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354. 豊穣祭 (アスの場合/祭の朝) ◎

前半はアスの話です。

「眠り姫」の魔女モチーフです。


後半は祭の朝のひとコマ。

後書きに料理写真入りです。




嵐の前の静けさ そんな感じだった。


豊穣祭1日目は 村を上げて祈りの儀式を行うらしく、その前日は 皆、仕事を早々に切り上げ、家に帰り 静かに祭の準備に取りかかる。


旅人の集う銀狼亭もしかり。

営業はしているが、村の者は飲みに来ていないので 静かなものだった。


門前広場で野宿組の商人達も その空気を察してか 騒ぐ者はいない。

(おごそ)かな空気の漂う中、それもまたよし、と、静かに酒を飲む。


″郷に入っては郷に従え″


神聖なる祭を汚して部族の怒りを買い敵に回すのはごめんですからね。


村の外の貴族達が集う アスの館『ラ・マリエ』は 違う意味で静かだった。


空気が、重い。

リビングでワインを片手にソファーに座るアスの機嫌が、すこぶる悪い。


何故なら――


「こんな面白そうなのに アタシだけ村に入れないなんて……」


『豊穣祭』はドワーフの村で行われる祭りであり、勿論村の中で行われる。

ここに屋敷を構える時に取り交わした ギルロスとの()()で、アスは村に入ることが出来ないのだ。

だから祭りには参加できない。


要は()()()()にされて拗ねているのだ。


「うぐぐ……」


アスのイライラと共に 更に空気が重くなる。


「よっ!アス、辛気臭ぇ顔してんな」


子猫(ラン)ちゃん!」


「……空気悪いね、換気してる?」


「子ブタちゃん!」


サクラとランの登場にアスの顔がパーっと明るくなった。


「どうしたの?こんな時間に」


「んあ?イシルが行ってこいって」


「イシルが?アタシのために?」


イシルはアスのイライラを気にしてくれていたのだろうか?


(気が利くわ~やっぱり好き///)


「卵撫でてもらえって」


「卵?」


アスはランの腹に 前掛けでくるまり 抱えられている青い卵に目を向ける。


「これは……」


ランが抱えている卵からは聖なるものの息吹を感じた。

アスとは真逆に位置するもの。


「撫でていいの?」


アスは戸惑う。

自分が触れば(けが)してしまうだろう。

でも、イシルが撫でてもらえって?


「これから生まれるこの無垢なるものに、()()()が触れても?」


アスはランに念押しで聞く。


祝い事には忌み嫌われ、呼ばれることはない 招かれざる十三番目の客。

ランはアスが悪魔だと知ってるはずだ。


「なんで?祝福してくれるんだろ?イシルはそう言ってたぜ?」


『祝福』それを自分が与えていいのだろうか……


「嫌なら別にいいんだ、無理には……」


「やる!やるわよ!」


アスは躊躇いがちに卵に手を伸ばした。





遠い昔の物語り――


もうすぐ生まれるお姫様に、一番目の客は 純粋さを与え、優しい心を与えました。


二番目の客の祝福は 活力を。元気でいられるようにと。

三番目の客の祝福は 寛容でいられるように。鷹揚で、ゆったりと、上品に。

四番目の客のは 美しい歌声を。その声で皆を癒せるように。

五番目の客の祝福は 情熱。勇気を持ち、何者にも立ち向かい、奮い立つ心を与えました。


六番目の客は『知恵』

七番目の客は『希望』

八番目の客は『力』

九番目の客は『自由』

十番目の客は『勤勉』

十一番目の客は『思いやり』


そして十二番目の客は何事にも 水のように流してしまう『許し』を。


十三番目は呼ばれなかった客。

十三番目は 招かざれる客――





この子はもう全てを持っている。

アスが与えられるものはない。

そもそも負の心しか与えられないのだから。


(ならばアタシは……)


与えられないから奪うことにする。


アスは卵に呪い(ねがい)をかけた。


(この子に降りかかる『悪』は 全てアタシが貰い受ける)


『悪』は悪魔の領分だ。

この子の『悪』は全てアスが奪い取る。

全ての『悪』から この子が守られるようにと。


″ふるるん″


アスが触れると 卵が震えた。

卵の気持ちが流れ込んでくる。

愛と喜びに溢れた世界……


それはまるで、赤子の笑った顔を見た時のような、何とも言えない、形容できないものだった。


愛で満たされるとは、こんな感じなんだろうか――


「リンスィールも喜んでる。サンキュー、アス」


イシルも、ランも、サクラも……

アスそのものを見てくれる。

悪魔であろうが、天使であろうが、関係なく。


「あんた、更にイイ男になってきたわね、子猫(ラン)ちゃん……」


アスがランの頭をくしゃっと撫でた。


「お前まで何だよ///」


ランが照れてアスの手から逃れる。


「ラン、名前つけたんだ、卵に」


()()とか()()()じゃ 呼びにくいだろ///」


サクラの言葉に更にランの顔が赤くなった。


エルフの言葉で『リン』は『歌う』、『スィール』は『川』


歌う(リン)(スイール)


「……良い名だわね」


アスは二人と話しているうちに、仲間外れにされた事など、もうどうでもよくなってしまっていた。


「で?イシルはどうしたのよ」


「村の連中と一緒でさ、明日の準備があるとかで、研究室にこもってなんかやってたぜ?」





◇◆◇◆◇




次の日、朝食は和定食。

朝からがっつり 脂ののった鰤の塩焼きに 豆腐とナメコのお味噌汁、麦ご飯に 大根とキュウリの浅漬け、ほうれん草入り卵焼き。

常備おかずも小鉢に並ぶ。

さつま揚げと大豆とひじきの煮物、ネギのナムル、鶏の南蛮酢漬け……


晩御飯ですか?イシルさん。


「今日は体力つかいますから、しっかり食べて出掛けましょう」


「「いただきます!」」


皮目がぱりっと美しく焼き上げられたブリの塩焼きは、身も締まって、キシッと噛みごたえがある。


「ん~///」


なのに、水分も十分に残っていて、ブリの味が濃い!!

脂はトロリと口にとける。


程よい塩加減!これは、、ご飯が進んでしまう!!


「祭の一日目は出店は出ませんから、しっかり食べてください。それに、振る舞いもジャガイモづくしですから、サクラさん、あまり食べられませんよね?」


そうか!そういうことか!!ならばしっかり食べようぞ。


ブリのとろける旨みでご飯を頬張る。


「うふ///」


魚なのに、舌にからみつくようなこの脂!

ご飯を抱き込んで、たまらんとです!!


合間に浅漬けで口直し。


″かりっ、ポリっ″


紫大根は甘酢漬けではなく、さっぱり だしと塩の浅漬けだ。

紫大根は辛味よりも甘味を感じる。

大根の身は硬く、肉質自体はとっても食感がいいのが特徴だ。

生だとこの カリカリ、シャキシャキした食感が楽し嬉しい。

浅漬けと言うより、サラダっぽい。


逆に ネギのナムルはツンと辛い。

が、胡麻油の香りが効いて クセになる。


そこにナメコのお味噌汁をすすると、とぅるんと優しい甘さ……

なんてバラエティーにとんだ朝食なんだ!

和の調和、最高です!!


「二人にはこれを渡しておきます」


イシルがテーブルの上に()()を置き、巾着をくれた。

どうやらイシルは昨日、これを作っていたようだ。


「今日の祭で使うものです」


巾着の中には 赤・橙・黃・緑・青・藍・紫と色分けされた 七つの色の団子のようなものが入っている。


そして、竹筒は、筒に押し込み棒のようなものがついている。

心太でも作るのか?

でも、小さな穴がひとつついているだけだ。

水鉄砲???


「僕は村に先に行って玉を納めてきますから、あと、お願いしますね」


イシルは食事をさっさと済ませると席を立った。


「あの、イシルさん、これは……」


サクラの呼び掛けに イシルはああ、そうだ、忘れてましたと振り向いて一言添える。


「今日は魔法は使えませんからね、頑張って下さい」


良くわかっていないサクラとランを置いて、先に行ってしまった。


頑張る?


何を?


ねぇ、イシルさん?










挿絵(By みてみん)



朝からがっつり焼き魚和定食。

照り焼きではなく塩焼きブリ。


ネギのナムルと大根の浅漬けを添えて。

紫大根は辛みより甘みが強く、ラディッシュの硬いばんみたいな感じ。

ネギのナムルは大根とは逆に辛みが効いてます。



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