350. 豊穣祭へのプレリュード 4 (敵意)
サクラはドワーフ村のブースから離れた後も大変だった。
サクラの実演販売を見ていた商人の面々から 是非うちにとスカウト目的で声をかけられまくったのだ。
従業員(悪魔)の誘導のもと、商人たちを煙に巻きながら、サクラはバルコニーへと避難した。
(大人しくしとくんだった……)
あそこでベロニカさえ来なければ 売り子の一村民として、誰の印象にも残らずに 壁の柄のままでいられたのに。
スルーしようと思えばできたはずなのに、変なところで負けん気を出してしまった己が恨めしい。
反省。
バルコニーに出ると 春風に乗って 庭園から薔薇の香りが運ばれ来た。
壁を伝い、蔓を伸ばし バルコニーのすぐそこにも薔薇が咲いている。
春に咲くバラの花は大くて色が鮮やかだ。
華やかで、綺麗な形の花が咲き誇っている。
薔薇の館『ラ・マリエ』ではアスの魔力で年中咲いてはいるけどね。
サクラは深呼吸して 薔薇の香りを胸一杯吸い込んだ。
薔薇の香りに癒される。
いや、ほら、ローズアロマって、更年期に効くって言うじゃない?
たしかに、甘くうっとりするような濃厚な薔薇独特の香りに心がリラックスしてくる。
どこかスッキリとしたかぐわしさを感じさせる薔薇は その見た目の美しさも伴って、眺めていると自然と笑みが溢れてきた。
「逃がさなくてよ」
そんなサクラのほっと一息癒しタイムを邪魔する高飛車な声。
(……またか)
三度登場、七股女王蜂、ベロニカ様。
「何故貴女のような者が大きい顔をしてここにいるのかしら、あり得ないわ」
ベロニカはサクラを睨み付けて忌々しげに上から目線で攻撃してきた。
「中には貴女を尊重している夫人もいるし……」
え?そうなの?
「まったくもって、わからないわ」
ああ、前のパーティーの時にいた長期滞在者がまだいるのか。
残念ですがベロニカ様、それはアスの仕業です。
アスが造り出した理想像です。
悪魔の所業でございます。
人の力では敵わないかと。
本来の私は違いますよ?
「しかも、ワタクシが声をかけるのも戸惑うような名家の大御所ばかり……一体どんな手を使ったというの?」
ベロニカが嫉妬の目をサクラに向ける。
「家柄もなく、見た目がいいわけでも、若いわけでもないのに、、」
ストレートですねベロニカ様。
うん、いいです。
まだいい。
こういう面と向かって言ってくるタイプは 分かりやすくていい。
きっとこの人はこの人なりに大変だったんだな。
強い向上心と自尊心、自分の出来る力を振り絞り、のしあがり、今の地位まで上ってきた。
その理由や方法はどうであれ、己の信念を貫けるというのは 素晴らしいと思う。
ベロニカのようなやり方を良く思わない人も多いはず。
特に女性陣からは反感を買うやり方だ。
ベロニカの中では サクラがのほほんとその場所にいるのが赦せないのだろう。
真っ向勝負、言わないと気がすまない あんたは素直だよベロニカ様。
本当に怖いのは……
あっちだな。
サクラはベロニカを通り越して、会場の中に視線を移した。
先程から感じる突き刺さる視線、ゾクゾクするほどの悪意の元……
それを辿り、サクラが目しにたのは 敵意のこもった目をこちらに向けている ポレッタだった。
(ああいう女の人の方が怖い)
現に ポレッタのまわりにいる従業員(悪魔)が 嬉々としてポレッタの感情を味わいうっとりしている。
悪魔を酔わせる悪意ってどんだけよ!!
「ちょっと貴女、聞いてらっしゃるの!?」
ベロニカのキーキーとヒステリックな声でサクラは視点を引き戻された。
「申し訳ありません バルガス伯爵婦人(聞いてませんでした) あなた様のおっしゃるとおりでございます」
「はぁ?バカにしてるの?さっきみたいにワタクシを煙に巻こうとしてる訳!?」
「滅相もございません」
「なんで貴女なのよ……私のほうが若くて 美しいのに、なんで貴女なの?」
(なんか、デジャブ。
アイリーンに初めて会った時も同じこと言われたな)
サクラは アイリーンとの出会いを思いだして クスリと笑ってしまった。
ベロニカが自分が笑われたものと勘違いして 怒りの形相をみせる。
(あ、ヤベ)
「このっ!!」
ベロニカが右手を振り上げ、サクラは次にくるであろう衝撃に反応し、身を固くし、構えた。
平手がサクラの頬に――
……
……
こない。
(あれ?)
サクラが顔を上げてベロニカを見ると、ベロニカは手を振り上げたまま固まっていた。
その顔は驚愕と恐怖に強張り、ガタガタと体を震わせている。
「バルガス伯爵婦人?」
「き、今日のところは 許してさしあげるわ」
「どうかなさいましたか?顔色が悪いようで……」
「ひっ!」
サクラが一歩踏み出すと、ベロニカが怯えて息をのみ、その場にへたりこんだ。
腰を抜かしたようだ。
「えっ?」
「ひいいっ、バケモノ!!」
ベロニカは這いつくばって会場の中へと逃げ込む。
「バケモノ?……むぐっ!?」
ベロニカが会場の中に逃げ込むと サクラは何者かに口を塞がれ、そのまま連れ去られた。
◇◆◇◆◇
「バケモノ、バケモノがおりましたわ!!」
ベロニカは会場戻ると、青い顔をして近くで談笑していた夫人達の輪に助けを求めた。
「どうなさったの?ベロニカ、落ち着いて」
「エトワーヌ様、今バルコニーにサクラ様がいらして、賊が……」
ベロニカを支えて立たせた女性は エトワーヌ=フランドル伯。
数少ない女伯爵のうちの一人で、ふくよかでやさしく、サクラを支持してくれている一人だ。
「まあ!サクラ様が賊の手に!?それは大変……」
「いいえ、エトワーヌ様」
そこに入ってきたのは ポレッタだった。
「私も バルコニーの薔薇を眺めておりましたが、賊などおりませんでしたわ」
「そんな!!」
ポレッタは穏やかにベロニカの反論を抑え込む。
「ベロニカ様は少しお酒を飲み過ぎていらして、幻をみてしまわれたのですわ」
「いいえ、確かに……」
ポレッタは慈愛の笑みを浮かべ、さらに続ける。
「私が見ましたのは、サクラ様がいらして、賊などではなく、その……殿方と二人きりで……」
言いにくそうに、控え目な感じで、御夫人方の想像と興味を掻き立てるように。
「ミケランジェリ様をほおっておいて、別の殿方とあんなことを……」
ポレッタは自分の口からはこれ以上は言えないと顔を赤らめてみせた。
「まあ!」
「サクラ様が?」
「そんなことをなさるお方だっただなんて……」
と ご夫人方が噂を始める。
酒を飲んでいる上に、いつも奔放なベロニカに比べ、ポレッタは堅実誠実に見える分信頼がある。
そんなポレッタにベロニカが勝てるはずもなく、ベロニカの言い分は闇に葬られた。
ポレッタが見たものは嘘ではない。
美しいエルフが現れて サクラを拐っていったのだから。
ただ、少し色をつけただけだ。
無垢で優しく、飾らない心優しき聖女と美化されたサクラを貶めるために。
そう見られるべきは自分なのだから。
皆から暖かく見守られ、羨望の的にあるあの場所にいるのは自分がふさわしいのだから。
ベロニカが見たものもまた 嘘ではない。
美しきエルフの放つオーラは 魔王のごとき殺気を放ち、恐ろしく怒りに満ちたものだった。




