362. 豊穣祭 9 (たこ焼きちゃん) ★
挿絵挿入しました(3/30)
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「アイリーン、せっかくの祭りじゃから 我と一緒に出店を見てまわろうぞ♪」
バーガーウルフの閉店時間になり、片付けを済ませ、休憩室を出て来たアイリーンに、待ってましたとばかりに天狐が声をかけた。
「疲れたから帰るわよ」
「ゴーン!!」
毎日毎日飽きもせず、懲りもせず テンコはアイリーンを誘ってくる。
そして毎回答えは同じ。
断られても、冷たくしても テンコはアイリーンを銀狼亭へと送ってくれる。
テンコが寝泊まりしている組合会館の通り道に銀狼亭があるからというのもあるが、アイリーンが銀狼亭の扉へと消えた後もその場に暫く佇み、テンコはその後 少し寂しそうにして去って行く。
いつだったか、まだいるかと窓からアイリーンがのぞいたら バッチリ目があったから、アイリーンが部屋に入る気配を察知し、確認してから帰るのだろう。
今日もテンコは アイリーンの後ろをついて歩く。
祭りの賑わいの中、テクテク テクテク……
テンコがそっと後ろから手を伸した。
アイリーンの 細く華奢な指差に触れ――
「制服なんだからやめてよね、お客さん見てるかもしれないでしょ」
「うっ、、」
手をつなごうとしたのを ピシャリ、断られる。
もう、明日で終わりなのに 手さえ握れていない。
「星夜と月華はどうしたのよ、三匹でまわればいいじゃない、お祭り」
「野郎三匹でまわっても楽しゅうないじゃろ」
「ナンパでもすればいいじゃない、大好きな女子がいっぱいよ?」
(アイリーンがよいのじゃ)
わかってるくせに、と、テンコは口を尖らせる。
「セイヤはヒナについて行ったし、ゲッカはシャナを誘うと出ていったのじゃ」
「あっそ」
アイリーンは振り向かない。
テクテク、テクテク、迷いなく テンコの前を歩いていく。
気が強くて、容赦なく ハッキリしているアイリーン。
表に見せている天使の微笑みアイリーンに寄ってくるものは多い。
だけどテンコは ズケズケと言いたい放題のアイリーンのほうが好きだ。
飾ることなく、サバサバとていて、たまにヨーコよりも恐ろしく見えるアイリーン。
テンコより全然魔力も少ないのに、まったく勝てる気がしない。
(ふりむいて欲しいのじゃ、アイリーン……)
アイリーンは振り向かない。
「よっ!そこへ行くのはバーガーウルフの看板娘、天使の微笑み!君の瞳は100万ボルト!アイリーン嬢と、恐れ多くも美しい如鬼の天弧様ではないやないですか~」
仰々しいこの物言いと 独特のイントネーションは 聞き間違いの仕様がない、人の子の背丈程の種族、ハーフリングの商人のオズだ。
口先から生まれたようなオズにつかまると面倒だから アイリーンは足早に通りすぎる。
「そんなに急いで、お二人でデートでっか~?いやー、美男美女お似合いやわ~」
「違うわよっ!」
アイリーンが振り向いた。
「ちょっと、変なこと言わないでくれる?」
アイリーンはオズに笑顔を見せたまま、抗議の声をあげる。
「いやー、わては本当の事言うただけで……」
変な噂を広げられては 営業妨害も甚だしい。
客が減っては困るのだ。
アイリーンは凄みを効かせた小声で オズの言葉を遮った。
(あんたの魂胆はわかってンのよ、アタシを客寄せパンダにするつもりね)
観光客に人気者のアイリーンが『美味しい』と食べれば客が寄ってくるだろう。
(協力して~や、アイリーン、お代はいらんから、この店の前でたこ焼きちゃん一個食べて『美味しい』ゆうてくれるだけでええから)
(イ、ヤ、よ。アタシは 使われるのが死ぬ程イヤなの)
″ぐるるぐぎゅ~″
その時 アイリーンの後ろで テンコの腹の虫が盛大になった。
「……」
″ぐるぐるぐごー……″
「……」
″ぎゅぎゅぎゅ~……″
「……うるさい」
テンコの腹の虫に負けて、結局アイリーンは オズからたこ焼きを受け取った。
「はい、テンコ、あ~ん……」
アイリーンが オズの店の前で串にたこ焼きをさしてテンコに向ける。
(こっ、これは夢じゃなかろうか///)
チビ狐姿の時ならまだしも、アイリーンが 大人バージョンのテンコに『あ~ん』をしてくれるなんて……
アイリーンの差し向ける『たこ焼きをちゃん』は お好み焼きのようなツンと酸味の感じられる甘い匂いがする。
緑の青のりがかかっていて、ふよふよと鰹節が踊っている。
見た目的にはまあるいお好み焼きのようだ
「あ~ん……」
「あーん///」
アイリーンにつられてテンコは口をあけた。
″ぱくっ、、″
一口で食べると ソースの酸味が甘く鼻にぬけ、ああ、やっぱりお好み焼きの丸いやつだと思った。
そして、、
「ふあっ、ふ――――い!!!」
「……熱いのね」
テンコは毒見役でしたか、アイリーン。
「ふあ、はふ、はふはふはふ、、」
テンコが涙目になりながらようやくたこ焼きを飲み込んだ。
「美味しい?」
テンコは喋れないので、ヒリヒリする舌をベッと出したまま ニカッと牙をみせてわらってみせた。
「あははッ、何それ」
アイリーンが可笑しそうに笑う。
「歯に青のり、凄いわよ、くくくっ、、」
テンコの牙は 青のりまみれだった。
(かっ、かわゆいぞ///アイリーン)
口の中は火傷したけど、自分がアイリーンの素の笑顔を引き出せて テンコは満足だった。
アイリーンもたこ焼きを口に入れる。
テンコの失敗をふまえて、あおのりを少し払いおとし、ぱくりと口にいれ、用心して噛む。
「はふっ///あふっ、、」
たこ焼きちゃんのカリッとした外側を噛むと、中はふんわり少しとろんとした食感。
なるほど、これは熱い!
熱さに注意して はふはふと食べる。
「んっ///」
アイリーンが美味しい顔をする。
たこ焼きちゃんは、お好み焼きとは似て非なるもの。
熱いけれど美味しい!
熱いから美味しい!!
ダシの香るもちトロ生地に サクサクとしたこれはなんだろう?
オズの手元を見ると サクサクとしたコロモの粒のようなものが見える。
サクラが天ぷらつくってくれた時のコロモに似ていた。
『天カス』だ。
赤いのは紅生姜。
細かく刻んだ紅生姜が しゃくっとあたり、噛むとスッキリ、甘めのソースの中にピリリとアクセントをつける。
ソースにマヨネーズが加わりまろやかに。
刻んだネギも入っていて、この小さい玉の中に色んな旨さがつまっている。
そして――
″ぶりんッ″
なんといっても、たこ焼きちゃんの本命はタコ!
おおきめぶつ切りたこ足登場!
弾力がすごい。
タコ本来の旨みがつまった“プリッ”とした食感がお口の中で踊る!踊る!!
「ん~!!」
生地、ソース、タコ、そこに薬味のかつおぶしと青のりで海の香りがプラスされ――
「はぁ///おいしい!」
アイリーンの本気の『おいしい』が 炸裂した。
オズの目論見どおり『たこ焼きちゃん』の店のまわりにいた客が殺到する。
「俺も!」
「俺にもくれ!」
「オレは二個な!」
アイリーンとテンコは その間にオズの店を離れ、人目を逃れてたこ焼きを堪能する。
「口、あけてよ」
アイリーンに言われてテンコが『あーん』と口をあけた。
″ヒヤッ″
口の中に優しい冷たさが広がる。
アイリーンの水の癒し、回復魔法だ。
「今度は火傷しないでよ」
こんなところがいい。
テンコは知っている。
アイリーンは、本当は優しい。
アイリーンは テンコの口の中の火傷を治してやると 再びたこ焼きを串にさしてテンコに差し出した。
「よ、よいのか?」
毒見役は一度で十分では?
「いらないならいいわよ、私が食べるから」
アイリーンが手を引っ込め、テンコに差し出したたこ焼きを自分の口に持っていこうとした。
「食べるのじゃ!食べるのじゃ!」
テンコは慌てて口をあける。
「今度は火傷しないでよね」
アイリーンが笑いながら、三度テンコにたこ焼きを差し出した。
「はい、あーん」
「あーん///」
″ばくっ″
テンコがたこ焼きを一口で口にいれる。
「ふあっ、ふ――――い!!!」
はふはふ、あうあう、涙目だ。
「学習しなさいよね、バカ狐」
◇◆◇◆◇
たこ焼きを食べ終え、アイリーンを銀狼亭へと送り、部屋へ入った気配を確認すると、テンコは寝泊まりさせてもらっている組合会館への帰路につく。
アイリーンの送り迎えも、明日が最後になる。
豊穣祭が終われば テンコはオーガの村に帰らなくてはならない。
アイリーンとも中々会えなくなってしまう。
とぼとぼと肩を落として歩いていると、目の前に同じくしょんぼり歩くセイヤが見えた。
「なんじゃ、セイヤ、ヒナはどうした」
「……リベラにとられた」
「そうか」
テンコとセイヤは 二匹して 組合会館へと歩く。
幽霊のようにどんより二倍増し。
組合会館近くで、向かいから悲愴感を漂わせながら歩いてくるゲッカが見えた。
「なんじゃ、ゲッカ、シャナはどうした」
「……羊の人獣の婦人と出掛けていった」
「お主もか」
鬱蒼感が倍の倍の倍になった。
テンコ、セイヤ、ゲッカは 三匹そろって組合会館の門をくぐる。
″ポー……ン、、コロコロ″
門をくぐったところでボールが足元に転がってきた。
「すみませーん!」
警備隊の服を着た男が ボールを追って三匹の元に走ってくる。
「なんだ、人では無さそうじゃな」
セイヤの問いにテンコがボールを拾いながら答えた。
「あやつは半吸血鬼じゃ」
走ってきたのは アルカードのハルだった。
「あっ、テンコ、ありがとう」
見ると広場の奥には 子供がちらほらいる。
「なんじゃ、ハル、子供達と遊んでおるのか?」
「うん、お迎えがくるまでね」
「ハルー!そんなヤツほっといて早く来いよ!」
奥では猫の小僧、ランがハルを呼んでいた。
ハルはテンコからボールを受け取ると、ランに向かって ポーンと蹴った。
「ナイス、ハル!」
ランは胸でボールを捉えると、足元に落とし、子供達に向かって 華麗なるドリブルを見せた。
「「「蹴鞠か!!」」」
どんより三匹の瞳が爛々と黄金の輝きを取り戻し、、
「「「コ――――ン!!!」」」
勢いよく走り出した。




