248. 来客 2(ヨーコの場合) ◎
料理写真挿入しました(2021/6/1)
やられた方は覚えているが、やった本人は覚えていない。
何故なら悪気がないからだ。
「ああ、久しぶりですね」
ヨーコに会った時のイシルの第一声はこれだった。
あの時、婿にしてやるの言葉に返ってきた『間に合ってます』と同じく、さらりと自然に。
″ああ、君だったんですか″
名前を聞いただけでは思い出せなくて、今思い出した、そんな感じ。
悪気がない事が余計に腹立たしい。
ヨーコの眉がピクリとあがり、サクラが心配そうな顔をして見ている。
(ここは、我慢じゃ)
それを見てイシルがヨーコに手を差し出してきた。
(握手、か)
どうやらイシルはサクラを安心させたいようだ。
仕方なし、ヨーコも右手を差し出し答える。
「よしなに。世話になる」
「また会えて光栄です。海の壺、大事につかってくれてたんですね」
握手をする二人を見て、ようやくサクラは ほっとした顔をした。
イシルも満足そうだ。
(まったく、いけ好かないヤツじゃ)
ヨーコは腹いせにイシルをつまみ食いすることにした。
(妾が折れてやったのじゃ、これくらい良かろう)
イシルの手を通して精気を吸い上げる。
あの当時――
涼しげなその容姿とは裏腹に、猛々しく、乱暴に溢れ返っていたイシルの精気。
荒々しく全てを蹂躙する絶対的な力。
大変美味であった。
今は――
穏やかになったな。気が満ちておる。
生命の力が押し寄せる。
申し分ない気力、精力、神気にも似た力が 分け与えるようなあたたかさをもってヨーコに流れ込んでくる。
あの時とは違うが、雄々しい力強さはかわらない。
包み込むように注がれるその力にゾクゾクする。
体が高揚し、力が沸き上がる。
(はぁ///)
ああ、さらにいい男子になった。
この上なく美味である。
「健やかに 過ごしておるようで何よりじゃ」
ヨーコはイシルの手を離した。
アス曰く、引き際が肝心だと。
ちょっとくらいならつまみ食いしてもイシルは怒らない。
その見極めがスリリングなのだと。
「では、いなり寿司をお教えしましょう」
「うむ」
つまみ食い成功。
ヨーコは気分も晴れ、イシルに従うことにした。
美味しいものを食べると気分がいい。
「じゃあアタシ達は打ち合わせがあるから後でね~」
サクラとアスは来ないようだ。
アスに見送られ、ヨーコとイシルはマルクスに連れられて アスの執務室を出てキッチンへと向かった。
キッチンには麺作りの修行に来ていたオーガの村の者がスタンバっていた。
イシルはいなり寿司のための油揚げを取り出す。
イシルの作った油揚げは正方形。
正方形の油揚げは斜めに切る。
長方形の場合は半分に。
「破らないように手を入れて広げてください」
ご飯をつめるめにアゲを開いておく。
煮た後だと開きにくいので ご注意を。
開きにくいようなら油揚げの上に菜箸を置いてコロコロ押しころがすと、油揚げの内側の生地同士がくっついている部分がくずれて袋状に開きやすくなる。
もしくは包丁で切れ目を入れてもいい。
これを茹でて油抜きをし、水気をよく切る。
「その黒い液体はなんじゃ」
「ショーユという調味料です。これからオーガの村でも造るので、容易に手に入るでしょう」
「ほう」
鍋にダシ、醤油、砂糖を入れ、沸騰させ、油揚げを入れ落し蓋をし、弱火で15分程含め煮する。
甘い香りが漂い、アゲの少し油っぽい香りが あの味を思い出させる。
(これじゃ、これ)
ヨーコは唇をチロリとなめる。
「中に詰める飯と具材にしっかりとした味つけをするので、油揚げの味つけは薄味でさっぱりめにしています。」
途中上下の油揚げを入れ替えるとなお良しだ。
「では酢飯を作りましょう」
含め煮している間に酢飯の具にする干し椎茸、酢レンコン、人参を煮る。
米はないのでもちろん麦飯。
もちもち粘りけを出すために『もちあわ』や『もちきび』をまぜて炊いてある。
そこに酢、砂糖、塩を混ぜ合わせた液体をかけながらまぜ、具を入れ まぜる。
お酢の甘くツンとした匂いが、アゲの煮える匂いと混ざり、ヨーコを誘う。
(この匂い、、たまらぬ。焦らされてるようじゃ)
見ると 胡麻をふるイシルの口元がわずかに笑っていた。
「……楽しそうじゃな」
「楽しいですよ。アゲも煮あがりましたね」
ヨーコには料理など面倒な作業にしか見えないが。
「何がそんなに楽しいのじゃ」
「これを食べた時、サクラさんがどんな顔するかと思うと」
ふっ、とイシルの笑みが深まる
(……ノロケられた)
「こうも変わるとは、お主は良き伴侶を得たのだな」
「なかなか折れてはくれませんけどね」
(そうは言うが、なかなかどうして、満更でもない顔しておるではないか)
イシルの機嫌が一気に良くなった。
要は『お似合いだ』と言われて浮かれているのだ。
「煮物は冷めるときに味が染み込むので アゲは冷めるまでこのまま放置して チラシと笹寿司も作りましょうか、ヨーコさん、海の壺、出してもらえますか?」
「わかった」
ヨーコに対してのイシルの壁が急に低くなくなったようだ。
(面白いほどサクラにベタぼれじゃな)
ヨーコは海の壺を出し、つぎつぎと魚を釣りあげる。
それをオーガの村の者が カルパッチョの要領で刺身用に捌いていく。
その間にイシルはチラシ用の錦糸卵を焼く。
「魚を捌いたら チラシ寿司用のものはぶつ切りにし、笹寿司用には薄く切って酢づけにしてください」
イシルは先にチラシを完成させる。
基本の酢飯に煮た具材を混ぜ、上に賽の目に切ったボイルエビ、サーモン、イクラ、ぶり、マグロ、イカ、錦糸卵、絹さやを彩りよく散らす。
ぷりぷりのエビ、脂ののったつややかなブリ、王道マグロ、ねっとりとなまめかしいイカ、光輝くイクラ……
所々に花の形に飾られたサーモンや白身の切り身が目を引く。
「なんと、豪華な見た目じゃな」
「赤、緑、黄色を意識するといいですね。マグロは漬けにしてもアクセントになって美味しいですし、甘く煮た穴子を入れるのもいいでしょう」
次は笹寿司だ。
洗ってよく拭いた熊笹の葉を広げ、その上に薬味・ネタ・寿司飯の順に乗せる。
薬味は甘酢しょうがを使った。
ネタは酢漬けにしたサバ、サケ、マス、タイ、ボイルしたカニなど。
葉で巻き込むように包み、手で上から軽く押さえて形を整える。
「葉をもう一枚」
垂直になるように重ねて包む。
葉を広げたら十字になる形だ。
箱を用意し、すき間のないように詰め込み、上から重しを載せる。
押し寿司だ。
「笹にもお酢にもショウガにも菌を殺す作用がありますから、今の時期なら2、3日もちます。持ち運びも楽ですし、笹寿司は旅人に重宝されると思いますよ」
「なるほど、そこまで考えておったのか」
「旅の食事は短調になりがちですからね、ウリになるでしょう」
そろそろアゲも冷めたのでいなり寿司の仕上げにかかる。
「アゲを軽く絞って広げたら 酢飯を横に入れてください。詰めすぎないように」
ここがポイント。
縦に入れたくなるところだが、横に入れる。
折り返して包むためののりしろが必要だからだ。
軽く握っていれてもいいし、スプーンで押し込んでもかまわない。
三角の部分にちゃんと詰まっているほうがキレイに見える。
酢飯を詰めたらアゲの両サイドを折って包み込み、ひっくり返せば完成だ。
「こうやって作るのだな。して、そのアゲは何処で手に入るのじゃ?」
これは困った。
「油揚げが必要となると、豆腐作りも教えなくてはなりませんか……」
油揚げは豆腐を薄く切って作るのだ。
「これは一度オーガの村に出向く必要がありますね」




