280. 迦 寓 屋 2 (月影の間)
宿の前でサクラ達を出迎えたのは、着物を着て 動きやすいように袖にたすき掛けをし、前掛けをかけ、大人の姿になった2ニョッキと3ニョッキだった。
額に一つの目の赤い印を持つ1ニョッキ『天狐』
大きなふさしっぽを持ち、太陽を司る『テンコ』は今ドワーフ村にいる。
アイリーンが盛大に教育中だ。
額に二つの目の赤い印を持つ2ニョッキ『月華』
器用に動く二本の長い尻尾を持ち、月を司る『ゲッカ』が 宿の前で大黒張を持ってサクラ達をまっている。
額に三つの目の赤い印を持つ3ニョッキ『星夜』
艶やかな三本の尻尾をを持ち、星を司る『セイヤ』がサクラの前までにこやかに寄ってきてサクラに手を伸ばした。
「お荷物お持ちするますのですじゃサクラ」
言葉遣いがおかしい。
「おねがい、、します」
サクラは笑いをこらえながらリュックをセイヤに渡した。
「お部屋に案内致したく候う、ご機嫌麗しゅう、ついて参るがよい」
今は大人バージョンのセイヤだが、もてなそうと頑張ってる感がかわいい。
「ここに座って靴を脱ぐがよいのですぞ」
そうよね、日本家屋ですものね!靴が脱げる!わーい。
サクラが上がりかまちに腰掛け、ブーツを脱いでいると、セイヤが桶を持ち サクラの前にひざまづいた。
「?」
「どれ、足を洗ってやろう♪」
「いや、いらない」
「にゃふっ!?」
「そもそもワラジじゃないからいらないよね?その工程」
「にゃにっ!?」
サクラに にべもなく断られ、セイヤが狼狽える。
「話が違うではないか!アス殿!!」
アスが教えたのか!?一体いつの時代の旅籠だよ。
「ごっめ~ん、あんた達のやる気が出ないみたいだからちょっと盛っちゃった。てへ」
セイヤのキツネ耳がシオシオと垂れる。
どんだけ残念なの!?
「いいんじゃない、やって欲しい人にだけやってあげれば」
足を綺麗にして上がるのは良いことだ。
その代わり野郎の足も洗うのだぞ?
「サクラは我にやって欲しくないのかえ?」
セイヤが上目使いでサクラに聞く。
(そりゃ足を洗って上がったら気持ちいいだろうけど 人にやってもらうとかありえん!自分でやるわ!)
上がりかまちに座るサクラからは セイヤの後ろに立って嗤うイシルが見える。
うおっ!大魔王様!!?
「うん、いらない」
「ゴ――――ン!!?」
キッパリ断られたセイヤがキツネ泣きした。
いや、君のためだよ?
「仕方なし……」
セイヤはサクラの足にクリーニングの術をかける。
その魔法使えるなら使ってよ!!
「お主はこっちじゃ、アス殿。ヨーコ様のところに我が案内してやろう」
ゲッカがアスに呼び掛ける。
ゲッカは言葉遣いを改める気はないようだ。
接客の意味わかってる?
「じゃ、先にヨーコのとこに行ってるわね、子ブタちゃん」
アスはゲッカに導かれて先にヨーコのところに行ってしまった。
玄関をあがると、すぐ右手側にはのれんがかかっていて、温泉マークと男女の文字。
売店らしきスペースがある。
「こんなすぐにお風呂?」
「これは立ち寄り客用なのですじゃ。本来の入り口は外にあっての、宿泊客も入れるようこっちにも入り口があるんじゃ」
セイヤがサクラに説明する。
成る程、銭湯みたいなものなのか。
「奥には雑魚寝出来る部屋もあるまするゆえ、ゆっくりもできるんじゃ」
健康ランドみたいだな。
後で見学に行こう。
セイヤは反対側、左へとサクラを案内する。
左側にはロビーラウンジがあり、少し低めの椅子とテーブルが設えてあった。
窓の外は美しい日本庭園。
建物の屋根が見えるから 離れもあるようだ。
二階へと続く階段を通りすぎ、奥へと通路を進む。
竹林の中にあるせいか、少し薄暗い通路が何とも言えない落ち着いた雰囲気を醸し出す。
高級老舗旅館って、こんな感じよね。
まだ客をいれていない客室区域は、シンと静まり返っていた。
和に西洋のテイストが少し入るモダンな造りの内装は、つるつるとした板張りの床が光っている。
部屋は和室、洋室、和洋室とタイプが分かれている
(結構奥まで行くんだ、広い!迷いそう)
二度目の階段も通りすぎ、何度か折れ曲って サクラが自分が何処にいるかわからなくなった頃、最奥にある部屋の前でセイヤが停まった。
部屋の入り口には名前が書いてある。
『月影の間』
「どうぞですのじゃ」
セイヤが襖を開けてサクラを中に通してくれた。
「わあ!」
畳だ。
部屋は二間続きで、手前は八畳程の広さに、テーブルがあり、お茶セットがある。
襖を挟んで隣が六畳間。
更に障子をはさんで広縁がある。
広縁とはあれですよ、障子で仕切られた部屋の向こうの小さな板の間です。
窓際に差し向かいに椅子と机が置かれた 小さなくつろぎ空間。
モダン和風のしつらえが懐かしさと優雅さを醸し出す部屋は、なんだか心がふわりと和む。
テンコはサクラにリュックを渡すと、テキパキとお茶をいれ出した。
ほわっと笹茶の香りが立つ。
テーブルの上にはおつきのお菓子の器。
漆のようなふた付きの容器の蓋をずらすと、落雁のような花形のお菓子が入っていた。
旅館に来るとこういうちょっとしたもてなしって嬉しいよね、糖質制限で食べられないけど。
「では、準備ができたら入り口にある呼び鈴を鳴らすのじゃ。次はヨーコ様のところに案内するでな」
「ありがとう、セイヤ」
セイヤを入り口まで見送る。
(入り口の呼び鈴って、これね)
入り口にある鈴を確認して 部屋に戻ろうとすると、くいっ とセイヤがサクラの服を引っ張った。
振り返るとセイヤがニコニコとサクラを見つめている。
(あれ?もしや チップとか いる?)
何事かわからないサクラに セイヤがちょいっ、と頭をつき出してきた。
(ああ!)
サクラはセイヤの頭をイイコイイコする。
「では、後程なのですじゃ♪」
満足したのか、セイヤは笑顔で出ていった。
(大きいのに、子供みたい。かわええのぉ~)
やれやれと振り向いて ハッとする。
「随分懐いてますね」
張りついた笑顔のイシルがいた。
イシルさん、笑顔ですが感情が駄々漏れですよ!?
「女子旅の時 おいなりさんあげたら懐いちゃったんですよね、、ハハハ、、」
「……」
「けもミミのせいですかね~ランに見えちゃいますよ~」
「白々しい」
イシルは、ツンっ、と 拗ねた感じで、お茶を持って広縁の椅子に行ってしまった。
(拗ねたイシルさん、かわいい)
ちょっぴり 嬉しいとか思ってしまうのは イケナイんだろうけど。
「サクラさんもこっちでお茶飲みませんか?」
「はい」
サクラも笹茶を持って 二間つづきの6畳間を越え、広縁に出る。
イシルの向かいに座り、一緒に笹茶を飲んだ。
「お茶、美味しい」
「ですね」
イシルも同意する。
穏やかな空気が流れる。
開けた窓からさわさわとした風の音とどこかで流れる水の音。
自然と調和した時間。
二人でお茶を飲みながら しばし自然に身を任せる。
風流ですなぁ……
「イシルさんが好きそうな感じの部屋ですね」
「わかりますか?」
「なんとなく」
障子や襖は外の光を遮断せず、自然な落ち着いた明かりを室内にむかえる。
その良さを引き立てるようなほんのりとした和紙の照明。
床の間に飾られた花もささやかで「風情」と「粋」を感じられる。
外に目を向けると飛び石の道がある。
この先に 何かあるのかな?
「かけ流しの露天風呂があるみたいですよ」
「露天風呂つき部屋ですか!贅沢!」
「気持ちいいでしょうね」
「ですね~」
あれ?
待って、、
イシルさんもこの部屋に?
いや、まあ、部屋は二つあるし、問題ない、、のか?
「一緒に 行ってみますか?」
「え″っ!?」
イシルがサクラの反応にクスクスと笑う。
「さて、僕はオーガの村に行ってきます」
「あ、はい///」
どうやらからかわれたようだ。
「少し遅くなるかと思いますので、先に夕飯食べてくださいね」
「わかりました。あの馬車で行くんですか?」
あの馬車からイシルが降りてきたら 黄色い悲鳴が凄いだろうなぁ……
まさに王子様!
「いえ、迦寓屋とオーガの村の竹林は ヨーコが魔方陣で繋げてありますから、すぐですよ」
「便利ですね『ラ・マリエ』とは繋げないんですかね?アスとヨーコ様仲良いのに」
「僕が阻止しました。アスの所を経由すればうちに来られてしまいますからね」
なるほど。プライバシーの侵害ですね。
「……」
「どうかしましたか?」
ちょっと考え込むイシルにサクラが聞く。
「ヨーコのテリトリーなので心配いらないとは思いますが、魔物避け、かけておきますか?」
「いえ、大丈夫ですよ、アスもいるし」
「うーん……」
「心配しすぎですよイシルさん。それに、失礼じゃないですか?案内してくれるニョッキも魔物だから寄ってこれませんよ?」
「わかりました(そこが一番心配なんですけどね……)」
イシルがオーガの村に出掛けていった後、サクラはチリリン と 呼び鈴を鳴らした。
涼やかな鈴の音がチリリンと響き、セイヤが現れる。
「では、ご案内いたしますのですじゃ、サクラ」




