329. 御礼参り
次の日、サクラは再びオーガの村を訪れた。
まずはシャナだ。
シャナがどうしているかが気になる。
自分を責めてないと良いのだが……
「サクラさん!!」
「うわっぷ///」
シャナの麺工房に足を踏み入れたとたん、強烈な爆乳攻撃を喰らった。
「うっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
シャナである。
シャナはサクラを見たとたん抱きついてきた。
サクラは正面からシャナにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
(息が、、息が出来ん!!)
「シャナさ、、苦し、、」
胸に埋もれて窒息死……
これは、シアワセ?
「きゃあ!ごめんなさい!」
あわててサクラを放したシャナの顔を見ると 涙でぐしゃぐしゃだった。
「ごめんなさい、私、私、、」
シャナがううっ、と嗚咽をもらし、ごめんなさいを連呼する。
どれだけ苦しかったか、、
どれだけ悩んだか、、
どれだけ自分を責めたかが伝わってくる。
「いいんです、何もなかったんですから」
その姿が小さい女の子のようで、サクラはよしよしと シャナの頭を撫でた。
シャナはサクラをかばってくれた。
マーキスを諦める事まで考えてくれたのだ。
それがどんなに辛い決断だったか、それを思うと胸が痛む。
「そんなわけにはいかないわ、ほんとにごめんな、、」
「ソレ以上言ったら乳もみますよ」
「は?」
シャナの″ごめんなさい″を遮るサクラの言葉に驚いてシャナがキョトンとした顔をした。
「もう謝罪は十分です」
「でも……」
「揉まれたいですか?」
サクラが手をわきわきさせる。
シャナの″ごめんなさい″が ようやく止まった。
「こういう時は『ごめんなさい』じゃないです。マーキスには会えたんですよね」
「ええ」
「じゃあいいです。私は友達のために役に立てて、今 スッゴく嬉しい」
サクラがニマッと笑った。
もう、おわり!と。
「サクラさん……」
「庇ってくれてありがとう、シャナ」
サクラの言葉にシャナが顔を赤くし、今度は笑い泣きみたいな顔になる。
「……ありがとう///サクラ」
「よしっ」
やっと、心から笑えたんだね、シャナ。
「サクラはミケランジェリを許したのね」
「アスから聞いたの?」
「ええ」
「許すも何も、私大したことされてないし……シャナにしたことは許せないけど、何て言うか……」
「うん、いいの。アスが『アタシに任せて欲しい』って言っていたし、もう会わないだろうから、忘れるわ」
ミケランジェリのおかげで、みんなに……
『友達』に出会えたし、と。
「そっか」
アスはシャナの事もちゃんとフォローしてくれてたんだ、ありがたいな。
そういえば アスはミケランジェリをどうするつもりなんだろう、明日にでも『ラ・マリエ』に顔をだそう。
お昼を一緒にと言われたが、今日はまだやることがあるのでお断りした。
シャナは残念そうな顔をしたが、また改めてご馳走してくれるとのことで、こりゃ美味しいし中華が期待できそうだ。
中華ならみんなでワイワイ女子会したい。
そう言うとシャナも大賛成で、いい笑顔をくれた。
「マーキスにも会ってやって」
シャナがマーキスを召喚する。
緑の光の粒子が巨大な卵形に集まったかと思うと、パァンと弾けてスマグラディー・ホークが現れた。
″ピーヨ!″
美しいエメラルドの羽を持つヨモギ餅……
「マーキス!」
マーキスはサクラを見ると くくっ、と 首をかしげた。
″ぴぃ!″
そして、おぼえていたのか、サクラにグイグイと頭をこすりつけてくる。
サクラはマーキスの首に腕をわまし、首のところを撫でながらもふっと抱きついた。
「よかったね マーキス」
水鳥にあるダウンのようなフカフカなマーキスの胸毛に埋もれるサクラを そばでイシルとシャナが目を細めて見守る。
(サクラさんが――)
(マーキスが――)
((二人いる))
二人とも、もっちり、かわいい……
◇◆◇◆◇
サクラとイシルはシャナの麺工房を出ると、各製造所へはまわらず、露天市場へとやってきた。
あの漢方薬屋、
サクラに予言をくれたゴルゴン族の男を探して。
だが、そこに あのゴルゴン族の男の店はなかった。
「端までざっと見てきましょうか」
イシルがサクラを抱えようとしたので サクラは慌てて身を引いた。
「私、ここで待ってます」
「一人で大丈夫ですか?」
この前のことがあるからイシルは心配そうだ。
「……GPSがついてますから」
イシルがハテナ顔したので ペンダントの紐をつまんで見せる。
イシルの髪で編まれた イシルの魔力のこもった金糸だ。
この紐の場所が イシルにはわかる。
「わかりました。それでも ここを動かないで下さい」
そう言ってイシルはサクラをそこに待たせて露天市場の端まで店がないか見に行ってくれた。
「お嬢さん」
イシルがいなくなったのを見計らったかのように サクラは男に声をかけられた。
「あ!お兄さん」
あのゴルゴン族の男だった。
「探してたんですよ~お店、出してないんですか?」
「ああ、次の町へ行こうと思って昨日店をたたんだんだが、朝出発しようとしたら お嬢さんが来るのが視えたんでね」
「会えてよかったです。あの、見料は……」
サクラは持ってきたお札を取り出し、小銭を手に握る。
「いらないよ」
「え?」
「俺の先読みは当たらなかった」
「ん?ペンダントは見つかりましたよ?」
ゴルゴン族の男は首を横にふった。
「俺はペンダントを見つけても泣いている君が見えると言ったんだ」
「はい、先読み通り、だいぶ泣き目に遭いましたよ」
いいや、とゴルゴン族の男が呆れたように笑った。
「君は 泣くはずの場面で……笑ったんだ」
エルフの男に別れを告げる瞬間、アトラスの先読みでは サクラは苦しげに眉を寄せて、張り裂けんばかりの心で号泣した。
なのに、実際のサクラは笑ったのだ。
しかも、とびきりの笑顔で。
イシルとの決別の時に――
「あれは イシルさんが追いかけてこないように笑っただけで、本当は号泣だったんですよ、だから……」
見料がいくらかわからないサクラは 握ったお札と小銭をぐいっとアトラスの前に押し出した。
「俺の先読みでは 君は二度とここには来なかった。だから待たずに出発を決めたんだ。なのに……君は来た」
ゴルゴン族の男が 金を握るサクラの手を押し返す。
「君の行動は読めない、だから、見料は受け取れない」
金を受けとる気はないようだ。
だけど、、と、包帯の内側の瞳が サクラを見つめる。
「俺と一緒に来ないか?」
「へ?」
「先読みが外れるなんて初めてだ」
「そうなんですか?」
ゴルゴン族の男が興味深げにサクラを視る。
「君といれば 先が読めずに楽しそうだ」
「いや、私は――」
サクラの否定の言葉を遮るように ゴルゴン族の男が目の包帯を外した。
水晶のような綺麗な瞳が サクラを見つめている。
「俺はアトラス」
男の蛇眼にとらえられ、サクラは体が思うように動かなくなった。
「一緒に来て、サクラ」
蛇に睨まれたカエルのように 動けない。
体が 石のように重くなり、意識が朦朧としてくる。
「俺と――」
アトラスがサクラの頬を撫でる。
ステキな笑顔ですねアトラスさん だけど、私は――
「私は――……予約済み、なんです」
口が石のように重い。
「予約?」
「はい、だから……一緒には……行けま……せん」
思考も 意識も 重くて――
「俺では駄目か?」
「私……イシル……さんと……」
とうとう サクラは アトラスの瞳の魔力により 物言わぬ石となった。
(石化するのに随分時間がかかったな)
魔力への抵抗力が強いのか、サクラは魔法が効きにくい。
(ますます興味深い)
このまま 連れ去ってしまおうか――
(いや、止めておこう)
今サクラを連れ去ったところで あのエルフの男に連れ戻される。
自分では太刀打ち出来ない程の魔力を秘めたあの男に。
アトラスは石化したサクラの肩を片手で支え、もう片方の手で頬を包む。
そして、少ししゃがんで――
「また逢おう、サクラ」
サクラの冷たい唇に くちづけを落とした。
ゴルゴン族の石化を解くには魔法を使うか薬を使うか。
薬の成分はゴルゴン族の体液。
手っ取り早いのは涙、そして キス。
失せ物の見料のかわりに アトラスはサクラの唇をうばった。
冷たい石の唇が 徐々に温もりを取り戻し、赤みがさし、弾力をとりもどす。
「んっ///」
アトラスが キスと共にサクラの頬を撫でると ピクリと反応があった。
アトラスの支える腕の中で サクラの体の柔らかさが戻り、意識も戻ってきた。
石化が解けてきたようだ。
しばらくのお別れだ、サクラ。
きっと、また逢える――
アトラスはサクラから唇をはなすと、サクラが自分で立っているのを確認し、その場から立ち去った。
◇◆◇◆◇
「やっぱりありませんでした、お店」
露店を一回りして帰って来たイシルが後ろからサクラに呼び掛けた。
「サクラさん?」
「え?」
ボーッとしている様子のサクラに イシルがもう一度呼び掛ける。
「どうかしましたか?」
「いえ、会えましたよ、アトラスさん」
「アトラス?」
「ゴルゴン族のお兄さんの名前です」
「名乗ったんですか……」
サクラがちょっと首を捻る。
何だろう、少し記憶が飛んでる。
アトラスの 瞳を見たのは覚えている。
蛇眼だったが、なんだか優しい微笑みをたたえた瞳をしていた。
意識が朦朧として……
あれが石化なのかな?
でも、もとに戻ってるってことは 治してくれたんだ。
手元にあるお金はそのままで、減ってない。
やっぱりお金は受け取らなかったようだ。
「戻りましょう、イシルさん」
「ええ……」
サクラは何やら腑に落ちない感じのイシルを急かし手を引いた。
「これからあんこ作りがあるんですから!温泉まんじゅう、早く作って家に帰らないと またランが暴れますよ」
しかし、イシルは考え込んで動かない。
サクラの引く手を強く引きき返し、自分のそばに抱き込むと、そのまま――
″ちゅっ″
サクラと唇をあわせた。
「ちょっ、イシルさんっ!?」
「暴れると目立ちますよ」
「なっ!?んっ///」
″ちゅうっ″
「あふっ///」
真っ赤になって身を引くサクラ。
「なななな何事ですか///こんな人混みで!!」
「……何となく」
「何ですか何となくって!」
「そうしなければいけない気がしました」
「意味がわかりません!!」
「予約の確認……」
「そんなに毎日予約確認したらお店の人の迷惑ですっ!!」
サクラは恥ずかしさに イシルを置いてずんずんと歩く。
そんなサクラを追いかけて 後ろからイシルがサクラに訪ねた。
「迷惑、でしたか?」
「うっ///こ、こんな人前で……」
迷惑じゃないけど迷惑だ!
「人前じゃなければ いいですか?」
「ぐっ///そんな事を言ってるんじゃ……」
『はい』って言えるか!!
「嫌、でした?」
嫌なわけない、だけどダメだ――!!
「嫌なら仕方ありませんね」
「え……」
イシルが引いた。正直ちょっと、残念。
「我慢してください」
「は?」
「予約の確認は怠れません」
(なんじゃそりゃ――!?)
「僕は几帳面なんです」と、イシルはいたずらっぽく笑うと 遊ばれてむっつりしたサクラの手を握り 迦寓屋へと向かった。




