314. 『承』
『まったくだらしがないな』
ミケランジェリが水晶の向こうでシャナに説教をはじめた。
『水晶を渡すだけの事も出来んのか』
相変わらずの不遜な態度。
上からの物言いが二日酔いのシャナの耳につき、癇にさわる。
『失敗した挙げ句に酒に酔って寝てしまうとは!絶好の機会だったのだぞ!?まったく、つかえん女だ。これだから女というやつは信用ならん、仕事というものがわかってない、気分で仕事してもらってはたまらんな、大体仕事というものはな、、』
ネチネチ、くどくどと、重箱のすみをつつくように、、
思わずシャナの口から言葉がもれる。
「吵了」
『な、何だ!何て言ったんだ!?チャオラって何だ!?今のは悪口だろう!』
「『申し訳ありません』と」
ほんと、煩い男。
女に何か恨みでもあるのかしら。
そんなことにいちいち引っ掛かっているから大成できないのよ。
誰のせいでこうなったと思ってるの!?
シャナはイライラしてミケランジェリの小言に 適当に相槌をうつ。
『なんだ、その態度は!マーキスがどうなってもいいのか!』
くっ、、嫌な上司だ!
『お前がサクラにその水晶を渡せば マーキスを解放してやろうと言ってるんだ!簡単なことだろう!』
シャナは拳を握りしめる。
簡単?簡単なんかじゃない。
この男には わからないだろうが。
「申し訳、ありません」
シャナが屈辱に堪え、返事をした
その時、後ろで声がした。
「……どういうこと?」
「!?」
シャナが振り返ると 部屋の入り口に 青い顔をしたサクラが立っていた。
◇◆◇◆◇
サクラは二日酔いのシャナのために『ウコンのパワー』ドリンク剤を手に『星瞬の間』へとやって来た。
旅館の場合、部屋に入る前に踏み込みという場所がある。
客室への入口となる箇所で、スリッパなんかはここで脱ぐ。
部屋に入るのに小さな玄関がついている感じだ。
サクラは踏み込みでスリッパを脱ぎ、シャナに声をかけようと 部屋の襖の前で立ち止まった。
中でボソボソと話す声が聞こえる。
シャナと、、男の声。
(ゲッカかな)
邪魔しちゃ悪いと サクラは踵を返した。
その時、ひときわ大きく響く男の声。
″マーキスがどうなってもいいのか!″
マーキス?
マーキスって、シャナさんがはぐれた従魔でしょう?
それに今の言葉、シャナさんは脅されてるの?
悪いとは思ったが聞き捨てならない。
壁に耳あり障子に目あり。
サクラは襖の前で耳をそばだてた。
そして、次に聞こえてきた言葉は――
″お前がサクラにその水晶を渡せば マーキスを解放してやろうと言ってるんだ!簡単なことだろう!″
え?
サクラ?
私?
『申し訳ありません』と苦しそうに答えるシャナの声。
何で私?
あれ?もしかして、あの銀色の魔法のせい?
だからイシルさんは魔法を使うなって言ってたの?
「……どういうこと?」
「!?」
サクラは入り口の襖を開けていた。
「サクラさん」
シャナが驚いてサクラを見る。
「どういうことですか、シャナさん」
シャナが何かを隠した。
あれが、男の言っていた水晶?
「どうしたの、サクラさん、こんなに朝早く……」
「私に水晶を渡せば マーキスを解放するって何ですか」
シャナがしまったという顔をしている。
それでもシャナは誤魔化そうと言葉を続けた。
「何言ってるの?」
サクラはブレない。
いつものふんにゃり感がまったく感じられない。
……怒っている
「私のせいでシャナさんはマーキスと離されたんですか」
サクラの言葉にさらに熱が入った。
「答えてください、シャナさん!」
シャナは答えない。
(あれ?)
サクラはふと思いかえし、呟く。
「もしかして、私が来た頃に人買いに襲われたのって、私をつかまえるために……」
「違いますよ」
サクラを追って ミツバに行き先を聞いたイシルが部屋に入ってきた。
「盗賊、人買いはこの世界では五万といます。オーガの村に来るときにも湖で会ったでしょう?ルヴァンたちのいた盗賊団に」
ホントに?
「さあ、部屋に戻りましょう、シャナには僕が話を聞いておきます」
サクラは動かない。
まだ思考を巡らせている。
「でっかいカブトムシ、、ディコトムスが村を襲ったのは……」
ギルロスが怪我をしたのは……
「あれはブラックムーンのせいです」
考えすぎですとイシルがこれも否定する。
部屋を出ようとしないサクラをイシルが抱えようとした。
が、サクラはそれを強く拒否し、イシルから離れる。
そんなんじゃ誤魔化されない。
「じゃあ、コッコは?コッコは三羽とも私を狙ってましたよ?」
サクラが震える声でイシルにたたみかける。
「サクラさん」
「村が襲われるのは私がいるからですか?あの銀色の魔法のせいですよね?イシルさんが警備隊を作ったのは私のためですか?私がここに来なければ、私がここに居なければ――」
「サクラさん!!」
イシルの強い口調にサクラが口をつぐんだ。
「その先は、言わないで」
イシルの苦しげな表情が、サクラの今言ったことが本当だと示していた。
「イシルさんは、いつもそうです」
サクラが悲しげな笑みを浮かべる。
「私、もう、隠し事されるのは嫌だって言いましたよね」
サクラの中で一旦収まっていた『もやもや』が浮上してきた。
イシルはサクラに不利なことはいつも言わない。
綺麗なものしかサクラに見せない。
勿論 サクラのためを思ってだ。わかっている。
だけど、それが悔しい。
何も知らないでのほほんとしている自分が嫌だ。
私は庇護の対象でしかないの?
イシルさんが相談できるような相手ではないの?
一年しかいないから?
私はお客さんだもんね、わかってるよ!!
物っ凄い疎外感。
あ~、ムカつく!!
「イシルさんは、知ってたんですよね」
ぐっ、と イシルが言葉につまる。
「シャナさんが悩んでいたことも、全部知ってて……」
「貴女が自分を責めるだろうから 言いたくなかったんです!」
「私にだって譲れないものがあります!」
珍しくサクラが声を荒げる。
「私は人の不幸の上に立つのは嫌です」
「っ、、」
「自分のせいで泣いている人がいることが一番嫌なんです!」
サクラの逆鱗に触れてしまったんだと イシルは口をつぐむ。
「いいの、サクラさん『マーキス』は魔獣なの、人ではないから……」
「何言ってるんですかシャナさん、いいわけないでしょ!?シャナさんにとっては『家族』でしょうが!」
「!!」
「シャナさんが卵から孵したんですよね?ずっと一緒にいた「家族」ですよね?共に東の大陸から海を渡って来た相棒ですよね?」
「何でそれを……」
「魔獣だって、動物だって関係ないです。相手が何者であろうが、シャナさんが「家族」だと思えば、それは何者にもかえがたい存在なんだから」
「サクラさん……」
ふふふふ、と 場違いなくぐもった愉しげな笑いが響いた。
『流石私が見込んだ女性だよ、サクラ』
「ミケランジェリ!!」
シャナの隠した水晶からミケランジェリがサクラに話しかけてきた。
『ああ、何て美しい心であろう!』
「黙って!!」
ミケランジェリがクククと笑い、猫なで声でサクラに語りかける。
『君が私の元に来れば 変わりにマーキスを解放する、シャナとはそういう約束なんだ、さあ、おいで!』
「黙れ!ミケランジェリ!!」
シャナが魔力を込め、水晶を破壊しようとする。
が、シャナの魔力は水晶に吸い込まれてしまった。
『ふははは!無駄だ!魔法が効かないことはわかっているだろう!シャナ』
やっぱりだ。
コッコもディコトムスも 魔力の効かない魔獣だった。
この水晶の向こうにいる男が ドワーフのいる村に魔物を送り込んでいたんだ。
サクラを捕らえるために。
サクラがいる限り、また送り込んでくる。
「私がそっちに行けばいいんですね」
『そうだ。水晶を手にするがいい。それで事が済む。手厚く迎えてやろう』
「駄目だ!サクラさん!」
「私はちょっとの辛抱です。でもマーキスは殺されちゃうかもしれません」
「何言ってるんですか!シャナ 僕が水晶を破壊します」
「あっ、駄目!」
サクラが止めるも、水晶はイシルの手に渡る。
『お前が私の邪魔をしてきたエルフか、どれ、顔を拝んでやろう』
イシルの手の中で ぼんやりと 水晶に 人の姿が映りだした。
水晶に緑の髪色をした男が浮かび上がる。
「あれ?」
「この男は……」
イシルとサクラは水晶の中を覗き込み、その姿を見て驚いた。
そこに映っていたのは――
(イケメンマッドサイエンティスト風エリートサラリーマン系銀縁眼鏡様!?)
サクラの夢に現れ、ぽよんちゃんが変身してみせたサクラの理想の相手だった。




