338. チーズタッカルビ
「腹へった」
ドワーフの村にある旧イシル邸でこってりと絞られ、とろとろに蕩けて疲れたサクラが 家に帰ってきてくらったランの第一声がこれだった。
……疲れてるのに
「肉食いたい、肉!」
「そうですね、朝も昼もパンでしたから、お肉、食べましょうか」
「すぐ食えるヤツな」
これから食事の支度か、やれやれ
「はい、すぐ出しますから席についてください。あ、サクラさんもいいですよ、焼くだけですから」
サクラと違い、イシルは上機嫌だ。
ですよね、聞きたいことが聞けて 今までサクラを独り占めして、会えなかった時間を埋めるように離さなかったんですから大満足ですよね。
ラブラブ充電満タンのご様子です。
サクラはドキドキしっぱなしで 自分を保つのに力を注ぎ、心理的にダメージが……
イシルはキッチンの下の開き戸をあけると、調理器具を取り出し テーブルに乗せた。
それは――
″ホットプレート″
「……」
色んなものが出てきますね?
未来の世界の猫型ロボットですか?
「……シズエさんが持ってきたんですか?」
「ええ」
イシルが電気魔法をかけ ホットプレートに熱をいれる。
「これなら焼きながらすぐ食べられますから」
取り皿と箸を準備しながらイシルが答える。
「なんだ?なんだ?焼き肉か?」
ランは既に箸を手にまちかまえている。
まだ、なんも乗ってないよ?
「チーズタッカルビです」
チーズタッカルビとは、ぶつ切りにした鶏肉とニンジン・タマネギなどの野菜を、甘辛いコチュジャンをベースにしたタレをかけて鉄板の上で炒めて、チーズにからめて食べる料理。
流行ったのは3、4年前だと思ってたけど、シズエ殿がここにいた頃にもあったのか?
てことは、イシルさん、コチュジャン、作ってる?
「もしかして、イシルさん、キムチも浸けてます?」
「はい」
ですが、なにか?というイシルの顔。
「……いえ、今度豚キムチ鍋が食べたいです」
「いいですね、暖かくなる前に作りましょう」
イシルがホットプレートにごま油を足らす。
しばらくすると油がなじみ、香りがたってきた。
そこに野菜を投入する。
″ジュワッ……″
キャベツ、たまねぎ、ピーマンが ごま油で香ばしく炒められる。
野菜の 甘い香り……
「ん~///」
ごま油が絡んで野菜がつやつや光る。
サクラのお腹が 早く食べたいときゅーっ、となった。
胃袋が、タッカルビを入れる場所をつくるように動いたようだ。
野菜に美味しそうな焼めがついたところで、イシルがコチュジャンで味付けされた鶏肉を 野菜の上に乗せた。
″ジュワワワ……″
水分を含んだタレが 鉄板の上で弾ける。
その音と共に、コチュジャン甘辛いタレの香りが部屋に立ち込めた。
ニンニクの香りが更に食欲をそそり、よだれが……
″ごくり″
カラダが早くと欲している!
″ぐゅるるるるる、ぎゅるるるる……″
「!?」
なんの音かと鉄板から顔をあげれば、目の前ではランが盛大に腹の虫を鳴らし、食い入るようにホットプレートを見つめていた。
「ラン、凄いね お腹の音……」
「今日はしごかれたからな、リベラめ……もう、生でも……」
「だめですよ」
イシルがクスリと笑いながら鶏肉と野菜をかき混ぜる。
″グツグツグツグツ……″
野菜からも水分が出て、旨味が溶け混ざり、肉にも香ばしく焦げ目がついてくる。
″フツフツフツフツ……″
「この匂い……ううっ、拷問だぁ……」
ランに同感です。
「そろそろですかね」
「おうっ!」
イシルの言葉にランが待ちきれず 箸を出した。
が、ぴしゃりと止められる。
「仕上げがまだです」
「にゃうん(涙)」
「美味しく食べたいでしょう」
イシルはホットプレートの上のタッカルビを真ん中から分けると、端と端に寄せ、真ん中に同じ幅程の空間を作った。
入れるのは モッツァレラチーズとチェダーチーズ、二種類のチーズが半分ずつ。
「シズエの奥方が『冬ソナツアー』なる旅行に行かれた最、『タッカルビ』を召し上がったとかで、旅先の春川の名物料理である『タッカルビ』を仕込んで お裾分けに持たせてくれてたんですよ」
白のモッツァレラとオレンジのチェダーが ふつふつとあたためられていく。
「シズエからおそわったのはタッカルビでしたが、サクラさんが持ってきた本に それにチーズを乗せた このような絵がのっていましたので、一度やってみたくて」
成る程、それで知ったのか『チーズタッカルビ』
これこれ、これです、このビジュアル!
チーズタッカルビと言えばこの、真ん中にチーズの川。
やってみたくなる気持ち、わかります!
「完成です、どうぞ」
イシルからようやく許可がおりた。
「「いただきます!!」」
チーズはモッツァレラとチェダーがわかれているので、まずはまぜこまないで モッツァレラチーズをつけてたべる。
″とろ~ん″
白いモッツァレラはのび~る、のび~る!
くるくるっと巻き付けて、口に入れる。
「ぱくっ、はふっ」
塩分控えめモッツァレラの淡白な味。
淡白なのにミルクのコクがあり、甘辛いタッカルビをやさしく包み込む。
「ん~///」
ピリ辛コチュジャンになんてあうんだモッツァレラ!!
鶏肉のぷりんとした歯応えと、からみつくチーズ。
熱のとれてきたモッツァレラのもっちもっちとした感触もイイ!
「美味ひい///」
次はチェダーチーズの泉へダイブ。
チェダーチーズをつけて食べる。
″とろ~り″
とろとろと、タッカルビにからみつくとろけたチェダーチーズ。
「はむん、あぐっ」
濃いチーズの味が口に広がる。
かむたびに食材に絡みつき、一体となり、チーズくささが鼻にぬける。
「う~ん///」
少し酸味があり、シャープな味のオレンジ色のチェダーチーズ。
ハンバーガーとかにもよくはさまれているチーズです。
料理との相性バツグンですよ!
さあ、本気で参ります。
モッツァレラとチェダー、ふたつを一度に通過する。
鶏肉と野菜を箸で掴み、チーズの川を上流から下流へすべらせる。
″とろとろ~ん″
トロ〜リチーズにおぼれる幸せ!
モッツァレラチーズは程よい溶け具合や伸びをみせ、そこにチェダーチーズの食欲をそそる鮮やかなオレンジの色合いがマーブル模様を描き、美味しそうに焼きめのついた鶏肉に装いをつけ、口に運ばれるのを待っている。
「はぐっ、むぐ、、」
二層のチーズの絶妙なブレンド。
とろ~りとろけるたっぷりチーズ。
「ふふっ///」
甘い鶏肉、キャベツ、玉ねぎを一緒に頬張る。
鶏肉は 甘いタレが焦げ、その部分がアクセントになり香ばしく、キャベツと玉ねぎと一緒に噛むと、野菜の甘みも一緒に感じられる。
なんて複雑で魅惑的な味!
口にひろがる旨みとコク、その後に刺激的に感じる辛さ!
そこにまろやかなチーズさんんっ///
とろけて絡まるるチーズとの相性抜群はもちろん、柔らかい鶏むね肉のジューシーなこと!
「はぁ///」
チーズのおこげがまたおいしい!
鉄板にくっついた ちょっとカリカリになったおせんべいのようなチーズが香ばしくておいしいっ!
今日も、やられた……
目の前では熱いにもかかわらず、ランががんばって頬張っている。
イシルもニコニコしながら口に入れる。
「あ、サツマイモ」
チーズタッカルビには短冊切りしたサツマイモが入っていた。
「ええ、合うんですよ、これが。サツマイモは糖分もありますが、食物繊維もたっぷりです。少しは食べても大丈夫でしょう」
では、遠慮なく。
「はむ、ほくっ」
甘いサツマイモはほくほく、チーズとあまじょっぱミスマッチうまうま!!
「やっぱり芋はおいしいですね///」
イシルさんの料理は特に美味しい!
だがしかし、ランの胃袋はまだ満足していないようだ。
「おかわりないの?」
ランの言葉に、待ってましたとイシルが立ち上がり、何かを取りに行った。
「チーズタッカルビの後は、決まっています」
イシルは食べ終わったタッカルビの中に 持ってきた麦ご飯を投入する。
「「炒めごはんんっ///」」
しめは炒めご飯『ポックンパッ』
韓国式チャーハンといったところか。
イシルが鉄板の上でご飯を炒める。
鶏肉と野菜のおいしいエキスとコチュジャンベースのタレを吸ったご飯が赤く色づいていく。
空いた鉄板の上で 玉子を割り、玉焼きも焼く。
「追いチーズ、しますか?」
「「する!」」
イシルは炒めたご飯を中央にまとめ、ドーム型にすると、隣で焼いていた目玉焼きを ひょいっと乗せた。
もう、このビジュアルだけでも美味しそうなのに、ご飯の回りに 追いチーズ///
″とろ~っ″
ぎゃー///
アイラブチーズ!!
今日はとろけるだけとろけきってやる!
そんな日があってもいいさ!
サクラもランも チーズと一緒に イシルの料理にとろとろにとろけて一日を終えた。




