306. 小さな恋の物語
トトリはその日 衝撃を受けた。
ヨーコに連れて行かれた『迦寓屋』は、今まで見たことのない建物で、靴を脱いで上がる形式だった。
靴を脱いであがると、はじめは足元が変な感じだったが、この解放感……
今まではいつもすぐに動けるようにと 靴を脱ぐことなんて ほぼなかった。
(もう逃げることを考えなくていいのかな)
不安がないわけじゃないけれど、ここにいれば安心だ。
トトリ達をここに連れてきた女の人は 伝説の魔物妖狐。
本当に、存在してたんだと びっくりした。
ちっとも怖い感じはしなかったが、絶大なる力をもっている。
この『迦寓屋』は その妖狐の庇護のもとにあるのだ、危険などない。
この『迦寓屋』には、オーガの大人が数名と、狐耳の子供が沢山いた。
白狐だ。
人化けする魔物……
「仲良うな」
ヨーコはトトリ達を白狐達に託すと そのままいなくなってしまった。
ここにいるオーガの大人は料理人のようで、トトリ達は 白狐達に混ざって仕事をするようだ。
「名前は?何て言うの?」
「いくつ?」
「何処から来た?」
「何が好き?」
「チョコって食べたことある?」
トトリ達は 興味津々な白狐達にあっという間に囲まれて 質問責めにあう。
白狐って、、オレらとかわらないじゃないか。
耳と尻尾があるだけで 変わらない。
「お主ら、遊ぶのは後じゃ、仕事せい!」
「「はーい」」
大人の狐耳の男が来て 白狐達を散らした。
白狐達は はたきや雑巾を手に 掃除に勤しむ。
(……ニョッキだ)
二股の長い尻尾をうねうねと動かしながら 白狐達を取り仕切る狐耳の男。
初めて見た、如鬼。
「我は月華じゃ、お主ら ちゃんと働くのだぞ」
ゲッカがトトリ達を見下ろして きゅうっ、と、笑顔を作り、嗤った。
(怖い……)
鬼と呼ばれるだけあって、凄い威圧感だ。
トトリの隣にいるルヴァンも ぴん と背筋を伸ばし、緊張している。
あれ?カナルがいない。
もしかして、、
((喰われた!!?))
トトリがカナルを探してキョロキョロ見回すと、カナルは白狐達と一緒に通路のはしにいた。
雑巾を手に持ち ぎゅっ、と桶の上でしぼっている。
「向こう端まで競争だよ!カナル」
「うん!」
白狐三匹と並んで カナルが廊下の端に四つん這いになる。
「よーい、、ドン!!」
″シュバッ!!″
……前言撤回。
よーいドンで一斉にスタートした四人だが、カナルを除く白狐達は 常人ではない素早さで向こう端まで到達した。
あきらかに人じゃ、ない。
「うんしょ、うんしょ、」
「カナル頑張れ~」
カナルは白狐達に応援されながら向こう端まで雑巾をかけ、和気あいあいと 仲良さげだ。
カナル、順応、早っ!
オレはここでやっていけるのだろうか……
「お主らは表の掃き掃除をしてもらおう、来るのじゃ」
トトリとルヴァンはゲッカについて玄関口へと向かった。
玄関には二人分の草履が置いてあり、トトリは草履をつっかけて表に出た。
靴とは違い、窮屈さがなく、足がのびのびしている。
編んだ藁を裸足で踏むのは少しくすぐったいが、地面をふみしめている感触が直に感じられて心地いい。
「やーっ!」
「たーっ!!」
「うおーっ!」
玄関先で カツン、カツンと 竹を打ち合う音。
剣術の稽古だろうか?いや、持っているのはホウキだ。
トトリより少し年上の三匹の白狐達が ホウキでチャンバラごっこをしている。
その後ろでは 掃き掃除をしている二匹の白狐、合計五匹の白狐が玄関から街道までの通路を掃除していた。
いや、三匹は してないか。
「ムムッ、、こうなったら、、」
チャンバラごっこをしているうちの圧されている一匹が 自分の胸の前で 人差し指をたて、逆の手の手のひらで 立てた人差し指を握り、握った方の手の人差し指もたてる。忍忍
「木の葉隠れの術~!」
手を組んだ白狐が叫ぶと ブォッ、と 落ち葉が舞い上がり、玄関先全体を包み 視界が塞がれた。
「……たわけどもが」
隣で呟くゲッカの声。
あ、ゲッカさんが怒ってる。
ゲッカの怒気に気づいた白狐達が声を上げた。
「やべ!月華様だ!」
「怒られる!おい、やめろ」
「ムムム……」
木の葉を舞い上げている白狐は気づいていないようで 落ち葉の舞いは静まらない。
「……そんなに遊びたいなら 我が遊んでやろう」
ゲッカが手を組み合わせ 印字を結び、手を空へと振り上げた。
″ゴオオッ″
ゲッカの起こした風は竜巻になり、三匹を空へと舞い上げる。
「「うわぁ!!」」
ゲッカの手に合わせ 木の葉が三匹の白狐を襲い、身体中に張りついた。
枯れ葉の竜巻は そのまま三匹の白狐達を巻きこみ、三匹は木の葉まみれで木の枝に宙吊りとなる。
ぷらーん、ぷらーん、と 風に吹かれてゆーらゆら……
「どうじゃ、ミノムシごっこは、楽しかろう?」
「「ごめんなさーい」」
木の枝にミノムシ状態で逆さ吊りになった白狐達が 反省の意を述べた。
が、ゲッカはフン と鼻をならし、怒りをおさめる様子はない。
「しばらくそこで頭を冷やすのじゃ」
「うわーん、おろして~」
「月華様ごめんなさい~」
「助けて~」
ゲッカは構わず ホウキを拾い上げると ルヴァンとトトリに渡し、
「では、頼んだぞ」
白狐達を放置したまま 玄関へと とって帰る。
これがここでの日常?
こんな中で オレは本当にやっていけるのだろうか……
「あの、月華様」
何を思ったか ルヴァンがゲッカを引きとめる。
「なんじゃ、小僧」
「あのままでは、頭は冷えないんじゃないでしょうか」
「「?」」
ゲッカも吊るされている三匹もハテナ顔だ。
なに言い出すんだ?ルヴァン。
ヘタしたらオシオキだぞ!?
「あれでは頭に血がのぼってしまいます」
いやいや、ルヴァン、ゲッカさんが言ったのは冷静になり反省しろと言う意味で、物理的な事では……
「それもそうじゃな」
納得した!?
ゲッカは指をピンと弾き、吊り下がっている三匹の向きをくるりと変え、頭を上にした。
(いいぞ人間!)
(ちょっと楽になった)
(寒い……)
″ぶらーん、ぶらーん、、″
「あの、月華様」
踵をかえすゲッカに再びルヴァンが声をかけ、引きとめる。
「なんじゃ、小僧」
「あれではオシオキになりません、温かい葉にくるまれて揺りかごのように揺られては気持ち良く寝てしまうかもしれません」
いやいや、あんな場所で風に吹かれてたら寒いって、寝られないよ!いくらなんでもそんな……
「それもそうじゃ」
説き伏せた!?
ルヴァンはさらに続ける。
「下ろして仕事をさせた方が この場もキレイになって一石二鳥ではないでしょうか」
「ふむ、もっともじゃ」
ゲッカ様素直!
ゲッカが ぴんっと指を弾くと
″ドサドサッ″
「にゃっ!」
「いてっ!」
「ふわぁ!」
三匹のミノムシが上から落ちてきて モゾモゾ。
下にいた二匹の白狐が駆け寄り むいてやっている。
「ありがたい!」
「やるな、少年」
「苦しかった~」
白狐達が口々にルヴァンに礼を言う。
いや、騙されてはいけない、白狐諸君、ルヴァンはこの広い敷地をそうじするのに人手が欲しかっただけだよ?
オレにはわかる。
ルヴァンがオレをみて ニッ と笑った。
(カナルもルヴァンも馴染むのが早いな。オレは……)
その時、街道の入口から人が歩いてきた。
「あ!シャナ!」
ゲッカがしゅたっ と、シャナに走り寄り、荷物をあずかりながら シャナに纏わりつく。
「なんじゃ~珍しいのぉ~いつも誘っても来んのに~」
ゲッカはシャナに頭をナデナデされデレデレと……
威厳、どこ行った?
月華さんは強いけれど おバカなの?
シャナとゲッカが迦寓屋へ入り、トトリ達は掃き掃除を始める。
「なあ、さっきのアレ魔法か?」
ルヴァンが白狐に聞いた。
「木の葉隠れの術か?あれは『印』を結んで大地の力を借りるんだよ」
「印?」
「簡単なものなら、、両手を合わせる。右手は聖なる大地、左手は不浄なる我ら。その二つが合わさり、交わる」
「こうか?」
ルヴァンは手を合わせる。
「そして、願うんだ、大地に敬意と感謝をこめて、祈る」
ルヴァンは言われた通りにやってみた。
それだけで心静かになり、大地を感じる。
「そこで魔法を発動させる」
″ブワッ″
「!!?」
一瞬だが突風がまき起こった。
「できた!」
いつものルヴァンの生活魔法より かなり強い風が起こったのだ。
「印の形は魔法によって 適した形があるから、覚えて 修行すればもっとできるようになるよ」
「修行?」
「この仕事も 修行のうちなんだ。だから魔法ではなく ホウキで掃除するのさ」
そう言って白狐はせっせとホウキで落ち葉を掃き集める。
成る程、カナルたちがやっていた雑巾がけも修行のうちか。
トトリは集めた落ち葉を焼き場へ持っていこうと わさっと持ち上げる。
すると、目の前に 竹で編んだ手箕が差し出された。
竹編みのちりとりだ。
トトリは出された手箕にわさりと落ち葉を入れ、顔を上げた。
「!!?」
本日最大の衝撃がトトリを襲う。
雷に打たれたように動けなくなった。
「っ///」
そこには 黒髪に狐耳の可愛い女の子が微笑んで立っていた。




