290. 迦 寓 屋 11 (エピローグ)
「ヨーコにはまた明日来ると伝えてください、それから、気にしていないと」
『迦寓屋』の玄関口で マントを羽織りながらイシルが見送りのセイヤとゲッカにヨーコへの言伝てを頼む。
「承ったのですじゃ」
「イシル殿、コレを、、」
帰り支度のすんだイシルにゲッカがふろしき包みを渡してきた。
「すまない、ゲッカ いただきます」
イシルは ふろしき包みを受けとると 亜空間ボックスへとしまう。
重箱のようだ。
何だ?金の菓子か!?
「サクラはそのまま帰るのか?寒うはないのか?」
靴を履く浴衣姿のサクラを見て セイヤが羽織をもとうか?道中着をもとうか?と、わたわたするが、それをイシルが笑顔で制した。
「いりませんよ」
「イシル殿、それではサクラが風邪を引いてしまいますのじゃ」
「気遣いをありがとう、セイヤ ですが大丈夫です」
イシルは纏ったマントでサクラを包み込む。
「僕があたためますから」
(うっ///)
「うおお///羨ましいのですじゃ!!」
「なんとハレンチな///真似したいのじゃ!!」
セイヤとゲッカがそれをみて大はしゃぎ。
頼む、見なかったことにしてくれよ!公開処刑か!?恥ずかしい!
「「師匠と呼ばせてください!!」」
イシルのイケメン行動にセイヤとゲッカはいたく感銘を受けた模様。
「嫌です」
「「ゴーン!?」」
チョロい、、チョロすぎるなここの狐達は……
チョロインなサクラにそう思われる狐達は、ちゃんと接客出来るのだろうか心配になる。
悪いオトナに騙されてしまうんではないだろうか、、
「「また明日お待ちしてますのじゃ、師匠~!!」」
イシルはすっかり懐かれてしまったようだ。
沸き立つ二匹を尻目に サクラはイシルに肩を抱かれて『迦寓屋』を後にする。
玄関を出ると、馬が待っていた。
「馬に乗って帰るんですか?」
「ええ、サクラさん 乗りたがってましたよね?」
それはそうだが、浴衣じゃ跨がれないよ、イシルさん。
「じゃあ やっぱり着替えないと、浴衣じゃ乗れませんよ」
「そんなことはありません」
イシルはサクラを抱えると ヒラリと馬に飛び乗った。
(横のり!?)
イシルはサクラを馬に横向きに乗せ、右手でサクラを抱き、左手に手綱を握る。
「サクラさんの顔が良くみえて一石二鳥です」
そう言って馬を走らせた。
想定外!!
てか、こっち見てないで前見て走ってよ~
「……イシルさんが走った方が速いんじゃないですか?」
イシルを掴みながら馬に揺られサクラが質問する。
どうせ抱っこちゃんで帰るなら早く家について欲しい。
ぴったり密着ではないが、イシルの顔が見える分余計に恥ずかしいし、目線を下げるとイシルの胸が目に入り、先程のイシルのシルエットを思い出してしまう。
うわああ///邪念が消えない!
「このほうが話しも出来ますし――」
イシルが和やかな笑みを浮かべる。
「長く貴女を胸に抱いていたいんです」
ぐはっ!!悩殺!!畳み掛けるような甘い言葉攻撃!
「馬上なら貴女に逃げられることも 邪魔者に聞かれることもないですから」
イシルが楽しそうに笑う。
「ちゃんと僕に体を預けないと危ないですよ」
そう言ってサクラの体を自分へと傾けさせ、その顔を覗き込み、寒くないかとサクラに問う。
マントの下でイシルの体温が伝わり、サクラをあたためる。
酒はとうに抜けているのに外気にさらされている顔が一番熱い!
ああ、感覚が麻痺してしまう、、またもや、撃沈だあぁ!!
◇◆◇◆◇
「ホホホホホ、見事なたんこぶじゃのぉ、アス殿」
アスのおでこを見てヨーコが鈴の音のような笑い声をあげた。
「ご丁寧に デーモンキラーの魔力を流し込んでおるな、回復魔法が効かぬ」
ヨーコが治癒を施すが、アスのおでこは治らない。
「こんな事が出来るとは 優秀な男じゃ、惜しいのぅ」
「イヤミなヤツよ!まったく」
氷魔法でおでこを冷やしながらプンスカ怒るアスにヨーコが突っ込む。
「人の睦言をこっそり聞いたりするからじゃ」
「アタシの主食なのに、、くすん」
「アス殿も人が悪い、イシル殿が嫌がると知っておったのなら妾に教えてくれれば良かろうに」
ヨーコにも責められてしまった。
あま、さほど気にしてはいないようだが。
「アタシはただ、早くくっついてほしかっただけよ」
(自分のためにも……)
◇◆◇◆◇
森の家につくと、イシルは着ていたマントをサクラに羽織らせ、馬に水と干し草を用意し、サクラはその間、馬を撫でてやり「ありがとう」と言葉をかけた。
「ランはご飯食べたんですかね?」
母屋に明かりが灯っているから ランは家にいるのだろう。
「多分酒を飲んでくつろいでいるんでしょう」
イシルは「明日も頼みますね」と馬に声をかけ、亜空間ボックスから先ほどゲッカから渡された風呂敷包みを取り出した。
「それは何ですか?」
「酒のツマミですよ。用意してもらいました」
どうやらランへの手土産のようだ。
サクラはイシルのこういうところが、やっぱり好きだなぁとしみじみ思う。
言わないけど。
「サクラさんはそのまま部屋に上がってください、疲れたでしょう」
「え?大丈夫ですよ?」
「貴女の浴衣姿を見せたくありません」
そんな大層なものじゃないと言おうとしたところで イシルが付け加えた。
「ギルロスが来てます 会いたいですか?」
うわっ、確かに、遠足の時の事があって、昨日の今日では顔をあわせづらい。
「先に休ませてもらいます」
サクラは玄関を入ると、マントにくるまったままそそくさと階段を上がり部屋へと入り、イシルは重箱を手にリビングへと入った。
「何だ、イシル 帰ってきたのか」
ランがイシルを見つけて声をかけてきた。
ランの向こうで ギルロスが悪びれもせず 邪魔してるぜと手をあげ挨拶する。
「夕飯は食べたんですか?」
イシルはそう言いながら『迦寓屋』から貰ってきた風呂敷をテーブルに置き、取り皿をとりにキッチンへ。
「ギルと食った」
ランが風呂敷をひもとく。
「サクラは?」
「疲れていたので 寝に行かせましたよ」
「逃がしたんだろ」
イシルの言葉にギルロスが茶々を入れた。
「ええ、そうです」
イシルもさらりとギルロスに返事を返し、取り皿を二人に渡した。
重箱の蓋を開けると、魚介のツマミの詰め合わせがみっしりと入っていた。
「悪かったよ、やり過ぎた」
ギルロスがイシルに酒を注ぎながら謝る。
「わかればいいですよ」
「次はやり過ぎないように口説くさ」
ギルロスは重箱から焼き魚を一匹とり、口に咥える。
頭から、ばりっ、と。
「ん?旨いなコレ」
子持ちししゃもだ。
丁度いい塩気と弾力。
プチプチと小さな卵が口の中で弾けた。
「諦めないんですね」
ギルロスに答えながらイシルが皿にとったのはアジのなめろう。
生姜、ネギ、ニンニクをアジと一緒に丁寧に叩いてつくる。
味付けは味噌じゃなく醤油だ。
なめろうだけでも旨いが、イシルは海苔を取り出し巻いて食べる。
ぱりっ、と。
薬味とアジがねっとりと混ざりあい、一体となっていて、そこに海苔の風味が加わり 酒がすすむ。
「諦める必要ないだろう?」
「懲りませんね」
「いい運動になったしな」
どうやらアスとの戦いは平和すぎるこの村において ギルロスにとっていいガス抜きになったようだ。
「ボロボロだったじゃねーか」
ランが食べているのは貝ヒモとモヤシのピリ辛ナムル。
貝ひもと豆もやしを茹でて塩コショウし、胡麻油で絡めたものに 唐辛子を加えてある。
貝ヒモと豆もやしのコリコリが癖になる。
「お前も戦ってみろ、強くなれるぜ?」
「ギルに勝てねーオレが アスに勝てるかよ」
次にランはシンプルに枝豆を口にする。
定番外せない まずはの枝豆!
口の中もさっぱりする。
「戦いは相性がありますからね、ギルロスには無理でもランなら勝てるかもしてませんよ?」
『タラの磯辺揚げ』『カニとワカメとキュウリの酢の物』『イカの丸焼き』『桜エビのかきあげ』『ホタテバター』『鮭ハラス焼き』『しらす入りだし巻き玉子』
こうして、男だけの飲み会は 朝方まで続いた。




