289. 迦 寓 屋 10 (下げ膳)
食後のお茶をいれると アスと狐たちは膳をさげ、そそくさと退出した。
「狐たちを僕にけしかけましたね」
二人でお茶を飲んでると イシルがサクラにチクリと文句を言う。
「あ、バレました?」
サクラがいたずらっぽく笑った。
酒のせいでほんのり顔が赤い。
「別に僕の許可なんかいらなかったでしょうに」
「何言ってるんですか、一番大事ですよ」
「え?」
「一緒にご飯食べるのに イシルさんが楽しくなかったら意味ないじゃないですか」
イシルがサクラの言葉に少し頬を染める。
(あれ?そんな甘い感じで言ったんじゃないんだけど、、)
イシルの心にヒットしたようだ。
「サクラさん、酔ってます?」
「酔ってませんよ~」
あはは~と サクラは笑ってごまかした。
甘い雰囲気にならないように。
「じゃあ今日は自分が何をしてるかわかってるんですね?」
イシルが念押しで確認する。
サクラはそれに軽く答える。
「三口程度じゃ酔いません」
「それは 良かった」
そう呟くと イシルはサクラの方に両手を伸ばし、サクラの座る座布団の端を掴んだ。
「?」
″ズザッ″
「うわっ!」
イシルは掴んだ座布団を一気に自分の方へと引き寄せる。
勿論、座布団の上のサクラも 乗ったままイシルの目の前へ。
(近い近い近い///)
「今日は同意を得られますね」
今日は?同意??
「脱がせて、いいですか?」
(はぁ!?)
突然何を言い出すんだ!?
「羽織」
(びっくりした、、羽織か)
「浴衣姿を良く見たいんです」
イシルがサクラの腹部で結んである羽織のリボンを引く。
リボン結びがはらりとほどける。
「自分でやります!自分で!!」
サクラは自らの羽織のあわせに手をかけ、脱ごうとするのをイシルが手を重ね、無言で静止した。
「えっと、、」
イシルはサクラの手を下げさせると、羽織の襟元に手を滑らせ、するりと肩を撫でるようにして、サクラの羽織の肩をゆっくり落とした。
「っ///」
ぞわりと体が震え、サクラの羽織がぱさりと後ろにすべり落ちる。
(うっわぁ///こっぱずかしいぃ!!何だこれ!?)
イシルは羽織からサクラの手を抜き、膝の上に重ねさせ、その上に自分の手も重ね、サクラの浴衣姿を見つめて 静かに微笑みを浮かべた。
「良く似合っています」
「ありがとうございます///」
イシルはそのままサクラを愛しそうに見つめる。
(うわあ///ヤバい!心臓が口から飛び出そうだ!!)
無言で見つめてくるイシルから目が離せないし、何をどうしてどう言ったらいいのかまったくわからない!
「顔が赤いですね」
イシルは指の甲でサクラの頬に触れると、産毛を撫でるように 人差し指を動かす。
器用そうなイシルの手が、、
あのキレイな指で自分の頬を撫でてるとか思うと、、
(うっひゃあああ///)
再びぞわぞわと体が震え、サクラは仰け反るように身体を後ろに引いた。
イシルがそれにあわせてサクラに寄る。
(このままではイカン!!)
このまま後ろに倒れたら 確実に逃げ場がなくなる。
捕まってしまったら サクラのよわよわの意志なんてチョコレートのようにイシルの熱に溶かされてしまう。
「暑いので ちょっと夜風にあたってきますね!!」
サクラはくるっと身をひるがえし、四つん這いになると すぐさま立ち上がり、広縁に出ようと 隣の部屋へと続く襖を開けた。
″ガラッ″
襖を開けると ぼんやりと灯篭に明かりが灯っていた。
薄暗いあかりの中に布団が引いてあるのが見える。
一組の布団に、、
枕が二つ。
……何だコレ
サクラは背後に気配を感じた。
イシルが立っているのだろう。
「通りで、アスがやけに酒を勧めてくるわけだ」
イシルが呟く。
え?何??これは、アスの仕業!?
イシルはサクラを越して部屋へと入ると、サクラを背にして 着ている自分の羽織に手をかけた。
(え?)
紐をとき、羽織を脱ぐと、ぱさりと足元に羽織を脱ぎ捨て、次に浴衣の帯に手をかける。
(え?え?)
貝ノ口結びの帯をほどき ゆるめ、螺旋状のまま 足元に帯を落とす。
(え?え?え?)
浴衣の合わせを両手で持ち 前を開く。薄暗がりの中に 浴衣越しにイシルのうしろ姿のシルエットが ぼんやりと浮かび上がった。
(うっわあ///)
首から背中にかけてのなめらかなライン。
美しいが、それでいてあきらかに女性のそれとは違う。
きゅっと引き締まった肉体を感じさせるシルエットに長い脚……
目をそらさなくちゃと思いながらもそらせない!!
美しい彫刻のようですよ!イシルさん!!
これは、、据え膳?
据え膳食わねば女の恥、か!?
「襖、閉めて貰えますか?」
イシルが首だけをサクラにふり、声をかけた。
捨て身ですか、イシルさん!!
襖、、閉めちゃう!?
覚悟、決める!??
「着替えますので」
「へ?着替え?」
「見ていても構いませんが」
「うわあ///失礼しましたぁ!」
サクラは目の前の襖を閉めた。
着替え?
浴衣って寝巻きだよね??
何に着替えるの???
サクラが悩んでいると、普段着に着替えたイシルが 襖を開けて出てきた。
サクラを見て微笑む。
「帰りましょうか」
帰るために 着替えたのか。
ほっとしたような、勿体ないような、、こらこら。
「じゃあ、私も着替えてきます」
「いえ、サクラさんは浴衣のままで、、折角可愛いんですから」
いやいや、帰るのに適さない格好ですよ?
″着替えちゃダメですよ″と イシルが念押しして部屋から出ていった。
馬車を呼ぶのかな?
サクラは心を落ち着かせるために お茶を飲んで イシルを待つことにした。
部屋の外で″ゴツン″と音がした気がした。
◇◆◇◆◇
「アタシじゃないわよ~」
イシルが部屋を出ると アスが声をかけてきた。
「アタシはアンタがお膳立てされるの好きじゃないの知ってるし、子ブタちゃんと過程を楽しんでるのも知ってるから」
「……ヨーコか」
アスが肩をすくめる。
「ヨーコもよかれと思ってやったことだからさ 大目にみてやってよ、ヨーコにはアタシから言っとくから」
「解った」
ヨーコがやったなら仕方がない。
「ところで……」
イシルがアスの胸ぐらを掴む。
「お前は何でココいいるんだ?」
「あ、、」
アスがしまった!と、目を泳がせる。
部屋の中での出来事を知っていると言うことは、見ていたと言うことだ。
イシルは頭を振りかぶると――
「待って、、イシル、これは――」
″ゴッツン!″
あわよくばサクラとイシルの甘いひとときをつまみ食いしようとしていたアスに頭突きをお見舞いした。
「ううっ、、」
「解っていたならヨーコを止めろよ」
「ごもっとも……」




