表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
317/557

317. ミケランジェリの館 2 (フレンチトーストサンド)





マーキスを牢から解放した時はもうだいぶ日が高かった。

飛んでいくマーキスの真上に太陽があったから、昼時なのだろう。

ミケランジェリの館に来てからそんなに時間はたっていないはずだから、もしかしたらドワーフの村とは時差があるのかもしれない。


ドワーフの村からどれだけ外国に来たんだろうか?

まったくわからん。


あれからイシルはどうしただろうか……

アスがいたからなんとかフォローしてくれるだろう、イシルとアスは長い付き合いなのだから。

あの部屋にはヨーコもいたからシャナの事も大丈夫だろうし。


そう、あの部屋には結構人がいた……


(ぐわぁ!みんなの前で自ら公開ちゅーとかしちまったよ///)


色々後悔していると ほわん と 珈琲のいい香りがした。


顔をあげると ミケランジェリが珈琲をサクラの前に置いたところだった。


「ありがとうございます」


サクラの目の前には ミケランジェリがいれてくれた珈琲と共に、付け合わせにショートブレッドが一本添えられていた。


「いい香り……深煎りですか?」


珈琲好きのサクラには有難い。


「わかるか?」


ミケランジェリが七三オールバックをついっと撫でる。


「その香りは私の胸が焦げる匂い……」


「え?」


「私の心が恋に焦がれ 深くローストされている香りだよサクちゃん」


(うげっ)


イタリア人ですかミケちゃん、よくもまあ次から次へとそんな言葉が出てくるもんだ。

だいぶ耐性ついてきちゃったじゃないか。

しかしもう少しサラリと行こうか?

そんなに鼻の穴広げてにやけ顔で言われても、雰囲気もなにもあったもんじゃない。

自分のギャグに先に笑っちゃう芸人さんみたいですよ。

さむい。

ミケちゃんのお顔なら 無表情で言った方が効果的だよ?

ていうか、寧ろ無言で見つめるだけでOK。


とりあえず、スルー、、と。


「食事って、クッキーだけしか食べないんですか?」


ミケちゃんは朝は珈琲だけ派?

これはカ◯リーメイトですか?


「ん?知らんのか?これは『サラ・ブレッド』だ」


サラブレッド?


「コレひとつで腹が満たされ、一日動ける優れものだぞ?」


なにそれ凄いね!

セ◯ズですか?レ◯バスですか?

因みにこの2つの◯には同じ文字が入ります。


現世でいうとこの競走馬サラブレッドは完璧な馬の意だ。

「thorough」は「徹底的な」や「完全な」といった意味。

てことは、完璧なパン?

一本で事足りるってことは相当なカロリーですよね?


カロリーはおいとくにしても、糖質は?

一日に必要な糖質量は成人女性で270g、成人男性で330gぐらいとされている。

これはデスクワークであまり動かない現代人の場合だ。

運動量の多い冒険者が常備する携帯食ともなれば、もっと必要で、この『サラ・ブレッド』にはガッツリ動けるよう、たっぷり糖質がはいっているやもしれぬ。


ロカボで推奨されているのは、一日70g~130g。

むむむ……

とりあえず『サラ・ブレッド』の糖質が知りたい……


「この『サラ・ブレッド』は私の自信作だ!開発に10年費やしたのだ。」


あ、ミケちゃんが作ったんだ。


「それを『非現実的だ』とか『不可能だ』とか『夢見がちだ』とか言って 研究費を取り上げた挙げ句 追い出しやがって……」


どうやらミケランジェリは何処かの会社(?)を追い出されたようだ。

人間関係がうまく行かなかったのかな。


ミケちゃんは天才肌。

しかもこのお顔。

頭脳明晰、眉目秀麗、羞月閉花。

きっと妬みも嫉妬も凄かったんだろうな。

世渡りヘタそうだもんね、ミケちゃん。


「実現したんだから凄いじゃないですか。画期的な発明って出来るまでは いつの時代も変人あつかいされちゃいますよね。私の国もそうでしたよ。天才となんとかは紙一重ていうじゃないですか」


「そ///そうか?」


ミケちゃん、よく聞いて?

今の言葉『天才』だけ拾ったでしょ。

ビミョーにほめてないよ。

()()って言ったよ?私。

()()()()とかわらないってことだよ?

シャナさんにした事も、イシルさんと離された事も怒ってるんだからね!


サクラはサラブレッドを一口かじる。


″サクッ、、もぐっ″


「あ///おいひい」


バターの割合が高い場合に得られるボロボロと崩れやすい、あのショートブレッド独特の食感。

シンプルでありながら、優しい 飽きのこない味。

指でつまんで食べやすいスティックの形。

なるほど、色々考えられてるね。

旅の合間にこのほどよい甘さは ほっとする。


久しぶりのザックリショートブレッドに思わずサクラの顔がほころぶ。

糖質制限で小麦粉は敬遠していたからね。

その顔を見てミケランジェリの顔もほころぶ。


自然なイケメンスマイルだ。

なんだ、素敵な微笑みできるじゃないか。


「どうだ?この『サラブレッド』は かさばりもせず、食べやすい、機能的食品だ。食材の成分を凝縮し、一日一本ですませられる、今や旅になくてはならん存在だ!この私の頭脳をもってようやく実現することが出来たのだ!」


「凄いです!」


ミケちゃんがどうだろうが食べ物に罪はない。

サクラは心から称賛する。


「珈琲にも合うであろう?短時間で食事がすみ、無駄な時間を取らないからな。少々値ははるが、それでもかなり売れている!()()開発したのだ!財の心配は要らぬぞ?!私が一生食わせてやる!私は凄いのだ!」


凄いけれど自慢が過ぎるよ、ミケランジェリ。

自分で凄いと言うのは悲しくならないか?

そうか、誰も言ってくれる人いなかったから自分で言うしかなかったのね。

そんなにどや顔しなくても、さっきの自然な微笑みがよかったよ。


「どうした?あまり食が進んでいないが、私を見て胸がいっぱいか?」


「……」


「美味しくないか?」


「ミケちゃんは いつも食事はコレなの?」


「ああ、他は必要あるまい」


「……ソウデスカ」


残念なだけじゃなく、色々悲しい男だなミケランジェリ。

『食事』の楽しみを知らないなんて……

怒りより同情が上回ってきたよ。


「私、珈琲のおかわりいれてきますね」


「ん?ああ」


サクラは二人分のカップをもち、併設のミニキッチンへと下がった。

ミケランジェリが書棚から本をもち、開く。


ああ、なんて本が似合う男だミケランジェリ!

私が帰るまで口を開かず ずっとそのままでいておくれ!


サクラはキッチンへ下がると、食べかけの『サラ・ブレッド』をペーパーに包みポケットに入れた。

コレ一本で1日分なら1/3で一食分。

食べすぎてはイケナイ!明日は検査日だ。


吸収されて使えないと思われた魔法は使うことが出来た。

生活魔法は使える。

試しにランを喚んでみたが 反応はなかった。

遠すぎるから?

いや、シャナが喚べばマーキスは帰れるというのだから距離は関係なさそうだ。

この館の内と外を遮る何かがあるのだろう。


((医者)の魔法も遮られたらどうしよう)


貴方の力を信じていますよ?神よ!!


サクラはキッチンでお湯を沸かしながら 保冷庫を見てみた。

なるほど、何もない。

あるのは卵、チーズ、牛乳、ハム、バターくらいで すっからかんだ。

野菜とか、なんもない。


(ホントにあれしか食べないんだ)


棚の中には、、砂糖や塩等のちょっとした調味料にカピカピに固くなったパン。

トーストくらいはたまに食べるのかな?





◇◆◇◆◇





ミケランジェリは コーヒーをいれにサクラが席を立つと 本を開いて読みはじめた。


時は金なり。

一分一秒も、惜しい。

無駄な時間なんてない。

この世界の真理を紐解くには時間はいくらあっても足りないのだ。


本を読んでいると ふわん、と バターの香りで我にかえった。

集中すると人に声をかけられても気づかない(たち)なのだが……


(集中力がキレたか……歳かな)


銀縁メガネの下から手を入れ、指で目頭を押さえる。


「ミケちゃん、御礼に食事を作ったんだけど、食べない?」


「食事?」


栄養なら『サラ・ブレッド』でとれている。

必要ないだろう。


サクラがにっこり笑みをうかべている。

サクラは何を作ったというのだ?

食材なんてろくなものはなかったはずだが、なんともそそられる甘い香りがする。


()()()()()()()()()作ったんだけど、いらないかな」


サクラが少し悲しそうな顔をした。


「いや、いただこうか」


ミケランジェリの返事に サクラの顔がパッと明るく輝いた。

なんとも、かわいらしい。

美人ではないし、スタイルもよくないが、人の良さそうなサクラの笑顔は 和やかな気分になる。


ミケランジェリが恋したのはサクラの力にだ。

サクラ自身は従順であれさえすればいいと思っていた。

だが、サラ・ブレッドをかじった時のサクラの笑顔には 胸がきゅんと高鳴った。

不思議な女だ。

今は可愛いなと思った。

ミケランジェリのことを『ミケちゃん』と呼び、隣にいてくれる女――


ミケランジェリの前に 黄色いパンが置かれた。


「フレンチトーストサンドです」


「フレンチトーストサンド?」


「はい、食べてみてください」


「う、うむ」


折角サクラが作ってくれたのだから 一口くらい食べたほうが良いだろう。


(()()()ということは中に何か入っているのか?)


ミケランジェリはナイフとフォークをもつと、フレンチトーストの真ん中に切れ目をいれ、半分にした。


″サクッ、トロ~ッ″


「!?」


切った断面から 溢れんばかりのチーズがトロリとしたたり落ちる。


ごくり。


ミケランジェリの頭ではなく、目が反応する。

目から脳に伝わり、体が反応する。


『食べたい』と。


ミケランジェリはフレンチトーストサンドをひと口くちに含んだ。


″ふわっ、トロ~っ″


「ふっ///ううっ、、」


口の中でとろとろのチーズとふわとろのパンが混ざり合い、えもいえぬ食感、香り、味、、

まわりが黄色いのは卵のせいか。

甘くてミルクの優しさに包まれたふわふわのパン。

じゅわっ、と、どこまでも優しい味が。


ミケランジェリは一気に引き込まれた。


「パンに卵液を染み込ませるの大変だったんですよ~、通常なら一日かけますからね。重力魔法で圧縮膨張を繰り返して無理やり吸わせたんですから」


これでもかと卵液を吸い切ったフレンチトーストは、なめらかで軟らかく、口のなかでとろとろと崩れほぐれていく。

『サラ・ブレッド』とは真逆の食感。


なのに表面はパリッとしていて香ばしい。

たっぷりバターで風味も増している。


このパリッと焼けた内側にはたっぷり香りを含んだ蒸気が閉じ込められ、表面のパリパリを破ると、あつあつトロトロのフレンチトーストが 別の顔を隠していた。

ぱりっ、さくっ、ふわっ、はふっ、とろ~……

なんという組み合わせだ!

ああ、しあわせが口の中に溢れる……


「焼くのも大変だったんですから!ホットサンドメーカーがあれば簡単だったのに。バターを焦がさないよう、しっかり馴染ませてから作るんですよ」


そういえばバターのふんわりいい香りで集中力が途切れたのだった。

そしてなにより、この甘しょっぱさ!


「ああ///初めてだ……こんなの」


チーズとハムの塩気が甘さと絡んで味が引き締まっている。


「ベーコンをカリカリにして入れても美味しいんですよ~ハムしかなかったんで出来ませんでしたが、美味しいでしょ?ハムチーズ」


「……旨い」


ミケランジェリの呟きにサクラが嬉しそうに笑う。

ミケランジェリは夢中で食べた。


「あ、ちょっと待ってください」


半分ほど食べたところで サクラが何やら取り出した。


「なんだ?」


「もっと、美味しくします」


もっと!?


″ごくり″


サクラが思わせ振りに小瓶を取り出した。


「じ、焦らさないでくれ///」


ふふっ、と笑うと……


″たら~り、、″


黄金色の液体を フレンチトーストサンドの上からかけた。


「なっ!?」


「ミケちゃんは、頭を使うから 脳に栄養をた~っぷりあげないとね」


黄金色の液体、それは紅茶用に置いてあった『ハチミツ』


「モンテ・クリスト・サンドイッチです」


「食べて」と サクラがミケランジェリを誘う。

なんだか、妙に(なまめ)かしい気分になる。


″ぱくり″


甘くてしょっぱい、チーズのとろける中に たっぷりハチミツが絡んで……


甘い、、

甘すぎる、、


だが、やめられないのは何故だ!!

栄養なら『サラ・ブレッド』で足りているだろう!?

これは 毒だ。

栄養もへったくれもないだろう!?


だが、、

舌が欲する、

目が欲する、

体が欲する……


サクラがミケランジェリを見て笑う。


ああ、やはり女は毒だ。

これまで散々騙され利用されてきたじゃないか。

サクラが毒でミケランジェリを殺そうとしている……


サクラが食べることをやめられないミケランジェリを見て嬉しそうに笑う。


あたたかい、日向のような心地いい笑み。


ああ、サクラの毒は、なんて甘くて優しいんだ……





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ