34. 無い知恵をしぼってみる ◎
接客業の方尊敬します。ほんと。
後書きに料理写真挿入しました(2021/8/8)
『 現世では『箸』を使うんだよ。』
シズエはそう言って 箸の使い方を教えてくれた。
『箸』は『橋』だ。
健康を願う気持ちをこめて 箸は食べ物を口に運ぶ。
箸は、幸せを橋渡しするもの。
共に食事をする者の幸せを願っている と。
イシルの幸せを願っている と。
なかなかロマンチックな事を言うんだな と思った。
シズエ、箸は 一本では使えないんだ。
共に生きる もう一本がなければ 幸せを運ぶことなんてできないだろ……
◇◆◇◆◇
「なんだい、そりゃ」
サンミが目を丸くしてサクラの作業を見ている。
シャッ、シャッと 軽快な音をたてて サクラがジャガイモの皮を剥く。
「秘密兵器です!」
バーンと 音が鳴りそうな程のドヤ顔で ピューラーを掲げるサクラ。
「こりゃいいね、キレイに剥けるよ」
サンミは剥き終わったジャガイモの表面の滑らかさと 剥いた皮の薄さに感動する。剥く早さにも。
「サンミさんにも買ってきましたから、使ってください。ローニさんにも」
ジャガイモもニンジンもりんごも梨もなんだって剥ける!
あ、基本果物は剥かないんだった、ここは。
「調子に乗って全部剥かないでおくれよ。ジャーマンは皮つきだからね」
「はーい」
『笑う銀狼亭』只今ランチ準備中。絶賛仕込み中である。
昨日、サクラは考えた。
森の中に一人で住んでいるイシル。
サンミに初めて会った時、イシルとは暫く会っていない風だった。
イシルは研究があるからと言って村に来ないが、あきらかに行きたくないのがみてとれた。
サンミはとくに何とも思ってないみたいだから、イシルのほうになにか引っ掛かりがあるのかな?
村の門番の事も気になる。
『あんた、もしかしてイシルさんのとこからきたのか?』
そう言っていた。
イシルを知ってるってことは、イシルは村にまったく来たことがないと言うわけではないんだ。
詮索するようなことはしたくはないが、一年後、サヨナラする時に イシルに一人でいてもらいたくはない。
村にはサンミもいるのだから、イシルが通いやすくなればいいんじゃないか?
それには原因がわからなければ……
でも、サンミに聞くのは何だか憚られる。
本人が言いたくない事を人から聞くって、どうよ?
うん。いやだな、それは。
大層なことはできないけど、先ずは自分がこの村の一員になろう。
コミュ力は高くないけど、相手に警戒心を持たせない自信だけはある。見た目がチョロいですから、はい。
と、いうことで、今日から接客業も頑張ります。
皆に顔を覚えてもらうのダ!
接客業はムズカシイ……と思う。
客の人数によって どうテーブルに案内するか、四人席に二人? 次も二人なら相席? 一人はカウンター、カウンター嫌だと言われたら?四人席に一人?外には待っている人が……あわわわわ
オーダーはいい。覚えるだけだから。
皿を下げるタイミングは?まだ皿に料理がのっている、でも明らかに食べていない。おしゃべりタイムに突入している。邪魔そうだ。下げていいか聞くべきか、聞かざるべきか……むむむむむ
と、考えてしまう。現世なら。
『笑う銀狼亭』は 言ってしまえば力業だった。
客に向かってサンミの声が飛ぶ。
「空いてるとこに勝手に座んな!」
「忙しいんだからね、取りに来な!」
「片付かないじゃないかぃ、喋ってないで食っちまいなよ!」
「揉めてんじゃないよ、つまみだすよ!」
サクラにこれが出来るはずもなく、初接客はヘロヘロだった。
「そのうち慣れるさ」
賄いを食べながら サンミが励ましてくれる。
いつもは夕方から手伝いに来るサンミの娘二人も早目に来た。サミアとミディアだ。
サンミ、ローニ、サミー、ミディーと共に五人で食卓を囲む。
テーブルの上にはマッシュポテトとチリビーンズ、パン、サラダ、煮込み肉、が どーんと並んでいる。
本日の賄いだ。
マッシュポテトにチリビーンズを混ぜて食べたり、パンにサラダとチリビーンズを挟んだり おいしそうなんだけど、サクラにとって芋は鬼門。昼は普通に食べるとは言っても 主食にはしたくない。
サクラの狙いは『煮込み肉』ビーフシチュー
柔らかく煮込まれたお肉に ちょっと酸味のあるデミグラスソースが絡まって 口の中でとろけます!
パンは控え目に 一つだけ。
ソースをつけてペロリと。
チリビーンズはサラダのレタスに巻いて パクリと。
「あぁ~!これ、ホットドッグの上にのせて食べたいっ!」
サクラが 「んー!」 と、悶絶する。
「チリビーンズをかい?」
「チーズものせてとろっと……」
挟んだパンの内側はしみだしたソーセージの肉汁とスパイシーなチリビーンズで少ししっとり、味がしみ、柔からい。
なのに、外側はあぶられ、キツネ色になって、パリッと香ばしい。
ソーセージにも焦げ目が香ばしくつき、噛むとぱしゅんと弾けるの。
そこにはたっぷりチーズがかかっていて、これまたトロトロチーズの場所と、かりっと焼けたチーズの味わいの変化があってさぁ、
「はぁ~贅沢~」
うっとりと妄想しているサクラに サンミが忠告する。
「あんた、ヤローの前で その顔するんじゃないよ?」
「は?」
「まったく、無防備なんだから」
でもチリドッグは採用するようだ。
「あ、そうだ これ、皆さんに」
サクラは四人にプレゼントを渡す。サンミには色々お世話になったから現世で用意したのだ。
「紅じゃないか!しかも上物だね!」
サンミさんには 真っ赤な口紅を。マットなやつ。キリッとカッコいいイメージだから。
ローニさんには 少しパープル系の赤。これもマットなの。オトナな感じだ。
サミーさんは女性らしいからローズピンクツヤあり。
ミディーさんは元気な感じだからオレンジツヤありにした。
みんな気に入ってくれたようで、サミーとミディーは早速つけて「プルプルだわ」「ツヤツヤ!」と はしゃいでいる。
その夜の『笑う銀狼亭』の客入りは 三割増しだったとか……。




