255. イシルの苦行(2回目)
イシルはサクラを抱えたまま 寝室へと入る。
キレイに整えられたふかふかのベッドに腰かけると サクラの腕をはずしにかかった。
「サクラさん、疲れるでしょう、腕をおろして……」
「嫌、デス」
(まいったな……)
サクラが寝るまで抱えて待つか?
それでもいい。
いつもワガママなんて言わないからこんなサクラも可愛い。
だけどこれでは顔が見えない。
サクラの体も冷えてしまう。
横になったらそのうち寝るだろうと、イシルはサクラを抱えたままベッドに入った。
「息、苦しくないですか?こっちに首をふって……」
イシルの首にしがみつくサクラは うつぶせなのだから苦しいだろう、、枕も。
「大丈夫デス、、」
くぐもったサクラの声。
「イシルさんの匂いがします」
「えっ!?」
何たって?
イシルは狼狽える。
匂うのか?臭いのか?オーガの村から帰ってすぐにサクラとランにホールドされたのだから、風呂に入ってる暇なんてなかった!!
「僕、お風呂に……」
″すぅ~……はぁ~……″
「ちょっ、、サクラさん!?」
サクラが盛大に深呼吸する。
「むふ、いい匂い……」
「やめなさい///」
聞くわけもない。
「イシルさんの匂い~むはー、オチツク、、」
「自分が何してるかわかってないでしょう」
サクラは匂いを嗅ぐのを止めると 今度はすりっと頬でイシルの首を撫でた。
「くふふっ、イシルさん肌もスベスベ~」
サクラがイシルの首もとで蠢くと、ふわんとシャボンのいい匂いが漂い、くふくふと笑う声が耳元で誘う。
「やめなさい」
たまに素肌に触れるサクラの唇がイシルに熱を加え 情熱へと押し流す。
「駄目です、そんなことしたら……」
「イシルさぁん///」
サクラはイシルにのしかかった状態で すりすりどころか 遊んでとじゃれる子犬のように きゃっきゃとイシルにじゃれてきた。
「うっ、くっ///」
このままじゃ理性が崩壊する。
(相手は酔っぱらい、相手は酔っぱらい、明日になったら覚えていない可能性大……)
呪文のように頭のなかで唱えながらなんとかサクラの腕を首からはずすと、くるんとサクラをかかえ、横向きに抱きすくめた。
これで、グリグリ攻撃は受けないですむ。
腕の中を見るとサクラがイシルを見上げていた。
「やっと、顔がみれました」
「いや、サクラさんが首から離れなかったからみえなかったんでしょう」
「違います。イシルさんが置いてったからです」
あー……そこから……
「すみません」
「いいですけどね、別に」
「全然良くない言い方ですよ」
むくれるサクラにイシルが突っ込む。
「……シャナさんは 連れていったじゃないですか」
あれ?これってサクラさん、ヤキモチ?
「嫌だけど、仕方ないんです、イシルさんは仕事で行ってるんだし」
今なら言ってくれるかもしれない。
イシルが聞きたい言葉を。
「どうして嫌だったんですか?」
イシルが優しく聞く。
愛の言葉を囁くように。
「シャナさんばっかりズルいじゃないですか。馬にものったし、二人でオーガの村に行ったし」
「僕とシャナが一緒にいるのは 嫌?」
サクラの頬を手の甲でそっと撫でる。
「嫌、です。アイリーンも、リズも、スノーも、ヒナも、ヨーコ様も、サンミさんも……」
サンミも?
「誰だって嫌」
むっ、と眉間にシワを寄せた。
「そんな顔になっちゃいますよ」
イシルはくすくす笑いながらサクラの眉間のシワをなでてのばす。
いちいちが愛おしい。
「どうして、他の人が僕の側にいると嫌なの?」
言って欲しい……
「それは……」
「それは?」
「顔が見れないからです」
戻った。
酔ってても言ってくれないのか。
「顔が見れないのは、嫌」
サクラがイシルの胸にすり寄る
「側にいないのは、もっと嫌……」
きゅうっと イシルを掴む。
「好きだから」
「っ///」
ぴこっと顔を上げてイシルを見る。
「イシルさんが好きだから」
イシルがサクラから欲しかった言葉。
言葉にされるだけで こんなに嬉しいなんて。
こんなに満たされるなんて……
「サクラさん///」
イシルはサクラを抱き締める。
サクラもそれに答えてくれる。
相思相愛、なんという幸福感!
求められる喜びをかみしめる。
ただ、状況がよろしくない。
その嬉しさをこのままサクラにぶつけると色々まずい。
折角気持ちが満たされたのに、程々で止めておかないと 違う欲望が顔を出す。
サクラは無邪気にイシルの腕の中で 一日の出来事を話している。
ランが食器洗い上達したこと、布団を干したこと、バドミントンで遊んだこと、おそろいの服を着て屋台巡りした事……
(この子はキューちゃん、喋るキューちゃん。ちょっといい匂いがして、柔らかくて 抱き心地が良くて、あったかいけど、ただの抱き枕のキューちゃんだ)
イシルは自分に暗示をかける。
そんなイシルの気持ちなどお構い無く、暑くなったのか、もそもそとサクラが動き、ぴょっこり顔を出して イシルをむいて隣に頭を並べた。
サクラさん、わざと?こんなに顔が近いのは……
「オズに 長芋のお好み焼き 教えておいてくれたんですね」
首を伸ばせば すぐそこに サクラの唇が触れる距離。
「ああ、行ったんですか」
自然と唇が引き寄せられる。
その、柔らかそうな唇を――――
「凄く、嬉しかったんです」
ダメだ、キスしたら終わりだ。
イシルはギリギリで踏みとどまる。
サクラがこんなに可愛い状態で甘えてくるのにキスだけで終われるはずがない。
好きだと聞けただけで十分じゃないか!
「聞いてますか~?」
「聞いてますよ」
好きな相手が自分のベッドにいるのに キスすら出来ないなんて、、
サクラが眠ってしまうまで この地獄のような天国は続いた。
◇◆◇◆◇
朝、サクラは自室のベッドで目が覚めた。
″トントントン……″
キッチンで音がする。
(あれ……?)
イシルさん?
サクラは飛び起きると キッチンへと駆け込んだ。
イシルが気づいて振り向く。
「おはようございます サクラさん」
「イシルさん、いつ帰ってきたんですか!?」
「昨日の夜ですよ、会ったでしょう?」
会った?
「でも、ただいまです」
「おかえり、なさい」
何だか気恥ずかしい。
何でだ?二回目?だから?
「ダメですよ、記憶をなくすまで飲んじゃ」
サクラのおでこに″チュッ″とキスをして 『二日酔いよけのまじないですよ』と 笑った。
「なんだよイシル、いつ帰ってきたんだよ」
ランも降りてきてイシルを見る。
悪態をついているが、心なしかちょっと嬉しそうだ。
これが、ツンデレ……
「昨日の夜ですよ、会ったでしょう?」
サクラの時とまったく同じ返事だ。
「帰ってこなくても、よかったのに」
「そうですか」
イシルはランに近づくと……
「なんだよ」
「ただいま、ラン」
「お、おう、おかえり……」
「ダメですよ、記憶をなくすまで飲んじゃ」
ランのおでこに――
″チュッ″
「なななななな///」
ランは口をパクパクさせて声になっていない。
「なにすんにゃイシル~~~~」
「おや、まだ酔ってますか?もう一度しますか?」
「ヤメロ~~~~」
「二日酔いよけのおまじないですよ?」
「いらねーよ!!!」
いつもの笑顔がそこにある。




