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352. 花手折る悪魔 (ポレッタの場合)

今回はホラー的要素を含みます。


苦手なな方はとばしてもらってもお話しに支障はありません。


ポレッタのその後の話しです。




パーティーが終わりに近づき、ふつり、ふつりと大御所が退室し始めた。


自分より位の高い()()()()者達が席を立ったので ポレッタも部屋へと戻ることにする。


ローズ商会の主宰するパーティーは何度か出たことはあるが、『ラ・マリエ』には初めて来た。


ローズ商会の総頭、アス

宝石で有名なルピナス商会の会長 エルモンド・ランドルフ

繊維業界の権威、ダリア商会の会長ジャン・ド・アルバドス


この三人が認めた女がいると聞いて視察に来たのだが、それがまさか、あんな冴えない女だとは思いもしなかった。


(『サクラ』ね……あれならミケランジェリを使わなくても アス様に手が届きそうだわ)


サクラを誉め称える者が多いのには驚いたが、さりげなくサクラの評判を落としたポレッタは、したり顔を微笑みで隠しながら会場を後にする。


少しずつだ。

さもサクラの心配をするかのように見せかけて、自分を落とすことなく、疑われないように少しずつ サクラを貶めていく。

今までこのやり方で失敗した事などない。


会場を出たところで ベロニカがふらふらと前を歩いているのが見えた。

『バケモノ』発言の後、更に酒をあおっていたので、泥酔しているようだ。


(バカな女)


ポレッタはベロニカに近寄り声をかける。


「大丈夫ですか、ベロニカ様」


「触らないでよ!!」


ベロニカが心配げに伸ばしたポレッタの手を振り払った。


「キャッ」


ポレッタは 手を払われただけにも関わらず、大袈裟に突き飛ばされたようにその場に倒れこんだ。


近くにいた夫人が、それを見てポレッタに同情の意を示し、肩を抱き、立たせてくれる。


「大丈夫ですか、ポレッタ」


「ええ」


この夫人はたしかロメーヌ様……

ヴェランジェ辺境伯夫人。


辺境伯は中央から離れた田舎の伯爵ではあるが、大きな権限を認めらた地方長官であり、ポレッタ達のような単なる伯爵より上位で、侯爵に近い。

その上、ロメーヌは、お人好しで噂好き、好都合。


ロメーヌはポレッタを立たせる際、ベロニカに払われたポレッタの手を見て更に同情の言葉をかける。


「まあ!赤くなっているではありませんか!すぐに冷やさなくては」


これはベロニカではなく、倒れる時にポレッタが自分でやったのだ。


「いえ、私よりもベロニカ様を……」


自分よりも他人を心配するポレッタの言葉に周りが ほぅっ、と ため息をもらした。


「なんてお優しいのかしら、ポレッタは……あのような振る舞いをされて尚 ベロニカの心配をするなんて」


そうよ、私は お優しいのよ。


他人を落せば 自分はその倍上がる事が出来る。

他人が落ちた分が 比較され、自分の評判に上乗せされるからだ。


ここで大事なのは ()()()()()()()()事だ。

決して自分で自分を擁護するような事を言ってはならない。

決して()()()になってはいけない。


「ベロニカ様のことは任せて、手当ていたしましょう、お送りさせますわ」


「いえ、一人で戻れますから、ありがとうございます、ロメーヌ様、お心遣いに感謝いたします」


ポレッタは人の良さそうな顔を作ると、『それでは、失礼して……』と 申し訳なさそうに部屋へと向かった。


これで 田舎育ちのお人好しロメーヌは ポレッタの善行を美談として尾ひれ背鰭をつけてふれまわってくれるだろう。


「うふふっ///」


周りに人がいなくなると ポレッタは一人笑みを浮かべた。


″ジジジ……ジジ″


通路の燭台の光が揺らめく。


(こんなに暗かったかしら)


部屋に向かうためにラ・マリエの長い廊下を歩いていたのだけれど、歩みを進める毎に 段々薄暗くなっていく。


(おかしいわ)


その上、一向に部屋にたどり着かない。


(道を間違えたかしら?)


ポレッタは 少し戻ってみようかと 踵をかえした。


が――


(!?)


道が、ない。


振り向いたポレッタの後ろには 歩いてきたはずの廊下はなく、

足元にあるのは 深い闇の底だった。


(どういうこと!?)


″ふふふふっ″


不意に、愉しげに嗤う声が 聞こえた。


「誰?」


″あはははっ″


今度は、嘲笑うような声が響いてくる。


「どなたかいらっしゃるのでしょう!?」


ポレッタは仕方なく()へと進む。

道は それしかないのだから。


″クククク……″

″きゃははっ″

″クスクス……″


笑い声はあたりに響き、反射してポレッタに降り注ぎ、何処から聞こえてくるのかわからない。


″ウフフ……″


前からポレッタを誘うように聞こえ――


″アハハ……″


後ろの闇から追いたてるようにも聞こえ――


″ククッ……″


地の底からポレッタを引き込むようにも聞こえ――


(おかしくなりそう)


ポレッタを蝕むように じわじわと恐怖が侵食してくる。


「誰か、誰か助けて!!」


ポレッタは救いを求めて走り出した。


″あははははは!!″


「やめて!やめて!やめて!笑わないで!!」


(はあ、はあっ、、)


走っても走っても何処へもたどり着けない。

正体のわからない、まるで闇そのものに嗤われているような感覚に、ポレッタの正気が削り取られていく。


(何故こんなことに……)


怯えて走るポレッタの目の先に 希望が見えた。

今までと同じ風景の中に、誰かいる。

あれは……


(アス様?)


アスだ、アスがいる。

ローズ商会の総頭で、この館『ラ・マリエ』の主、若く美しく、謎に包まれたお方。

ポレッタが一番近づきたい人物。


アスに取り入ることが出来れば ポレッタの地位は絶大なるものになる。

ミケランジェリなんて 比べ物にならないくらい。


アスと二人きりで会えるなんて、こんなチャンスは滅多にない。


ポレッタは息を整えると、萎えた心を奮わせて、アスに近寄って行った。

小さく体を震わせながら、弱々しく か細い声で アスに話しかける。


「よかった、アス様に出会えて……こんな所で、私、心細くて……」


アスが ポレッタを見て微笑む。

その笑顔は 華やかで、艶やかで、美しく――


ゾッとする程 冷たかった。


「ひっ!」


ポレッタの心に戦慄が走る。


これは、()()()

人、なのか?

人がこんな表情(かお)をできるものなのか?

それはまるで デスマスク――


屍人(しびと)が笑ったような顔だった。


アスがポレッタに近づいてきて、ポレッタは後ろに身を引いた。

が、後ろに足場がないことを思い出す。


「そうよ、ポレッタ、後ろに()は ない――……」


ポレッタはゆっくりと 追い詰められる恐怖を味わう。


「こな、いで……」


これは本当にあのアス様なのだろうか?

押し潰されそうな威圧感に 立っていられず、ポレッタはヨロヨロと壁に寄り しなだれかかった。


アスが近づいてくる。

訳もわからず、ポレッタの目から涙が溢れてきた。


「アス……様……」


アスはポレッタのそばまで来ると、手を伸ばし、ポレッタの細い首を左手でつうっ、と撫でた。


「ひいっ!」


アスの手が ゆっくりとポレッタの首をたどり、顔を撫で、しなかやかな指で ツゥーッ、と 鼻の稜線を滑って 唇をくすぐる。


「あ///うっ、、」


アスの指先から紡がれる甘美な刺激と共に、虫酸が走るような嫌悪感が沸き上がる。


「アンタが本当に嫌なら逃げられるわ」


逃げ出したいのに、もっと触れてほしい……

吐き気がする程嫌なのに、無理やり体が起こされ、アスにいざなわれていく。

ポレッタはガチガチと恐怖に震えながらも、アスに惹かれ、体の奥からの熱に悶える。


アスはポレッタを撫でていた手で その細い首を掴むと、ゆっくりとポレッタを持ち上げていった。


「うっ、ぐっ、、」


ポレッタの足が地から離れ、つま先立ちになる。


怖くて、苦しくて、息がつまる。

なのに、美しすぎて 切なくなり、アスから目が離せない。


「怖い?ポレッタ」


名を呼ばれただけでゾクゾクする。


「あっ///ううっ、、」


すぐ目の前にアスの顔がある。


「苦しい?」


ポレッタの苦しみに歪む顔を見て 恍惚とした笑みを浮かべ、アスが嗤う。


「ふふふっ、泣いてもダメよ?アンタは()を間違えたんだ。アンタの後ろに戻る()はない」


アスの手に力が入り、ギリギリと 首が締めつけられ、ポレッタは死の恐怖の淵に立つ。


「アンタは美しいわ、ポレッタ。アンタの()()とっても好きよ。卑しくて、あさましく、小賢しい、自分本意な可愛いいポレッタ……だから 殺したりなんかしない」


「あ///ぐっ、、」


アスの息が ポレッタの唇にかかる。


「これからも大いに腕を奮ってもらうわ……でも、アタシの獲物に手出しはさせない」


アスの唇がポレッタの唇に重ねられ、快楽と共に()()を吸い上げた。


″ちゅる、、ゴクッ……″


アスは ポレッタの中にあるサクラとミケランジェリの()()を吸い上げると、貪るように ゴクゴクと喉を鳴らしながら 飲み込み、満足げに自分の唇を舐める。


「うふふ、美味しいわよ、ポレッタ」


「アス///様……」


ポレッタはアスによって産み出される 恐怖と悦楽に翻弄、支配され、溺れた。





手折(たお)る悪魔――


折った花は 渇き続け、満たされることはない。

適度に水を与え、枯れないように 腐らないように 生かさなければ勿体ない。


醜い心を育てましょう、イビツで毒々しく、華やかに。


この花はどこに飾ろうか

ローズの街か

プルメリアの港

デュランタの町でもいいわね


もうひとつの シークレット・ガーデン

そこは悪魔(アス)の 秘密の花園――






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