42、43、44、45……」
「ハル?」
どうやら塩コショウしようとして、胡椒をぶちまけたらしく、挽く前の粒胡椒がコロコロと転がっているのだが、ハルはそれをひたすら集めながら数をかぞえていた。
「あ~あ、やっちまったか」
ランが入り口から顔を出し、呆れた声を出した。
「クセなんだよ。小さい粒々みると数えずにはいられないんだよ、ハルは」
ダメだこりゃ。




