291. 和の心
″コンコン″
サクラは部屋のドアをノックする音で目をさました。
「はーい」
「サクラさん、起きましたか?」
イシルがドアを開け顔を見せたので、サクラは半身をベッドに起こして 寝ぼけまなこでにへらと笑いながら挨拶した。
「おはようございます イシルさん」
イシルがフリーズして、顔を赤くし、目だけを横に反らした。
(あれ?もしや寝癖凄い?)
サクラは急いで手ぐしで髪をなおす。
「いえ、頭ではなくて、襟を///」
うおっ!?
忘れてた!!浴衣だったよ!
サクラはあわててはだけた浴衣の裾をなおし、襟を正す。
浴衣でちゃんと寝られる人は凄いね。
サクラはいつもぐちゃぐちゃになる。
「失礼しました///」
「いえ///」
「もうでかける時間ですか?」
「まだですが、サクラさんにお願いがありまして」
サクラはもさもさとベッドから出る。
サクラが着崩れを直したのを確認してイシルが部屋に入ってきた。
「昨日『迦寓屋』でお重を用意してもらったので、返すのに空ではもうしわけなくてですね、、」
イシルが空になった重箱を取り出す。
「料理をつめて返してもいいのですが、それではまたお重が汚れてしまい、洗わなくてはいけなくなります。だから、サクラさんに、袋入りの現世のお菓子を分けていただけないかと思いまして」
「お返しに、ですね?」
「狐の子達は好きそうですから」
あなたって人はなんて日本人らしい人なんだ、イシルさん!
大好きです、その思考。
日本では お重で贈り物を頂いた際に、「このお重箱をきれいに洗ってお返しします。」という意味を込めて、真っ白の紙=神である懐紙=返し や、マッチ(硫黄)=祝うなどを入れてお返しする風習がありましたのです。
マッチはどの家庭にもあったし、必要なものでしたからね。
ちょっとした気遣いの出来る人って、素敵だなぁ、、
サクラは心がほんわかあったかくなった。
やっぱり イシルといると和む。
「一緒に選びましょう、イシルさん」
サクラは笑顔でイシルに答え、現世で買ってきたお菓子を引き出しから取り出し、テーブルに並べた。
サクラが取り出したお菓子はいわゆるお徳用パーティーパックで、大袋をあけると一個ずつ個別包装になっている。
「定番のチョコレートは外せませんよね」
サクラがミルクチョコの袋を手にする。
昨日はビターを配ったからね。
「ナッツ入りにしてみてはいかがですか?」
「いいですね」
イシルに提案され、キャンディー包装されている四角いピーナツチョコレートに変更だ。
サイコロの模様が刻まれている一口サイズのチョコレートをわさっと一掴み重箱に入れる。
全部居れちゃうと他のが入らなくなるからね。
「これは、クッキーですか?」
「ビスケットのクリームサンドです」
イシルが手にしたのは 笑顔の子供の絵が載っている「美味しくて強くなる!ビ◯コ」だ。
乳酸菌入りクリームをビスケットでサンドしてあるお菓子で、今は発酵バターや焼きショコラなど、大人でも楽しめるような商品が出ている。
それのイチゴクリームとミルククリームのアソートパック。
これもわっさり、一掴み。
「しょっぱいものも入れたいですよね」
「何かありますか?」
「う~ん、、お煎餅とか食べますかね」
「狐は雑食ですからね、なんでも食べますよ」
さらっとヒドイこと言いますね、イシルさん。
「じゃあ、コレにします」
サクラが選んだのは魔法の粉のかかった洋風(?)せんべいハ◯ピーターン
この粉とケン太の粉を開発した方は天才だと思う。
「どんな味ですか?」
イシルに聞かれたが、コレばっかりは食べてもらわないとわからない。
言葉では説明出来ない味である。
ハッ◯ーターンはハッ◯ーターン味でしかないのだから。
唯一無二!!
サクラはキャンディー包装されているハッ◯ーターンを半分むいて セロハンで包んだままの部分を持ってイシルに差し出した。
イシルがサクラの手にするハッ◯ーターンを口に含む。
″あむっ、パキッ″
イシルはハ◯ピーターンを半分噛み折ると、サクサクと噛み砕く。
魔法の粉のいい匂い。
イシルが美味しそうに食べるのをみて、サクラも残りの半分を自分の口へと入れた。
″はぐ、ボリッ″
あ、やべ、食っちゃった。
ごりっ、ぼりっ、と、お煎餅の歯応えと、甘じょっぱい魔法の粉がたまらない!
せんべいの表面に作られた溝、これが魔法の粉をキャッチして離さず、絶妙な濃さを保っているのですよ!
「これは、美味しいですね」
「私のイチオシです」
食べたらハッピー!
開けたら湿気っちゃうから、これは一袋全部重箱に入れる。
「あとは隙間にコレを入れれば一杯ですかね」
「飴ですか?」
チョコ、クッキー、せんべいとくればキャンディーだろう。
「ただの飴じゃありませんよ」
「?」
サクラははてな顔のイシルの口元に むいた飴を差し出した。
イシルが当然のように口を開ける。
″はむ、、″
ふんわり、優しい味
「ミルクの飴ですね」
真っ白、濃厚なミルクの飴をイシルはしばらく舐めた後、、
「飴なのに柔らかい」
「ソフトキャンディーです」
ママの味、ミ◯キーだ。
サクラは食べられないが、お菓子を選ぶのは心が踊る。
お菓子の袋を開けるのは楽しい。
狐たちの喜ぶ顔を想像するとなお嬉しい。
イシルも 甘さを噛みしめていた。
このやわらかいミルクキャンディーの味のように ふんわりとしたくすぐったい甘さを。
サクラがごく自然に 自分の口へと入れてくれた事に……
◇◆◇◆◇
朝食を済ませ『迦寓屋』へと出掛ける前に、そう言えば体重をしばらく測ってなかったなと、サクラは自分に重力魔法を使う。
一週間前に薬をもらいに行った時は75.3kg
二週間ごとに500gずつ減っていたから、順調に行けば75kgジャストくらいかな?
″カシャン″
「ん?」
見間違いかな?
もう一度測定してみる。
″カシャン″
「……」
先程と同じ数字。
見間違いではないようだ。
75.9kg
……増えていた。




