315. 『転』
イシルの手にある水晶に浮かび上がったのは 緑の髪を七三オールバックに流し、知的な面差しに冷たい雰囲気をした銀縁メガネの――
サクラの超ドストライクの容姿をしたイケメンマッドサイエンティスト風エリートサラリーマン系銀縁眼鏡様。
サクラの夢に現れ、ぽよんちゃんが変化してみせた男だった。
「サクラさんの理想の相手……」
イシルの顔がひきつる。
コイツがミケランジェリ……
「水晶を渡してください」
サクラがイシルに詰め寄る。
「嫌です」
イシルが水晶を引き 握りしめた。
「こんなもの、握り潰してやる」
「させません!」
サクラがイシルに飛びかかるが、イシルがそれをヒラリとかわし、低い食卓を挟んでサクラとイシルが対峙する。
苦しげに絞り出すイシルの声。
「そんなに この顔がいいですか」
イシルさん、主旨がかわってますよ?
しかも、大層悔しそうですね、
そんな苦々しい表情も悩ましくて素敵です。
「ええ、その顔がいいです。だから、ください」
サクラはイシルの嫌みを受けた。
『そ、そんなに私の事を///』
「くっ、、」
ミケランジェリのニヤケ顔と嬉しそうな声がイシルの神経を逆撫でし、イシルが更に悔しそうに顔を歪める。
なにコレ三角関係の現場なの?
突っ込む雰囲気でもないので シャナは座り込んだまま二人の対決をだまって見守っている。
『さあ!水晶を手にするがいい!我が花嫁、サクラよ!』
「花、嫁?」
イシルは我が耳を疑った。
『ここへ来い!私の胸に!』
「胸に!?」
今度は声が裏返る。
『今宵は特別な夜になるなぁ』
「特別な夜!!?」
イシルは怒りで意識がふっ飛びそうになった。
仰々しいミケランジェリの言葉が イシルの嫉妬の炎にじゃんじゃん油を注ぎまくっている。
本人は気づいていないだろうが。
「貴様!サクラさんに何する気だ!!?」
『何って///聞くなよ~』
ミケランジェリが水晶の向こうで『のの字』を書く。
いや、そこ照れるところじゃないよ?
相手を見て空気読めよ、ミケランジェリ……
「何の騒ぎじゃ」
「んまー素敵な空気♪なにコレ美味しそう」
「煩い!アス!黙れ!!」
「いやん、八つ当たり~」
ヨーコとアスが部屋に現れ、イシルの意識がそちらを向いた瞬間、サクラがイシルに飛びかかった。
「!!」
サクラが食卓を踏み台にしてイシルに飛びかかる。
が、イシルは手を振り上げ、サクラに取られないよう 水晶を高く上に掲げた。
だが、サクラの狙いは水晶ではなかった。
イシルに飛びつき、イシルの襟首を掴むと、思いっきり下に引っ張った。
″グイッ″
「!?」
イシルはバランスを崩し前屈みになり――
「あら♪」
「おや、、」
「まあ///」
サクラが イシルの唇に 自分の唇を重ね――
「っ///」
イシルにくちづけを贈った。
″ちゅ……″
優しく、柔らかく、それでいて熱い気持ちのこもった サクラのくちびる。
予想外のサクラの行動にイシルが怯む。
「んっ///」
イシルはサクラからの突然のキスに のみこまれた。
(イシルさん……)
サクラのくちびるが本気でイシルを求め、、
(好きです、イシルさん……)
イシルのくちびるが それに応えてサクラを求める。
(サクラさん……)
″ちゅるっ……″
頭の奥が痺れて、、
胸がいっぱいになり、、
息のしかたも忘れ、、
イシルはサクラを求め――
サクラに 溺れる。
深いくちづけの 淵に……
「んっ……ふぅっ///サクラ……」
イシルは空いた左手でサクラの頬を包み 更にサクラのくちびるを求めた。
″ちゅっ……″
(好きだ)
心が震えて 気持ちが溢れる。
(好きだ、サクラ)
溢れる気持ちを抑えることが出来ない。
「ぁふっ///サクラ……」
感情に全てを委ね、サクラを抱きしめようとしたその時――
サクラがイシルから離れた。
「ごめんなさい イシルさん」
サクラが落ちた水晶を拾い上げる。
「……サクラさん?」
何が、起こった?
甘い余韻……
サクラとのキスの残滓が イシルの思考を鈍らせる。
イシルはサクラを抱きしめようと 水晶を持つ手を下ろしてしまったのだ。
「わたし、行きます」
水晶を手に サクラが笑う。
「お別れのキスも、ご馳走さまでした!」
あっけらかんと、笑う。
「何言って……」
狼狽えるイシルを前に おどけた調子でサクラが続ける。
「やっぱり、ミケランジェリさんのこの顔、好きなんですよね~、超ドストライクですから」
はっきり、言わないとイシルさんは助けに来ちゃうから、
「イシルさんより、好みです」
サクラがどこにいるかわからなくても助けに来ちゃうから、
「だから、予約はキャンセルで」
嫌われても、傷つけてでも 助けに来ないように、
「私、イシルさんとは恋愛しません」
きっぱり、くっきり、一転の曇りのない 晴れやかな、完璧な笑顔で――
「バイバイ、イシルさん」
にっこにこのサクラの笑顔。
サクラの手の中の水晶が輝きを増し、サクラの姿が霞んでいく。
「行かせません!!」
″助けに来たら絶交です!″
消え行くサクラの声――
「何ですか、絶交って!」
パァ――――ンと 水晶が弾けて キラキラと舞う。
「サクラ!!」
そして、水晶と共に サクラの姿は消え去った。
「……」
「……」
「……」
(……アス殿)
(なぁに、ヨーコ)
(何で泣いておるのじゃ)
(え?泣いてる?アタシ)
アスは顔に手を当てる。
成る程、目から水が出ている。
(これが涙なのね)
(何を呑気なことを……)
流れ込んできたサクラの感情は どうやらアス本人も気づかないアスの琴線に触れたようだ。
(あの子が泣けないから アタシが泣いてるのよ)
(難儀じゃな)
呆然としていたイシルが動き出した。
(あ、ヤバい!)
感情の変化を読んだアスがシャナとイシルの間に入る。
「退け、アス」
「この娘は何も知らないわよ。利用されただけ。ましてアイツの居場所なんて。どんな細工を使ったんだか、アタシにも追えなかったんだから」
「いいから退け」
「退かないわ そんな荒々しい魔力を撒き散らしてる怪物に 弱った小鳩を渡せるわけないじゃない」
「落ち着きなされイシル殿」
「うるさい!」
止めるヨーコにイシルの怒気がビリビリと刺さる。
「ここで暴れられては困るのじゃ、やむを得ぬ」
危険を感じたヨーコは イシルを抑えるためにゲッカとセイヤを召喚する。
「お呼びですかヨーコ様」
「なんだか騒々しい空気なのですじゃ」
「良いから『縛の印』を結べ!!」
ヨーコが先に印を結び、イシルに向けて結界を飛ばす。
「『縛』って、何に……」
「あっ、師しょ……」
ゲッカとセイヤがイシルを振り向いた。
「「ゴーン!!?」」
((こっわ!!師匠から なんか出てる!!))
ゲッカ、セイヤは、緊急事態を肌で感じ『縛の印』を急いで結び、ヨーコと同じようにイシルに飛ばした。
そして、ヨーコと間をとると、イシルを囲って三点結界をはり、抑さえつけた。
それにイシルが抵抗して魔力を増幅させる。
「くっ、なんて奴じゃ」
それでもビリビリとイシルの魔力に結界が破れそうになる。
三点結界でも抑えきれず、ヨーコはテンコをも召喚した。
「うお?何事じゃ?ヨーコ様、今日はバイトの日じゃから行かねばアイリーンに怒られ……ゴーン!?なんじゃこの邪気は!!?」
「よいから『縛の印』を!結界を張るのじゃ!」
「ぎ、御意!」
テンコが印を結び、イシルにとばし、これで四点をもって結界を張った。
「くっ、、」
それでもイシルの魔力は増幅を続ける。
「あんたが悪魔みたいだわよ、イシル。いいから落ち着きなさい」
アスがイシルを説得に入る。
「落ち着いていられるか!こうしている間にもサクラさんは……」
「子ブタちゃんはそんなに弱くないって、しかも、結構打算的よ?」
「何を……」
「考えてごらんなさいよ、次に子ブタちゃんが現世に行くのはいつ?」
「現世に?」
サクラは二週間に一度現世に戻り、診察を受けて帰ってくる。
「明日じゃなかった?」
そうだ、明日はサクラが神に召喚される日だ。
「だから、ミケなんとかに捕まったとしても、明日の朝には現世に戻れるってわけ」
「ちょっとの辛抱って、そういうことか」
イシルの魔力が少し落ち着く。
「だけど……」
イシルの心配性がむくみくと沸きおこり、また魔力を増していく。
「明日の朝までサクラさんが無事とは限らない!」
イシルが再び暴れ始めた。
「あんたがそんなだから子ブタちゃんがあそこまで言ったんでしょ?助けに来たら絶交って言われたじゃない」
「絶交くらいかまわない!サクラさんが無事なら」
「あー!もう!わからんちん!フラれたんだからおとなしくしてなさいよ!」
「うるさい!フラれても何してもサクラさんが危ないんだ!花嫁とか言いってたんだぞ!?特別な夜だぞ!?」
「えーい!めんどくさい!五芒星」
アスはヨーコの張った結界に加わり、イシルを囲んで 五点目となり、五芒星を描いた。
「INVERTED」
イシルを囲った五芒星を反転させ、逆五芒星を作る。
悪魔の紋様だ。
「少し頭を冷やしなさい」
″ばんっ!!″
「なっ!?」
「封・印!!」
アスは有無を言わさずイシルを別空間に送り込み 封印した。
「「……」」
「あー、やっと静かになった♪」
かなり強引に押し込めたけど……
「大丈夫なのかえ?アス殿」
ヨーコが心配そうにアスにたずねる。
「ん?ん~、、子ブタちゃんが帰ってくる明日の朝までもてばなんとかなるでしょ」
「……帰ってくるのか?」
現世に戻ったら サクラは二度と来ない可能性だってある。
イシルを止めるためとはいえ、きっぱりイシルをつきはなしたのだから。
「どうだろうね……」
帰ってこなかったら?
「そんときは殺られちゃうかな~イシルに」
だけど、サクラの覚悟を無駄にしたくなかった。
追いかけてきてほしくなくて、あんな気持ちで イシルを断ち切ったのだから。
イシルのために。
「それはそれで最高の最後の晩餐が食べられそうだけどね」
アスは座り込んだままのシャナを見る。
罪悪感に苛まれ、押し潰されそうになっている美しい鳥――
「アタシは『ラ・マリエ』に帰るわ。イシルにここで暴れられても困るし、アタシの本領も発揮できないからね」
だから、、
「 その娘の事 お願いね、ヨーコ」
ヨーコもシャナを見つめる。
膝を抱え 小さく震えるシャナを。
「承知した」




