333. マーサのパン屋さん ◎
後書きに料理写真挿入(2021/8/24)
サクラとイシルは銀狼亭を出てマーサのパン屋へと向かった。
″カラリン″
マーサのパン屋のドアを開けると、客の来店を知らせるベルが鳴り、 パンの焼けるやわらかい匂いと共に 香ばしいコーヒーのかおりが漂ってきた。
そう、ここではお茶が飲めるのだ。
焼きたてのパンを食べながらのコーヒー。
ビバ!カフェスタイル!
大きな梁が見える、木の優しさ溢れる素朴な造りの店内は 二階まで吹き抜けの天井で、二階にはロフト席があった。
コーヒー好きのサクラの希望の光をつめこんだマーサのパン屋さん。
ここでも人件費削減、カウンターマイセルフ番号札方式。
客はカウンターで注文し、飲み物は番号札を受け取って、札が光れば受け取りにいくのだ。
コップはサクラが教えた紙コップだし、カウンターで受けとれば二階のロフト席に持っていって食べられる。
テイクアウトすれば 外のベンチでも飲める。
水筒を持ってくれば それにコーヒーや紅茶を入れて 旅にも持って出掛けられちゃうってスンポーですよ!
水筒でもいいですが、勿論専用マイボトル、売ってます。
ス◯バですか?
ド◯ールですか?
タ◯ーズですか?
エ◯セルシオールですか!?
いや、サクラが提案したんだけどね。
マーサのパン屋の営業時間は 朝が早い。
マーサは娘と二人でパンを焼くついでに朝早く旅立つ客の対応をしている。
おかげで朝が楽になったとサンミが言っていた。
サクラとイシルがやって来たのは モーニングがそろそろ終わる時間帯だ。
貴族は朝早くは買いに来ないし、商人はそろそろ仕事の時間だから この隙間の一番暇な時間を見計らってやって来たのだ。
「おや、サクラ、イシルさんも、いらっしゃい」
「こんにちは、マーサさん」
「何にするね」
入り口を入るとすぐにカウンターだ。
入り口からL字型にカウンターが設えてあり カウンターの下にあるショーケースに 美味しそうなパンが並んでいる。
こちら側はガラス張りで、言えば向こう側で店員が取ってくれる方式だ。
カウンターにいるマーサの後ろの棚には食パン、フランスパン、ロールパンなどのテーブルパンが並んでいた。
サクラとイシルはショーケースからパンを選ぶ。
品数が結構あり、どれも美味しそうで目移りしてしまうなぁ。
マーサにはサクラが現世から持ってきたパンの雑誌を渡してあったが、マーサは現世の文字は読めないから サクラが「こんな感じ~」と 説明しただけだったのに、凄い再現度だ。
(カレーパンは食べるとして……)
麦の穂の形をした ぱりっぱりのベーコンエピ!美味しそう!
ウインナーロールはふわふわロールパンがくるくるとウインナーに巻き付いている。
ちょっと甘めのロールパンとウインナーか、、捨てがたし!
ツナフランスは ぼってり丸いフランスパンの中に ツナとタマネギのフィリングがぎっちり詰まっているのが 上部の切り込みからのぞいている。
ああ、ハムチーズのホカッチャも美味しそう、生地にブラックオリーブ入りですか……
(選べん……)
包み系の隣は乗っけ系。
具材を乗っけて焼き上げてあるパンだ。
ツヤツヤと甘いコーンがたっぷり乗ったコーンマヨネーズは子供が好きそう!
あっ、あれはオニオンチーズ!
ゴロゴロブロックチーズがぽこぽこのっててオニオンがこんがり、絶対美味しいやつだ!
手が込んでますね~、パイ生地にこってり乗ったエビグラタンパイがこんがり焼かれてサクラを誘う。
シンプルにガーリックフランスとかも食べたいんですけど……
「カレーパンと……」
サクラはイシルをチラリと見る。
「好きなの選んで下さい。早めのお昼だと思えばいいですよ」
イシルがサクラの罪悪感を払拭し、サクラはそれに乗っかった。
「……チェリーパイで」
お昼どころか一気に3時のおやつまで行っちゃいました。すみません。
サクラとイシルはコーヒーと一緒にパンを受け取ると 二階席へと上がっていった。
カウンター席もテラス席もあったが、客の入りも見たいので サクラとイシルは店内を見下ろせる席へと座った。
紙コップが受け入れられてるかも心配だ。
「いただきましょう」
「いただきます」
マーサのカレーパンは揚げパンタイプのカレーパン。
サクラが教えたからね、定番の形、ラグビーボール型っていうのかな?
二人して カレーパンにかぶりつく。
″カリッ……あぐっ″
さくっと上がったころもの歯応えの後、ふかっ、と パンの柔らかな食感と共に小麦の香りが口の中に広がった。
噛みちぎると もっちりと弾力があって、噛みごたえもいい。
「ん~///」
少し甘みのあるソフトなパン生地に包まれているカレーは 欧風ビーフカレー。
ルーは銀狼亭のものと同じだが、肉をポークからビーフにかえ、野菜をしっかり炒めてトロトロに煮込むことで野菜の甘みを引きたててある。
町の洋食屋さんを思わせる味だ。
「ああ、好きな味だぁ///」
パンに包みやすいように具材は小さめにしてあり、その分水分の少ないカレーのルーをしっかりと抱き込んでいる。
しかし、肉は大きめだ。
しかも、肉がとろっとろにカレーで煮込まれていて、牛の旨みが惜しみ無くカレーにとけだしている。
サンミさん、あんたいったいどんだけ仕事してるの!?
″カリッ、もぐっ、、″
何てうまいんだカレーパン!
パンにカレーが染みてる部分も旨い!
気分がカレーだったから 欲求も満たされて幸福感倍増中!!
「ん~、美味しいぃ///」
ぺろりと一個食べちゃいましたよ。
名残惜しいが、ここは一個で我慢。
だって、次があるから。
お待たせしました、チェリーパイ。
甘い系のパンもいっぱいあったんですよ。
シナモンロール、ブリオッシュのクリームパン、チュロス……
カレーパンでも糖質が気になるのに、甘いパンは沢山は食べられない。
でも、どうしても食べたかったんですチェリーパイ!!
「イシルさん、半分食べてくれますか?」
「勿論、そのつもりで、フォークは二本用意してもらいました」
そう言ってイシルはフォークを二本取り出した。
ありがとうございます、イシルさん。
よくわかってらっしゃる。
″サクッ″
チェリーパイにフォークをたてる。
パイ生地は層になった折りパイではなく、さくほろな練りパイで薄く包み込む感じだ。
少し暖めなおしてあり、中のチェリーがとろっとしている。
「あむっ、もぐっ」
″さくっ、とろ~っ″
甘酸っぱ~い!!
サクホロの生地の中に爽やかな酸味と甘さのチェリーが これでもかと言うほどごろごろしていて、そこにちょっぴりシナモンが香る。
「ん~///」
酸味の強いサワーチェリーに 思わず顔が″きゅっ″となった。
アメリカではスーパーでも買えるほどおなじみだが、日本ではチェリータルトは多くても この カントリー調のがっつりチェリーパイは中々売っていないのだ。
イシルと二人で 1つの皿の上のチェリーパイをつついてたべる。
食べさせっこではないんだけど、お互いが身を乗り出して距離が近い。
これはこれでなんだかくすぐったいな。
「マーサさんはデザートまで作れるんですね」
素朴なパンもコジャレたパンもあって、マーサさんは器用だなぁ~
「これを作ったのはマーサじゃないですね」
「そうなんですか?」
「ええ、サクラさんが教えてくれたおかずのパンはマーサですが、貴族の好きそうな甘いパンやパイなんかは……ああ、来ました、彼女です」
″カラリン″
2階のロフト席から下を見ると、一人の女性が入ってきたところだった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう、スーザン」
行儀見習いのために『ラ・マリエ』に残ったソフィアの女家庭教師のスーザンだった。
アルバイト募集でやって来女性とはスーザンのことだったのだ。
スーザンはエプロンをつけながら、二階席にサクラとイシルを見つけると ちょっと頬を染めて軽く会釈をした。
「彼女のいれるコーヒーは美味しいらしいですよ?もう一杯飲みますか?」
「あ、はい」
イシルはコーヒーを頼むために一階へと降りていく。
サクラはその様子を二階のロフト席からぼんやりと眺めていた。
(女の人増えたなぁ……)
ドワーフの村にサクラが来た頃は 人間の女性は珍しかったが、今は貴族も含めて沢山見かけるようになった。
イシルを見て 顔を赤くしない女性はいない。
スーザンも 同様に頬を赤く染めながらイシルから注文を受けている。
(気持ちはわかるよ)
サクラだって、イケメンが目の前にいたら 好きとか言う前にきっと見とれてしまうから。
だけど……
(やっぱり複雑だなぁ……)




