334. スーザンのドリップコーヒー ★
挿絵挿入しました(3/2)
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サクラは二階のロフト席から 注文に行ったイシルと店員のスーザンがコーヒーをいれるのをぼんやりと眺めていた。
イシルがスーザンの隣でミルを使いガリガリと豆を挽いている。
今のところ客がいないので、手伝ってるのかな?
スーザンの淹れるコーヒーはドリップ式。
スーザンはペーパーフィルターのシール目を折り曲げると、ドリッパーにセットした。
イシルがミルで挽いたコーヒー豆を スーザンはティースプーンで山盛り3杯入れると、全体にムラなくお湯を注ぐために、トントン、と器具をゆらし、粉の表面を平らにならす。
イシルがそれを隣で興味深そうに眺めている。
″カシャン……″
スーザンはコーヒーケトルを手に、コーヒーを『蒸らす』ための少量のお湯を、そっと乗せるように注ぎ、粉全体に均一にお湯を含ませてから少し待った。
注ぐお湯の温度は沸騰させて少し落ち着いてから。
サーバーにポタポタとお湯が数滴落ちてくるくらいが蒸らすお湯の量の目安だ。
″タパタパタパ……″
細く、長く。
20秒程の『蒸らし』の後、コーヒーケトルから途切れないよう細く湯を注いでいく。
コーヒー粉の中心に、小さな「の」の字を描くように注いでいくと、粉がふわっと泡立って膨張し、香りがひろがった。
(いい香り……)
吹き抜けの二階にいるサクラのところまで コーヒーのかぐわしい香りがたちのぼってきた。
うん、吹き抜けにしてよかった。
コーヒーの香りに包まれて とっても、贅沢な気持ちになる。
お湯は中心に真上から三回に分けて注いでいく。
一度目はたっぷりと。
粉が膨張したら泡が消えないうちに二度目を注ぐ。
二度目はさっきの半分。
細く、ゆっくりと注がれる湯は、じんわりコーヒーに行き渡り、時間をかけて抽出され、深く濃い味を引き出す。
あっさり飲みたい場合は一気に湯を注ぐといい。
三度目はさらに半分。
ポタポタとコーヒーがおち、ガラスポットの中に琥珀色の泉が出来上がった。
コーヒーが落ちきる前に三角のドリッパーをはずす。
コーヒーの香りに酔っていると、スーザンが淹れたコーヒーを持ってイシルが戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
サクラは香りを楽しみ、コーヒーを口にした。
″こくん″
コク深く、しっかりとした味わい。
キレのある苦みがたまらない。
それでいて 雑味のない、クリアでまろかやな香りを放ち、スーザンのコーヒーはサクラを魅了する。
「はぁ///」
コーヒーサイフォンで淹れるコーヒーは、手順さえ間違わなければある程度誰でも同じ味がだせるが、このドリップ式コーヒーは淹れる者によってまるで味がかわってしまうのだ。
スーザンの珈琲は ため息が漏れるほど美味しかった。
「他に客が居ませんでしたからね、挽きたてを淹れていただきました」
知ってますよ、見てましたから。
楽しそうに挽いてましたもんね、豆。
「美味しく淹れるコツは 注ぐお湯の量とサーバーに落ちるコーヒーの量が同じになるように意識することらしいです」
「へー」
プロの仕事は美しい。
ソフィアのお付きであり、女家庭教師であるスーザンの コーヒーを淹れる手つきは さすが、教え手であるだけあり、洗練された美しい姿をしていた。
イシルは隣で楽しそうにそれを見ていたのを サクラは二階から見ていた。
「ドリッパーの中に注いだお湯の量を一定に保つように ポットを傾けることがおいしく淹れるポイントだそうです」
「そーなんですかー」
スーザンは、とてもいい顔で 楽しそうにコーヒーを淹れていた。
好きなんだろうなお茶を淹れるの。
見ているこっちも その顔に癒されるような、ふわんと包み込むような空間を作り出していた。
顔がどうこうではなく、コーヒーを淹れているスーザンは すごく、、魅力的だった。
イシルも 隣でいい笑顔だったし。
「コーヒー豆を十分に蒸らすことが美味しく淹れるコツだそうです」
明らかに空返事のサクラにもおかまいなく、イシルはウキウキと話を続ける。
「コーヒーは最初の一滴が美味しいから、最後の一滴を入れてはいけないそうです。アクや雑味が一緒におちてしまうから、途中でドリッパーを外して……」
「……楽しそうでなによりです」
ちょっぴりむっつりなサクラ。
しかしイシルはさらに機嫌よく、「ええ」と肯定し、満面の笑みを浮かべた。
「これでサクラさんに 美味しいコーヒーを淹れてあげられます」
「へ?」
イシルがサクラを見つめて笑う。
「どうかしましたか?」
「いえ///」
そうきたか!!
「それと、今日はランは来てないのか、この後来るのかしつこく聞かれましたよ」
「ラン、ですか?」
「ええ、いつも一緒に何してるのか聞かれたので ロールキャベツを一緒に作った時の話しをしたら 嬉しそうでした」
「そう、ですか……」
イシルが、明らかに安心した風のサクラを見て、頬を染める。
「気分がいいですね、ヤキモチ焼かれるのって」
「なっ///何言ってるんですか、別にヤキモチなんか……」
「可愛いです」
「違うって言ってるじゃないですか///」
「かわいい」
「ぐっ///」
ほくほく顔のイシルさんも可愛いです。
◇◆◇◆◇
程なくすると、マーサのパン屋は混みだして、レジの前に客が列を成してきた。
コーヒーができるのを待つ客のための番号札が大活躍だった。
「自分で提案しておいて何ですが、こんなに美味しいコーヒーなら紙コップで飲むの勿体ないですね」
コーヒー好きのサクラとしては スーザンに申し訳ない気がしてきた。
貴族なら尚更 いいカップで飲みたいものでは?
マ◯セン、ウエ◯ジウッド、◯イヤルコペンハーゲン……
現世ならそんな感じ。
形から素材、飲み口の厚さまで コーヒーを楽しむために考えられた名器達。
「大丈夫ですよ。見てごらんなさい、コーヒーを待っている人達を」
イシルに言われてサクラが二階から下を見下ろすと 客は渡された紙コップのコーヒーを見て目をキラキラさせている。
「あ、マイボトルの人がいる」
「彼女達は今、テイクアウトのコーヒーをいかに自然に持てるかが流行りらしいですから。それに……」
今度は席についてコーヒーを飲む人を見る。
「十分美味しそうに飲んでますよ?」
ほんとだ。
「雰囲気も食事のうちです。屋台でも皿ではないほうが美味しく感じますよね?サクラさんは料理人では出せない 素敵な調味料を加えてくれたんですよ」
イシルの言葉は魔法の言葉。
いつもサクラを前向きにしてくれる。
「気になるようなら店内だけでもカップにするか マーサに提案してみましょう」
「ありがとうございます///」
席も混んできたので サクラとイシルは席をたち、外へ出るために階段を降りる。
「僕はこの後 メイの薬草園に顔を出すつもりですが、サクラさんは……おや、珍しいモノがいますね」
会話の途中で、イシルが行列客の中に 何やら感じ取ったようだ。
「何ですか?」
「付喪神がいます」
「付喪神って、道具に宿る神ですか?」
「そうですね、長く愛された道具に魂が宿るんですが、、アスの魔力を感じます。またおかしな事を始めたんですかね」
「どこですか?」
「あそこです。今会計を済ませて……サクラさんからは見えませんかね。子供サイズですから。ああ、出てきました」
イシルに言われてサクラはトコトコ歩いて出口に向かうソレを見た。
(なっ!?)
「可愛いですね、クマのぬいぐるみのようですよ?」
(なんで!?)
「随分愛されたんですね、ボロボロじゃないですか」
(なんでアールが!?)
サクラが目にしたのは ミケランジェリの館で出会った クマのぬいぐるみのアールだった。
イシルは何かが気になったのかアールを追いかけて寄っていく。
(いいいいイシルさん!?)
イシルはパンを抱えるアールに寄ると、何やら話をして、ベンチへと連れだって歩いていった。
サクラも慌てて後を追う。
アールがサクラに気づき、「あ……」と声をかけてきそうな素振りをみせたので、サクラは慌てて イシルに見えないよう、「シッ」と口に人差し指をあててそれを制した。
イシルがアールをベンチに座らせる。
「随分体を酷使したんですね、ほつれてわたが見えていますよ」
「すみません、ありがとうございます」
イシルは針と糸を取り出すと、ベンチに座らせたアールの脇のところをチクチクと縫い始めた。
ああ!お母さん!!
「アス様に動けるようにしてもらったんですが、まだ体を動かすことに慣れなくて」
「そうですか……アスも入れ込むだけじゃなくて 補強までしてくれないと、、気が利かないなぁ」
「いえ、アス様には感謝してます。お陰様で主人と直に話すことが出来ましたから。今まで話を聞くことしか出来ませんでしたし」
「それはよかったですね」
いやいやいやいやイシルさん、ほっこりしているところなんですが、アールの主人はミケランジェリですよ?
てことは、ミケランジェリも来てるってこと!?
(何してくれてんだアス!!ホウレンソウが成されてないぞ!?)
ホウレンソウ。
報告・連絡・相談
仕事のパートナーならやってくれなくちゃ!!
サクラはアールを縫うイシルに確認する。
「イシルさんは薬草園に行くんですよね?」
「ええ、彼を縫ったらそのつもりです」
「私、アスと打ち合わせしなきゃいけない事があったの忘れました!!」
「そうですか?なら薬草園はまたにして……」
「いいえ!イシルさんはアールをくまなく診てあげてください。そしてその後は薬草園へ。アスのところには 私、一人で行けますから!!」
「サクラさん?」
「カクレンボウします!」
サクラは『カクレンボウ』すべく、ほんわかな二人を置いたまま、アスの館『ラ・マリエ』へと駆け出した。
「かくれんぼう?」
イシルがはてな顔でサクラを見送り――
「……アール?」
くまのぬいぐるみを見た。
カクレンボウ。
確認・連絡・報告です。




